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閑話27 ある冒険者と受付嬢の平穏(前)


 タイトルのみ変更致しました。



「えっ、パルクス? どうしたの?」



 ギシギシと音をたてて立て付けの悪い扉を開けたロランは、俺を見て今夜の月のように目を見開く。すげぇ可愛い。

 ……違う。いや、なにも違くはないが驚くのは無理もない。なにせ自分の家を知るはずもない男が、突然家を訪ねてきたんだからな。しかも夜に。

 俺はなるだけ軽い感じを装って口を開いた。



「あー、急に悪いな。ノアのやつに頼まれたんだ。家の地図まで渡されちまって参ったよ。これ渡してくれだってさ。なんか食材っぽいぜ?」



 ノアの手書きの地図をペラペラと振る俺を見ながら、ロランは不思議そうな顔をする。



「ノアから私へ食材? んー、急にどうしたんだろう? でも届けてくれてありがとう」



 素直に麻袋を受け取る彼女へ俺も笑顔になる。

 よし、元気そうだな。様子見完了。つまり任務も完了。ノアへの最低限のギリは果たした。余計なことになる前に、さっさと帰るに限るぜ。


 今は不意打ち気味の反応をしているロランだが、あと少しすれば先日の一件からお互いの間に流れているなんとも言えないギクシャクとした空気を流しはじめかねない。

 彼女の中で平静よりもこの状況への驚きが勝っているうちに、撤退を決め込んだ俺はサッと右手を上げる。

 


「おぅ。じゃぁ、俺は帰るぜー?」


「うん、またね」



 そう口にしたロランが、手を振りかえすために掴んでいた扉のノブを離した。支えのなくなった半開きの扉は、ギシリと歪みを感じさせる音を立てて、蝶番(ちょうつがい)を起点に外側へと動きだす。

 そのまま勝手に全開となったことで、家の中の匂いが外へ流れ出した。嗅いだことのある香りが仄かに俺の元へと漂う。


 ん? あぁ、この香りはあれか。ミアちゃんが一時期だけ売り出していた香り付きの油。


 せっかく開発したのに不評すぎて買う人がいないと、謎油の入った極小瓶片手に彼女は(なげ)いていたが、はっきり言って使い道のないものを何故作りそして売り出そうと思ったのか意味がわからない。


 そして謎油とは対照的に、高評価ないい香りの飲み物は無料で配っていた。

 普通は逆だろ。油じゃなくてこっちを売ればいいのにと思ったが黙っていた。せったくタダなのに、わざわざ値段をつけられるようなアドバイスをしてやるほどのお人好しではない。

 まぁ、スライムオイルをビンに詰め込んで喜ぶようなやつだからな。彼女の頭の中は謎すぎて、理解しようと思うだけ無駄だ。


 香りにリンクした思い出と、先ほどまでその薬バカ少女の感傷に浸っていたせいなのか、無意識に彼女の話を求めていたのかは分からないが、すぐに帰ると決めていたはずの俺の口が勝手に動く。



「この香り、ミアちゃんが作ってたやつだろ。ロランも貰ってたんだな。俺ももらったけど、ミアちゃんって本当に変なもん作るよなー?」


「あ、うん。これを使うと木の香りがするでしょ? だから、その……寝かしつける時によく使ってたのよね」



 不穏なことを言い出したロランに、俺の笑顔が引き攣る。

 おいおい、ちょっと待て。寝かしつけだと?

 これって少し前に亡くなったロランの一人息子、つまりケドルの話だよな? もう居ないはずの愛息子を思い出すようなこと、わざわざするか? 普通は辛くなるだけだろ?


 急にきな臭くなってきた。

 そんな心の内を悟られないように俺は敢えて明るい声を保ったまま、更なる情報を得る為に話を続ける。



「へぇ、()()()()()に使ってたなんて変わってんな。森の匂いなんてしたら、危険だから逆に寝れねぇんじゃねぇの?」


「うぅん。ほら、あの子は外に出れなかったから。だから憧れはあっても本当の森の危険は知らなかったわ」


「あぁ、そうか、そうだったな。その、変なこと言っちまって悪かったよ」



 俺がバツの悪い返事をするも、特に表情を変えることもなくロランは彼の話を続ける。



「いいの、気にしないで。いつも寝る前に冒険者たちから聞いたお話をしてあげてたんだけどね。この香りがあるとまるで森の中にいるみたいでしょ? お話に雰囲気が出ていいかなって思って」

 

「俺たちの話か。確かにそれなら森の香りはうってつけだな。()()()ってのはその手の話が好きだし喜びそうだ。ん? もしかしてロランがギルドの受付嬢をしてるのも、彼のために俺たちから話を集めやすいからだったのか?」


「うん。もちろん給料がいいからっていうのもあるんだけどね」


「しょうがないさ。現実問題、()()()()()()()()にしたってそれなりにしてたんだろう?」


「そうね。何で薬ってあんなに高いんだろうね?」



 集めた情報を精査する。男の子。薬。病気で外出ができない。さっきから彼女が話しているのが失ったケドルのことだというのは、もう疑いようがなかった。


 あぁ、これは明らかにおかしい。頭の片隅では、“だから言ったでしょ?”とノアが鼻先を上に向けた。小癪(こしゃく)な態度だが彼女の言う通りかもしれない。

 俺の勘も静かに警報を鳴らし出したが、その感情をおくびにも出さず話を続ける。



「分かるよ。俺だって薬を買うために金を稼いでるんじゃねぇかって、錯覚する時があるからな」



 雑談を続けながら考えをまとめる。

 彼女はギルドでケドルのことを話さなかった。

 実は息子がいると聞いた時はもう彼はなくなっていて、俺たち冒険者はもちろん親しいギルド職員でさえも、彼の見送りの儀式にて初めてロランに息子がいたことを知ったくらいだ。 

