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風の講義と副領主との対立



「……ほぉ。そなた、私に楯突(たてつ)く意味を分かっているのか?」



 私を(かば)う発言をしたリスペリント先生に対して、声色を一層低くしたレオ様の明らかな脅し文句が辺りに響く。


 両者の顔色は、リスペリント先生の背中で隠れ私の位置からは見ることはできない。

 でも限界までピンと伸ばされた糸が今にも切れそうなほどの張り詰めた緊張感はビシバシと伝わってきた。



「そのような他意はありません。私はこの領の規律に従い申し上げたまでです」


「そうか。まだこの地の規律(きりつ)を覚えていたとは感嘆(かんたん)を覚える。だが中央帰りの其方にとって、この領の風はさぞ強く感じるであろう」


「……はい。慣れ親しんだ故郷の光は懐かしくも、止まぬ風に己の不甲斐(ふがい)なさを感じることは否定できません」


「そのように恥じることはない。強い属性持ちの帰還(きかん)は、我が領にとって僥倖(ぎょうこう)である」


「ありがとう存じます。一度この地を離れた私にとって勿体ないお言葉です」


「良い。しかし一度付いた傷が容易に修復できるなどとは思わぬことだな。リスペリント、この地に留まりたく思うのであれば私の元へ来い。風よけくらいは用意してやる」



 私の処遇(しょぐう)から一転して話題はリスペリント先生の今後の話へとうつった。

 2人の会話から置き去りにされないよう集中して必死で推察する。


 

 “中央帰り”というレオ様のリスペリント先生へ向けた言葉。中央へ行くことはエリートだと知っているが、その逆の意味を深く考えたことはなかった。


 でも前にロンルカストが中央から戻ってきたリスペリント先生のことを、“喜ばしいことではないかと存じます”と表現していた。

 なので勝手に良い意味に捉えていたが、“止まぬ風” “不甲斐なさ” “一度付いた傷”という不穏ワードが連発した今の会話から察するに、思いっきり逆の意味だと気がつく。

 確かこの話をしたのは前回の風の講義の帰り道だったから、色々と動揺していてちょっとしたイントネーションの違いに気がつかなかったんだと思う。


 そしてレオ様の“私の元へ来い”という発言。これはきっと東の派閥への勧誘だ。

 中央帰りのリスペリント先生の立場は、あまり体裁の良いことではないどころか、後ろ盾のないものばかりを囲って黒い噂が立つレオ様に目をつけられるほどに、かなりの窮地(きゅうち)なのかもしれない。



「……お心遣いに厚く感謝申し上げます。長くアディストエレンを離れていたため、この地の理に疎く存じました。先ほどの分を(わきま)えぬ無礼をどうかお許しください」

 

 リスペリント先生が低姿勢な返答をする。私には、派閥の話を前向きに検討する意思を感じられた。


 ……そっか。先生もロンルカストみたいに契約魔法で縛られちゃうのかな。

 同じ派閥になればこれからも気軽に話しかけられるという嬉しさよりも何よりも、彼の今後を憂い私の心が曇る。


 もしかしたら講義中にレオ様がチラチラとこっちを見ていたのも、リスペリント先生を勧誘するタイミングを(うかが)っていたからかもしれない。

 ということはさっきのも、騒ぎに難癖をつける体をとってシレッと乗り込んできただけで、先生と話すきっかけ作りだった? うわぁ、私って色んな意味で巻き込まれ損だ。



「良かろう。その態度に免じてこの度の出過ぎた真似、そして余計な時間をかけたことも不問にする。……さっさとそれを渡せ」



 そう言ったレオ様は蒼く冷たい瞳を私に向けた。急に視線が合い、ビクリと体が跳ねる。

 2人の話も(まと)まったし、もう私はお役御免かと期待していたのだが、そんなに甘くはなかった。


 しかもリスペリント先生はレオ様の手に落ちているので、もう庇ってくれる人はいない。

 見えていた希望が消えるのは、暗闇しか知らなかった時よりもずっと辛いと思い知った。



 はぁ。でもこのまま立ち尽くしていても、レオ様の機嫌は悪化していくだけだよね……。



 そう諦め、嫌だ嫌だと駄々をこねる心を慰めながら重い足を動かす。(うつむ)きながらレオ様の元へ向かった。

 しかしリスペリント先生の横を通り過ぎようとした時、彼の手がサッと私の前に伸びる。

 ん? 動きを制されたことに困惑してその顔を見上げると、彼はその場で動かないようにとの視線を私へ送り、次にその視線を真っ直ぐにレオ様へ向けて口を開いた。



「しかしながら、レオルフェスティーノ様へ一つだけ申し上げたいことがございます」


 何かを察したレオ様が眉を(しか)める。


「……つまらぬことを聞くつもりはない」


「では端的に申し上げます。今後とも()()()の講義への立ち入りはご遠慮いただきたく存じます」



 へっ? 今なんて言ったの?

