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風の講義への出席停止処分



「ふむ。また言葉を理解できぬか。其方の頭にも分かるように今一度言おう。()()()()()()()()()()()()()()



 わざとらしくはっきりゆっくりと話したレオ様の言葉が、頭を通り越してグサリと心に刺さる。



 風の講義に出れない? 問いはズクズクと痛みだした心に消えていった。代わりにリスペリント先生の姿が浮かぶ。悲しげな薄い緑色の瞳が、長い前髪の奥から覗いていた。ドクンと心臓が跳ねる。


 ……そんなの、絶対に嫌だ! 

 心の中で誰かが叫んだ。頭にカッと血が昇る。

 心拍数と血流量の上昇により血管壁を無理やり押し広げた血液が、鼓動に合わせて一気に全身を駆け巡った。

 細動脈から各臓器にかかった負担は、シナプスと神経間を伝わる電気信号となり脳内へフィードバックされる。対処すべき事態を受け取った脳は即時反応として一時的な負担軽減措置をとった。分泌される化学物質の比率を変化させるよう、神経網に伝達する。


 その結果、体内では平常とは異なる偏ったホルモン値と微量の脳内麻薬が合成された。

 それは危機に面した生物が、その状況を克服して生き残るために兼ね備えている本能的な覚醒に近い。

 アドレナリン値を急速にあげられた私は、それらにより感じる精神的高揚(こうよう)で、本来生物として感じなければならない恐怖をマスク(覆い隠)される。そして平静では決してできない行動を起こした。

 キッとレオ様を睨みつけ、勢いのままに抗議の言葉を強い口調で発する。



「そんなのあんまりです。風の精霊石を授かった私には講義を受ける権利がございます。それに風の講義へは講師から直々に招待を受けました。いくらレオルフェスティーノ様であろうとも、これを剥奪(はくだつ)する権利はないはずです!」

 

「さよう。私にそのような権利はない。少しは頭が回るようだな」



 急に歯向かってきた格下の相手に対してあっさりと自分に出席停止の権利はないと言い切ったレオ様は、嵐の前の静けさと同様に不気味だった。

 だがレオ様の恐怖を上まわる興奮でドーピング状態の私に、その先を読む余裕はない。

 彼の発言の意図が分からず、愚直(ぐちょく)なまでに自分の意思を口にした。



「ではわたくしは私の意思で風の講義へ出席致します!」



 すると何故か視線を私の奥へと送ったレオ様が、口角だけをあげた表情を変えることなく言い放つ。



「好きにするが良い。できるのであればな。……ロンルカスト、これを風の講義へ出すことを禁ずる。聞こえているのであれば返事をしろ」


「……承知、いたしました」


「えっ!? ロ、ロンルカスト何を言っているんですか!?」



 まさかのやり取りに動揺して後ろに控えていたロンルカストを振り返る。ロンルカストは私の頭越しにレオ様を見ていた。

 ショックを受けていると、トドメを刺すように背中からレオ様の楽しそうな声が聞こえた。



「ロンルカスト、これにも分かるようにはっきりと言ってやれ」



 レオ様の声で一瞬視線を下に彷徨わせたロンルカストは、すぐにその表情を戻す。重い口を開いた。



「……申し訳ございません、ミアーレア様。風の講義へ馬車を出すことはできかねます」



 ロンルカストの言葉に、ガツンと後頭部に硬いものを打ち付けられた気がした。奥歯を噛み締める。やられた。そう思った。

 ロンルカストに馬車を出してもらえない。この状況は実質的に出席停止をくらったのと同じことを意味していた。


 何故ならば私は馬車の操作方法を知らない。1人で歩いて南塔へ行く事も、同じ城の敷地内とはいえ広過ぎて迷う事必須。彼なしで講義を受けに行くことは不可能だった。

 

 私と自分の間ある床へと視線を落としたロンルカストから目を離し前を向く。嫌な笑顔のレオ様が私を見ていた。

 出席停止が現実となった衝撃とまんまとしてやられた悔しさ、それに興奮状態で未だに冷静を失っていることも加わって胸の中も頭の中ももうぐしゃぐしゃだった。

 全ての元凶はレオ様だ。ぜんぶせーんぶこの冷徹貴族が悪いっ! 憎悪(ぞうお)を込めて感情のままに叫ぶ。



「レオルフェスティーノ様、ロンルカストへの今の言葉を撤回してください! 彼は私の側近です、勝手な命令はお慎みいただきたく存じます! それにこのように彼の自由を奪う行為は許せませんっ!」


 

 しかしそんな私の叫びを意にも介さず、レオ様は右手をヒラヒラと振った。満足そうに浮かべていた笑顔をいつもの無表情に戻し、耳元の小蝿がうるさいというような態度で口を開く。

 


(わめ)くな。さすがは育ちの卑俗(ひぞく)さが滲み出た品位に欠ける行為だ。他の講義への出席も取り消されたいのであれば、そのまま続けるがいい」


「他の講義っ!?」


「口を閉じろと言っている。さもなくば次は其方にとって()()()()()()()()を失うであろう。分かったか?」



 その言葉による効果は絶大なものだった。平民街の皆んなにロンルカストやセルーニ、それにルディーにフィンちゃん。一瞬にして思い描いた大切なみんなの顔に、沸騰しながら全身を駆け回っていた血の気がサーッと引いていく。激情に任せて動いていた口も止まった。



