回復薬の評価と余計な一言
注意、レオ様警報
お心づもりのほどを、よろしくお願い致します。
「水の部隊に入れ。以上だ」
書類に羽ペンを走らせるレオ様は、執務机から顔を上げることもなくそう言い放った。
この前の演習場での一悶着で味わった恐怖を引き攣った下手な貴族的仮面でなんとか隠し挨拶を終えたばかり私は、レオ様の開口一番の短いフレーズの意味が分からず、久しぶりのレオ様部屋訪問の緊張もあり、つい戸惑いの声をあげてしまう。
「え? あ、あの、それは何のお話でしょうか?」
今日東塔へ呼ばれたのは、検分を終えた私特製回復薬の評価や取り扱いについての話があると言われたからだ。だというのに水の部隊って何? “以上だ”って言われても、回復薬の話はどこへいったの?
私の言葉に反応して机から顔を上げたレオ様は、こちらをギロリと睨み口を開く。
「相変わらず理解する頭を持たぬようだな。無駄な時間の浪費も厭わぬ其方と違い、私は忙しい。二度も言わせるな。水の部隊に入れと言ったのだ」
ひぃっ!? ここ、怖すぎる! およそ人に向けていいものとは思えない鋭い眼光に足がすくむ。
早くも止まらない直接的な悪口も、陰口文化だった日本育ちの私にとってはキツイ。いつも側にいてくれたルディーの存在がいないことも、心細さに拍車をかけていた。
ルディーってば口喧嘩するたびに、今度レオ様のところへ行く時はついていってあげないよって言い返しては、私に謝らせて勝ち誇った顔をしてきたくせに、あの常套句はなんだったのか。本当に来てくれないじゃん。
不機嫌なレオ様に飄々と言い返すのでハラハラしたり肝が冷える時もあるけれど、今はそんなルディーがすごく恋しい。
今更ながら、気分屋な使い魔の存在がどんなに心強かったかを実感した。しかしそんなこと思ってもどうしようもないので、いないルディーへの思いをなんとか断ち切る。ふぅふぅと口の中だけで深呼吸をした。
頭の中で考えをまとめる。そしてこれ以上レオ様の機嫌を損ねないように、最新の注意を払った質問をした。
「理解が及ばず申し訳ございません。わたくしが水の部隊に入る理由をお伺いしても宜しいでしょうか」
「ふむ。良かろう。其方の回復薬には体力面のみならず、過度な魔力行使による疲弊を回復する効果が見られた。このような効能は珍しく、平民由来の薬には忌諱を覚えるが使いようがないわけではない。水の部隊にて効果的な運用方法を探るのが良かろう。以上のことから誠に遺憾ではあるが、騎士団への入隊を認める。その不肖の身がどれだけ役に立つのかは甚だ疑問だがせいぜい励め」
良かろうと行った割にはレオ様はめちゃくちゃ嫌そうな顔で解説をしてくれた。
おそろしく不本意そうだし、嫌味ったらしい枕詞の多用がすごい。でもレオ様が認めるくらいなのだから、私の回復薬には結構な効果があるのではないだろうか。だって、ちょっとやそっとの効果だったら“役に立たないゴミも同然だ”とか言って鼻で笑いながら握り潰しそうだもん。
……うん。今しかない。ルディーがいなくて心許ないけれど、微かな交渉の余地を見つけた私は決意する。
前からずっと考えていた。もしこの回復薬に評価が得られたならば、正式に平民街へいく突破口になるのではないかと。
体の両側につけた拳をグッと握りしめる。声が震えないように気をつけながら、夜な夜なベッドで考えた言い訳を言い分へと昇華した文言を恐る恐る口にした。
「回復薬にそのような評価をいただけまして大変嬉しく思います。しかし恐れながら申し上げますと、わたくしの作製する回復薬は、教えを受けた師に最終的な監査を受ける必要がございます。つきましては平民街への外出許可をお願いしたく存じます」
「平民街へ足を運ぶだと? それは本気で言っているのか? 其方のみならまだしも、そのような貴族全体の品位を貶める穢らわしくも恥ずべき行為は到底容認できぬ」
そう言って凄みをきかせたにレオ様に心臓が縮がるも、再び浅い呼吸を繰り返して必死で耐える。
落ち着け私、大丈夫、大丈夫……。簡単に許可をもらえるなんて甘い考えは最初から持っていない。ここまでは想定内。引いちゃダメだ。そう自分を奮い立たせて口を開く。
「僭越ながらこの回復薬は私の師による秘薬が元となっております。それ故、他に監査ができるものはおりません」
「ふんっ。秘薬と申すか。聞こえの良い言葉を使っているが、継承者の少なさは危機管理のできぬ無能さを示す所以に過ぎぬ。また監査できるものが他におらぬとは、なんとも低俗で面倒なことだ。そのものを通さずとも監査を行う術具などはないのか」
「重ねて謝罪を申し上げます。わたくしはそのような術具に心当たりがなく、また恐らくですが魔力のない平民は術具を持ち得ないかと存じます」
追及に挫けずなんとか押し通した私の言葉を受けたレオ様はタカタン、タカタンと机を指で叩いた。
硬質な音が一定のリズムを部屋に響かせる中、私はひたすらに結果が吉と出るように神へ祈った。眉間に皺を寄せて思案していたレオ様の口が開く。
「下賤故の弊害か。チッ……遺憾極まりないが、ニ月に一度のみ平民街への外出許可を与える。日程については事前に申請しろ」
その瞬間、胸の中が歓喜に包まれた。
やった! やったよ! これからは定期的に皆んなに会えるんだ!
