風の講義と騎士団の訓練
「わぁー! これって騎士団!? すごい! かっこいいっ!」
春と夏の中間。
動かなくても多少汗ばむ程度に太陽が張り切り始めた季節の中、私は精悍な騎士たちが訓練に励む演習場の入り口で1人黄色い歓声をあげていた。
声が届いた騎士たちの何人かがチラリとこちらを振り返る。
子どもっぽい声をあげてしまった自分が恥ずかしくなり、パッと顔が赤くなった。
今日は風の講義だ。
最初は集合場所が演習場と聞き、火の講義の時みたいにまた筋トレをさせられるのかと辟易しながらここへきた。
でも足を踏み入れた演習場には、ただの広い野外空間でしかなったこの前とは全く違う景色が広がっていて驚く。
目に入る武装した沢山の騎士たち。
彼らは研ぎ澄まされた殺気に近い覇気を纏いながら、それぞれが持つ武器や魔法で訓練に励んでいた。その上空ではグラーレに跨った騎士たちが、まさに縦横無尽に駆け回る。
互いの武器がぶつかる音、魔法を行使した際に発生する衝撃波、突然巻き起こる突風や巨大な水柱が立ち上がり地面を揺らしたかと思えば一瞬で崩れ去り、上からはグラーレたちの羽が風を切る音が絶え間なく響く。
さらに怒声とも取れる指示系統のやりとりや、己を鼓舞する掛け声が加わる。
そこかしこで入り乱れた光景を目の当たりにした私は、騎士団の圧倒的な熱量に感動していた。
すっごい! なんか火の玉をボンボン打ってる人もいるし!?
うわっ! あっちはグラーレに乗ったまま火の玉を避けてるんだ! 危なっ! 当たったら丸焦げだよ!?
今度は声に出さないように、心の中で叫んだ。もう大興奮だ。
彼らの動きは部隊ごとというよりは、個別訓練のように見えた。
ひたすらに剣を振るうもの。銃弾のような威力の攻撃を、杖から連射で空に打ち出すもの。その攻撃をグラーレに跨り空を駆けながらひたすらに避けるもの。向かい合った少人数で剣と魔法混合の模擬戦を行うもの。
グラーレに跨った騎士たちも、見えないジェットコースターに乗っているかのように、グルングルンと見ているだけで酔いそうな軌道を描くものもいれば、複数人が固まって演習場の上空を駆け抜けてはその場にピタリと留まったり移動したりを繰り返しているものもいる。配置確認か何かかな。
騎士団と呼ぶくらいなのだから、どこかの軍隊よろしくピッピッと整列しながら規律正しい訓練をしているのかと思っていた。これはまさに想像と真逆。
てんでバラバラの訓練を自由に行なう騎士たちで、演習場は雑多に入り乱れていた。
うっひゃー! 騎士団カッコいい! あっ、あそこに女性の騎士もいる!?
殆どの騎士が剣やら何やらを所持する中、何故か武器を持たずに素手でタイマン格闘技を繰り広げている男女を見つける。
あの人、男性騎士と正面からやり合ってるんだ、すごいっ!
そこだっ! 押せ押せー! 体勢を崩してるうちに、もういっちょボディーブローだっ!
勝手に女性騎士を応援しながら盛り上がりまくっていると、視界の端に見たことのある不穏なシルエットを捉えた。
胸の中で膨らんでいた興奮は、萎む間もなく一瞬で凍りつく。そのまま凍結破裂してバラバラに砕け散った。
うぇぇえぇっ!? ななな、なんで冷徹貴族がここにいるの!?
遠目だが、汗水垂らして真面目に訓練を行う騎士たちを涼しい顔で眺めているのは間違いなくレオ様だ。
いや、そうか! そうだよね!?
前にロンルカストがレオ様は騎士団長って言ってたもんね!? 団長が団員たちの指導を行うのは当たり前ですか、そうですか!
