陰の講義と魔の真実
「課題って本日は何をすればいいのですか?」
声を少し低くして尋ねる。
先輩がしでかした無礼を八つ当たりされるという、謂れのない被害を被ったのだ。不機嫌を表す理由には十分だった。
「もう忘れたのか? 其方の課題はあれだ」
ザラクス先生はそんな私の様子を歯牙にも掛けず、机の上の瓶を指した。
瓶を見ると、中には吸盤の代わりに大量の目玉がついた一本のタコ足が蠢いている。わぉ、前と同じやつか。相変わらず気持ち悪い。瓶を視界から外して文句を言う。
「またこれですか。こんなの、前みたいに燃やして終わりですよ?」
「何か勘違いしているようだが、私は新しい課題材料など用意しておらん」
「えっ? だって前のやつは燃やしましたよ。これは新しい魔を入れた新しい課題ですよね?」
「そんなものは用意しておらんと言っているだろう」
「えぇっと、どういう意味ですか?」
コテリと首を傾げる。
しかしザラクス先生はそんな私を無視して近くにあったフラスコを手に取った。フラスコ内の毒々しい色の溶液に、これまた怪しげな粉末をサラサラと加え、手首のスナップでフラスコ内をふり混ぜる。
途端にボコボコと気泡を発生させながら薄気味悪く変色するという体に悪そうな化学反応を起こしたそれらを観察するザラクス先生は、パンデミック用の毒でも作ってるんじゃないかと見間違うほどの悪の研究者感を発揮しているが、フラスコ内の反応が終わるまでの隙間時間が暇になったのか、私の質問に片手間に答えた。
「どういう意味も何もそのままの意味だ。それに私もヴィセも、人の研究の邪魔をするような趣味はない。その瓶には前回其方がここを出て以来、誰も触れておらぬからな」
「え、誰も触れていない? ということは、まさか瓶の中の魔が復活したということですか? 完全に燃やしたのにどうして!?」
時間差で返ってきた来た答えにギョッとする。瓶が置いてある机からザザッと後退りをした。
ザラクス先生は杖から出した炎でフラスコに熱を加え、溶液に溶ける溶質の最大値を上げながら口を開く。
「ふむ。理解が及んだか。であれば改めて課題を伝えよう。私は前回、“この瓶の中のものを消しなさい”と言った。一時的に燃やしたり倒したりは消したことには入らん。引き続き研究に励むように」
そう言ってザラクス先生は手元でボコボコと沸騰しているフラスコに視線を戻す。私は怪しげな研究を再開しようとする彼を慌てて引き止めた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 確かこの前、私がお手本を見せて欲しいと言った時ザラクス先生は、“できないことは教えられない”と仰っていましたよね?」
「そうだが?」
「そうって……あの、この課題に正解はあるんですよね?」
「つまらんことを言うな。それを探すのが其方の課題であり、私の生涯を捧げるに足る研究議題だ」
え? 本気でちょっと待って欲しい。それって、魔を倒す方法はまだ見つかっていないってことだよね? いやいや。そんなことある? 理解が追いつかない。頭の中を整理するためにあえて声に出す。
「つまり魔は倒しても復活する? でも完全に消す方法は見つかっていない。……じゃぁ、貴族や騎士団が魔を倒してるのは一時的な対処なだけで、根本的には意味がないってこと? それとも騎士団には何か特別な倒し方があるとか?」
混乱する私の独り言に無情な返事が返ってくる。
「そんな殊勝なものはない。私の研究の意味がなくなるではないか」
「ない!? では、あの、念のため確認させてください。恥ずかしながら世間知らずな私は知らなかったのですが、魔が本当の意味では倒せていないことは、周知の事実なのですよね?」
「いいや。この事実はほんの一部のものしか知らぬ」
「えーっと、ザラクス先生? まるでこれが重大な機密事項のように聞こえたのですが」
私の勘違いですよね? と後に続く予定だった言葉は言わせてもらえなかった。そのかわりザラクス先生の面倒そうな声が私の言葉に被せられる。
「もちろんそうだ。言っておくが、ここで見聞きしたことは外で口にせぬのが身のためだぞ。エーダフィオンの蔓が恋しいのであれば別だがな」
その答えに息を呑む。
これダメなやつだ。もしかして国家レベルの機密なのかもしれない。
だって、バラしたら口封じで殺されるぞってナチュラルに脅されたし、それに本当は魔を倒せてなかっただなんて、騎士団にバレたら士気が下がるどころじゃない。最悪、貴族の存続問題に繋がるかも? とにかくこれは絶対に、私なんかが知っていい情報じゃない。
魔についての真理に突然触れてしまった衝撃から、その事実を事も無げに投げてよこしたザラクス先生を睨む。
「こんな重要な秘密、一介の子どもに教えていい情報じゃないでしょう!?」
「仕方がなかろう。ここで教えることなど他にないからな」
これしか無いから教えた。今日の夕飯これしか無いからレトルトにした的なノリでポイっと渡されてしまった。絶対にそんな軽い感じで共有して良いレベルの内容ではない国家機密に脳内では理性たちが慌てふためき、バタバタと駆け回っていた。
