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陰の講義と特別な茶葉


 

「違いですか? えーと、この世への怨みのあるなしとか?」


 

 ザラクス先生の影の中へズクズクと戻っていったゾンビに鳥肌のたった両腕をさすりながら、もうこの人に何を言っても無駄だと悟った私は真剣に答える気にもなれず適当に返事をする。

 そのやる気のない答えを聞いたザラクス先生は、途端に拗ねたような顔をした。ティーポットに何杯目かのおかわりを要求しながら、早く答えを言いたいのか追加情報を言う。



「全く違う。ここへきて反知性的な話などするでない。興醒めだ。仕方がないからヒントを言うが、死体の片方のみにある処置を施した。これでどうだ?」


「処置? 何でしょう、焼いたとか埋めたとか埋葬方法の違いですか?」


「それも違う。答えは、事前に片方のみ儀式の間に運び入れて輪へと通したのだ。そして見事に、そちらからは魔が発生しなかった」



 もういいとばかりにザラクス先生は結局私が当てるまでもなく答えを言った。だったら面倒な問答なんかしないで最初から言えばいいじゃんと心の中で文句を言う。

 さっき食べたマフィンとゾンビの恐怖で口の中の水分を取られたので、ポットにカップを近づけて紅茶の追加をお願いした。そしてふと疑問に思ったことを聞く。



「故人を儀式の間に入れた? 七冠くぐりを執り行ったあの部屋はとても神聖な場所のように思えましたが、そのようなことをしても大丈夫なのですか?」


「おっと、私としたことが失念していた。今話しているのはあくまでも仮説ということを忘れるでない」


 

 えーっと、仮説って言われても今更誰が信じられるのか。



「いやいや、検証済みだってさっき仰ったじゃないですか」


「そうだったか? では言い直そう。あくまでも仮説の段階であり、勿論これがバレたら重罪だが、これにて森との違いが分かっただろう。あの部屋の輪は神具であり、基本的には精霊石を賜るために一定の年齢のものにしか使われぬが、輪を通ることで年に一度行われる神事と同様、もしくは近い効果を得られると推測される。つまり街で魔が発生せぬ理由は、“我々が定期的に神的な儀式を受けることで魔の発生条件を抑えているから”ということだ」


「……ザラクス先生、危ない橋を渡りすぎなのではないですか?」


「渡らぬ橋に掛けられた意味があるのか?」


「……はぁ。分かりました。あと質問させてください。その年に一度行われる神事には、貴族全員が参加しているんですか?」


「儀式に参加したものの名は記録されるが、領内のものほぼ全員が受けている。七冠くぐりの輪も同様だが、神事にはあらゆる魔法における解術の効果が備わっているので、まぁ、その心は信仰心よりも身の安全の為に参加しているのだ。平民街も我々から借り受けた術具で年に一度の簡略化した神事を街全体として行なっていると聞いたことがあるので間違いないだろう」



 ペラペラと話すザラクス先生を見ながら、私は実験のためなら余裕で法を犯しました発言にドン引いていた。クレイジーじゃなくてヤバい人だと先生への認識を改める。だが、同時に閃いたナイスアイディアを抑えきれずに発表した。



「色々と言いたいことはありますが、私から提案があります。神事で魔の発生を抑制できるのならば、森でも神事を行えばいいのではないでしょうか?」


「そのような広範囲を神事でカバーするのは難しいだろうな。神具も魔力もたりぬ」


「あぁ、そうなんですね。うーん、でも……」



 即却下された。んー、いい案だと思ったんだけどなぁ。

 神事を行えば穢れを消せて、魔も発生しなくなる。だったらこれを活用しない手はないのではないか。というか、これしか手はないんじゃないかと思う私は諦めきれない。

 何とか広範囲に神事を展開できる方法はないのかと思い、とりあえず神事ってどういうことをするのか聞こうとした私にザラクス先生は先手を打った。

 


