閑話24 ある冒険者のギルド帰りの平穏
「ねぇ、パルクス。ちょっとこれ、ロランの家に届けて欲しいんだけど、頼める?」
次の依頼探し兼、冒険者同士の交流という名の下に、いつもの面子との駄弁りに一区切りつけた俺がそろそろ帰ろうとギルドの出口に向かって歩いていると、受付の方からそう声が聞こえた。
振り向くと、ノアが食材らしきものが入った麻袋を掲げながら俺を手招きをしている。
めぼしい依頼が見つけられなかったため少しばかり機嫌の悪かった俺は、呼び止められた受付台にへ向かいながら無意識に棘のある返事をしてしまった。
「はぁ? そんなの明日渡せばいいだろう?」
「あの子、明日お休みなのよ」
目にかかった紫色の前髪をサッと払いながらそう言ったノアからは、俺の言い方を気にした様子は全く見当たらない。
それは常日頃からお上品とは言い難い、実際は荒くれ者連中と言っても差し支えない冒険者たちを相手にしているギルド受付嬢の反応としては、至極当たり前のものだった。
だがいくら相手が職業上その対処に慣れているからといって、自分の苛立ちをぶつけていい理由にはならないだろう。
俺は後ろめたさから肩をすくめ、両の掌を上に向ける。更に声の調子を普段よりも少しあげ、おどけた感じを出しながら返事をした。
「あー。じゃぁ、明後日渡せばいいだろ? それに、いくら俺が紳士的で実力もある優良冒険者だからって、こんな時間に急に男が家へ訪ねてきたら、きっとロランも困るぜー?」
「ふーん。その調子だと、まだあれの返事をしていないのね?」
目を細め口の端を上げながら、含みを持たせた言い方をするノア。その仕草と言葉に、俺はドキリとした。
女性にしては身長が高く、出ているところは出ているがそれ以外はスラリとしている体型。
吊り目がちな目にツンと高く通った鼻筋、そしてシャープな輪郭を持つ彼女は、ふんわりとした雰囲気のロランとは対照的な美人だ。
彼女は時々こうやって冗談めかしながら高圧的な態度を取ることがあり、それがまた非常にいいと一部の冒険者からは熱烈な人気を誇っている。
だが今の俺にはそんな彼らの嗜好を理解する余裕なんてサラサラなかった。背中に冷や汗がタラリと伝う。内心の焦りがバレないように、なんでもないふりをして答えた。
「……返事? 何のことだよ?」
「それでどうなの? パルクスは甲斐性が無いわけじゃないんだし、理由もなく女性を待たせるのもどうかと思うわよ?」
ノアは俺の言葉を無視して話を続ける。分かってますよと言わんばかりだ。
それでも何とかしらばっくれこの場を切り抜けるために、俺は質問返しをし続ける。
「いやいや、さっきからなんなんだよ。話が見えねぇにも程があるぜー?」
「とぼけたって無駄よ。確かな提供元から受けた、有力な情報なんだから。あの飲み会からだって結構たつんだし、男らしくそろそろ決断しなさいよ?」
その言葉に思い当たる節があった俺は、カッと頭に血が上る。ギリリと歯を食いしばった。
「あんのクソ大将かっ!? 口止め料は何だったんだよっ!? 思いっきり言いふらしやがってっ!」
周りに聞こえないようにボリュームを抑え、その分声に圧を込めて安酒屋の店主へ渾身の恨みを向ける。
そんな俺を見たノアは、先程の笑顔とは違う爽やかさをともなった表情でにこりと笑った。
「うん。やっぱりそうだったのね?」
「……はぁ?」
アホのように口を開いたままの俺へノアは言葉を続ける。
「一応言っていくけど、ローゼン亭の大将は関係ないわ」
「は? いや、じゃぁ誰が? もしかしてアトバスの野郎か!? あいつ、起きてやがったのか!?」
「ふふっ、それも違うわ。情報源は私の勘よ。確かな提供元だったでしょ?」
野暮用で先に帰った相棒へ向かった怒りの矛先は、発射直後にして楽しそうなノアの言葉に追撃されアッサリと打ち落とされる。ポトリとギルドの床に転がった。
残ったのはまんまと自白させられた哀れな俺だけだ。
「そ、そんなのありかよ?」
「あんた達の様子を見てたら、嫌でも分かるわよ。パルクスったら、あの飲み会の後から急に私の列に並ぶようになっちゃって。その割には相変わらずロランの方ばっかり見てるし。ロランも隠してるけど微妙にソワソワしてるわで、胡散臭いのよ。あんた達が変な距離の取り方をするのは勝手だけど、私を巻き込まないでちょうだい?」
怒涛の攻撃に反論の余地はない。
「お、おぅ。悪かったよ」
早々に白旗を振った俺は、そんなに分かりやすかったかと反省する。
ちょっと待てよ。アトバスには気付かれてないよな? ……ない、よな?