口の端がウズウズと上がるのを堪える。神妙な顔でレオ様に返事をした。
「ありがとう存じます。回復薬が騎士団の更なる向上のための一助となりますよう、一層の精進をいたします」
「さがれ」
レオ様は私の意気込みなんて心底どうでもいいといった感情を不機嫌さととも言外に表し言い捨てた。
そんな態度に普段ならば萎縮していただろう私も、今ばかりは私の方こそそんなレオ様の態度なんてどうでも良かった。
嬉しすぎる! ついに念願の平民街行きの許可を得たんだ! 喜びのままお別れの挨拶をしてさっさと執務室を出ようと思ったが、ふと水の部隊入隊の件が脳裏を掠めた。
あ、どうしよう。私、風の部隊に入りたいんだけどな。うーん、一応言うだけ言ってみようか?
ルディーがいなくても交渉できたことに謎の自信をつけた私は、喜びで浮かれきった頭と先程の勢いのまま、致命的とも言えるほどに深く考えることを放棄して口を開いてしまった。
「レオルフェスティーノ様。あの、先ほどおっしゃられた水の部隊への入隊の件ですが、わたくし他の部隊でもお力になれるのではと思っておりまして……」
そこまで話してヒュンッと息を呑む。
レオ様の蒼く冷たすぎる瞳が圧を強めたことに気が付いたからだ。
蛇に睨まれた蛙の如くその場で硬直する私に対して、彼はいつにも増してゆっくりと話し出す。それは地獄の底から這い上がってきたのかと思うような酷く底冷えした声だった。
「……そうか。私の言葉が不服と申すのか」
その瞬間、頭上からドパッと冷水をかけられた心地がした。
全身が冷たい水で満たされたことで一気にまともな思考を取り戻す。頭の中では緊急警報がマックスの音量で鳴り響き、高揚で浮かれきっていた少し前の自分を責め立てる。
私はバカなの!? いや、バカなんでしょう!? なんであんな事言ったの!? 考えなしにもほどがあるよ!?
一瞬で喉がカラカラになった。すみません! どうかしていました! ごめんなさい! お願いですさっきの言葉は忘れてください! そう必死で祈りながら、目の前で怒りを膨らませているレオ様へバッと頭を下げる。
「ももも、申し訳ございません! 先程の発言は撤回させてくださいませ!」
しかし口の両端をツイとあげたレオ様は、私の謝罪をまるで無視して不穏な発言をする。
「まさか其方の愚かさがこれ程までとは想定外であった。どうやら自らの立場を思い知る必要があるようだ」
口元に弧を描いたその表情からは、本来の喜びを表すものとは全く異なる獲物を見つけた捕食者の優越感に近いものを感じた。背中がゾワリと逆立つ。
むむむ、無理だぁ!? 1ミリも許してくれそうもないよ、めちゃくちゃ怒ってる! どうすればいいの!?
絶賛パニック中の脳内に対処方法は見当たらない。出来ることといったら弁明することしかない私の声は、レオ様の全身から醸し出されている憤懣による脅威を受けて裏返った。
「ひゃぃっ!? わ、わたくしはレオルフェスティーノ様のご意向に異論など一切ございません! 水の部隊への入隊を希望致します!」
「良い。言え。どの部隊を所望していた? 火か?」
レオ様は私から視線を外さずに穏やかではない尋問を始めた。避ける術がない私は反射的に唯一できる否定の言葉を紡ぐ。
「いえっ! そのような希望はございませんっ!」
「違うようだな。では土か?」
やばい。やばすぎるよ。心臓がバクバクして背中に冷や汗が流れる。
喉の奥がキュッと詰まってうまく声が出ない中、レオ様から向けられた視線の圧に耐えきれず無理やり声を絞り出した。
「違います! 私は喜んで水の部隊に入りたく存じます!」
「ふむ、これも違うか。……よもや、風ではあるまいな?」
レオ様の淡々とした言い方の中には、ねっとりとした嫌なものを感じた。
私が風の部隊に入りたいって最初から分かっているのに、わざと袋小路に追い詰めるようなやり方をしているんじゃないか。そんな底意地の悪さと不安に襲われるも、無理やり自分を落ち着かせる。
大丈夫、大丈夫だと自分に言い聞かせつつ声が裏返らないように注意して先の二つと同じように否定した。
「いいえっ! 異論など全くございません!」
そう言い切った後、無意識のうちにパチパチと瞬きをしてしまった。ジッと私を見ていたレオ様がその蒼い目を細める。
まずいっ、バレたかも!? 焦りから、監視するようにこちらを見ているピリついた視線に耐えきれなくなった私は目線を下へと動かしてしまう。その不審な挙動を見咎めたレオ様は確信を持って口を開いた。
「なるほど。風であるか」
「ちっ、違います! 風ではありません!」
慌てて否定するも逆効果。レオ様は最悪だった機嫌を更に悪化させた。眉を顰めながら最悪の命令を下す。
「嘯くとは良い度胸だ。私を愚弄するか。……良かろう。其方の風の講義への出席を停止する」
え? い、今なんて言ったの?
耳では聞こえたが頭での理解が追いつかなかった私の口からは、腑抜けた声と鸚鵡返しの疑問が飛び出す。
「か、風の講義への出席停止?」
それは執務室の冷たい床へと力なく落ちたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




