陰の講義と大人気ない講師
注意:ザラクス先生(陰の講師)の頑張りにより、ややグロテスクな表現があります。
苦手な方は、“端正な顔〜”で始まる文章ブロックから、3ブロックを飛ばしてお読みくださいませ。
物語の進行やミステリー要素に問題はございません。
(ホラーの苦手なミアはギリセーフでした。参考までに)
3章も終盤が近づいて参りました。
ままならないことが続いておりますが、今暫く応援、もしくはお見守りくださいますと幸いです。
「このような面妖で奇怪なものに案内をさせるとは、ザラクス様はいったい何を考えているのでしょうか!?」
杖を前に向けながら南塔の廊下を歩くロンルカストは、不快極まりない声を隠さずにそう言い捨てた。青髪だけがいつもの爽やかさを忘れずにサラサラと揺れる。
私たちは2回目の陰の講義を受けるため、講師の部屋へと向かっていた。
私はそんな大声で悪口を言っても大丈夫なのかな? もしかしてわざと言ってる? と勘ぐりながら、ロンルカストにピッタリとくっついて歩いていた。
なんのフォローにもならないけれど、念のため情報を渡す。
「一応伝えておきますが、前はここまでグロテスクではありませんでした」
ロンルカストの持つ杖の先からは障壁魔法が細く吹き出し、床にカポッと被せた半球円状のガラスボウルのような形となって私達を囲っていた。
そのバリアは私たちの歩みに合わせて床を滑るように動き、本来であれば案内役であったはずの存在を完璧に防御している。
誰にでもできる事なのかどうかは知らないけれど、多分ロンルカストはすごく器用だ。そして頼もしすぎる。
そのロンルカストはチラリと私を見てから口を開く。
「そうなのですか? では前回はどのような姿だったのでしょうか?」
「はい。前はもっとぼんやりしていて、人型の薄い灰色のモヤみたいな感じでした」
そう答えながら、障壁の外周を彷徨く幽霊を見る。
前回の講義で大人気ないザラクス先生が月魔法でつくった案内役の幽霊に脅かされ続けるというホラー体験で足腰がフラフラになった私は、今回その対抗策としてロンルカストに同行をお願いした。
私からザラクス先生の所業を聞いていたロンルカストは、最初からそのつもりだったらしく一つ返事で付いてきてくれたのだが、これがもうただの大正解。
何故ならば、前回と同様に誰もいない講義室前で待っていた私たちの前に現れた幽霊が、恐るべき進化を遂げていたからだ。
ロンルカスト曰く面妖で奇怪なそれは、案内役としての役目を綺麗さっぱり放棄し、障壁をペチペチと叩いてはどうにかそれを崩そうと奮闘していた。
私から幽霊の姿が前と大きく違うと聞いたロンルカストは、呆れた声を出す。
「さようでございますか。ならばザラクス様は、月魔法の向上をなされたのですね」
「月魔法の向上? ザラクス先生は月魔法はあまり得意では無いと仰っていましたけど、苦手な魔法も伸ばすことができるんですね」
「本人の才能や努力にもよります。しかし今のお話を聞いた限りですと、二月で出した成果としては凄まじいです。あのお方の向ける熱意や力を注ぐ方向性は、昔から常識でははかれません」
たぶんロンルカストは、ザラクス先生を褒めていると見せかけて、丁寧にバカにしているのだと思う。そして私もその意見に全面同意する。
こんなものを生み出すために精を出すなんて、どうかしてるよ。そう非難を込めて彼に返事をした。
「私もザラクス先生の執念がここまでとは思いもしませんでした。ロンルカストについてきてもらって、本当に良かったです」
心底そう思いながら障壁の周りをグルグル回ってまとわりつく幽霊へと視線を向けた。
その見た目は幽霊というよりは、もはやゾンビに近い。
以前はただの灰色の幽霊だったものには、はっきりとした顔がついていた。精巧な作り。首から上だけ見れば普通の人と変わりはない。
どことなく見覚えがあり、おそらくヴィセと呼ばれていたザラクス先生の側近だ。しかしそれは、常人ではないと一眼でわかる。何故ならばその顔が、不気味な崩壊と再生を繰り返しているからだ。
端正な顔からドロリと右目が落ちる。それは腐った果実が内側からわいた蛆虫にその実を押し出されるような不快さを伴っていた。ぽっかりと空いた眼窩。その奥ではぬらりと光る真っ黒な闇が覗いていた。
次にグズリと鼻の形が崩れる。形を失った骨は周りの皮膚を引っぱりながら柔らかすぎる粘土のように重力に従って下へと垂れ落ちた。残った生肉の隙間から見える上顎骨が、やけに白い。
間髪を入れずに、柔らかな栗毛色の髪が頭皮もろともズルリと剥ける。剥き出しになった頭蓋骨も使い切った炭のように崩れ落ち、その中身から既に腐敗した脳を露呈させた。
