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閑話23 ある冒険者と酒場の平穏



「いやー! 今日の酒は最っ高にうまいっすね!」


「全くだ! いつもと同じ安酒とは思えねぇな!」



 ローゼン亭ではギルド最高峰難易度案件の達成感と、彼女とともに酒を飲める純粋な喜びで、稀に見る盛り上がりを見せていた。

 それに比例して一層酒の進む俺たちだったが、一番酒が進んでいたのは意外にもロランだった。



「ふふっ、みんなで飲むと本当に美味しいわね?」



 そう言いながら彼女が俺たちを見る。

 酔いからくる熱により染まった頬。潤んだ声とテーブルに肘をつきながらその手の甲に片頬を乗せて、テーブルに寄りかかる彼女の全身から漂う色香。

 ややぼやけた焦点を持ってこちらを見つめる、垂れ気味の大きなオレンジ色の瞳は魅惑的で、見ているとまるで吸い込まれてしまいそうだ。


 それは見た目によらず酒豪の彼女につられて普段よりも早いペースで飲んでいた友への、ダメ押しの一打となった。

 ノックアウトされた彼が、幸せそうな顔を残して俺の横でバタンとぶっ倒れる。

 少々床に頭をぶつけたようだが、まぁ問題ないだろう。他の奴らと共に仲良く床に伸びている彼に、俺は介抱の必要なしとの判断をくだした。



「うっしゃー! あとは、俺と兄貴だけっすねっ!」


「いやいや、何の勝負をしてるんだよ。お前は」



 何故かテンションをあげるアトバスに、ため息をつく。


 あのロランが酒場に来たんだぞ?

 何かしらの悩みがあるというか、先日のあの件で悩んでるに決まってるじゃないか。

 彼女の辛さを晴らすために盛り上がるのならともかく、俺たちだけが楽しんで飲みまくった挙句、彼女だけを残して皆んなで仲良くおねんねしてどうするよ?



「決まってるじゃないっすか、男の勝負っす! これだけはいくら兄貴でも負けられないっすよ! 勝った方がロランと一緒になるんっす!」



 乱れまくった語尾は“っす”が過多になっていて、耳障りが悪い。

 無意識に顔を(しか)めながら、もう酒量的に理性を戻すのは無理だと分かっているが、いちよう(なだ)める努力をする。



「アホか、勝手に決めるな。ロランは俺たちの戦利品じゃねぇからな? それよりもぉちっと楽しく飲もうぜ?」


「あー! 兄貴、逃げるっすかー!?」


「ちげーわ! そうじゃなくてだな!? せっかくロランが来てんだから、もっと彼女の話を聞きてぇとは思わねぇのかよ!?」

 

「勝った方が貰ってくれるなら、私は別に構わないけど?」



 互いのボリュームをあげて言い合う俺とアトバスに、スルリと入ったロランの声。



「「……は?」」



 ピシリと固まった俺たちは、手入れを(おこた)って()びた防具よりも硬い動きでギギギと首を動かしてロランを見る。

 両手で酒の入った大ジョッキを持った彼女は、そのジョッキで顔の半分を隠すようにして、酒のせいだけではない顔の赤みを誤魔化そうとしていた。



 ……今の言葉、まじかよ。いや、その前に可愛すぎるだろ?



 停止した脳の中で、彼女の可憐(かれん)さという一つの事実だけが瞬間的に肥大し頭の中を埋め尽した。

 不意の一撃を受けた俺から、目の前の色が褪せて店内の雑多な景色がグレーに落ちていく。

 ペースを上げないよう意識していたつもりだが、俺もそれなりに飲んでしまっていた。

 酒の力も手伝って、一度手放してしまった意識は遠のいていく一方だ。まずい、まずいぞ。このままだと俺も倒れる……



 ガッコンッ! バターンッ!