心の中で疑問と答えを瞬時に導き出した私は、応援していた女性騎士の勝敗の行方はどこへやら。その場から逃げるように全力ダッシュを決め込んだ。
演習場の入り口を離れると、偶然目に入った同級生たちが集まっている端っこへと一目散に駆け込む。
木を隠すならば森の中。彼らの中へ紛れ込むことで、レオ様からその身を隠したのだった。
後遺症で乱れた息を整えてしばらくすると、講師がやってきた。
講義内容が実技の実習であること、演習場の一角を使用する許可をとったことが伝えられ、そのままスルリと風の講義が開始される。
私もレオ様に自分の存在がバレなかったことに胸を撫で下ろしながら講義を聞く。
一通りの説明。基本姿勢の練習。呪文の正しい発声確認。
それらを終え、教えてもらったばかりの呪文を唱える私と同級生たちの声が、演習場の端から清々しい青空へと響いた。
「「「レアース!」」」
「「「アースオレイテュアー!」」」
横一列に並んだ私たちの発声と同時に、前に突き出された杖からは見えない斬撃が放たれる。
シュバッと大気を切り裂く短い音を立てながら繰り出された風の刃は、重力と空気抵抗を無視した慣性と初速のみの力により、杖先で示された方向へと一直線に進む。
向かう先は生徒たちそれぞれの正面3メートルほど先に立てられた、お世辞にも強固とは言えない木製の的。
杖を構えた生徒と同じ数だけうみだされた多数の斬撃は、魔法発動者の意図通り的へ突き刺さり軽い痕をつけたり、あるいは掠りもせずに見当違いの方向へ飛んでいったり、はたまた演習場の地面に突き刺さり抉った砂土を撒き散らしながらやがて消えた。
決して動くことのない的に向けて放たれたその単純な攻撃は、紛れもない己の実力を生徒たちへと突きつける。
その結果、それを噛み締めながら喜びの笑顔を綻ばせるもの、ガックリと項垂れるもの、悔しそうに杖を握りしめるものと、さまざまな反応に分かれた。
うぅー、惜しかったのに……。
それぞれの色へ顔色を変える生徒たちと同じく、的のすぐ横を駆け抜けるに終わった自分の不甲斐ない魔法に私も顔を顰めていた。
そんな私たちの後ろから、風の講師リスペリント先生の落ち着いた声が響く。
「繰り返しになりますが、この2つは基本的な攻撃呪文です。殺傷力はそれほど強いものではありませんが、不用意な使用は予期せぬ危害を産む可能性があることを心に留めてください。危険な魔法である事に違いはありません。また今後これの安易な使用を犯したものへは、私の講義への一切の立ち入りを禁じます。覚えておくように。理解できたものはその意を示してください」
今の説明からも的に当たった斬撃の威力から判断した自身の答えからも、万が一これが人に当たったとしても軽い怪我をする程度のものだと分かる。
リスペリント先生の丁寧で緩やかな言葉遣いや口調も特段声を張っているわけでもなく、ましてやキツイ瞳で私たちを睨みつけているわけでもなかった。
前髪に隠れた節目がちな目は、どちらかと言えば私たちよりもその手前の地面に向かって話しているようなテンションだ。
だが、生徒たちの中にリスペリント先生の言葉を軽視するものはいなかった。
静かに紡がれた言葉の中にある、これが本気の警告だという意思をしっかりと受け取れたからだ。
生徒たちも私も真剣な表情で声を出す。
「「「はいっ!」」」
多分、前回の講義で一瞬垣間見えてしまった裏ボス級のドヤンキー感にびびっている人もいるんだと思う。
今の真面目でややダウナーな雰囲気のリスペリント先生からは、そんなの微塵も感じないけどね。
「……宜しい。では、それぞれの目の前にある的をもう一度よく見てから杖を構えてください。呪文はまだ口にしないように」
そう言いながらリスペリント先生は、指示通り真剣な顔で杖を構えはじめた生徒たちの後ろを歩く。
何も言わずに普通に通り過ぎたり、立ち止まって持っている杖の角度を調整したり、肩が上がりすぎだと深呼吸を促したり。個人に合わせた指導を行っていった。
私も何か指摘されるのではと、先生の気配にドキドキしながら杖を突き出したポーズをとる。だが、リスペリント先生は特に何も言わず、スタスタと後ろを通り過ぎていった。
あ、行っちゃった。
声をかけてもらえなかった残念な気持ちと、訂正を受けずに済んだ安堵が入り混じった微妙な感情だけが残る。
ちょっぴり沈んだ気持ちとともに、少しだけ杖先も照準から下に下がった。
そんな私の精神的回復を待つわけもなく、講義は進む。生徒たちのポーズチェックを終えたリスペリント先生が、再び魔法発動の指示を出した。
「各自、的に集中。私の号令で下位呪文を唱えてください」
「「「はいっ!」」」
「的の中心から視線を離さないように。……放て、レアース」
気持ちを慌てて切り替える。
どうしても的の先のあれを気にしてしまう視点をなんとか的へ固定して、呪文を唱えるために口を開いたのだった。
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