反乱計画と想定外の申し出
「恐らくミアーレアは派閥の力を強めるための計画の一部に組み込まれています。しかし貴方が南や西の派閥へと取り込まれれば、それはレオルフェスティーノ様にとっての強い逆風です。ロンルカストでは監視しきれない講義室での各講師の出方とそれに対するあなたの動向を見るために、彼は影をつけたと考えるのが妥当でしょう……アースオレイテュアー!」
言葉の最後に中位呪文を唱えたリスペリント先生は再び杖を上げる。横一列にズラリと並んでいる的に向かってその杖を横凪に振った。
さっきよりも意図的に威力を落とした斬撃が杖の軌道に合わせて飛び出し、それぞれの的の中心へとスパスパと命中する。
それを確認したリスペリント先生は特になんの感情も見せずに軽い感じで杖を手の中でクルリと回しそのまま消した。
いやいや。だから、どうやってるのその魔法?
試し打ち感覚でサラリと凄技をやってのける風の講師たる実力の一欠片に目を丸くしつつも、知らないうちにレオ様の反乱計画に巻き込まれていたという衝撃が上回る。
私が反乱計画の一部になってるなんて、嘘でしょ? あ、でも確かにディーフェニーラ様からは西の派閥へ、ユニフィア先生からは南の派閥への勧誘を受けた。あれは、レオ様の計画を崩して領主の座を奪われないための牽制の意味もあったってこと?
「そんな、私、何も知らなくて、どうすればいいか……」
混乱する私を見ながら少し難しい顔をしたリスペリント先生が、片膝を地面につけてかがむ。少し言いづらそうに躊躇った後、決心したように口を開いた。
「ミアーレア、突然のことで驚かれるかと思いますが聞いてください」
「は、はい。なんでしょうか?」
これ以上に驚かなければいけないことなんて、あるのだろうか。脳内はもう色々と処理しきれなくて限界だ。
だって、このまま東の派閥にいたらレオ様の計画に乗ることになる。
知らなかったとはいえ反乱なんて物騒なものの片棒を担ぎたくはない。それにもしレオ様の計画が失敗したら、東の派閥もろともに粛清を受けるのではないか。そしたらどうなるの? ……ししし、死刑とか?
だからといって、西の派閥へも行けない。これはこの前誘いを受けてからずっと考えていた。
だってルディーにとっては良いかもしれないけれど、レオ様に縛られているロンルカストがどうなるのか分からないからだ。
ディーフェニーラ様に相談しようにも、後ろに仕えるロンルカストには聞かれてしまう。たとえ部屋の外へ追い出したとしてもその時点で気づかれて、レオ様へ報告され即対策を講じられてしまうだろう。
そう考えると南の派閥も微妙だ。ハリーシェアの通訳によると、ユニフィア先生の言い方だとロンルカストの契約破棄の確約が取れたわけではないらしい。
契約魔法の縛りは深く、ともすれば罰則規定に触れてしまうと知った。もしそれがロンルカストの命を奪うものだったらと思うと足がすくむ。あと西棟への往来が続けられるかの確認もできていない。南の派閥、西よりなんていう中途半端な立ち位置は、許されるのだろうか。ディーフェニーラ様との繋がりが切れたらルディーはなんて思うのか想像しただけで辛い。
考えれば考えるほど手詰まり。退路も進む道もないこの状況に、お先真っ暗という言葉通り打開策のない思考で脳内が埋め尽くされて真っ黒になる。目の前の景色からも、まるで色が褪せていくようだ。
そんな軽いパニックを起こしていると、不意に手にひんやりとした何かを感じた。
ハッと意識が戻る。下を見ると地面に片膝をついたままのリスペリント先生が私の両手を自分の手でそっと包んでいた。真剣な瞳と目があう。
「今のアディストエレン領を見る限り、貴方にとってとても危険です。……私とともに、中央へ行きませんか?」
まるでプロポーズのようなこの状況と思いもよらない提案に声が裏返る。
「ひゃぃっ!? ちゅ、中央ですか!?」
「この地を離れれば、ロンルカストは彼を縛る蔓から逃れることが可能です。消えた使い魔についても、精霊信仰に厚い中央ならば復活の手立てが見つかるかもしれません。貴方の身の安全も確保されます」
「それはルディーにもまた会えるし、ロンルカストも助かるということですか?」
「はい。彼らにとって最良の手でしょう。ですがミアーレア、私は貴方がレオルフェスティーノ様の手によって消されるという可能性を一番恐れています」
「え、私が消される?」
「想像してください。不確定分子の貴方が他の派閥に取られることを危険視した彼にとって、守護の役割を持った使い魔のいない今の貴方はとても狙いやすい。状況はひっ迫しています」
