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貴族の呼び出し



「あの、すみません。 アディストエレン・ディーフェニーラって、誰ですか?」



 誰もが口を堅く噤む中、恐る恐る口を開く。

 貴族が持ってきた手紙だからきっと貴族からなんだろうけれど、誰なのか分からない。これ、連盟じゃなくて1人分の名前だよね? 貴族の名前って長っ! 舌を噛みそうだ。


 皆がフリーズしているから、それだけ有名なお方なのだろう。そう推測はできるけれど、私だけ場に付いていけていない感がすごい。


 すごい勢いで振り返ったミグライン店長は、信じられないようなものを見るように、目をクワっと見開いた。ブラウンのポニーテールがブォンと風を切った。



「あんたっ! はぁ。ミア、この街の名前は知ってるかい?」


「街の名前? えっと、勉強不足ですみません。知りません」


「だろうね。いいかい、この街はアディストエレンっていうんだよ。ここいらではかなり大きな街さ」



 え? それって羊皮紙に書いてあった名前では? 羊皮紙と店長の顔を交互に見る。



「よくお聞き。このアディストエレンの街と同じ名前を持つってことはね、ここの領主の一族ってことだよ」



 ハンマーでガツンと頭を殴られたような衝撃が、全身を貫いた。

 領主の一族ということは、この街のトップオブザトップの貴族だ。この街で1番大きな権力を持つ一族からのお呼び出しである。皆んなから大分遅れて事態の深刻さを把握する。


 領主一族からの呼び出し。もしかして、この前店に来た貴族への対応が領主の耳に入って、処分されるのだろうか。わざわざ呼び出しをしたのは、街の人たちへの見せしめのため? つまり公開処刑?

 最悪の事態ばかりが、頭の中をぐるぐると回る。



「店長、短い期間でしたが大変お世話になりました」


「まだ、不敬罪と決まったわけじゃないよ。平民が呼び出されること自体が、異例なんだ。予想もつかない理由だって、あるかもしれない」


「はい。本当に、今までありがとうございました」


「サルト、ギルドへ行って何か情報がないか聞いてきな。この前の件で貸しがあるんだ。私の名前を出して、ギルド長へ直接尋ねるんだよ」


「はい! ミグライン店長!」



 珍しく声を張ったサルト先輩が、風のように走り去って行った。先輩が走るとこはじめてみた。実際には、走り去った後の緑髪の残像しか見えなかったけど。

 私はさっきまでサルト先輩が使っていた、床に放置されている調剤道具を見つめながら、ここでの生活に思いを馳せた。



 あぁ。ここへ来て数ヶ月、短い人生だった。

 せっかく第二の人生をいただいたのに一瞬で終わらせてしまって本当に申し訳ないな。神様、不甲斐なくてごめんなさい。

 どこの神様に謝ればいいのか、そもそも神様の仕業なのかどうかも分からないが、なんとなくいつもお参りをしていた稲荷神社が思い浮かんだので、その神様に懺悔を捧げた。


 思えば、仕事のことしか思い出せない前の世界よりも、ずっとずっと充実した毎日だったかもしれない。


 ミグライン店長は、住む場所と仕事をくれたし、間違えば怒ってくれる親のような存在だった。

 先輩達は、種族が違うのに邪険にすることもなく優しく接してくれて、お兄さんお姉さんのように慕っていた。サルト先輩は言わずもがなだ。


 馴染みある薬に囲まれた環境で過ごせたのも嬉しかったし、私の突飛なアイディアも結局は皆、好きにやらせてくれた。


 冒険者の常連さん達も親しくしてくれた。親戚の叔父さんお兄さんみたいに感じていたし、パルクスさんやアトバスさんみたいに、軽口を言い合える仲は楽しかった。

 ギルド受け付けのロランさんは、あれから時々お店に寄ってくれて、ギルドの愚痴や冒険者達の話をしていく。かわりに私の愚痴を聞いてくれるのが、ガールズトークみたいで嬉しかった。


 恵まれた環境だったと思う。ほんの数ヶ月だったが、本当にここへ飛び込んで良かった。

 何もわからずこの街へきた。「初めに目に入ったのが、ミグライン店長のお店で良かったな」と、思い返していると、涙で目が潤んできた。涙が溢れないように上を向くと、ミグライン店長の薄紫の瞳と目があった。



「ミグライン店長、先輩方、こんな私を受け入れてくれて、本当にありがとうございました。私、ここで働けて本当に良かったです」


「……馬鹿なこと言っていないで、店番に戻りな」


「はい」



 店番に戻り、いつものカウンターに座る。

 さっき目があった時の、ミグライン店長の眉間に刻まれた皺を思い出しながら、誓う。お世話になったこの店に、迷惑をかけるわけにはいかない。薬屋に被害が及ばないように、なんとか貴族に直談判しなければ。

 私が出来ること、貴族と交渉する為に持てる武器は、何かないだろうか。


 必死で考える。店をぐるっと見渡すと、棚の精油が目に入った。


 そういえばこの前の貴族は、書類仕事が増えたと言っていた。ならば他の貴族や領主も同じようにデスクワークが増えている可能性がある。

 リラックス効果のある精油を、献上するのはどうだろうか?

