閑話25 ある冒険者と加護持ち少女の平穏
「はぁ。何であんな事をしちまったんだ俺は。いや、抱きしめただけで実際何も手は出しちゃぁいねぇが。あー、ダメか。こんなの言い訳にもならねぇ」
両脇に雑に建てられた家々から漏れる夕食の匂いが混ざった夜道に、言い訳を垂れながしながら歩く。
ノアから渡されたメモを頼りに、俺は気が進まないながらもロランの家へと向かっていた。大した量も入っていないはずの麻袋がやけに重い。
そんな俺の頭の中では、あの夜の彼女の言葉がぐるぐると回っていた。
“回復薬をつかって欲しい”
同じものでも時と場合、また受け取り手によって違う意味になる言葉というのは世の中にありふれているが、それと同じくこの言葉も一部の冒険者へ向けて使うと一般的なものとは異なった意味合いを持つ。
誤解も生みやすいので、あまり使われない文言だ。
まぁ、一部の例外は除外しよう。
その無垢な容姿と仕事柄で誰の目から見ても純粋な願いである事が明らかであるが故に、この厭われがちな文言を連発していたのにも関わらず咎められないどころか、むしろその言葉をかけられて嬉しいとさえ冒険者たちに感じさせていた稀有な存在。太陽と同じ色を髪にうつした幼い少女を思い浮かべながら俺は苦笑した。
考えたくない色恋沙汰から意識的に逸らした思考は、自然と愛すべき薬バカへと向かう。
“今までありがとうございました。本当にお世話になりました。どうか皆さん、お元気で”
大号泣を撒き散らした少女は、彼女なりに必死で作った笑顔とともに最後にそう言って、平民街と貴族街を隔てる白壁の向こうへと消えていった。その数ヶ月後、彼女が現れたと報告を受けたギルド内が騒然となったのは今でも笑い話だ。
あの今生の別れは何だったのか。高そうな馬車に乗ってアッサリと姿を見せた彼女を見ながら俺も盛大にズッコケたが、数回そんなことがあった後は本当に姿を見せなくなった。
「元気にやってんのかなぁー、ミアちゃん」
無意識に貴族壁の方角へ顔を向けながらそう呟いた後、きっと元気でやってるんだろうなと願いも込めて思い直す。
まぁ、あいつの横についていた世話係も、真面目で優秀そうな感じだったしな。大丈夫だろ。主人よりも世話係の方がずっと貴族らしかったのはどうかと思うが。
それよりも俺たちだ。無駄に長居することのなくなったミグラインの薬屋も、俺たちの注文を投げ出して彼女の注文をおっ始めなくなったザリックの工房も通常運転だが、何かが物足りない。
あー、いや。緑髪のエルフはちょいちょい薬の感想を聞き取りしてくるな。誰のためにそんなことをしているか聞かなくても分かるため、俺は彼の質問に素直に答えていた。多分俺以外の冒険者たちも同じだろう。
縁起を担ぐという意味もあるが、その理由の大部分を締めているのは俺たち冒険者が彼女から受けた恩を忘れていないからだ。
そう考えた時に、切っても切り離せないのは調査依頼。今でもあの時の情景はありありと思い出せる。
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「見つかった! こっちに来るぞ!?」
魔を発見し貴族様に場所を連絡するための道具を起動していたあの時、同じ依頼を受けた仲間の一人が魔の襲来を知らせる叫び声をあげた。現場に焦りと緊張が走る。
地形的に逃げても無駄だと悟った俺たちは、否応もなく覚悟を決める。わざと声を張り上げお互いの士気を鼓舞した。
「設置はまだか!? やべぇぞ、ここじゃ逃げらんねぇ! みんな武器を取れっ!」
「こうなったら向かえ打つしかないっすね!」
「あぁ! でもかなりでけぇな! お前にあの相手は無理だろ、アトバス! すっこんでてもいいんだぜ!?」
「後輩にも土産話は分けてほしいっす! 兄貴こそ、無理せず後ろで休んでもらっててもいいんすよ!?」
「バカ言えよ、無理すんのが俺たちの商売だろ!」
「それは違いねぇっす!」
このやりとりがただの強がりだということは、お互い百も承知。発見した時は遠目に見えていた複数体の魔は、恐ろしいほどの勢いで俺たちとの距離を詰めていた。
全身で感じる地響きが、移動するだけで森の地形を変えるほどの威力を持つと示しながら轟いている。近づくほどに感じるその巨大さと醜悪さに、死の顕現を感じた。己の命の時限を知る。
だが、ただで散らす気はない。恐怖を無理やり戦闘前の興奮にすり替えた俺は、せめて一太刀浴びせてやろうと剣を握る手に力を込める。
そんな時だった。耳元に幼い少女の言葉が通り過ぎる。
“回復薬、ちゃんと使ってくださいね”
