平民街への外出とルディーの真意
「ロンルカスト、この道を真っ直ぐでお願いします。それから2つ目の角を右へ曲がって、その先は少し道が細くなるので注意してくださいね!」
馬車の座席から腰を浮かせ、窓から身を乗り出さんとする勢いで指示を出す。
今日は平民街へ来ていた。ミグライン店長に回復薬チェックをしてもらう為と称して、先日レオ様から勝ち取った私の正式な権利だ。
窓から見える雑然とした懐かしい街並みに、自然とテンションが上がる。早くみんなに会いたくてソワソワと落ち着かなかった。
そんな私をフィンちゃんに御者席を取られ、今日も馬車内に乗り込んでいるロンルカストが嗜める。
「ミアーレア様、道順は存じておりますのでご安心ください」
「そうでした。あっ! 薬屋の前に工房へ寄ってくれますよね?」
まずは工房にいって、ずっと保留になっていたルディーのお皿を発注しなければ。平民街へ行けることになったら、何をおいても1番にしようと心に決めていたことだ。
「もちろんでございます。今朝も昨夜も、その前日も伺っておりますので、失念してはおりません」
「あ、はい。ごめんなさい。お任せします」
言い方こそやや棘があるが、やんわりとした笑顔のロンルカストにそう言われて、流石にしつこかったかと反省する。大人しく席に座った。
そんな私に眉を下げたロンルカストは静かに声をかける。
「心配なさらずとも、ルディー様はすぐにお戻りになりますよ」
心の内を見透かしたようなロンルカストの慰めにシュンとした。このフレーズを聞くのは、もう何度目になるだろうか。ロンルカストの言うすぐにとは、いったいいつになるんだろう。
ルディーが消えてしまったあの日の出来事。ディーフェニーラ様の執務室を出た西塔の廊下で、ルディーの残した言葉を思い出す。
“あの時、君が言ったんだ。私たちの家に帰ろうって。君が僕に、そう言ったんじゃないか”
あれからずっと考えていた。ルディーが言った“あの時”というのは、いつのことなのか。
“ただの徨魔だった僕にっ! 食事用の皿と家を認めると言ったのが、君だからだろっ!?”
ルディーは叫ぶように、吐き出すようにそう言っていた。
皮肉や貴族言葉で歪曲な表現ばかりのルディー。自分について話すこと自体も少ないし、気持ちを直接ぶつけられたのも、あれが初めてだったかもしれない。
彼の中で、私にとっては日常の一コマと変わらない程度だったそれらの言葉がどうして強い意味を持ってしまったのか。あの時は面食らってしまって思考停止したが、彼の言葉の真意を理解したい。
そう思った私は時間をかけて今までの記憶を掘り起こした。そしてゆっくり丁寧に思考を重ねて、やっと辿り着くことができた私なりの答えを、改めて思い浮かべる。
きっと“あの時”というのは、西塔へスライム時計を献上に行った日のことだ。ルディーの正体をディーフェニーラ様へバラしてしまった後の帰り道。
確かにあの時私は、“私たちのお家に帰ろう”と口にしたし、“ルディー用のお皿を作ってあげる”と提案した。彼の正体をバラしてしまった罪悪感と気まずさから、ルディーの機嫌を取ろうと発した言葉だった。
お皿と言ったのは、ただの思いつき。本当に何の気なしに言っただけで、深い意味なんてなんにもなかった。
でも彼にとっては、とても重要な意味を持ってしまったんだと気がつく。なぜならば、それらの会話の後で、直ぐに名付けを要求されたのを思い出したからだ。