「キャッ!」



 ロランの叫び声に、薄れつつあった意識が手放す直前から一気に覚醒(かくせい)する。


 スローモーションで見える目の前の景色では、沢山のジョッキや皿、酒瓶が中身を派手にぶちまけながら宙に浮いていた。

 昏倒(こんとう)したアトバスが倒れた拍子にテーブルをひっくり返し、装備と彼自身の重さによりおもいっきり下方向に力のかかった彼のいる方とは逆側の端に置かれていたもの達が、その反動を受け上方向に吹き飛ばされた結果だと理解する。


 大喰らい大酒飲みの冒険者用につくられた大皿や大ジョッキたちは強い力で押し出された後、放物線を描いて落ちてくる。

 重力に従いながら加速度を増したそれらは、比較的アトバスの近くにいたロランへと向かっていた。


 避難は間に合わない。そう本能的に察したおれは身をかがめ、グッと足に力を込めてその場を飛び出す。


 自分へ降り注ぐ当たりどころが悪ければ生死に関わるほどの凶器と成り果てた食器類や酒瓶に、目を見開くことしかできないロランへ一瞬で距離を詰めると体当たりし、そのまま空中で彼女を抱きとめた。

 少しでも落ちてくるものの射程から離れるために飛び出した勢いを殺さず、また彼女の後頭部と背中へ両腕を回すことで彼女への衝撃を最小限に抑える形で床へ押し倒した。



 ガラガラ、ガッシャーン!



 店内は俺の背中や床に降り注ぐ大量のジョッキ、大皿、酒瓶たちがこっぱに破損する音と衝撃に包まれる。

 砕け散った細かな破片から彼女を守るため、自分の体で覆っている彼女の頭と体に回した腕に力を込め、床との隙間を無くした。


 散乱の音が鳴り止み、事態の終息を知る。

 アトバスに影響されて皮から金属へと装備を変えていたおかげもあり、彼女が受けたらともすれば致命傷になりかねないほどの損害でも、俺が受けた被害は少なかった。

 金属同士がぶつかった際に出るその硬質さと重さにより響く特有の甲高い音は、事態の派手さに一役かってしまったようだが、まぁ大丈夫だろう。


 それにロランを自分の体で守ることを最優先にしながら、装備をつけた体とは対照的に無防備な頭だけはどうか当たってくれるなと願いグッと体の方へ引っ込めていたのだが、幸運な事に俺の頭部への被害もなかった。

 神は味方してくれたようだ。品行方正な俺の常日頃の行いのなせる技ともいえる。


 周囲の安全を確保した俺は、ふっと腕の力を緩める。大丈夫だとは思うが、念のため腕の中のロランへと声かけをした。



「ロラン、大丈夫か?」


「…………。」



 返事がない。膝を軽く立てているので彼女に俺の体重が乗ることはないが、床に押し倒す形で抱えこんでいるため、俺には彼女の後頭部しか見えなかった。


 もしかしたら、ショックで気絶しているのかもしれない。目が覚めるまでどこかで休ませてやろう。

 そう思った俺は、彼女を抱きかかえたまま壊物(こわれもの)を扱うよりも丁寧に起き上がると、揺れを抑えるためにゆっくりと歩く。

 ジロリとこちらを見ている大将へ向かって、店の被害賠償(ばいしょう)は後ですると軽く伝える。


「後で払うよ。それよりも、休憩所を貸してくれ。どうせ誰も使ってねぇんだろ?」


「……勝手にしろ」



 寛大(かんだい)な大将は、暖かい言葉とともに(こころよ)く休憩所を借してくれた。

 大将の好意に甘え店内の奥に進み、酔い潰れたら床で寝る冒険者たちは殆ど使う機会のない、簡素な休憩所のドアを開け中に入る。


 ベッドと呼ぶには貧相だが、いちようは横になることのできる簡易ベッドへ抱えていたロランを丁寧におろして寝かせる。



「えっと、確かシーツがあったはずだな。あー、いや、新しいのを大将に借りてくるか」



 小さな声で独り言をこぼし部屋を出ようとしたが、その前に傷がないかを確認した方がいいと気がついた俺は寝ているロランに向き直る。

 ばっちりと開いた大きなオレンジ色の瞳は、真っ直ぐに俺を捉えていた。



「え、あっ!? ロ、ロラン、起きてたのか!?」


「…………。」


「わ、悪りぃな。返事がないから、てっきり気絶してるもんかと思ってよー?」

 

「…………。」



 運んでいる間も動かなかったし、まさか意識があったとは思わなかった。

 ゆっくりと起き上がるロランに、声が上ずる。たじろいだ体のままに数歩後退りした。


 俺は緊張しているのか? 