顔だったものはあっという間に腐った肉塊へと成り下がる。その様は怖気を感じさせる以外の何者でもなかった。
そして崩壊した顔の一部だったものは、落ちる過程でその体にぼたぼたと張り付く。作り込まれた顔と違い側近服の色だけを模した深緑の平坦な体は、当たり前のようにそれらを吸収した。
同時に崩壊して失った部分の顔の肉がボコボコと不気味に膨れ上がる。形を整え元の綺麗な顔へと再生するも、しかしそれもまたすぐに腐敗して崩れ落ちていった。
謎の永久機関だ。醜悪さにも程がある。以前とは全くの別物と成り果てていて、最初にこれが現れた時は、その悍ましさに意識が飛びそうになった。
辛うじて失神しなかったのは、横にいたロンルカストが速攻で出した障壁魔法により距離をとれた安心感と、彼にしがみついて感じられた心の拠り所のおかげだと思う。
バリアがあるので、私たちには手出しできないと分かっていても怖すぎた。子どもを脅かすためにここまでするなんて、あのオッサンは頭がおかしい。
これと比べたら前回の灰色の幽霊さんが可愛く思えるなと、価値観の修正をしながら両腕の鳥肌をさする。
ロンルカストに付いて来てもらったことを心から良かったと思っていると、ゾンビが見覚えのある部屋の前でぴたりと止まった。
不満そうな顔を最後にガンガンと障壁に打ち付ける。狂ったホラー演出にロンルカストとともに唖然としていると、ゾンビは急に動きを停止した。グシャリと床に崩れ落ちる。そしてカーペットへ溶けるようにシミとなって消えた。
おわっふ。消え方もバージョンアップしてるんかい。心臓に悪いからやめて。
最後に消えた毛髪の残像に怯えながらロンルカストにしがみついていると、ガコンと目の前の扉が開く。聞き覚えのある声がした。
「ミアーレア様、お待ちしておりました」
見上げるとさっきまでいたゾンビと同じ顔をした、側近のヴィセさんと目が合う。ついビクリと肩を震わせた私に、彼は申し訳なさそうな顔で口を開いた。
「お迎えに行けず申し訳ございません。少々取り込んでおりました」
あ、せっかく出迎えてくれたのに変な反応をしちゃった。失礼だったなと反省した私は、大丈夫ですという意味を込めて笑顔で返事をする。
「いえ。本日は側近とともに参りましたので、問題はございません」
私の言葉に合わせてロンルカストがスッと頭を下げる。
「それは宜しゅうございました。どうぞ、中へお入りください」
そう言ってヴィセさんは安心したように微笑んで私達を部屋の中へ促した。
部屋の中へ入る。泥棒でも入られたのかと思うほどぐしゃぐしゃだった前回と違い、室内は綺麗に片付けられていた。一瞬、別部屋かと思った。
ヴィセさん相当頑張って掃除したんだな。
そう思っていると、奥で仁王立ちしているザラクス先生と目が合う。
彼は私の後に続いてシレッと部屋の中に入ったロンルカストを見て、への字に曲げた口を開いた。
「側近連れとはどういうことだ? 非常識極まりない。講義室へは講義を受けるもののみが足を運ぶ規則だろう?」
ロンルカストは軽く頭を下げ、私の代わりに恭しく答える。
「そのような規則はございません。案内役に影を使うのと同様に許容の範囲内でございます」
「……全く口惜しい。其方のおかげで私が費やした時間が無駄になったではないか」
そう言って、ザラクス先生はそっぽを向いた。
あー、つまりあれか。私を脅かすために苦手な月魔法の影を練習したのに、ロンルカストに邪魔されたから拗ねてるんですね。って、子どもか。
ロンルカストは口元に微笑みを張り付けて嫌味を返す。
「さようでございますか。お戯れに費やす時間がおありのようで羨ましい限りでございます」
「くっ……主に似て太々しい態度だ。其方に教える講義はない。退出願おう。さっさと部屋から出ていけ」
そう言ってザラクス先生はシッシッと手を振った。しかしロンルカストはその場を動かない。
「いいえ。本日は私もこの部屋にて留まらせていただきたく存じます。ご迷惑はおかけ致しませんので、どうぞお気になさらず」
「厚かましいな。講義室には講師と生徒以外、立ち入りできぬ決まりだ」
「ここは講義室ではございません。またザラクス様の横には、講師でも生徒でもないものがいるようにお見受け致します。彼はいかがされたのでしょうか?」
「これは講義の助手だ」
ヴィセさんは先生の研究の助手であって、講義の助手ではないのでは? そう突っ込みたくなったが我慢した。2人の言い合いは続く。
「では私も、ミアーレアさまのお手伝いをしたく存じます」
「チッ。口の減らぬやつだ。これは魔力を使うから面倒なのだが、しかたあるまい」
