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閑話28 ある冒険者と受付嬢の平穏(中)



「パルクス待って! 何にもないからっ!」



 慌てて入ってきたロランが、俺の前に飛び出す。肩で息をしながら自分の背でベッドを隠したがもう遅い。俺は既にベッドに横たわる人物の姿を見てしまったのだから。



「ロラン、ごめんな」

 


 そう言って優しくロランを押し退ける。

 俺の様子に今更隠しても意味がないと悟った彼女は目線を彷徨わせた後、観念して横へ移動した。


 抵抗する様子のないロランを確認してからベッドに近づき、まじまじと彼を見る。それは衰弱し切った年端のいかない少年だった。


 布団から出ている骨の浮き出た首。その痩せこけた細い首の先にある青白さを通り越して真っ青な顔。また顔中に広がる奇怪な(あざ)は、一目で難病を(わずら)っていると分かる。

 落ち窪んだ瞳にげっそりと痩けた頬は少年特有の無邪気さを消し去り、代わりに痛々しさを貼り付けていた。


 (やまい)により刻まれたこの特有の痣は、痛烈に記憶していたので見間違いようもない。彼はケドルだ。ロランの一人息子。

 見送りの儀式で灰となったはずの彼が、幻想でも何でもなく目の前にいることが信じられず俺は戸惑う。


 なんでだ? なんで彼がここにいる?

 混乱に陥った俺は、つい手の力を弱めてしまった。握っていた麻袋がドサリと床に落ちる。軽い振動が足に伝わった。

 それを合図に俯いていたロランがパッと前を向く。硬直する俺に向かって口を開いた。



「あっ、あのね! パルクスが驚くのもしょうがないと思うの! 私も最初は驚いたし!」


「…………。」



 状況についていけず、何もいえない俺を気にすることもなく、ロランは早口で(まく)し立てる。



「でもね、ケドルは私の元へ帰ってきてくれただけだから! ほら見て! 今だってちゃんと布団の中でいい子にしてるでしょう!?」


「……あぁ、そうだな」



 彼女の必死な様子に、少しばかり冷静さを取り戻した俺の頭が冷えていく。


 そして強烈な違和感を抱いた。

 呼吸にともない小さく上下するはずの彼にかけられた布団は、ピクリとも動かない。

 それに病で衰弱しているとはいえ、他人が勝手に近づいてきたのに何の反応も示さないどころか、声を上げる素振りがないのもおかしかった。その様からも、彼の命が既に尽きていることは明らかだ。

 

 だというのに焦点の合わない半目で天井を見つめる瞳には、微かな光が灯っていた。それはおよそ生きているとは思えないのに、死人のものでもない。

 まるで彼の周りだけ、不自然に音が切り取られているかのように思えた。一言で表すならば異様。そこに存在するのが歪ながらも彼は確かに存在していた。不可解な状況に思案する俺へロランの言葉が続く。



「パルクスが言いたいことも分かるわ! 見送り拒否による貴族様からの制裁(せいさい)が心配なんでしょう!? でもほら、パルクスも参加した通りケドルはちゃんとこの前見送りをしたの! だからその事は心配しなくても大丈夫だから!」



 確かに遺体を放置しておくと、貴族側からその一帯を焼き払われるという割りに合わないお(とが)めをくらう。そこに一切の赦免(しゃめん)はないため、彼がここにいることは問題だ。

 だが今問題なのはそれよりも、なぜ()()()()()()()()()がここにいるかだ。

 ロランから事情を聞かなければ。そう思った俺はおかしなテンションとなっている彼女を(なだ)めるために意識的にゆっくりと話す。



「ロラン、分かった。とりあえず落ち着け」


「それに、それにね? 貴族様からの通達だってないわ! だからここも焼き払われないし、街の皆んなにも迷惑かけない! この子はここに居てもいいってことなの! ねぇ、そうでしょう!?」


 落ち着くどころか興奮が加速していくロランへ、今度は前に出した掌を下に下げるジェスチャーをつけもう一度声をかけた。



「ロラン俺の声が聞こえるか? いいから落ち着けって」


「お願いパルクス、誰にも言わないで! この子はただここに居るだけで、何も悪いことはしていないのよ!? だけど、バレたらきっと連れていかれちゃうわ! せっかくこの子が来てくれたのに、私そんなの耐えられない!」



 “ただここに居るだけ”

 その言葉が妙に引っかかった。


 彼はここにいるだけ? どう言う意味だ?