 

 このことは普通に驚いたがそれだけだ。受付嬢は人気商売なので、子どものことを隠していても決して不思議なことではない。

 それよりも話題はロランの相手、ケドルの父親についてで持ちきりだったが、彼は見送りの儀式にさえ顔を見せないどころか、話にも出なかった。

 ロランの夫の情報を得ようと面影があるであろうケドルの顔を確認したやつは俺も含めて多かったが、彼の顔に残る病気の跡から酷だった療養生活の壮絶さを感じて、自分の不謹慎(ふきんしん)さに恥じただけだった。

 その後すぐに儀式で彼は灰と化したので、もしかしたらギルド長は知っているのかもしれないが、今もロランの相手情報は秘蔵されたままだ。

 

 珍しいことではないが、親よりも先に亡くなった子どもの見送りというのは痛ましい。

 ただそう考えると彼女の両親もだいぶ昔に亡くなっているし、ケドルの話ができる相手というのはかなり限られていたのだろう。もしかしたらそんな相手、いなかったのかもしれない。


 


「高ランク冒険者で稼いでるパルクスも、薬代が高いだなんてそんなこと思うんだ。あ、そういえば、パルクスの話はお気に入りだったんだよ?」


 

 今だにギルドでは禁句になっている息子の話も自宅だからかここでは大丈夫らしく、楽しそうに話し続けるロランを見ながら思う。

 久しぶりに懐かしいやつの話ができるのは嬉しいよな。分かるぜその気持ち。俺もさっき全く同じ理由でミアちゃんの話を出しちまったし。


 そして警報の音量をあげる。

 いくら久しぶりの話題だからと言って、まだ亡くなってから一年もたっていない愛息子の話題を、(いと)わしいどころかこれほど嬉しそうに口にできるだろうか? 

 彼女からは息子を亡くした悲しさを吹っ切った、又は乗り越えたというには(いささ)か不自然な明るさを感じた。まるで、そのことをまだ受け入れていないような。


 ……ロランは、病んでいるのかもしれない。

 そう思った。高まる警報音を胸に秘めながら、全く真逆の表情を顔に貼り付けて俺は軽口を叩く。



「そりゃ嬉しいね。俺の武勇伝は数えきれないから彼が憧れるのも分かるぜー? まぁ、その稼ぎのほとんどは、ミグラインの店に溶かしてるってのが悲しいとこだけどな」


「ふふっ、ローゼン亭の間違いじゃないの?」



 おっと。その話題はまずい。

 先日の件へと矛先が向くのをできれば避けたい俺は、無理やり話の舵を切る。



「ま、まぁ、そうは言っても受付嬢はロランの適職なんじゃね? お前んとこの列はいつも長いし」


 ロランは拗ねたような顔で、一度伏せた目をあげて上目遣いをする。



「そう? ありがとう。でも最近は私の台に並んでくれないね?」


 

 おい。それ、やめろ。すげぇ可愛い。

 目が離せなくなる前にロランからツツツと視線を逸らした俺は、年若い相棒に全責任をなすりつけるべく口を開く。許せ。困難な時こそ助け合うのがパートナーってもんだろ?



「あー、アトバスのやつ堪え性(こらえしょう)がねぇんだよな。列に並ぶのが苦手らしくてよ」


「ふーん、そうなんだ。()()()()()()()、今度は並んでねって伝えておいてね? ……じゃぁ、私そろそろ戻らなきゃ。またね?」



 そう言って家の中へ戻ろうとするロランへ、冒険者としての反射神経を活かして俺はすかさず手を伸ばした。

 閉まりかけたオンボロ扉をガッと抑える。さっき自分から渡した麻袋をロランの手から奪い取り、代わりに笑顔を向けた。



「いや。遅い時間に悪かったな。お詫びにこれ、家の中まで運んでやるよ。ノアのやつ何入れたか知んねえけど、結構重いからさ」


「えっ!? ちょ、ちょっと待って!」



 呼び止めるロランの声を無視してズンズンと家の中へ入る。彼女の可憐さに一瞬バグったものの、再起動して再び音量大きく警報を鳴らしはじめた俺の勘は、確かめなければいけないと言っていた。



「遠慮すんなって。置くのはこっちでいいかー?」



 子どもを失った親がその子の後追いをするなんてのは、たまに聞く話だ。そして、そんな時は必ず家の中が妙に片付けられているそうだ。

 反対に捉えると、その兆候(ちょうこう)に気がつくことができれば、自殺を阻止することができる。

 ノアが俺に確認させたかった本来の目論見(もくろみ)通りに動いてやるのは悔しいが、見ないふりはできなかった。


 考えすぎだったらそれでいいんだと自分に言い聞かせる。

 女の部屋に不法侵入する無神経な男だと、俺が嫌われて終わり。それだけだ。むしろそうであって欲しい。

 

 そう願う俺の背中へ、ロランの切羽詰まった声が追いかけてくる。



「待ってパルクス! お願いそっちには行かないで!?」



 この方向が当たりかと直感する。それにしても妙に焦った声だ。自殺道具でも隠しているのか?


 たいして広くもない室内では、天井から吊り下げられた布が簡易的に一つの空間を数個の小部屋へと区切っていた。

 一枚の布を手で避けて、その奥の空間を覗く。薄い布で目隠しされていた部屋の中は、俺の予想に反して凶器などの用意はなかった。その大部分は普通のベッドに占領されている。

 

 しかし俺の瞳は驚愕によって見開かれる。



「……ケドル?」



 視線の先ではっきりと捉えたベットに横たわる居るはずのない人物の姿を認識し、俺の方からはつい上擦った声が漏れたのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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