 いつもギルドで軽口を叩きあってるっていうのに、今更なんでだ?



「そのぉ、なんだ。怪我とか痛いところはないか?」


「……あのね、パルクス」



 そうか。いつもは周りに大勢の奴らがいたからだ。彼女と一対一で対面するのは、これが初めてかもしれない。

 (よこしま)な意図は無いとはいえ、自分から個室へ連れ込んだという状況も、謎の焦りに拍車をかけていた。妙に焦った気持ちにつられた舌が勝手に回る。



「怪我が無さそうで良かった。まったくアトバスも、迷惑な奴だぜ。倒れるなら後ろに倒れろってんだよなー?」


「あのね、パルクス。私、ずっとパルクスに言いたかったことがあるの」


「ま、まぁ、ここで休む許可は貰ってるから、少しゆっくりしてけよ? それじゃぁ、俺は店長と汚しちまった席や壊したものの賠償交渉をしてくるから!」



 思い詰めた表情で近づいてくるロランを見ながら、何故かその先を聞いてはいけない気がした。

 交渉も何も酒場での備品破損は良くあることだ。賠償額も一律で決まっているが、こういった場所と縁遠いロランは知らないだろう。


 逃げ口として、適当なことを言った俺はササっと後ろを向き外へ脱出のために扉へ近づく。

 だがそれほど強くはない力にグイッと引き戻された。本気で拒めば振り解くことは簡単なはずなのに、それを受け入れてしまった俺にはその扉を掴むことはできなかった。



「……パルクス、お願い。聞いて」



 彼女の言葉の先を聞きたい心と聞きたくない理性がせめぎ合う。状況に流されるままなのは、俺にその決着をつける勇気がないことを確かにしていた。


 腰から回された彼女の腕で、背中から抱き締められていることに気がつく。

 同時に、誰かに見られているような嫌な気配を感じた。今は亡き元相棒の気の強そうな瞳がじっと俺を見てる気がして、無意識に体が強張る。


 硬い金属の装備により、密着した彼女の体温もその感触も感じられないことは、嘆くべきなのか喜ぶべきなのか。

 他の奴らが聞いたら集団で殴られた挙句、身ぐるみ剥がされて森に置き去りにされそうな考えだが、未練たらしい俺にはまだ分からなかった。



「…………。」



 理性と感情と錯覚だと分かりきっている幻影からの視線の狭間でその場から動けない俺に、背中から彼女の声が届く。



「私ね、ずっと言いたかったの。“回復薬をつかって欲しい”って。……ミアちゃんには、先を越されちゃったけどね」



 言葉が胸に突き刺さる。酒によりうまく機能していない脳がその返事を思考するよりも前に、装備越しに小さな震えを感じた。

 視線を下に向ける。それが後ろから回されたロランの腕から伝わったものだと理解した途端、動き出した身体はもう理屈では説明できなかった。


 回された彼女の腕を優しく(ほど)く。彼女からの抵抗はなかった。

 くるりと後ろを向き、彼女をまっすぐに見る。

 俺の行動を、自分への拒否だと悟ったロランの瞳が大きく揺れていた。

 


「……ミアちゃんは、その意味を分かってねぇだろ」



 俺は分かってる。その意思と意味をこめて彼女を覆うように抱きしめた。

 そして目を閉じる。自分の罪悪感から生み出してしまったと分かっている幻影を払うため自分へ言い聞かせた。



 ……消えろ。あいつはそんな奴じゃねぇ。勝手な俺の都合であいつをそんな奴にするな。

 俺の弱さをあいつに押しつけてまた足枷(あしかせ)にする気か? あの夜会いに来てくれたあいつの行為を、あの言葉を無下(むげ)にするな。



 そう念じて深呼吸する。目を開くと視線はいつの間にか消えていた。

 腕に力を込めて、彼女を抱きしめていることを実感する。今度は装備を硬い金属製へと変更したことを、ちゃんと嘆くことができた。


 たまたま近くを通った店長に休憩所はそういう場所じゃねぇと怒りの声をもらい、さらに口止め料として賠償額の追加要求をされるまで、俺たちの抱擁は飽きることなく続いたのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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