閑話22 ある冒険者とギルドの平穏
「ちょっと混んでるっすねぇ」
主語の抜けたアトバスの言葉の意を正確に読み取った俺は、彼の言葉にに完全同意する。
「そうだなー。仕方ねぇ、今日はノアの方に行くか」
受けていた依頼終了の報告をしにギルドの受付にきた俺たちだったが、目当てのロランの列はいつも以上に混んでいた。
ロランに比べるとやや列の短い隣の受付台であるノアの列に並ぶ。サクサクと列は進み、順番が来たので対応してもらった。
「はい、依頼完了。お疲れ様」
横目で隣のロランの様子を見ていた俺たちは、事務的な彼女の声でハッと顔を正面に戻す。ノアの紫色の瞳と目が合った。
それなりにタッパのある俺とアトバスだが、身長の高い彼女との目線はそこそこに近い。それ故、その瞳がうつしている非難の色がしっかりと確認できてしまった。
「お、おぅ。ありがとな?」
気まずさから、つい言わなくてもいい礼を言う。
「パルクス、用がないなら邪魔だから早くどいて。私の方だって、そこそこ忙しいのよ?」
頬にかかった紫色の髪を右手でファサリと後ろに払った彼女は、その手を俺たちに向けてしっしと振った。
「……そうだな、悪かった」
雑な対応だが、完全に非は自分たちにある。
自分とは違う女へ視線を向ける男たちへの不機嫌さを隠そうともしない彼女にきまずさを感じた俺たちは、そそくさとその場を離れたのだった。
「あー、兄貴。今日も行くっすか?」
先ほどの失敗をごまかし気分を変えるために、アトバスが話題を振る。
依頼後の打ち上げは毎回の流れなので聞かれるまでもないことだが、俺はありがたくそれに乗っかることにした。
「あぁ、そうするか。今回のもそれなりの稼ぎになったしな」
そう言いながら、グレーの長髪をわしゃわしゃと掻き上げるアトバスを見る。
彼と組むようになって数ヶ月。
それぞれの立ち位置が固定されてきた俺たちは、今回も危なげなく護衛依頼を全うすることができた。
同じ依頼でも見ず知らずのやつと組む臨時パーティと、慣れた相棒と受けるのでは安定感が全く違う。
また俺は元々別のやつと2人組で冒険者稼業をしていたこともあり、隣に誰かがいることはそれだけで落ち着くものがあった。
それに1人よりも2人組の方が、受けられる依頼の幅も広がる。
人数の問題はさておき、単独だと受けられない依頼がある理由としては、依頼側の問題回避の理念がその一つに挙げられる。単独行動をする冒険者は人格的に問題があるため、相棒を持てないのではとの考えが元だ。
俺としては単独だろうとパーティを組んでいようと、ヤバい奴は一定数いるとしか言えないが、少しでもリスクを減らしたいと言う依頼者の懸念には同意できるし、そもそも依頼元にとやかく物申す気なんてサラサラなかった。
自然と腰につけた皮のバックに手が伸びる。
その歪な膨らみを確認して、無意識に入っていた肩の力を抜いた。
……大丈夫、大丈夫だ。
俺はもう、決して大事な相棒を失ったりはしない。
まだ若いこいつの将来だって、奪わせるものか。
皮越しに感じる薬瓶の感触に、新たな決意と自己暗示をこめているとアトバスの声が聞こえた。
「兄貴? どうかしたっすか?」
「あ、いや、何でもない。……ほら、さっきの薬屋で見かけない顔がいただろ? あれ、ザリックのとこの工房見習いじゃなかったかと思ってさ」
おっと、少し長く考え込んでしまったようだ。
誤魔化すために、ギルドに来る前に寄った薬屋の話を持ち出す。
ミアちゃんがいなくなった後も、仕事終わりに薬屋へ寄る習慣は続けていた。ある種の験担ぎのようなものだが、俺たちのような冒険者にとって運の有無はそれなりに大事なことだ。
「そういえば、なんかでかいやつがいたっすね。確かにザリックの工房でも見たことがあるような?」
「だろ? あいつ真っ赤な顔で緑髪のあー、なんだっけ? サルト? とかいう店番に話しかけてたけど、あれ多分勘違いしてんな」
「まぁ、そうっすね。でも、しょうがないんじゃないんすか? 俺も兄貴に教えてもらうまで、薬屋にいるのは全員女だと思ってましたし」
「お前みたいに結構勘違いしてる奴、多いんだよなー。工房見習いじゃ尚更か。普段見ねぇエルフの性別なんて、パッと見じゃ分かんねぇだろうし」
「んー。今度武器の整備で工房に行った時に、彼には教えてあげた方がいいっすかね?」
「……いや。面白そうだから、もう少しこのままにしておこうぜ」
「うわぁ、純粋な彼の恋心を思うと気の毒っすわー。でも、賛成っす」
お互いの悪い顔をニヤニヤと見合わせた俺とアトバスは、これから行く打ち上げにギルド内で暇を持て余していた顔馴染み数人の冒険者たちを誘う。
二言、三言の短い会話で承諾した彼らとともに、そのままローゼン亭へ行くこととなった。