 望みは薄いかもしれないけれど、精油と引き換えにこの店の責が問われないように訴えるしかない。うん、よし。作戦は決まった。


 やるべき事を見つけた私は、呼び出しの日までの残りの時間を、店番と精油作りに努めた。







 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※







 召喚状をうけてから、3日たった。

 私の人生が終わる日だ。 正確にいうと私の二回目の人生が終わる日だ。



「お世話に、なりました」



 精油の入った木箱を抱えると、お店のみんなに丁寧に感謝を伝えて店を出た。


 入り口を出ると、店の前には沢山の常連さん達が集まっていた。


 え? なんで? とびっくりしたが、どうやら貴族区域まで見送ってくれるらしい。最後だから見送りに来てくれたんだ。一店員の私のためにわざわざ来てくれるなんて、冒険者の人ってすごく情が深いんだね。あと、ぶっちゃけ城までの道筋を知らないので、とても助かる。

 

 常連さん達の人情に感動した。最後に店に向かって深く一礼をして、ぞろぞろと皆んなで城へ向かう。



「いやー、貴族区域に行けるなんて凄いぜー? 俺も一度くらい入ってみたいなー」


「もっとランクあげたら、俺達も召喚状もらえるかな? ミアちゃんには、先を越されちゃったっすね兄貴?」



 私を元気付けるために、わざとおどけながら話す皆んなと歩いて暫く(しばらく)すると、大きな壁の前についた。

 見上げるほど高い石の壁が、縦にも横にも見渡す限り続いている。なるほど、この壁が平民と貴族の暮らす場所を明確に分けているのか。



「あそこが入口だよ、ミアちゃん」



 灰色の石が並ぶ中、壁の一部だけ白い場所があった。アトバスさんがその場所を指差す。


 白壁の前には兵隊さん達が立っていた。

 頑丈そうな鎧を身につけ、冒険者との違いが一目瞭然だ。手には背丈よりも長い槍を持って、白い壁を守っている。



「皆さん、見送ってくれてありがとうございました。 冒険者、大変なお仕事だと思いますが、無理しないでくださいね。 ちゃんと、回復薬も使ってください」


「ミアちゃん、帰り道も分かってないだろー? 俺たち、待っててやるから、心配しなくても大丈夫だぜ?」


「え? でも、今日の依頼は?」


「この前、大きな依頼が終わったばっかりだからなー。報酬も大きかったし、暫くはなんの依頼も入れずに、ゆっくりする予定だったのさ」



 パルクスさんは、軽い口調で私を待っててくれると言った。 処分が終わった後の私の亡骸が、どうなるかわからない。平民の死体を貴族区域に置いておくのは汚らわしいと、壁からポイッとされるかもしれない。


 皆それが分かっていて、道端に放置された私を回収する為に、待っていてくれるのだろうか。最後まで迷惑かけっぱなしで、ごめんなさい。



「……そうですか、 本当にありがとうございます」



 木箱をギュッと抱きしめる。なるべく自然に見えるように、笑って皆んなと別れた。屈強な門番たちのもとへと近づく。兜で表情が見えなくて怖い。召喚命令が書かれた、羊皮紙を差し出す。


 門番の1人は羊皮紙を確認し、私の顔を鋭い眼光で睨むと、壁に向かって何か操作をした。白い壁の一部が、音もなくスルスルと動き出し溶けるように消える。

 魔法のような光景に驚いたけれど、緊張でそれどころではない。槍の先をギラリと光らせながら、門番は私に中に入るように促した。



 口をギュッと結ぶ。振り返ってみんなの顔を見たいけれど、見たら涙が溢れてしまいそうだったので、前だけを見て貴族区域へ一歩を踏み出した。


 私の、小さな小さな意地だった。





街に入って一番最初に話しかける人が、街の名前と現状を説明してくれる設定はなかったようです。

因みに私は、全ての人に話しかけて全ての宝箱を確認する派です!


ミアは単純に街の名前に興味がなかっただけ。

色んなことに対して興味の薄い主人公に、作者も手を焼いております。




お読みいただき本当に本当にありがとうございます。

感謝で溢れかえっています!


次回は明日の夜、更新致します。



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