 そう思うと同時に痛烈な既視感(きしかん)に襲われる。

 そして死人のようで死人ではない彼と、彼の横たわるベッドの近くに設置された小さなテーブルの上に置かれたものたちが目に入った。


 皿に残った病人食。スープ状になるまで穀物や野菜を煮詰めた調理工程に手間のかけられた食事は、スプーンが差し込まれているものの手のつけられた跡がない。その横に並べられた高価な薬瓶も、中身の残量からはかるに服用した形跡がなった。


 ……あぁ、そうか。

 カチャリカチャリとバラバラの破片が集まり一つの答えとなったことに納得する。

 むしろすぐに気がつくべきだった。この異質な存在感には覚えがあるというのに、バカか俺は。


 それに伴い色々な疑問が浮かび考え込んでしまいそうになったが、とにかく今はロランだ。

 一旦思考を切る。収まる様子のないロランを落ち着かせる為、彼女の肩に手を乗せ少し大きな声を出した。



「ロラン聞けっ! 誰もお前からケドルを奪ったりしねぇから!」

 

「……ほんと?」



 威圧も込めた俺の声で、ハッと我に返ったロランは言葉を区切り不安そうに俺を見上げる。


 やや落ち着いたロランを見てふぅと一息ついた俺は彼女越しに“ただここに居るだけ”の彼を見る。

 少し口籠もりながら、さきほど思い当たったことを口にした。



「……本当も何も、自分でも分かってるんだろ?」


「分かってる? パルクス何のことを言っているの?」



 そう言って首を捻る彼女は本当に気がついていないのか。それとも無意識に意識しないようにしているのか。わからない俺はロランを刺激しないように慎重に口を開いた。

 


「安心しろ。誰もどこにも連れてけやしねぇよ。……だって彼には、触れねぇんだろ?」

 


 そう。ケドルから感じる特異さからは、あの夜に現れたナラと同じものを感じた。ここにいるのにここに居ない。影のような存在。

 だとしたらあの夜ナラに向けて伸ばした俺の手がその体を通過したように、彼にも触ることはできないに違いない。食事や薬瓶の使用状況からもそう思えた。


 俺の言葉を聞いたロランはハッと目を見開く。



「そ、それは……それはこの子がまだ私を許してくれてないからで、私が悪いだけでーー」



 みるみるうちに彼女の大きな瞳が潤み出したことに慌てて否定する。



「違うんだロラン、お前を責めてるわけじゃない」



 しかし俺の言葉が耳に入っていない様子のロランは、崩れるようにペタリとベッドの脇に膝をつく。ケドルに向けて両手を合わせた。自らの罪を認め言葉として公にすることで神に赦しをこう告解(こっかい)として彼へ語りかける。



「……分かってるの。私は全然いい母親じゃなかった。ケドルが私に触らせてくれないのは、そのせいだってことくらい、自分で分かってるから大丈夫。そうでしょケドル?」



 ロランの身を切るような懺悔(ざんげ)を受けてもケドルは天井を見つめ続けめたまま無反応を貫いていた。

 今の彼女にとっては残酷といえる返事しかできない彼の代わりに俺が言葉を返す。



「何言ってるんだロランはいい母親だろ。必死に働いて彼のことも一人で育てて高価な薬代も稼いで、疲れてるだろうに夜には寝物語まで聞かせてやってたんだから」


「違う。全然違うのよ。私はいい母親なんかじゃなかった。ケドルだって本当はお話なんかよりももっとしてほしいことがあったのに。それなのに何もしてあげられなくて」


「そんなこと言うな。それは病気のせいでロランのせいじゃない」


「パルクスには分からないよ。……こんな言い方してごめんなさい。だってどんなに頑張って働いても看病しても、一番叶えてあげたい願いは叶えてあげられなかった。何で僕だけお外に行けないの? 皆んなみたいに歩きたいって、この子はいつもこのベッドの上でそう言ってたわ」


「それでもお前は頑張ったんだろ?」


「そんなの私の自己満足でしかなかったの。この子は最後まで病気で苦しんで……それも私がこんな体に生んじゃったせいよ。ケドルが辛い思いしなきゃいけないのは全部私のせいだから……ごめんね、ケドル」



 顔の前で握っていた両手を離したロランはその手で彼の頭を撫でる。実際は触れないので目に見えているだけのその輪郭に沿って手を動かし、なんの感触もない空気を撫でているのだろう。

 俺は声に力を込めて彼女に伝える。



「それもお前のせいじゃない」



 ロランは頭を撫でていた手の動きをピタリと止め、少し間をあけてからから喉の奥から無理やり声を絞り出す。



「本当にそう思う? ……ケドルの父親は分からないって言っても?」



 その言葉尻は消え入りそうに掠れていた。



「ロラン、言いたくないことを無理して言う必要はないんだ。俺はお前がーー」



 その静けさから爆発前の予兆を感じ(なだ)めようとするも、すかさず俺の言葉を遮ったロランが次の瞬間にあげるリミットが外れたように上擦った悲鳴に近い叫びを止めることはできなかったのだった。




お読みいただき、ありがとうございます。

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