陰の講義と研究成果
「茶請けといってはなんだが、少しばかり私の研究論について語ろう。先の話だがな、其方は精霊の話を知っているか? 我々が力と役目を授った由縁たる物語だ」
そう切り出したザラクス先生は、ティーポットから紅茶を注いでもらったカップを手に取り、香りと色を楽しんでから一口含んだ。
茶席だが、いつになくまともな講義が始まる雰囲気に私も姿勢を正す。
「はい。知っています。7柱いる精霊の中の、陰の精霊が消えてしまったことが発端ですよね。穢れを排する力を持つ陰の精霊がいなくなったことで世界の均衡が崩れ、穢れを身のうちに溜めすぎた温厚な魔物が危険な魔となったり、穢れ自体が集まって魔となり暴走を始めた。困った残りの精霊たちは、彼らの声を聞くことができた人間に自らの力の一部を与え、これを抑えるように信託したのが貴族の始まりです」
暖かな湯気から茶葉の香りを燻らせたティーポットが、私のカップにキラキラしたお高そうな紅茶を注ぐ。注ぎ終わると静々と元の位置に戻り、ザラクス先生へ紅茶を注いでいた別のティーポットの横へ寄り添うように並んだ。
驚くことにそのポット達は定位置で大人しくしていて、勝手にテーブルの上を駆け回ったり見知らぬお客様にはしゃいだりはしなかった。早く飲めとせっついて、二杯目の無理強いをすることもない。お上品な様子に我が家のヤンチャなティーポットとの違いを見せつけられ恥ずかしくなった。
まぁ、うちの子の方が可愛いけどね。そうは言っても、もう少しお行儀を学んでもらったほうがいいかもしれない。
そんなことを考えていると、菓子皿から一枚の焼き菓子をとり、それ以外の菓子を皿ごと私に押し付け紅茶も自由に飲むようにと勧めたザラクス先生が話を続ける。
「あぁ、概ね合っている。しかし不思議に思ったことはないか? 貴族の中で陰の属性を持つものは極端に少ない。実際、私が講師を務めてから儀式にて陰の精霊石を得たものは其方を含めて2人のみ。それもごく小さなものだ。精霊石の大きさと力が単純に比例しないとはいえ、決してその力が強いとはいえぬ。これを其方はどう思う?」
「うーん、そうですね。私たちはもともと6柱の精霊たちから力を授けられたのですから、それに入っていない陰の属性を持たないのは、当然の結果ではないでしょうか?」
「理にかなった推論だ。私も同様の考えを持った。そこでだ。我々が基本的に6属性しか持たぬという前提を元にすると、一つの疑問が生まれる。陰の属性を持ちえぬ我々がどうやって魔を倒すのか、ということだ。6柱の精霊でさえ成しえぬことが、その一端を借り受けた言うなれば劣化版である我々にできるはずがないとは思わぬか?」
「確かに、考えてみればおかしな話ですね」
「そうであろう? この発想から私は陰を持たぬ我々は魔を倒してなどいないのではという説を立てた。倒せるはずがないのだからな。そしてこの説は、中のものが外へ出ないよう高度な術を施したあの瓶を用いて立証された。其方も確認したと思うが、一度消滅させた魔は一定時間の経過後に復活することが認められたのだ」
自分の研究成果を大満足で話すザラクス先生だが、きっとこの仮説実証型論が出た当時は大混乱だったんだろうとトップの方々の苦労を察した。
紅茶を手に取り、香りと味を楽しんで気持ちを整えてから前から思っていたことを尋ねる。
「理解したくはありませんでしたが、私たちが魔を倒していない事実とその理由は納得しました。でもザラクス先生。私はよく分からないのですが、そもそも魔とは何なのでしょうか?」
「ふむ。それに関しても検証済みだ。私の素晴らしい研究結果を聞くが良い」
とてもとても楽しそうな様子のザラクス先生に、碌でもないことをいいだすのではと悪い予感がした。とは言っても気になるので、コクコクと紅茶を飲んで、ついでに悪い予感も飲み込んでから聞く。
「教えてください」
「ふむ。おそらくであるが我々や動植物が生命を消費する過程で排出し、また既にエーダフィオンの元へ戻ったものの亡骸が大量に発生させているであろう、しかし感知も特定もし得ぬ副産物が穢れの正体であり、これの集合体が魔だ」
ドヤ顔でそう言い放ったザラクス先生を見ながら、彼の話を聞いた私の中では日本人として納得してしまいそうになった心と、リケジョとしてそれは無いだろうと受け入れたくない理性がせめぎ合う。
これはあれだね。考え方としては思いっきり神道だ。私たちは何も悪いことをしていなくても、生きているだけで罪や穢れを身につけてしまうと言われている。
神社には“大祓い”という年中行事がある。身についてしまった穢れを落とす祭事だ。その時期は境内に藁か何かで作られた、やたら大きい輪っかが出現していた。
前世のことだが、勝手に通勤経路として毎朝参拝していた神社で、最初にあの輪っかを見た時は驚いた。神社の掲示板で大祓いの説明を見て、へー、そんなのあるんだと思ったのが懐かしい。参加したことはないけれど、大祓いは年に2回、夏と冬にどこの神社でも斎行されているらしい。その時までは全然知らなかった。
しかしこれはあくまでも思想の一つ。穢れなんて実際に見たことも感じたこともなければ、それが集まって魔になるなんて言われても、よく分からなかった。
いくらこの世界が魔法や魔力があるファンタジーだからといって、目に見えないもの、科学的に証明できないものをこれが答えですと大皿に乗せてドーンと出されても、カチコチの理系脳は簡単には飲み込めない。