「っ!?」



 ハッと冷静さを取り戻す。同時に自分の行なってしまった愚かな行動と、それにより今から言い渡されるかもしれない制裁(せいさい)に青ざめた。

 理性を外していたフィルターが消えクリアになった視界で恐る恐る前を見る。しかしレオ様は審判を待って震える私に見向きもせずに、視線を執務机の書類へと戻していた。

 羽ペンを握り目の前の書類に何かを書き込みながら、面倒そうに言葉だけを向ける。



「足らぬ頭に理解が届いたのであれば、これ以上私の時間をくだらん事で浪費するな。今すぐここから下がれ」


「は、はい。承知いたしました……」



 そう答えた後、無意識に入っていた体の力が抜ける。……良かった。なんの気まぐれかは知らないけれど、興味をなくしてもらえた事で助かった。


 これ以上罰則が増えなかったことに安心する。しかし緊張が解け僅かにできた隙間は先程感じていたものが戻ってくる余裕となった。

 隙間を埋めるように込み上がってきた言いようのない悔しさに、ジワリと涙が(あふ)れる。視界が滲む中、目の淵にたまった涙を(こぼ)さないように斜め上を向いた。


 ……うぅっ、泣くもんか。こんな奴のためにこぼす涙なんてない。そう思いながら、レオ様がこっちを見ていないのをいいことに、頭を下げることもせずに執務室を出た。


 グッと唇を噛み締めて顔を上げたまま無言で廊下を歩く。瞬きすると涙が(こぼ)れそうだったから我慢した。

 東塔をでて馬車に乗り込む。すると後から入ってきたロンルカストが、座席につくなり深く頭を下げる。沈痛な面持ちで謝罪の言葉を述べた。



「ミアーレア様どうかお許しください。お心に沿わぬ行動を取りましたこと、誠に申し訳ございません」



 余裕のなさから周りを見る余裕のなかった私は、そう言われてやっと彼の心情に気づく。


 そうだ。ロンルカストのこと、全然考えていなかった。私よりも板挟みのロンルカストの方が、ずっと辛いに決まってるのに。


 自分の浅はかな行動から、彼にまで苦しい思いをさせてしまった。何も見えていなかったと自分に深くため息をつく。反省して頭を下げた。

 


「私の方こそごめんなさい。考えなしな行動で、ロンルカストにまで嫌な思いをさせてしまいました」


「頭をお上げください。側近にあるまじき行動を起こしたのは私です」


「いいえ。そもそもは私が余計なことを言わなければ良かったんです。はぁ。他の部隊に入りたいだなんて、なんでレオルフェスティーノ様に歯向かうような事を正面から言ってしまったのでしょうか」



 ガタゴトと順調に進む馬車に揺られながら、見切り発車だったなぁと後悔する。

 

 とりあえず大人しく水の部隊へ入って、そのうち風の部隊への移動願いを出すとか、水の部隊長のテネシーナ先生に相談するとかやりようはあったのにバカだ。ああすれば良かった、こうすれば良かったと悶々(もんもん)とした気持ちに襲われる。


 あー、でももしかしたら水の部隊に私が入ることは、南へ貸しをつくる派閥的な思惑もあるのかもしれない。

 そうだとしたら水の部隊への入隊は何らかの計画の一部だったかも。私が反発したことはレオ様の想定していた既定路線から外れる行為で、それであんなに怒ったのかな?

 本来であれば最初に気がつかなければならないレオ様の考えを遅ればせながら推測していると、ロンルカストの声が聞こえた。



「確かに先程のミアーレア様は、平時とは異なる行動をなされて私も驚きました」


「あっ、はい……そうですよね。今考えても、どうかしていました」



 うん。入隊を拒んだ迂闊(うかつ)な発言もだけれど、風の講義の停止処分を言われた時に言い返したのも完全な悪手だった。

 これに関しては自分でも意味がわからない。だって気が付いたら頭に血が上っていて……。はぁ。ガックリと肩を落とす。そんな私に対してロンルカストは言いづらそうに口を開いた。



「ミアーレア様は()()()()()では少々短絡的な行動をなさる傾向があると存じます。今後はお気をつけいただいたほうが宜しいかと」



 おっふ。間接的だが、逆にものすごくはっきりと言われた気がした。そうだよね。なんでだろうと煙に巻くふりをしながら、本当は自分でも分かっていた。


 そう。水の部隊への入隊を嫌がったことも、風の講義の出席停止に反論したことも、両方ともリスペリント先生絡みだ。


 私はリスペリント先生が絡むとアホになるってこと? 好きな人のことになると周りが見えなくなるって何かで聞いた事があるけれど、それはこういうことなのだろうか。

 恋愛ビギナーな私はこんな経験初めてなので、自分の感情なのにうまく理解できない。また同じ事が起こったら困るから対策を取らなきゃ。ロンルカストにも釘を刺されたし。うーん。でも対策ってどうやって? ……今度ハリーシェアに聞いてみようかな?



「ど、どうにか制御できるように考えてみます……」

 


 中途半端な答えを返した私に、何故かロンルカストは悲しそうな顔をした。そして少し声を顰めて話す。


 

「お辛いかと存じますが、どうか今暫くご辛抱ください。セリノーフォ(月の精霊)スが広げる影は掴むためにあるのです」


「? ロンルカスト、精霊を使った例えは良くわかりません。それはどういう意味ですか?」


「……時が経てば全てはうまくいくといった意味です」



 つまりこれは落ち込んでいる私を慰めてくれた、ということなのだろうか。

 ロンルカストの気持ちだけ受け取った私は、最悪の結果となった東塔訪問を悔やみつつ、馬車の壁にペタリとほっぺをつけて、風の講義にもういけない、ひいてはあの人に会えないことへの哀しみをソッと堪えたのだった。


 


 お読みいただき、ありがとうございます。

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