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閑話26 ある冒険者と元相棒の平穏



 “回復薬をつかって欲しい”



 あの夜のロランの声が俺の中に響く。すかさず頭を左右に振って、その甘すぎる響きを追い出した。


 言葉通りの意味としてポンポン使っていた愛すべき恩人の薬バカ幼女は例外として、一般的にこれを冒険者に向けて使うのはあまりお勧めできない。何故ならば、一部の冒険者、特に相方を失ったばかりの冒険者にとってこの文言は“死んだ相方を早く忘れろ”と言っているのと同義であるからだ。


 あの時、自分がもっと回復薬を持ってさえいれば。また事前に使わずに我慢してさえいれば。そうすれば大切な相棒を失わずに済んだかもしれない。今もあいつはここに居て、共に笑っていられたかもしれないのにと悔やみ続ける彼らにとっては紛れもない禁句。

 場合によっては、逆上されて武器を向けられても不思議ではないほどに危険な行為だ。


 また異性で組んでいた相方を失った相手へ向けてだと、更に違う意味が追加される。



 “過去の女は忘れて私を見て欲しい”



 有り体に言うと告白だ。お子ちゃまなミアちゃんと違い、ロランは分かっていてあの夜にこの言葉を使った。

 女からこれを向けられることは、男冥利(おとこみょうり)に尽きると言う奴もいる。だが俺はというと、ローゼン亭でロランからこの言葉を向けられた後に自分のしてしまった行動を、ひたすらに後悔し続けていた。グダグダと言い訳を夜道に落とす。



「はぁ。勢いに任せて抱きしめるなんてバカだろぉ。あの時はどうかしてたんだ。いつもよりも深く酔ってたし、そのせいで冷静に考えられなかったんだよなぁ」



 彼女の甘い声と酒。そしてその場の雰囲気にタガが外れていた。とは言っても抑制が効かなかったというこの言い訳は、自分への慰めにはなるが解決策には繋がらない。

 わしゃわしゃと髪を掻き乱した後、空を仰ぐ。何も答えない無口な砂利道の代わりに、今度は頭上で他人顔をしているまんまるな月へとひとりごちた。



「俺には無理だ。ロランには応えてやれねぇよ」


 

 結局自分の中の答えは変わらなかった。だってしょうがねぇだろ。ナラを裏切るなんて、忘れるなんて、そんなの考えられねぇ。これからだって出来る気がしねぇよ。


 そう結論づけた俺はロランに対する後ろめたさから目を逸らすため、また今は亡き元相棒の名を心の中とはいえ呼んだことで、自分の中で大きな契機となった()()()()よりも前の無謀ともいえる行動の数々を思い出す。思わず乾いた笑いが漏れた。



「ハハハ……。無茶な依頼ばっかり受けて、ほんとバカだったよなぁ俺」



 きっと周りもそう思っていたんだろう。

 何かを言いかけた口を無理やり閉じて、代わりにどうでも良い冗談を吹っかけてきていた顔馴染みの冒険者たちに、今更ながら彼らなりの優しさを感じる。

 だがそんな事にも気がつく余裕のなかったあの頃の俺は、ナラだけに命を失わせてしまった自分を呪い、死へ向かって身の丈に合わない依頼ばかりを引き受けていた。


 無意識ながら瞼の裏に彼女の亡霊を作り出していたのは、ナラの存在が消えてしまったことが受け入れられなかったから。

 それにもかかわらず、その自らが作り出した亡霊に怯えながら灰色の毎日を過ごしていた。

 支離滅裂。今となっては恥ずかしい。だが、きっと彼女は自分を犠牲にして生き残った俺を憎んでいるのだろうと、救えなかった罪悪感から当時は本気でそう思い込んでいた。

 悲しみで埋めつくされた心のうちは、自分を責めてでもいないと、あっという間に形が崩壊してしまいそうなほどに(すべ)方便(たずき)がなかったのだろう。



「身勝手で弱くてカッコ悪りぃよな。思い返すと自分でも呆れるぜ。そんな俺を見かねて、お前は来てくれたんだろ?」



 そう。信じられないことが起こった。生きながら死を求める俺の元へ、彼女はその姿を(あらわ)してくれたのだ。いや、嘘じゃない。俺の頭がおかしくなったわけでもない。

 確かにあの夜の俺は、ランクアップ祝勝会のせいで少し酔っていた。だがあれは現実に起こったことだ。まぁ、言っても笑われるか同情の眼を喰らうだけだから、誰にも話しちゃいないが。


 哀れな俺の姿に、ナラは死んでも死にきれなかったんだろうと今では思っている。最後まで迷惑かける馬鹿な相棒でごめんな。

 そういえばナラが現れた意図も、最初は取り違えていた。これも馬鹿で自分勝手だったな。


 とは言っても、急に出てきたナラのせいも少しはあると思う。

 あの時のことを思い出す。それは今日と同じ欠けたところのない月を浮かべた夜だった。

 自室のベッドでふと目覚めた俺から少し離れた部屋の一角に、彼女はなんの前触れもなく佇んでいた。


 懐かしさ苦しさ愛しさ後悔。さまざまな感情が込み上げる。その中で求め続けていたナラに会えた喜びは、彼女を守りきれなかったと後悔し続けたことにより膨れ上がった自責の念さえも上回った。そして都合の良い希望を見せる。



 “ やっと会えた。俺を、迎えに来てくれたんだろ?”