「またその後の追加検証にて儀式では穢れを消しているわけではなく、別の場所へ吹き飛ばしているだけであるということが分かった。森にしか魔が発生しないのは当たり前だ。森自体から発生している穢れと、我々の街から吹き飛ばされた穢れが集まっているのだからな。本来であれば生身の人間にも神事への非参加を行使し、何年か観察してみたいものだが、良い検体が手に入らんのがままならんことだ」


「生身の人間!? それこそ人体実験です! そんなことしたら穢れが溜まった魔物が魔になるみたいに、その人も魔になっちゃうかもしれないじゃないですか、危険すぎます!」


「分かった分かった。ほら、茶でも飲んで落ち着け」


「むぅっ! 絶対にわかってないですよね? それに神事でも穢れが消せないのでしたら、森は穢れの吹き溜まり状態じゃないですか。でも魔は倒せないですし、穢れは人や生き物、その亡骸から発生し続けています。これでは魔が増える一方なので、とても危険な状態なのではないですか?」


「そうだな。まぁ、そこは神の雫にでも任せておけばいい」


「神の雫?」


「知らんのか? 本当に世間知らずだな。神の雫とは数十年に一度、中央でエーダフィオンの蔓を離れる高属性のものの二つ名だ。魔の討伐にて多大な功績を挙げ、そのものが現れた翌年からは魔の発生率が異常に下がる。私が推測するに、神の雫というのはおそらく非常に強い陰の属性を持っているのだろう」


「そんな凄い人がいるんですね。はぁ、良かった。安心しました」



 なんだ。倒せないのに増えるばかりの穢れが溜まって、そのうちにこの世界は魔の巣窟になっちゃうのかと思った。そんな勇者みたいな人が定期的に現れるのなら、その人に任せておけばいいじゃん。もう、脅かさないでほしい。

 しかし胸を撫で下ろした私とは反対に、ザラクス先生はやりきれないような表情をした。



「それが中央が中央たる所以であるからな。神の雫が成し得た功績は中央の功績として称えられ、その権力を高めるとともに、唯一人の巨大な力が蹂躙(じゅうりん)するが如く魔を一掃する姿を我々に刻みつけることで圧倒的な希望を抱かせる。しかしだとしても、我々が貴族としての役目を放棄し緩みを持つ理由にはならん」



 あぁ、そっか。ザラクス先生はその神の雫とか呼ばれる人、1人に貴族の役目を押し付けるのが許せなくて、彼なりに魔を倒す方法を見つけようとこの研究をしてるのかもしれない。

 先生の憂いを帯びた表情に、無意識に出来る人に任せればいいやと他力本願な考えを持ってしまった自分に反省した。


 そして私も貴族の1人として考える。本当の意味で魔を倒せるのは数十年に一度の神の雫だけ。

 6属性しか渡さなかった、いや渡せなかった精霊は貴族が魔を倒せないことを分かっていたはずなのに、どうして魔を倒せと信託したのだろうか。



「……精霊たちは私たちに何を求めていたのでしょう?」


「さぁな。だが現状として我々は神の雫が現れるまでの時間稼ぎ、またはその場凌ぎに近いことをしているだけであることは確かだ」


「うーん、やりきれないですね」



 お互いに少し沈んだ雰囲気を出しながら紅茶を啜る。そんな空気を平手打ちで壊すが如くザラクス先生は新たな話題を口にした。



「ところで、今話したことは全て機密事項だ。これを知る者の名は全て私が掌握(しょうあく)しているはずだが、おかしなことに先ほど其方が話していたエアリというものの記憶が私にはない。いったいエアリとは何者なのだ?」



 その質問に、当たり前のように私の口が滑る。



「エアリは、ハリーシェアのお友達です。元々は冬呼びたちの護衛をしていた炎だったんですが、魔力が尽きる間際に糸としてペミレンス家へ譲渡され、それがハリーシェアの抱き枕に編み込まれました。色々な偶然重なり、一時的にハリーシェアの使い魔になったんです」


「ふむ。冬呼びに渡された炎の使い魔か。非常に興味深いな。そのエアリは魔について何と言っていた?」



 あれれ? エアリの話って他人にしていいんだっけ? ハリーシェアとの秘密の話だったような? でも、ザラクス先生は魔の研究をしてるし、私にも色々と教えてくれた。じゃぁ私からも情報提供するのが礼儀だよな? そうだよね?