ピンとこない胸の内をそのままの気持ちとしてザラクス先生へぶつけた。
「はぁ、一応分かりました。穢れは私達や全ての生き物、亡きものが出していて、それが集まったものが魔ということですよね。でもですよ。“感知できない穢れ”がそこにあるということを、証明するのは難しいのではないでしょうか?」
私の反応に納得いかない顔をしたザラクス先生は、グイッと手を伸ばし自分でさっき私の方へ追いやった菓子皿から小さなマフィンを取る。
そのまま口に放り込んで咀嚼することで気持ちを切り替えると、研究内容についての話を続けた。
「……あまり驚かないのだな、つまらぬ。まぁよい。いいか、逆だ。魔とは何なのか。これを調べる為に私は魔の発生条件を様々な方法と条件下で検証した。そして行き着いた答えから、感知できぬ穢れの存在を特定したのだ」
人が食べてるのを見ると自分も食べたくなる。私もザラクス先生が手を伸ばしたものと同じお菓子を選び、頬張りながら答えた。
「んー、モグモグ。さっきは仮定から説を立証しましたが、今度は実験結果から分析と考察を経て答えを導いたということですか?」
「そういうことだ。具体的には大瓶を三つ用意し、一つは空、もう一つは大量の小動物、最後の一つは大量の小動物の死骸を入れ中のものが外に出ぬよう例の術を施す。また排泄物などは自動で処理され、餌も供給されるという、複雑な魔術を組み込んだ上で観察を行った」
「うわぁ。想像したくもないですね」
「何を言う。類稀な知識による高術式の構築と、それを実現するだけの能力、技術、財力があってこそ可能となる、つまり私でしか成しえぬ検証であるぞ? 数年単位でこの瓶を観察した結果、小動物を入れた瓶にて微小な魔が発生し、また死骸を入れた瓶には早い段階で複数の魔が発生した。まぁそれ以外にも細やかな検証を行ったのだが、大まかにいうとこの結果により、穢れが先ほど話した内容であると特定に至ったのだ。どうだ、畏れ入ったのではないか?」
そんなことを言われても、畏れ多さよりもなんて気持ちの悪い動物実験なんだろうというのが素直な感想だ。ギュウギュウに瓶詰めにされた大量の小動物や死骸を想像してしまった。
でもそっか。空と生き物、そして屍骸とを入れた三つの瓶で比較試験してるし、生き物や亡骸から何かが発生してそれが魔になるというザラクス先生の説はやっぱり正しいのかもしれない。死んでる方が魔の発生率が高い、つまり穢れが多く排出されてるっていうのも、神道のそれっぽいしね。
……でもなぁ、それじゃおかしくない? むくむくと湧き上がる矛盾点をぶつける。
「お言葉を返すようですが、魔は基本的に森の中で発見されるのですよね? 街中に出たという話は聞いたことがありませんし。確かに森の中の方が生き物や植物、その死骸が多いので、その分穢れが多く排出され魔の発生条件を高めると思います。ですがそれにしても人の多い街中で魔が発生しないのは、ザラクス先生の説ではおかしいのではないでしょうか?」
「結論を急ぐでない。それについても既に検証済みだ」
「検証済み?」
ニヤリと口角を上げたザラクス先生は、私からそう異論が出るのは想定済みだとばかりに生き生きと語り出す。
「そうだ。これについては街と森とでの違いを比較することで解明することができた。これも様々な検証を行ったのだが、一番分かりやすかったのは、あれだな。まず二つの死体を用意しーー」
「えっ、死体!? まさか人間のですか!?」
ぶはっと紅茶を吹き出した。私の反応に全く違う解釈をしたザラクス先生は話を続けようとする。
「あぁ、すまぬな。説明不足だったか。研究の中で人の死体ほど早く魔を発生させるものはないと分かったのだ。あれは結果を見るのに非常に効率が良い」
「効率がいいだなんてそんな! 故人を実験に使うのは不謹慎です! って、ひゃぁあぁ!?」
倫理的な観点から一言も二言も物申したかった私の声は、ザラクス先生が月魔法により自身の影からゾンビ化したヴィセさんを作り出したことで悲鳴に変わった。
ザラクス先生は何食わぬ顔で、そのゾンビにさっき私が吹き出してしまった紅茶を拭かせる。
ヴィセさん本人で十分なのにこのタイミングでゾンビを出現させたのは、私の口を閉じさせるためと明らかだったが、至近距離ゾンビが怖すぎて何も言えない。
椅子を引いて距離を取るも、ちょっとだけ肘が当たってしまったゾンビは冷たかった。感触あるんだ!? そっか、さっきロンルカストのバリアも普通に叩いてたもんね!? ひぃー、怖いよっ!
恐怖で文句の止まった私を見ながら美味しそうにお茶を嗜んでいたザラクス先生は勝手な言い分を続ける。
「問題はない。そのものの家へは多大なる便宜を図ることで使用許可を得ている。残された者の利益につながり、本人も本望であろう。それでその二体なのだがな。例の内側のものを外へ出さぬ術式を周囲に敷いた上で森へ放置したところ、魔が発生したのは片方のみであった。この違いは何だと思う?」
人道をガン無視した実験方法に目線だけで異議を唱えるも、自身の研究についての話を進めたい気持ちが先行して私の意見を聞く耳などかけらも持たないザラクス先生はウキウキとしながら問いを投げかけてきたのだった。
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