ルディーは元々、ラジェルティートレオン様だった。彼は死の間際、その強い意志により魔力のみを遺すという荒技をやってのけ、その魔力が偶然近くにあった猫の置物に宿り定着する事で、人知れず稀有な存在となった。
しかし静かにディーフェニーラ様を見守っていた彼にある日、変化が訪れる。自分のあり方に納得のいかなかった魔力の一部が私に惹かれ、一瞬の強い気の迷いによって猫の置物という依代から離れ徨魔となってしまったのだ。
自分の意思とはいえ、突発的な行動で猫の置物から離れた彼は、エアリがハリーシェアの魔力を取り込んで抱き枕と馴染んだように、私の魔力を飲み込んで一時的に力を強めた。
そして元の器を模した黒猫となり、その場凌ぎの魔力を求めて私の側に滞在する。
とはいえあの時の彼は、とても不安定な存在だったのかもしれない。
だって器のない魔力の塊となったことや、猫の置物に宿った魔力から無理やり一部を引き剥がし飛び出した魔力の一欠片だった中に、更に私の魔力が混ざってしまったのだから。
事実、彼はディーフェニーラ様を守るという、本来の存在意義であった役目を放棄してしまった自分をとても責めていた。もしかしたら、そのまま消えることを望んでいたのかもしれない。
揺らいだ意思そのままに、進むべき道を見失っていた彼は、あの日の執務室でディーフェニーラ様の後ろにいる、今も役目を努めている猫の置物に宿った魔力の片割れを直接目にしたことで、それと自分との違いを嫌と言うほど感じたのだろう。
元々は自分でもあったものであり、本来は自分もそこにいなければいけないもの。しかしもう戻れない後悔をまざまざと直視し、ディーフェニーラ様の部屋を後にして落ち込んでいた。そんな彼の耳に響いた、私の考えなしの一言。
“あのね、黒猫ちゃん。今度平民の街に行くことができたら、黒猫ちゃん用のお皿と水受けを作ってもらおうかなって思ってるの”
“僕のお皿?”
“うん。ほら、今まではお花を直接渡すか、会えない時は枕元に置いていたでしょ? でも、ベッドの上に直接置くのは味気ないかなって思ってたし、お皿があった方が黒猫ちゃんも好きな時に食べれるかなって思って”
私はなんの意図もせずに、お皿をあげると言った。しかしそれは今後も魔力を与える約束、つまり契約の申し出をしたのと同意義。
まん丸に見開いた目で、こちらを見上げていたルディーを思い出す。あの時は急に話しかけられてびっくりしたのかと思っていたが、今なら分かる。あれは私の発言自体に驚いていたんだ。
そしてその後の会話で、私は更に彼の居場所を示す言葉を紡ぐ。
“ふーん、僕のお皿ね。僕のお皿をどこに置くの?”
“んー、私の寝室にしようと思ってたけど、食事用のお部屋にする?”
“それって、どこの食事用の部屋?”
“どこのって、これから帰る私たちのお家でしょ? 黒猫ちゃんはいつもテーブルでパピーと遊んでるじゃない”
まぁ、これは完全に誘導されていた気もするけれどね。
とにかくルディーにとっては、私が契約について言い出すなんて、おそらく予想もしていないことだった。そしてそれはきっと、彼を確定させるに値する言葉だった。ルディーの誘導は続く。
“ねぇ、ミア。僕のお皿には僕の名前が必要でしょ?”
“えっ。黒猫ちゃんの名前、私がつけてもいいの?”
“まさかお皿にも黒猫ちゃんって刻むつもり?”