「確かにそうですが。ひっ迫だなんて大袈裟ではないでしょうか? それほど緊急なこととは思えません」
「いいえ。先程の斬撃を覚えていますか? とても不自然な方向から現れました。また私が教えた呪文にしては強過ぎる魔力です。今思えば、あれは生徒が放ったものではなかったのでしょう」
「ま、まさかあの斬撃は、レオルフェスティーノ様が私を消すために放ったと仰るんですか!?」
「あくまでもその可能性があるということです」
静かな声で淡々と伝えるリスペリント先生の話し方に、命を狙われていたという衝撃で飛び跳ねた心臓が落ち着きを取り戻す。
そして片膝をついて私の手を取るというロマンティックな状況を作り出しているその薄い緑色の瞳を見つめながら、これは生徒としての私を守るために真面目な倫理観から提案してくれただけ。手を握られているのも、混乱するだろう私を安心させるためだけ。
真剣な話し合いなのに、勝手に乙女チックしてる場合じゃないぞと彼の背景に少女漫画的な花を背負わせそうな頭を冷やして納得させた私は先生の提案を考える。
「確か中央へは強い属性持ちや、月の魔法が得意な選ばれた人しか招致されないのですよね? 先生の提案はとても嬉しいのですが、私にその適性があるか分かりません。それに月属性はほんのちょっとしかないですし……」
「その心配はありません。何事にも例外はあります。私の婚約者としてならば、ともに中央へ行くことが可能です」
ボンっと顔が熱くなった。勘違いじゃなかった! これ正真正銘の乙女チックなやつだ!?
「ここっ、婚約者っ!? 婚約ってその、夫婦になるということですか!?」
「それほど驚くことでしょうか? ミアーレアは既に七冠くぐりの儀式を迎えているのです。……あぁ、考えが及ばずすみません。もし既に他の方との契りを結んでいたのでしたら、私はそれに横入りする気などーー」
「いいえっ! 違いますっ! そんな契りは誰とも結んでいないです!」
「……そうですか。では私からの申し出はそれほど不快でしたか?」
「そそっ、そんなことないですっ! ちょっと驚いただけで、あのっ、でも、先生は私なんかで良いのでしょうか!? だってまだ3回しか会ったことが無いのですよ!?」
「“私なんか”というその発言は看過できませんね。また貴方に惹かれる理由に、回数は必要ではありません」
「惹かれる!? いや、だって、えぇっとそのぉ……で、ではリスペリント先生が私を選んでくださった理由をお聞かせください」
モゴモゴと口籠った末に、小さな声でなんとか言葉を発した。なにこれ、恥ずかしすぎる。ふわりと笑った先生がそれに答えた。
「はい。喜んでその理由をお伝えいたします。貴方といると私は話しすぎてしまうのです」
「…………はい?」
えーっと、ちょっと意味が分からない。先生がなぜ私に好意を抱いたのかを知りたかったのだが、質問の仕方を間違えたのだろうか。
盛大なクエスチョンマークに襲われている私を尻目に、口元に軽く弧を描いたリスペリント先生の言葉が続く。
「生来、私はあまり口数の多い方ではありません。ですがミアーレア、貴方といると私の口は軽くなります。これほどまでに心が揺れ感情が動く様もはじめての経験でした。本音で話しますと、先程レオルフェスティーノ様から貴方を守った行動には、私自身が一番驚いているのです」
「ま、待ってくださいっ! 私といるとおしゃべりになるから、私といたいということですか!?」
「その通りです。こんな私のために中央にてイリスフォーシアの光の中を共に歩いてくださいませんか? 勿論貴方に近づく影からは私の全ての力でお守りいたします。……話し相手がいなくなるのは悲しいですからね」
なんて独特すぎる理由。これが異世界流のフォーマルなのかは知らないけれど、私にとっては想像の斜め上をいく話にロマンティックがバサバサと吹き飛んでいった。だがその分、先生の本心からの言葉だと伝わってくる。
「……ま、前向きに検討させてください」
「アエラスティウスの運ぶ喜びの知らせを、心からお待ちしています」
そう言ってリスペリント先生はふっと目を細める。
私はきっと喜んでいるのだろう彼のその切なげな瞳に見つめられるのが恥ずかしく、また顔の赤みと握られている手の熱さも自覚できた。
今後のことはこっそりと伝令鳥で連絡し合おうとの約束を交わし先生の手から離れた後は、地面を歩く感覚のないままにフラフラと演習場を後にしたのだった。
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