わぁー! なにそれ、聞きたくなかった! この人おかしいよ!? あー、そうだった、知ってた! この人とんだクレイジーだった! 彼らを代表して、ザラクス先生に非難の声をあげる。
「そうはいっても、なんてことを教えるんですかっ!?」
「今更何をいっているのだ。これを知りたいと望んだのは其方だろう」
「はい? ザラクス先生こそ何のことを仰っているのですか?」
「何のこととはけしからんな。儀式の間にて問いを渡しただろう。“それを望むか?”と。其方は私に“どういう意味か”と問いを返すことで、自ら扉に手をかけたではないか」
「儀式の間? いったい何のお話……ってあぁっ!? そういえば陰の輪を通った後、そんなやりとりがあったような?」
「思い出したか? 私は其方が望んだ扉の場所を示しただけだ。開いた先の光景が気に入らなかったからといって、責めるべきは私ではなくその扉を求めた其方自身にある」
自分は悪くない。私の自己責任だと言い張るザラクス先生に、一瞬納得してしまいそうになったが、踏みとどまる。
「いや、だからって、そんな。何も知らない子どもに伝えていいような情報ではないでしょう」
「まぁ、諦めよ。珍しく輪が反応したのだからな。知る権利を持つということはこれを放棄する選択肢も生まれるが、同時に知らねばならぬという必然とも言えるのではないか?」
「はぁー。なんだか小難しい言い方をしていますが、それは私には最初から知る以外の選択肢はなかった。と言うことですよね?」
「同じことだ。どちらにせよ其方のくだした決断ということに変わりはないのだからな」
ザ他人事。ザラクス先生の心のこもっていない慰めを聞き流す。
諦め混じりのため息をついて、この大きすぎる事実の消化に努めていると、魔が倒せないというワードが頭の片隅で眠っていたいつかの記憶とリンクした。
「……ん? あぁ、そっか。だからエアリは魔を倒すことは出来ないって言ってたんだ」
そうだ。ハリーシェアが大事にしていた抱き枕、もといエアリもそんなことを言っていた。
元々炎だったエアリは、冬呼びの護衛をしながら彼らと旅をしていた。
繰り返される魔との戦いの中、死ぬことのない魔を倒せないことを悔やむ彼に、長い勤めを全うした感謝を込めて冬呼びたちは彼を編み込んだ糸をペミレンス家へ贈る。そしてハリーシェアの母がその糸で編み込んだぬいぐるみが彼女の元へと渡ったのだ。
思い返せばエアリがハリーシェアにしていた寝物語の中でも魔は死がないとか、死んだふりは得意とかなんとか言っていた。
あの時は御伽噺感覚で聞いていたから深く考えなかったが、あれはエアリ自身の体験談でもあるから、こっちと共通の話だったのか。
なるほどねと、1人納得する私の独り言を目敏くキャッチしたザラクス先生が口を開く。
「エアリというものがこれを知っているというのか? エアリ……ふむ。聞かぬ名だ。情報規制の外でこの事実を知るものの存在を、私が知らぬはずがないのだが。ミアーレア、エアリとは何者だ?」
あ、まずい。これはエアリとハリーシェアのお布団の中での秘密のお話だった。私が知っちゃったのは仕方がないとして、勝手に広めるのは流石にマナー違反だよね。
ポロッと口から出してしまった自分の迂闊さを後悔しながら、両手を顔の前で振って話しませんアピールをする。
「あ、いいえ。忘れてください。女の子同士の秘密のお話です」
「そうか。それは仕方がないな。秘する花を咲かせる聊爾はとれぬ」
「あ、はい。ありがとうございます」
あれれ? 研究者肌な性格からしつこく聞かれるだろうと身構えたのに、思いの外すんなりと引いてくれたザラクス先生に拍子抜けした。キョトンとする私に彼は意外な提案をする。
「それよりも其方も疲れただろう。少し休憩としよう。ヴィセ、茶葉の用意をしてくれ。誰かとともに嗜むのは久方ぶりだ。特別な方で頼む。ちょうど良い量があるはずだ」
「……承知いたしました」
そう答えたヴィセさんが振った杖に合わせて、奥の部屋からアンティーク調の丸テーブルが飛び出してきた。テーブルは室内の空いたスペースに我が物顔で猫足型の脚をつけ、ふわりとクロスがかけられる。
その上には後から飛んできた陶器のティーカップ、ソーサー、シュガーボール、銀製の水差しに一口サイズのお菓子の乗った菓子皿などが着地し、あっという間に茶席がセッティングされた。
最後に小洒落た花瓶がやってきてテーブルの中央に乗ると、コトコトと小刻みに動きながら、私に対して自身の見栄えが一番良くうつるように角度を調整した。
見るとザラクス先生は、いつの間にか持っていたフラスコをスタンドに放置し席についていた。
テーブルを挟んで先生の対面にある一脚の椅子がカタンと音を立てアピールする。私に座るように促した。
急にお客様扱いされて驚くも、ゾンビに怯えながら登校したり突然に国家的な機密を知ってしまったりでそこそこに疲れていた私は、何の疑問も抱かず有り難く茶席に着いたのだった。
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