 私の理解が追いつかぬうちに、リスペリント先生の言葉を聞いたレオ様からじわりと怒気が立ち上がる。



「立場を(わきま)えぬ愚かものが。今この場でその浅短(せんたん)な身を滅ぼしたくないのであれば、即刻(そっこく)口を(つつし)め」



 屈強な騎士たちのトップに立ち彼らを率いる騎士団長として発揮するには適切だが、一個人に向けるものとしては過剰すぎるレオ様の威圧感は、剣に手をかけていないのが不思議なほどに見えた。

 常人ならば呑み込まれ即座に発言を撤回するか、また気の弱い人ならばその場に崩れ落ちていたかもしれない。その気を一身に受けているリスペリント先生の横に立つ私も、たまらず後退りをした。

 しかし引く気のない彼は、顔色も声色も変えずに淡々と答えた。



「全て承知の上でございます」


「そうか。哀れにも己の愚人(ぐじん)さを披露する機会が足りぬようだな。自分が誰に向かってものを言っているのかも理解できぬとは、なんとも痛ましいことだ」


「しかと存じあげております。加えてこの地の規律により、何人も講義を妨げることが禁じられている旨も承知しております。たとえ副領主また騎士団長であろうとも、その権利はございません」



 彼の言うその理屈は正しいのかもしれないが、この場では火に油を注ぐという最悪の手をわざと狙うという常軌(じょうき)(いっ)した目的以外に、今述べる発言としては正しくない。

 彼の言葉を受け、目には見えないながらも誰の目にも明らかな周囲を圧倒するオーラを強めたレオ様は、これ以上ないほどの冷たい声を出した。



名状(めいじょう)(がた)いほどの不快感だ。だが、其方(そなた)の境遇に同情して今一度考えを改める機会を与えよう。……その言葉、私が本気として受け取る前に(くつがえ)さねば、後悔することになるぞ」


不肖(ふしょう)ながら、講師を務める身としてこれ以上の言葉を尽くすことはできません」


「……なるほど、それが其方(そなた)の答えか」



 態度を変えない先生に向かってレオ様がその顔を苦々しいものに変えた。

 一触即発。身動(みじろ)ぎも躊躇(ためら)われるほどに、限界ギリギリの空気が演習場の片隅に流れた。


 辺りには騎士たちの訓練の声が遠くから聞こえるばかりで、私も生徒たちも誰一人その場から動くことができない。皆が固唾を飲む中、レオ様の手がゆっくりと腰につけた剣へと伸ばされた。

 背中の後ろに回していたリスペリント先生の右手がふわりと光る。次の瞬間には杖を握っていた。


 伸ばされた糸が切れる瞬間は間近だ。それを見守る事しかできない無力な私の緊張感を、バサリと上空から舞い降りたグラーレがぶち壊す。それに(またが)る騎士が場に割り込み、焦った口ぶりで矢継ぎ早に言葉を発した。



「レオルフェスティーノ様ご報告いたします! 巡回班が魔を発見! 応援の要請です!」


 

 地上に足をつけたグラーレが薄い緑色の翼を最後に大きくはためかせた影響で、周囲に同じ色の(もや)が広がる。

 視界が悪くなる中、騎士の報告に即座に反応したレオ様はその顔を騎士団長に相応しい険しいものにさせ、追加情報を求める。



「またか、あまりに早すぎる。魔の規模と属性、遠距離攻撃の有無、発生したのは何体だ報告しろ!」


「大型一体、小型が三体いずれも属性不明! 遠距離攻撃は見られませんが、大型の攻撃範囲が広く加えて小型が大型を守る動きもあり、巡回班のみの撃破(げきは)が困難とのこと!」


「大型が親で小型を操っているのか。また他にも複数体が近くに潜んでいる可能性も捨てきれぬな。チッ、厄介だな……アルトレックスとメルカールに出動命令を伝えろ! 風と水部隊も同様、彼らには後方配置と言え! 私は先に行き巡回班とともに先発隊をつとめる!」


「はいっ! 各部隊の出動人数はどう伝えますか!?」


「部隊長に適宜判断(てきぎはんだん)しろと伝えろ! いや、アルトレックスだけには5名と言え! 以上だ、動きが遅いっ! 早く行けっ!」



 そう怒鳴るように命じるとレオ様は、演習場へ向けて全速力で飛び立った騎士を見送ることもなく、騎士と入れ違いにやってきた黒い翼のグラーレにひらりと飛び乗る。

 そのまま行ってしまうのかと思ったが、最後に思い出したかのようにこちらを振り返った。



「……中央で何を増長させたか知らぬが、せいぜい()()()()()に気をつけることだな」


 

 眉間にこれでもかと皺を寄せた顔で不穏な言葉を吐き捨てる。

 同時にバサバサと大きく翼を動かしたグラーレが空高く飛翔(ひしょう)し、翼から溢れた黒い靄を薄く残して、そのまま演習場の空を一直線に駆け抜けていった。


 慌ただしい様子を見せていた演習場からも、複数名の騎士たちがグラーレに跨り飛び立つ。レオ様の後を追うように、グラーレからそれぞれの色を残しながら遠くの空へとその姿を小さくさせ消えていった。



 演習場の片隅ではレオ様が乗ったグラーレの翼が残した黒いモヤが薄まり、次第に元の光景が戻っても尚、青い空に向かって箒星のように飛び立っていった騎士たちの残像を見送りながら呆気に取られる私と生徒たちが残っている。



「講義を再開致します。先程外したものは、的に向かって杖を構えてください。ミアーレア、貴方は少し奥で休んでいなさい」


 

 状況についていけずポカンと立ちすくむ生徒たちを置き去りに、何事もなかったかのように講義を進めようとするリスペリント先生の淡々とした声が演習場の空へ響いたのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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