 何か変だと思いつつも、脳内で辻褄合わせの補正がかかり口が勝手に回る。

 


「彼は寝物語として自身の体験談をハリーシェアに話していました。その中で魔のことを死ぬことはないとか、死んだふりは得意って言っていました」


「なるほど。精霊に近い存在であるが故にその者はこの世の理を知っているのか。うーむ、ペミレンス家か。やや面倒だが、これは接触する必要があるな」


「あ、いえ。エアリはもういないんです。一時的な契約だったので……って、やっぱりおかしい! なんでこんなにペラペラ話しちゃってるの!?」


「急に声を荒げてどうした。いいから席につきなさい」



 やっぱり変だと混乱して椅子から立ち上がった私を、妙に落ち着いた声でザラクス先生が(たしな)める。

 しかし席から立ったことで彼の手に持ったカップの中身が見えハッとした。


 私のと違い、ザラクス先生の紅茶はキラキラしていなかった。研究について長く話したことで喉が渇くのか、さっきから何度かおかわりをしているが、毎回私のところへ来るティーポットとは別のポットから紅茶を受けている。


 2人しかいないのに、客人とポットを分ける必要があるのか。そもそも茶葉を分ける必要があるのか。そういえばお茶の提案も変なタイミングだったし、わざわざヴィセさんには()()()()()を用意するようにと指示していた。

 考えてみればただの生徒に対して特別な茶葉を出すのはおかしい。()()()という響きから、勝手に高級品と勘違いしていたが、これはもしかして……?



「まさか!? ザラクス先生この紅茶、ベルクムが入っていますね!?」



 紅茶の入ったカップをドンっとザラクス先生の前に突き出す。



「何だ。ユニフィアのやつ、もうベルクムを教えたのか。この年で教える内容ではないだろうに。全く今年の講師はカリキュラムの変更ばかりをしているな」



 ぶすっとした表情でユニフィア先生へ責任転嫁したザラクス先生を問い詰める。



「ザラクス先生、誤魔化さないでください! 入れたんですね!?」


「あぁ、どうやら、ヴィセが誤って入れてしまったようだな。それで? 其方講義ではどのくらいの量の粉を作成したのだ?」


「2袋です! ……って、誤魔化さないでください! ワザと! 入れたんでしょう!? エアリの話を聞きたいからって、ここまでしますか!? むぐぅ!?」



 自白剤がわりのベルクム効果で感情のままに叫ぶ私に、ああうるさいと手を振ったザラクス先生は、私の口に効果を解除する液状内服薬の入った小瓶を突っ込むと、ため息をつく。



「2袋か、多いな。……まぁ、謝罪ついでに一つ助言をくれてやろう。あまり知られておらぬが陽はその性質上、少し先の物事を見ることができる。多分に漏れずベルクム粉もそうだ。それにより制作者に対して常に必要量しか作ることを許さない。この意味がわかるか?」



 急に真面目な顔をしたザラクス先生が自分の過失から話を逸らしたかっただけとは分かっていても、不穏な警告を聞き流すことはできなかった。



「……ベルクム粉はその人に必要な量しか作れない? えっと、それは私にはベルクム粉が2袋分も必要となる何かが起こるということですか? 一体何が起こるのですか?」


「そんなもの私が知るはずがないだろう。分かっているのは、ベルクム粉が其方に大量のそれが必要となるべき何かが起こることを予見した、という事実だけだ。警戒しようがしまいが陽の力が見通した先を防ぐことは出来ぬが、常に必要と思う量を身につけておくことを推奨しよう」



 子どもっぽい悪戯をするし研究に関してはクレイジーを通り越してヤバすぎるが、知識や情報に関しては一流っぽいザラクス先生の発言と、その後ろでコクリと頷いた何ならザラクス先生よりも信頼感のあるヴィセさんの様子からこれは本気の助言だと気がついた私は、不安から無意識にポッケに入っているベルクム粉袋に手を当てる。キュッと握ることで、そこにあることを確かめたのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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