 

 そう思った。俺は目の前で、腕の中で生き絶えた時と同じ姿をしているナラヘと手を伸ばす。

 だがナラのいない今世よりも共に命を散らしたいという想いから彼女へ縋りつこうとした俺の弱さは、どん底へ突き落とされる。

 伸ばした手では、彼女に触れることが叶わなかったからだ。そこにいるのに、抱きしめることも手を握ることさえもできない事実に、彼女が俺を連れて行く気のないことを悟る。絶望に襲われた。


 あの時のナラを通過した指先が当たった回復薬が床を転がる無機質な音は、今でも脳裏にこびりついている。寄る辺を失くした心臓が冷えていくのを感じた。

 反射的に剣に手をかけ、自分の首を掻っ切っていなくて良かったと思う。

 何故ならば、その直後にナラは俺の元へ現れた理由とも言える言葉を残してくれたからだ。


 

 “パルクス、愛シテル、生キテ”

 


 カタコトながらもはっきりと伝えてくれた彼女の言葉は、今も俺の中で煌々(こうこう)と生きている。

 それは生きる意味を与え瞼の裏の偽物の亡霊を消す契機となったが、決して彼女を忘れるということには繋がらなかった。

 ナラはもう俺の一部だ。生前は伝えられなかった自分の想いを伝えられたことも、その一助かもしれない。返事は来ないと分かっている彼女へ向けて口を開いた。

 


「なぁナラ、気づいてるか? 俺あいつの左側を歩くようにしてるんだぜ?」



 その後、彼女の言葉を受け生きるために新しい相棒を作った俺は、腰につけた剣が引っかかるのが嫌だからと(うそぶ)いて、相棒に右側を歩いてもらっている。

 精一杯生きて、いつかまた彼女の元へ戻れた時、“俺の左側はお前以外の誰にも渡してないだろ?”と、言ってやるためだ。

 俺の言葉を聞いたナラはどんな顔をするのだろうか。まぁ、あいつは足癖がわりぃからな。とりあえず、一発二発の膝蹴りをくらう心構えだけはしておこう。


 容赦のない蹴りを俺に与えるため、大きく足を後ろへ振りかぶる彼女の姿を想像してクククと笑う。そしてそんな自分を嬉しく思った。こんな冗談を考えられるようになったのも、彼女のいない辛さを現実として噛み締めることができたおかげだ。


 同僚たちの中には、俺がアトバスと組んだことでナラへの憂いを吹っ切ったと思ってる奴もいる。それは全くの勘違いだが、わざわざ声を大にして訂正する気もない。

 死んだ奴を(おもんばか)るのは悪いことなのか。前を向けないのは悪いことなのか。それは誰にとって悪いことなのか。俺には分からない。


 例えばこの想いが生きているロランを(ないがし)ろにするということであるならば、果たして死んだナラに対しては同じことをしても差し支えが無いのだろうか?


 死んだ奴は帰ってこない。いつまでも引き摺っているなんてアホな考えだ。女々しい奴だと思うのならば、その通り。後ろ指を刺して笑えばいい。

 だが俺の心からナラを引き剥がすことは誰にも出来ない。させるつもりもない。それが例え惹かれていると自覚しているロランでさえも。




 一軒の家の前で足を止める。ウダウダと流れ続ける取り止めのない感情を整理しきれないうちに、ついにノアから聞いたロランの家へ着いてしまったようだ。


 頭の中を切り替えるために、スーッと息を吸い込む。……うん、なにも今すぐに返事をする必要もないだろう。今日のところはこの預かっている麻袋を渡したらサッと撤退しよう。

 ヒヨッた俺は腰の引けた思いに全面同意した。そして改めて目の前の家を認識し、つい声が漏れる。



「ん? 本当にここでいいんだよな?」



 高級取りのギルド職員。その中でも給料に色がつくこと必至な人気ナンバーワン受付嬢が住むに相応しくない目の前のボロボロの荒屋に、目を丸くした。

 何度か渡されたメモと見比べるも、間違いではない。本当にここがロランの家か? と、ノアの悪い冗談に引っかかった説が腹から込み上がるのと同時にあることを思い出す。



「あぁ、そうか。彼は難病だったんだもんな。色々と切り詰めて薬代に当ててたってことか」



 給料に見合わない彼女の生活苦の理由に納得した俺は、つい顔に出してしまった辛気臭い表情を覆い隠すべくほんのついでに寄っただけだぜという何の気もない雰囲気を醸し出しながら、頑張らなくても簡単に壊せそうな年季の入った扉をトトトンッと敢えて軽妙に叩いたのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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