閑話4 ある受付嬢の平穏
エルフがやって来た。
武器も装備も何も身につけていない、緑髪に色白でスラリとした体型の彼? 彼女? 多分彼は、どう見ても冒険者ではない。
肌の色と体つき、仏頂面でピクリとも動かない表情から一目でエルフだと分かる。
そんな彼は、突然このギルドの扉を開けて入ってきた。
エルフがギルドに来るなんて、とても珍しい。周りのむさ苦しい冒険者たちも、エルフがやってきたことに気づき、チラチラと彼の様子を伺っている。一部のものは頬を赤く染めていた。
受付嬢としてのプライドが、若干傷つく。
ガヤガヤとしていたギルド内は、静まり返った。時々ボソボソと小声で囁き合う声だけが聞こえる。
彼は、ここにいったいなんの用事があるのだろう? 誰かに会いにきた? でもエルフとそんなに仲が良いものなどいただろうか?
私たちの疑問を知ってか知らずか、彼はぐるりとギルド内を見回した後、ツカツカと歩き私のカウンターの前に来た。
いくつもあるカウンターの中から、私が選ばれたことは、エルフのお眼鏡にかなったと喜ぶべきなのか、厄介ごとの気配がして恐怖するべきなのか。
私は心の悲鳴を悟られないように、いつもの営業用の笑顔を貼りつけて彼を迎えた。
「ギルド長に会いたい、ミグライン店長から伝言を預かっている」
口を開いた彼の言葉に、ザワッと、どよめきが起こる。
あの有名なミグラインから、ギルド長に伝言?
この緑髪、緑目のエルフには見覚えがある。間違いなくあの店の従業員だ。ミアちゃんの話にもよく出てくる。
「最近、サルト先輩が塩対応してくるんです。ちょっと冗談を言っただけなのにひどい」
と、この前も嘆いていた。
「塩対応って何?」と聞くと、怒っていたり冷たい態度のことらしい。冷たいも何も、彼らに機嫌の良し悪しがあったなんて初めて知った。
ミアちゃん曰く表情筋は死んでるけれど、目と眉間で語っているらしい。
とにかく彼が嘘を語っている線は消えた。だとすると本当に大変なことになる。使いをよこしてまでギルドに物言いをするなんて、非常事態だ。
ミグラインから不評を買って、万が一でも金輪際ギルドと関わらない、などと言われると非常に困る。
この街にはいくつもの薬屋があるが、ミグラインの店のものは質が違う。一般的な冒険者であればその辺の薬屋の薬で十分だが、高ランクの冒険者を抱える我がギルドでは、ミグラインの店の薬は必須だ。
あるかないかは死活問題なのだ。文字通り冒険者にとってもギルドにとっても生死に関わる。
ミグラインから、当ギルド所属の冒険者とは取引しないと言われると、冒険者達はそのランクに合った高い難易度の依頼を受けられなくなる。ミグラインの薬無しでは、死ににいくようなものだからだ。いくら命知らずの冒険者でも、そんな酔狂で破天荒な人はいない。
冒険者達がこの街から離れ、ギルドが潰れる未来が見えて目眩がした。
最近あの店に入ったミアちゃんのこともある。「あの店は仏頂面で愛想がない、店員が怖くて入りづらい」と自分たちの顔を棚に上げた冒険者達から嫌厭されていた薬屋だが、ミアちゃんが入ってからガラッと店の雰囲気が変わった。
小さくて愛嬌があり、強面の冒険者にも臆さずよく話す彼女は人気だ。小さい子に避けられがちな彼らは、怖がらずに話しかけてくる彼女との触れ合いが楽しみなようだ。妹や娘のように思っているのかもしれない。
「この前ミアちゃんに、5年前、月属性の魔に出会した時の、とっておき話ししたんだよ。普通の子どもなら、珍しくて興奮するだろ?」
「あー、お前が命辛々逃げ出した、あの時の話な?」
「おい、それは言うなって! それでよ、話を聞いた彼女が、なんて言ったと思う? ふーんそうなんですか、それでどんな怪我して何の薬使ったんですか? だってよ!」
「ははは! ミアちゃんらしいな! 俺もさ、この前久しぶりに痺れ薬使ったって言ったら、質問攻めにあってさ。あの後、日が暮れるまで店から出してくれなかったなー」
こんな風に冒険者達が彼女の話をするのは、もはやギルドの日常になっている。
先日の例の件もある。あれ以来、冒険者達は彼女のことを、殊更大切にするようになった。彼女がいるミグラインの薬屋にギルドが粗相をしてしまったと聞けば、どんな不評を買うか分からない。
最悪、デモを起こされるかも……。
不穏な未来を想像してブルっと震えた。
ギルドが経営不振になったら、私は職を失う可能性だってある。
ほかの職員ならば、別の街のギルドに再就職すればいいが、私はこの街から離れられない。病弱な息子の体力では、隣町への移動に耐えられないからだ。無職で、どうやってあの子を養っていけばいいのだろうか?