「まぁ、それは別にいいのよ。私もあんた達に口出しするつもりなんて無いんだけど。お節介したくないし。ただ最近気になることがあるっていうか。ちょっとロランが、ね?」
その言い草に、思いっきり口出ししてんじゃねぇかと言いたい気持ちをグッと堪える。
ここで反論したところで藪蛇だ。これ以上あげる白旗は増やしたくない。そんな本心を腹の奥底にねじ込みながら口を開いた。
「ちょっとロランがなんだよ? そこまで言ったんだ。今更勿体ぶるなよ」
俺の言葉を聞くと手招きしながらちょっと耳貸してと言うノア。
女ってのは、何でこうも内緒話が好きなんだ? だがため息を噛み殺して仕方なく貸した俺の耳に小声で流れてきた情報は、まさに密談に相応しい不穏なものだった。
「ロランがね。最近妙な事を口走るの。……早く帰ってケドルにご飯を作らなきゃって」
「はぁ? ケドルって、その、ロランのあれだろ?」
流石にそれはないだろう。
そう思いノアを見るが、彼女の様子は至って真面目だ。悪い冗談でもないと分かり困惑する俺に、ノアは言葉を続ける。
「私も最初は聞き違いかなって思ったの。でも帰り支度をしながら、独り言っぽくボソッとだけど確かにその名前を言うのよ。それも一度や二度じゃないんだから」
「いやいや、それにしたってあり得ないだろ? 実際、彼のことは俺たちも見送ったじゃねぇか。まさか同じ名前のやつがもう1人いたなんて言うなよ?」
「それはないわ。ロランは一人息子って言ってたもの。もちろん娘もいないはずよ。これで1人になっちゃったって言ってたし」
「そうか、うーん。それにしても今更なぁ……」
「時間で風化できる本人の心情がどの程度かなんて、誰にも分かんないわよ。彼女の場合は長くその秘密を1人で抱えていたわけだし、尚更ね。……ねぇ、お願い。ちょっと届け物ついでに家での様子を見てきてよ。パルクスだってロランのこと、心配でしょ?」
ノアは最初の一言を、俺の目を真っ直ぐに見つめながら言った。つい目を逸らすも、その言葉は俺の心に返しのついた鏃のように刺さる。
ノアがおれを呼び止めた届け物も、ロランとの色恋沙汰を揶揄ってきたのも、全ては一歩を踏み出せない俺を後押しして心配なロランの様子を見に行かせようとする同僚としての配慮兼、ずるい俺への逃げ道を与えてくれているのだということは既に気がついていた。
だがロランの気持ちに答えてやれない理由の核心を突かれた俺は、言葉を濁す。
「……まぁ、そうだけどよ」
割り切れない思い。俺はその一端をあんなことがあった彼女に付け込むような真似をするのは良くないと状況のせいにして、答えを出すのをズルズルと先延ばしにしていた。
「あんたが今でもナラの事を引き摺ってるのは知ってるわ。それが悪いとも、簡単に気持ちを切り替えろとも言わない。……でもね? ロランは今、長く1人で抱えていた秘密や苦悩から離れて不安定になってると思うの。だからこんな時だからこそ、側で彼女を支える人がいて欲しいって友人として思っちゃうのよ」
急にしょんぼりとした声を出したノア。
いつもの強気な態度との違いに驚くも、心の中でさえ直視できない想いをズバッと指摘された俺は、反射的に目を伏せて答える。
「……悪りぃ。俺には彼女の横に並ぶ権利はない」
俺の言葉にノアはキッと眼をつり上げた。腰に手を当て、受付台から身を乗り出して迫る。
「もぉっ! せっかく私が塩らしく頼み込んであげてるって言うのに何なのよ!? ロランと寄り添う権利があんたになかったら、いったい誰にあるっていうの!?」
うぉっ、今のは演技かよ!? 危ねぇところだった!
急にいつもの雰囲気に戻ったその切り替えの速さに驚くも、ぶっちゃけるとさっきの言い方にはかなり心を揺さぶられた。危うく首を縦に振りそうになる程に。
強気な女が見せる弱った態度がこれほど恐ろしいものとは知らなかった。他の奴らがこれに引っかかって哀れな犠牲者とならないように、ここは釘を刺しておこう。
「演技が雑なんだよ。っていうかその筋の方向性はお前には向いてないと思うぜ? すげぇ気持ち悪かった」
しかし同業者たちを守るという勇気ある行動をとった俺へ、新たな火の粉が降り注ぐ。
「うっさいわね! これ以上グダグダ言ってると、依頼受理も終了報告も私の台では拒否するわよ? 私のとこに並べなくなって、相棒のアトバスにはなんて説明するの?」
「お、お前っ! それは横暴だぞ!?」
「友人のためなら手段は選ばないわ! ……ケドル君のことだって、私は何の力にもなってあげられなかったの。パルクスは一度ロランの心を開かせたんだから、それに寄り添うことだって出来るでしょ?」
吊り上げた目を急に潤ませ、ションボリと肩を落としギルドの床を見つめ始めた彼女の様子がさっきと同じ演技なのか今度こそ本心なのかなんて、拒否権のない俺にとっては大した問題ではなかった。
観念した俺は受付台にクタッと置かれた麻袋を手に取る。
「……分かったよ。渡すのは、この袋でいいんだな? 言っとくけど少し家に寄るだけだぜ。中にも入んねぇし、あいつの顔を見たら俺はすぐに帰るからな」
ノアは俺の言葉を聞くや否やすぐに顔をあげた。ニヤリと口端も上げながら、顔の前に落ちてきた紫色の髪をパサリと後ろへはらう。
勝ち誇った彼女のその表情に、やっぱり演技かよとまんまと騙された自分の浅はかさと女の涙に弱い男のサガを嘆きつつ、ギルドの硬い床で俺は地団駄を踏んだのだった。ちくしょう。
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