風の講義と散漫な集中力
「「「レアースッ!」」」
体の前で構えた杖先から、勢いよく風の刃が飛びだす。
斬撃を打ち出したことによる軽い反動で体が後方に傾きそうになるのを、後ろに引いた左足の踵で地面を踏みしめることでググッと堪えた。
私が放った斬撃は方向性は良く真っ直ぐ前へ飛び出したものの、ちょっぴり凹んだ気持ちに比例して杖の角度が下がってしまったせいで、的の下枠ギリギリを掠る。
その先の地面へザシュッと突き刺さった。衝撃から土埃を周りに飛び散らせ演習場に不要な穴ぼこを増やす。
最後に一拍おいて的を支えている経年劣化を感じさせる木台がギギッと嫌な音を立てて軋み、的全体をやや前方に傾かせるだけに終わった。
むぅー。び、微妙。これ当たったって言えるのかな?
一応掠ったんだけど、判定的にはセーフなのかアウトなのか。
ダーツならアウトだけどテニスならセーフを超えたファインプレー。……いや、普通に考えてダメだよね。最後は地面に刺さったし。
渋い結果に渋い顔をしていると再びリスペリント先生の声が響く。
「発動後も構えはそのまま、杖を持った腕を下げないように。続いて次の中位魔法の用意。頭の中で呪文を復唱しながら的に集中してください」
「「「はいっ!」」」
無意味な考察を打ち切る。
次の行動へと思考を切り替えて、目の前の的を睨んだ。
「……放て、アースオレイテュアー」
「「「アースオレイテュアー!」」」
先生の号令に合わせて、他の生徒たちとともに呪文を唱える。
だが魔法発動の瞬間、ピントを合わせていた的の周囲、ぼやけて見えていた光景の中に不穏なシルエットを捉えた。集中が削がれる。しっかりと合わせていた照準が、心の動揺を反映してずれてしまった。
しまった!
だが既に発声してしまった呪文を取り消すことはできない。
繰り出された斬撃からさっきよりもやや強めの衝撃が手に伝わる。集中力を切らした杖先が自然と上へ跳ね上がった。
ズレた軌道そのままに飛び出した斬撃。それは的から大きく外れた大ホームランとなった。
……はぁ。
雲ひとつないお空へと飛んでいった魔法を、ため息とともに見つめる。
「2回とも的に当たったものは、速やかに杖を消してください。少し下がってその場で待機するように。外れたものはもう一度、杖を構えてください。杖の角度、体勢、呪文の発声、魔法発動後の構えなどの確認をします」
軽い足取りで後ろへ下がる成功者たちの足音を聞きながら、2回とも外した私は大きく肩を落とす。
さっき吐き出したため息を回収するために軽く息を吸い込んでから、前に向かって杖を構えた。口元をキュッと引き締める。
集中集中っ! 的の中心だけを見ればいいんだから!
そう自分に言い聞かせて集中力を高める。
しかしその試みは、自然と的の奥へと散る視線を戻す効果には繋がらなかった。
うー、ダメだ。全然集中できないっ!
集中できない理由は、的の奥で鍛錬に励む騎士団だ。
リスペリント先生が後ろを通りすぎるたびに妙に意識してソワソワしてしまう、このよく分からない気持ちのせいもちょっとだけあるけれど、本当にそれはちょっとだけ。
とにかく、端っことはいえ演習場の一角を借りている私たちは、普段目にすることがない騎士団の練習を間近で見ることができて、本来はラッキーなのだろう。私もさっき大興奮したし。
だが今は最悪だ。
的に集中しようとすればするほど、その奥に見えるあの人。演習場内を見回しながらゆっくりと歩き、手近な騎士たちと何かを話してはまたその場を離れて歩き出すレオ様の様子が気になってしまう。
団長と呼ばれるだけあって、レオ様に話しかけられた騎士たちは、いちようにコピっと背筋を伸ばす。
目上の人との会話で生まれる緊張感をその顔に表しているが、まぁそれはいい。彼らには存分に上司の機嫌を損ねないよう、鍛錬に邁進してほしいと思う。
それよりも何よりも、目下の懸念がジワジワと膨らんでいく。
なんかレオ様が、だんだんこっちに近づいてきてる気がするんですけど!?
それにさっきから、チラチラこっちを見ている気もするんですけどー!?