舌打ちしながら諦めたように独り言を呟いたザラクス先生は、小声でブツブツと何かを唱えた。いつの間にか持っていた杖を振る。
それが起こったのはハッとしたロンルカストが杖を出したのと同時だった。キンっと甲高い音が響き、ザラクス先生の持つ杖先から光が溢れる。
眩しいっ!? 驚きと眩しさで目を細めた視界の端で、部屋中に広がった光に触れたロンルカストが弾かれたように部屋の外へと吹き飛ばされた。
ドンっと空いた扉がロンルカストを外へ排出し、乱暴に閉まる。すると部屋を満たしていた光がスンッと消えた。信じられない手荒さで、人1人を強制退出させた室内は、まるで何事もなかったかのような静けさを取り戻す。
呆気にとられる私の前で、杖を消したザラクス先生が鼻を鳴らす。
「ふんっ。これで良かろう」
慌てて言葉を返す。
「えっ!? これで良かろうって、今何をしたのですか!?」
「見れば分かるだろう。この部屋を陰の講義室に指定したのだ。私の許可なくば、何人もここへは入って来れん」
「ロンルカストは!? ロンルカストはどこにいったんですか!?」
「さあ知らぬ。部屋の外にでも転がっているのではないか? ククッ、これで邪魔者はいなくなったな」
満足そうにそう言い切ったザラクス先生の後ろでは、肩を落としたヴィセさんが主の暴挙に頭を振っていた。
気に入らないから追い出したのか。講師の権限をナチュラルに濫用した言い分に言葉を失っていると、パタパタと鳥の羽ばたきが聞こえた。
音のした方を見ると、シュッとした鷲が私の手に手紙を落とし飛び去っていく。何だろうと思いながら手紙を開いた。
“結界魔法に阻まれ室内に入ることができません。力及ばず申し訳ございません。お帰りの際には迎えに参りますので、必ずお呼びください。 ロンルカスト”
派手に吹っ飛ばされたロンルカストだが、どうやら無事なようだ。手紙を読みホッとした私は先生へ向き直る。一言言ってやらないと気が済まない。
「ザラクス先生、私の側近に手荒な真似はやめてください」
「私の部屋に土足で踏み込むような奴に、手加減がいるのか?」
「あんな恐ろしいものを案内役として差し向けられたのです。側近として警戒するのは当然じゃないですか!」
「私の努力の結晶に何ということを言う! あれをここまで高めるのに、どれ程の試行を重ねたと思うのだ!? 其方もあやつも私に対しての敬意が足らぬ!」
「あれを見てどう尊敬しろというのですか、全く理解出来ません! それにロンルカストのことをそんな風に呼ぶのはやめてください!」
「なんだと!? この誉高き極地が分からぬとは信じられん! またあやつと呼んだのは其方の側近ではない、元生徒のことだ!」
そう言ってザラクス先生は部屋の一角を指さす。
顔を向けると、整理された室内でその棚だけが不自然に荒らされていた。中に収まっていただろう書物や紙束は床に散らばっている。そこだけ地震にでもあったみたいだ。
「ロンルカストじゃなくて元生徒のこと? あ、そういえば何年か前にも、私と同じようにこの講義を取っていた生徒がいたと仰っていましたね」
「そうだ。あやつめ、今朝急にここを訪ねて来たと思ったら、その記録棚を漁るだけ漁って去っていったのだ」
うーん。人の部屋を荒らしまくって帰っていったのか。そりゃザラクス先生も怒るわ。
でもまぁ、この講義を取るくらいだもんね。その人もやっぱり変わった人なんだろうな。自分のことを棚に上げて生返事をした。
「はぁ。それは自由な方ですね」
「全くけしからん。あやつ、ここを書物倉庫かなにかと勘違いしているのではないか?」
そう言ってぶすっとしたザラクス先生に、ある疑惑が浮かんだ。そんなわけないと思いつつも、この人ならやりかねないと思い、口を開く。
「……まさかとは思いますが、案内役に影を使ったのは、その元生徒から受けた鬱憤を私を揶揄って晴らそうとしたから。とかではないですよね?」
私の問いにツツツと視線を逸らしたザラクス先生は、わざとらしく話を変える。
「ん? あぁ、いや。決してそんなことはない。ごほんっ。んんっ、では講義を始めるとするか。何をしている。早く課題に取り組みなさい」
その様子に確信した。なんてこった。あのゾンビは先輩生徒がザラクス先生の機嫌を損ねたせいで私に差し向けられたらしい。完全な巻き込まれ事故だった。
非常識な顔も知らない先輩と、迷惑で大人気ない講師による理不尽な仕打ちに私はぷくっと頬を膨らませ抗議の意を示したのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