私が契約の意味を理解していないと分かった上で、あの日の彼は私から名を受ける決意をし、その方向へと会話を導いた。それは即ち、彼が私の元にいる決意をした証であり、ルディーが形作られた瞬間だった。
ルディー4度、自らの在り方を変えたことになる。あの日はラジェルティートレオン様でもなく、彼の遺した魔力がその意思を継いでディーフェニーラ様を見守っていた猫の置物としてでもなく、勢いのままに飛び出した徨魔でもなく、ルディーという魂が始まった日。
徨魔という名の通り彷徨う魔力だった彼自身の存在が私により認められ、それをルディー自身が意思を持って受け入れた日だ。それにどれほどの覚悟が込められていたのかは、私には分からない。
「はぁー、馬鹿なこと言っちゃったなぁ……」
長い回顧を終え、馬車の床に向かってため息をこぼす。
振り返って考慮を重ねてやっと気がつけたことだが、ルディーにとって彼の存在を確定させた我が家は、自分のアイデンティティーでもありとても大切な場所なのだろう。
そんな重要なことにも気がつかなかった私は、“今のお家、気に入ってる?”と、ただでさえ落ち込んでいたあの日のルディーの神経を逆撫でするような発言をしてしまったのだ。すごい無神経。見限られて当然だよね。
今更後悔しても仕方がないし、ルディーがいつ帰って来てくれるかなんて、考えただけで虚しくなる。本当に、あと何回ロンルカストからの慰めを聞くことになるのだろうか。
それでも迎えられるように相応の用意だけはしておきたい。私にとってもルディーの家は我が家であって欲しいし、彼の居場所は私の隣であって欲しい。それを見える形で示すために、今日こそは最初に約束したお皿を作ってあげようと意気込んでいた。
因みにルディーは消えてしまった時、他にも私には足りてない所があるって怒ってたけど、そこはいくら考えても分からなかった。
この世界は私にとってとても難しい。公式に当てはめて簡単に出せる解もなければ、初めから見せてもらえる解答集もない。
出来るのは精一杯自分で出したあっているか間違っているのかも分からない答えが示す道を、おっかなびっくり進むことだけだ。
消えてしまったルディーのこと。ロンルカストを縛る契約のこと。夢で見た女の人のこと。東の派閥の黒い思惑に利用されていること。リスペリント先生から受けたプロポーズのこと。レオ様に命令された水の部隊のこと。ザラクス先生に言われた不穏な忠告のこと。
何一つ答えは出せていないのに日常は進んでいく。中途半端で宙ぶらりん。そんな自分が凄く気持ち悪かった。
無意識に腰のあたりを触る。ポッケ越しにベルクム粉袋の形を確かめた。量が多すぎて二袋に分けたベルクム粉袋のうちの一つを、今日もお守りがわりに持ち歩いていた。
“全ては同じ光の元に繋がっている。真実が照らされ明らかになるのはもうすぐだよ”
何故かベルクムにそう言われている気がしたが、気のせいにも程ある。ポッケから手を離して、聞こえてしまった幻聴に顔を顰めた。粉が喋るはずないもん。
「はぁー、頭がパンクしそう」
考えることが多すぎるよ。胸のモヤモヤを吐き出した私の濃いため息の分だけ重くなった馬車は何の問題もなくガタゴトと順調に進み、やがて工房へ着いた。
反省と後悔を背負った重い足取りで馬車を降りる。平民街へいく時は被るようにと言われているベール越しにも、夏の日差しが眩しくて肌に刺さった。
工房へ足を踏み入れる。途端にバチバチと火花を飛ばしながら燃え盛る炎や、その炉で真っ赤になるまで熱した剣を男たちが大きな金槌を振り上げて叩く姿、衝撃で飛び散る火花が目に入る。
単純に火を扱っているせいで上がった室内温度と、男たちの肉体労働から発する熱気をムワッと感じた。
工房内の男臭さと金属を打ち鳴らす音による夏さえも凌駕するほどの活気は、人によっては怖気付いてしまうかもしれない。だが鬱々としていた私の重い気分を吹き飛ばし、心を軽くするには十分だった。
水に付けられた高温の鉄が、急速に冷やされる代わりに鉄の表面に当たった水が一気に蒸発する音を聞きながら工房内を見回していると、剣の表面をヤスリで整える作業をしていた1人の職人さんと目が合う。
暗めの黄色髪に大きな体。あの人は確か、いつも薬屋までついて来てくれるアズールさんだ。サルト先輩と友達になりたがっていたので、仲を取り持ってあげた人。
ベールのせいで貴族感バリバリになっていることに気がついた私は、邪魔な布を即座に脱ぎ捨てた。ポイっとロンルカストに預け、挨拶をする。
「お久しぶりです。アズールさん! 工房長のザリックさんはいますか?」
「おいおい、お嬢ちゃんじゃないかっ!? 親方なら奥にいるよ、呼んでくるから待ってな!」
「ありがとうございます!」
道具をほっぽり出して奥へと向かったアズールさんは、言葉を通りすぐにザリックさんを呼んできてくれたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