「承知いたしました。少々お待ちください」
一瞬で最悪の事態が頭を駆け巡った。目の前が真っ暗になりかけたが、なんとか営業スマイルを守りつつ対応する。早足で階段まで行き、エルフから姿が見えなくなる位置まで来ると、全速力で二階のギルド長室へ向かった。
ノックもせずにギルド長室の重い扉を開くと、最近奥さんの機嫌を損ねたらしく、日に日に痩せていくギルド長の驚いた顔に向かって伝えた。
「ギルド長! 緊急案件です! ミグラインの薬屋から、使いのものがきました!」
「なんだと! ミグラインのとこから? この前の調査隊の件は納得済みだし、今更苦情を言うはずもない。用件はなんだ?」
「ギルド長に、直接伝えたいそうです!」
「今すぐ、ここへ通しなさい」
「はい!」
50歳を超えて、少しずつ水色の髪が後退しているギルド長の言葉を受けるや否や、全速力で一階まで階段を駆け下りた。息を整えてから受付へ戻る。優雅に彼をギルド長の部屋まで案内して、自分は部屋を出た。
彼の持って来た話の内容が気になるが、ギルド長室のドアは分厚い。中の声は聞こえない。
そうだ、お茶を持っていって、ついでに聞き耳を立ててみよう。エルフの嗜好が分からないので、一番高い茶葉を使ってお茶を入れた。
カップを乗せたお盆を持ってギルド長室へ入ると、彼はちょうど帰るところだった。一足遅かったか。
「こちらでも、職員や冒険者達から、情報を集めてみます。有益なものがあれば必ずお知らせしますと、ミグライン店長にお伝えください」
「分かりました」
下まで案内する間も無く、彼はスタスタとギルドを後にした。お盆を手に、揺れる緑髪と後ろ姿を見送る。このお茶、勿体無いから後で自分で飲もう。
「ギルド長、なんのお話だったんですか?」
「ロラン。あの店の見習いミアに、城への召喚命令が出されたらしい。何か知っているか?」
「え、ミアちゃんに召喚命令!? そんな。あ、そういえばこの前、貴族ってなんで頭から布被ってるのに、前見えるんですか? って言ってました。あと、話しかけてはいけないことを知らなくて、後から店長にすごく怒られたとも」
「そうか、他にはないか?」
「他は、特には、ありません」
「分かった。悪いがほかの冒険者達や職員からも話を聞いてくれ。はぁ、これはまた大騒ぎになるな。」
ギルド長は、厚みのないお腹の真ん中あたりを抑えながら、大量の書類が積まれた、ギルド長室へ戻っていった。先日の他地区との合同調査隊案件の後処理が、まだ終わっていないようだ。
私は一階へ戻り、職員や冒険者達から情報を集めるために話を聞いた。ミアちゃんが貴族から呼び出しを受けたと言う話は瞬く間に広がり、ギルド長の予想通りギルドは大騒ぎとなった。
そして前代未聞のことが起こる。
パルクスを中心に冒険者たちが、ミアちゃんを貴族門まで護衛する、と宣言したのだ。召喚日に受注されていた依頼は、全てキャンセルされた。彼らは依頼破棄による罰金も厭わなかった。
これは、貴族への抗議だ。平民が、貴族へ牙を剥く行為である。ギルドのお取り潰しどころの話では無い。
反旗を翻した平民など、貴族から見れば害悪でしかないだろう。平民区域事態が、消炭になるかもしれない。