まぁ、いつもの流れだ。情報交換を兼ねた酒盛り。みずからが稼いだ金で気心知れた連中と飲む酒ほど、健全で健康なものはない。
ガチャガチャと装備や武器を揺らしながら、むさ苦しいメンツでギルドの出口へ向かう。
そんな俺たちの右手には、夕方の勤務交代の時間のため、すっかり列の無くなった受付台で帰り支度をはじめたロランの姿が見えた。
軽く手をあげることで、お互いお疲れ様という労いの意を伝えた俺に、ロランはいつもの柔らかな笑顔で答える。
それだけでそれほど困難なわけではなかったが、今回の依頼により知らず知らずのうちに溜まっていた疲労が、軽くなった気がした。
もし受付所が出口付近に設けられている理由が、意図してこの効果を狙ってのものだったとしたならば、その発案者は評されるべきだと思う。
ロランの笑顔は、いつだって依頼へ向かう冒険者達の士気を高め、また依頼を終えた彼らへ癒しを与えている。少なくとも俺はそう感じていた。
「俺たちこれからローゼン亭へ行くんだ。ロランも一緒にどうっすか?」
俺の横を歩くアトバスが、不完全な敬語でロランを誘う。アトバスは俺と組むようになってから、こう言った言葉遣いをするようになった。
お互いの背中と命を預ける相棒なのだから、気にせずタメ語でいいと伝えたのだが、どうにも割り切りが付かなかったらしいアトバスは、色々考えた結果、語尾に“っす”を付けた敬語とも敬語ではないとも言い切れない話し方に落ち着いた。
彼なりに、俺への敬意を込めているらしい。だが俺と周囲への話し方の切り替えがだんだん面倒になってきた彼は、結局全ての人に対して同じ話し方をするようになった。
なので、残念ながら今の俺に彼の心遣いを感じることは全くできていない。
「はぁーぁ。懲りねぇなぁ、お前も」
俺の後ろに続く冒険者が、苦笑混じりの声をこぼす。振り返ると彼はロランを軽い口調で誘うアトバスを、やれやれといった表情で見ていた。
それはそうだ。彼女がこの手の誘いを受けないことを知らないものは、新入りを除いていない。
何故ならば、その容姿と人当たりの良い性格から、受付嬢の中でも突出して人気高い彼女をどうにか口説き落とすとっかかりとして、今までに数え切れないほどの冒険者達があの手この手で彼女を食事へ誘った。
だが、その努力が実ることはなかった。全てのものの誘いに対して全く同じ笑顔で“また今度”と答える彼女に、その機会が来る日がないことは誰の目にも明白だったからだ。
彼女を食事へ連れ出すことは高ランク冒険者が集まるこのギルドにおいても、屈指の難易度となっていた。
まだ誰も達成できていないこの案件に、最近では本気で手を伸ばそうとするものさえいない。
そう言った意味では、もはやロランは高嶺の花を通り越していた。
何かしらで世話になったものが礼儀として形だけロランを誘うことは稀にあるが、そこそこの常連となった上で、誘いを受ける素振りが微塵もない彼女をめげずに誘い続ける変わり者は、俺の横で軽薄な笑顔を浮かべているこのアトバスくらいだった。
とは言っても彼も、本気で誘っているわけではなく、もはや挨拶代わりのようなものだ。
アトバスが誘ってロランが断る。2人のこのやりとりは、ギルド内では恒例行事のようなものになっていた。
見た目の良い彼がにべもなく彼女に断られる様はまぁまぁ面白いが、100パーセント予測できる答えに向かって、懲りずに一緒に行かないかと誘う様子をその日も俺たちは苦笑しながら見ていた。
「そうね。たまには私も行こうかしら?」
当たり前のように断られる前提で声かけしたアトバスが、ロランから参加すると言う当たり前ではない返事を受けた時の、普段の軽薄な表情とはかけ離れた彼の驚愕の顔を気に留めるものなど、そこには誰もいなかった。
「……はぁ!?」
俺たちも全く同じ表情をしていたからだ。
仕事が終わった後は必ず直帰。いくら誘ってもちょっと一杯どころか、健全な食事会すらも素気無く断る。鉄壁の女で有名なロランはその日、こうして何の前触れもなくその前提を覆した。
「あ、うん。やっぱり今のは冗談……って、えっ!? みんな急にどうしたの!? ちょっと、きゃぁ!?」
ギルドきっての最難関案件を突然に達成した理解が追いつかず呆然とする俺たちを見て、慌てて先の言葉を取り消そうとしたロラン。
ハッと我に帰った俺たちは、冒険者として培った俊敏さと咄嗟の判断能力を存分に活かす。
またその場で組んだ臨時パーティとは思えないほどの見事な連携プレーにより、困惑の声を上げる彼女を半ば拉致する形で強引にローゼン亭へと連れ込んだのだった。
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