ハッとした。この経験は初めてではない。俺は迫り来る奴らの姿から目を離さず、腰のバックへと手を伸ばす。
数ある瓶の中から指先の感覚で目当ての瓶を探り当てると素早く取り出し、高価な回復薬を躊躇なく口に含んだ。ゴクリと飲み込む。
そして残りの薬をアトバスの口に突っ込もうと視界の端で彼を捉えると、なんと彼も全く同じことをしていた。また驚くことに周り冒険者たちの中でも顔馴染みのものの多くは、俺と同じように回復薬の瓶を手にしていたのだった。
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死に直面しながら紙一重で切り抜けたあの依頼から夜道へと意識を戻し、ふぅと息をつく。
覚悟して調査隊に参加したものの、あそこまでの大事件になるとは誰も予想していなかっただろう。
とは言っても被害の話ではない。おかしなことに、被害が少なすぎたことが問題だったのだ。
あの後貴族様がつくまで魔とは防戦一方の交戦となったのだが、共に調査隊に参加していたトレナーセン街から集められた冒険者達が甚大な被害と犠牲者を出すこととなったのに対して、俺たちアディストエレン街で構成された冒険者の生存率の高さは、ここがアディストエレン領の名を冠する中心街だからというだけでは到底説明できないほどのものだった。
トレナーセン街ギルドからは、戦闘をトレナーセンの冒険者に押しつけて俺たちが逃げたのではと疑惑がかかったそうだが、むしろ矢面に立って戦っていたのは俺たちで、荷物だったのはそっちだ。
ギルド長もそう熨斗つけて返事してやったと、薄くなった水色髪を散らしながら息巻いていた。
ギルド職員による聞き取りで分かった話だが、あの魔との交戦の直前、俺が聞いたものと同じような言葉がミアちゃんと関わりのある冒険者たちの脳裏にも響いたそうだ。
俺は前にもその言葉に助けられていたので素直に従ったわけだが、彼らはそんな俺の経験をローゼン亭でのランクアップ祝勝会の酒席で聞いていたので、これが例のやつかと迷わずに彼女の声に従ったらしい。
因みにアトバスだけは、“薬は使ってナンボ”という謎の言葉が響いたそうだ。ナンボって何だ?
少しの運で命が左右されるこの職業柄、人の幸運とはいえ縋れるジンクスを蔑ろにする奴はいない。
まぁ、酒屋でそれを触れ回った張本人の俺は、酔っていてほとんど覚えていないわけだが。それでも俺の信頼と人脈なくばこの成果はなかっただろう。もう一回ランクアップの話が来てもいいくらいの功績だと思うが、不思議なことに未だに声がかからない。何故だろうか。
おっと、少し話が逸れたな。とにかくあの件はいろんな幸運が噛み合った結果とも言えるが、彼女の声は間違いなく俺たちの命を助けた。
この話を聞いたミアちゃんは、事前に消耗していた体力が回復されたのと、序盤の戦闘でおったダメージを時間差で吸収された回復薬の効果で補えたこと、更に何チャラカンチャラの効果がウンタラと小難しいことを言っていたが、俺たちはもっと簡単な言葉でこの事象を説明できる。
“加護”もしくは“奇跡”
それ以外に何があるのか。あの声に導かれ回復薬に手を伸ばせたかどうかが、はっきりと俺たちの命運を分けたのだから。
生き残るという恩恵を授けてくれた彼女の存在は、俺たち冒険者の中では計り知れないほどに大きい。
考えれば彼女が薬屋にいた期間は長いものではなかった。だが白壁の向こうに消えても尚、あの面影が俺たちの心に深く根付いていることは、誰も不思議だとは思わない。
きっとまた近いうちに唐突に顔を出すのだろうな。冒険者として培った俺の勘はそう囁いている。
「そんなに俺たちに会いたかったのか? 全くミアちゃんは見た目通り、お子様で寂しがり屋さんだなぁー」
今度あったらとぼけた顔でそう言ってやろう。そして“むぅっ!”と頬を膨らませつつも、嬉しそうに口の両端を上げる隠しきれない表情を揶揄ってやらなければ。
大切な存在とはいえ何だかんだとお騒がせな彼女に、せめてもの小さなやり返しを思いついた俺は満足してそう締めくくる。
「あー、やべぇ。結局ロランにはなんて返事すればいいんだよ」
そしてつい虐めたくなる加護持ちの幼い少女について考え終わってしまった俺は、できれば考えたくはないが男としていつまでも逃げてばかりはいられない案件へと思考を戻さなければならないことに気がつき、大きなため息をついたのだった。
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