ギルド長は自身の水色の髪よりも顔を真っ青にしながら、この件にギルドの関与がないこと、冒険者達はあくまで友人として彼女の見送りをするだけであること、決して我々に造反の意思はないことなど、何枚もの言い訳の書面を慌てて作成していた。
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ギルドが騒然となった3日後、高ランク冒険者達の大行進とともに、ミアちゃんは貴族区域へと向かっていった。
ギルド長とギルド長のお腹の尽力により、今日この街が吹き飛ぶことは避けられた。貴族側から、この件でギルドを咎める事はないと、返事が来たのだ。
この街の最後の日になるのは避けられた。だが、ミアちゃんにとっては最後の日になる。
ミアちゃんはお店に遊びに行くと、いつも嬉しそうな顔で出迎えてくれた。
「ロランさんのは特別に蜜を入れてあります。ほかの人には内緒ですよ? 」
そう言いながら、キンフェルウォーターを差し出してくれる。お水よりも美味しくて、果物を絞ったものよりもさっぱりしている不思議な飲み物だ。
「こういう風に女の子同士で楽しくお話をするの、憧れていたんです」
「だからいつもお店に寄ってくれて、本当に嬉しいです」と言っていた時の、照れたような笑顔を思い出す。
私は居ても立っても居られなくなり、ギルドのカウンターを飛び出した。後ろから、「お前まで行かれたらギルドがーーー」と、ギルド長の声が聞こえた気がするけれど、気のせいだと思う。
せめて迎えにいってあげよう。
見送りは出来なかったけれど、たとえミアちゃんがどんな姿になっていようとも抱きしめて、お帰りって声をかけてあげよう。
貴族区域の入り口まで全力で走る。息が切れて苦しくなった。あと少し、貴族門まであと少し、あの角を曲がれば白壁が見えるはず。
角を曲がって着いた先には、冒険者達がいた。
中心にはパルクスがいて、彼の腕の中には、横向きに抱き抱えられたミアちゃんがいる。
どんな刑が下されたのかなんて知りたくもないけれど、顔に傷はついていないようだ。
綺麗な顔で安らかに眠るミアちゃん。もう目は覚まさないと分かっているけれど、今にもその大きな空色の瞳を開いて、いつもみたいに笑顔でお喋りな口を開きそうだった。
お帰り、と声をかけてあげるはずだった言葉は、言ってあげることが叶わなかった。言葉よりも先に、涙と嗚咽が溢れてきたからだ。
パルクスに近寄り、ミアちゃんの真っ白で柔らかい頬に触れる。
そして、その肌の暖かさとスースーという安らかな寝息に気づき、私は驚きと安心で膝から崩れ落ちたのだった。
貴族壁までの見送りは、冒険者達にとって命がけの行動でした。
平民区域消滅の危機に気がついていないミアは呑気
事態の収束のため奔走したギルド長の胃は瀕死です。
貴族からの呼び出しの結果をだらだらと引き伸ばすのは良くないかなと思い、ロランさん目線で語ってもらいました。ギルド長はお疲れ様です。
お読みいただき本当にありがとうございます。
読んでくれる方がいることの幸せを実感しています!
次回は明日の夜、更新致します。