めっさ怖い。なにこれ、新手の嫌がらせだろうか。
視線の先でちょっとずつ大きくなるその姿に怯える。前に構えた杖先もプルプル震えた。
それに、この前ユニフィア先生から教えてもらったことも気になっている。
レオ様が私に月の魔法で影をつけて、こっそり監視していたという事実。理由は不明だが、それがまた得体の知れない恐怖を煽る。
あとレオ様の影魔法を私のベルクム粉が暴いた結果があの埃ということは分かったが、じゃぁ夢に出てきた女の子の記憶は何だったのか。
私に何年も前に死んでしまった人との接点が、あるはずがない。
ってことは、ルディーみたいにその人の魔力の一部が講義室に残っていて、広く飛び散ったベルクム粉と反応してしまったとか? ロンルカストが理由を教えてくれなかったのは、これもまた契約魔法に引っかかることだから? 女の子とレオ様とは関係があるってこと?
疑問は尽きないが、相談出来る相手もいない。真相は謎のままだった。
答えの出ない思考から一旦気持ちを切り替えて前を見る。レオ様の位置はさっきよりもこちらに近い。やっぱりこっちに来ていると確信した。怖すぎる。
とは言え今は講義の時間だ。レオ様もみんなの前で、私だけに何かをするわけは無いと分かっている。
でもどうしても的の先に見えるレオ様の動きが気になってしまい、そのせいでうまく照準を合わせられないでいた。
どうしよう、全然集中できない! このままだとまた補習になっちゃうかも!?
そうなってしまったら最悪だ。だって補習だけ特別に場所を変えるなんてことは、きっとないだろう。
他の生徒が帰った後、私だけこの場に残されていれば、それは傍目からも補習を受けていると明らかだ。
私の出来の悪さを見たレオ様になんて言われるか、想像しただけで胃酸が上がってきた。
ぅわーん! 嫌味のオンパレードはもういやだー!
なんで的がこっち向きで設置されてるの!? 反対向きだったら演習場が見えなくて、レオ様も気にならなかったのに!
あっ、でも振り返って突然真後ろに立たれてたら、驚きすぎて失神しちゃうかも!?
焦る気持ちを的の設置場所への文句としてぶつけていると、こちらに向かって歩みを進めていたレオ様がくるりと後ろを振り返った。誰かに話しかけられたようだ。
ホッと体の力が抜ける。
「ーーそれでは打ちなさい。アースオレイテュアー!」
タイミングも良かったようで、リスペリント先生の号令が聞こえた。
私は散漫だった意識をかき集め、的に向かって全ての集中力を高める。他の生徒たちとともに呪文を叫んだ。
「「「アースオレイテュアー!」」」
真っ直ぐに放たれた私の斬撃が、的の中心にズバッと突き刺さる。
やった! しかし安堵と喜びから緩んだ頬は、笑顔を作る前の中途半端な形でピシリと固まった。
私の右側の男子生徒が放った斬撃に対して、別の斬撃が見当違いの方向から恐ろしいほどの速度で向かっていく光景を、視界の端で捉えたからだ。
的へ向かって直進していた男子生徒の斬撃は、深い角度で右から横入りした予期せぬ斬撃と衝突し弾かれる。
細く高い衝突音が鼓膜に刺さった。強い力で跳ね返された斬撃は、衝突点との兼ね合いでうまれた反射角と右から加わった力により、軌道を反対方向へと変換されただけではなくやや左へと逸らされる。
鋭角につけられた角度をそのままに、魔法同士がぶつかり反発もしくは相乗効果をうけたそれは、反発係数と運動量保存の物理法則を完全に無視し勢いが爆上がりした。
斬撃は大気を切り裂きながら進む。明らかに速度と殺傷力が上がったことを示す鋭い音を辺りに響かせていた。その軌道上にいるのは私だ。
高速で迫り来る凶器と成り果てた風の刃は、一瞬で私との距離を詰めた。ヒュンッと喉の奥がなる。足がすくんで動けない。
怖いっ!
顔を手で覆うどころか、瞬きも目を見開くことすらできなかった。
キィンッ!
金属同士が激しくぶつかりあったような甲高い音が、演習場の高い空に響いた。
同時に私の目の前が唐突に暗闇で覆われる。息苦しいほどの圧迫感にも襲われた。
「……怪我はないですか?」
少しして落ちてきたリスペリント先生の声。
それが聞こえた方向をたよりに上を向けば、暗闇の隙間から覗く透けるように薄い緑色の瞳と目が合った。
ハッと我に帰る。感じている圧迫感と息苦しさの正体が彼に抱きしめられているからだということに気がついた私は、再びフリーズしたのだった。
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