月の魔法
「いいい、いっひゃい私はどんな魔法をかけられていたんですか!?」
混乱したまま、回らない舌と頭でユニフィア先生に質問をする。
まさか、私に魔法がかけられていたなんて! もう、パニックが止まらない。
知らないうちに操られていたとか!? ちょっとずつ毒を盛られていたとか!? どんな悪い魔法をかけられていたの!?
「さぁ、どうかしら? 私がそれを回収したわけではないので、詳しいことは分かりかねますわ。でも、混ざっていた影の量を見た限りでは、それほど多くはなくてよ」
「か、影の多さと魔法の強さは、関係があるのですね!?」
「えぇ。何かを及ぼすというよりは、貴方の動向を監視する類の魔法ではないかしら?」
「監視? ……え? そ、それだけ?」
知らないうちに恐ろしい魔法で全身を蝕まれていたわけではないと分かり、ドッと全身の力が抜ける。
だがすぐに誰かにストーカーされていたんだと気がつき、四六時中見えない瞳で見張られていたという事実に、不快感から全身がザワザワとした。
「それだけのことと捉えるか、それほどのことと捉えるかは貴方次第ね?」
相変わらず緊張感のない話し方をするユニフィア先生。
ストーカー案件という、私にとっては結構深刻な事件だと言うのに、まるで他人事だ。
……いや、先生にとっては他人事なのか。考えを改めながら、今言われたことを考える。
確かに派閥内外での争いや、対個人や家の交渉を有利に進めるための諸々の下準備として、情報は何よりも希少なのかもしれない。
それにしたって、私なんかを監視して情報を得たってどうしようもないだろうに。本当に何が知りたかったんだろう。
……あ、もしかして、ルディーのことかな?
薬草園での杖結びで起こした盛大なポメラ花吹雪。あれから、ルディーの正体が先先代領主と感づいた人がいるって前に教えてもらった。
それでこっそりと影魔法を使って、探りをいれにきたとか? でもそれって、わざわざこんな犯罪まがいのリスクを犯してまですることかな?
一つの仮定は導き出したものの、正解は分からなかった。
「はぁ……。いったい誰が何のために私に魔法なんてかけたのでしょうか?」
純粋な疑問と一緒に、自然とため息が漏れる。
「ごめんなさいね。あやふやな推測を照らすのは、わたくしの本意ではないの。ですが“月の魔法を自在に操れるものは限られている”とだけお伝えしておきますわ」
「え、そうなんですか? 私、月の講義を取っていないので分からないのですが、月魔法を使える人はそんなに少ないのですか?」
質問をしながら、ふと思った。ユニフィア先生に言われるまで考えもしなかったが、月の講座をとってさえいれば、あの埃が月魔法だともっと早く気がつけたかもしれない。
……うん、やっぱり今の嘘。
自分の考えを即否定する。
だって月の講師はレオ様だもん。怖すぎて講義内容なんて頭に入らないよ。絶対に受けたくなんてない。
それに向こうからもお断りされている。
なんたって、私の月の精霊石をルディーに食べさせて、月の講義を受けられないように工作をしたのはレオ様だ。
それに、講義を取っていなくても既に何回も月の魔法は見たことがある。
前回の陽の講義の時、牛乳瓶の中身を隠すためにモヤモヤしていた黒い霧。あれは月魔法だ。
あとは、陰の講師ザクラス先生が行き帰りの案内用に使役していた恐怖の幽霊。……はぁ。大人気ないザクラス先生のせいで、あのお化けに脅かされ続け、あの日は何回腰が抜けたことか。
トラウマになっていたので、記憶から消去していたが、あの幽霊も真っ黒な霧状だった。
そして回収したベルクム粉に混ざっていた私が埃と勘違いしたもの。あれも確かに私が知っている月魔法と同じ黒色だった。
あー、ヒントはあったのに。何であの埃が魔法の痕跡だと気がつかなかったんだろう。
頭を駆け巡る後悔は後をたたないが、兎に角今は私に魔法をかけた不届き者の手がかりを、一つでも多く得なければ。無理やり意識を目の前のユニフィア先生に切り替えた。
「月の魔法を使えるもの自体は少なくないのよ? ただ貴方がかけられた深い隠蔽魔法を行使可能なほどに属性が強く、月魔法を自在に操れるものは決して多くはありません。加えて強い月持ちは、必ず中央への務めを言い渡されますの。結果として、この街に残る強い月持ちは数えるほどしかいませんわ」
「強い月持ちは、中央へ引き抜かれるんですね。それはどんな理由があるんでしょうか?」
「中央の内情を領地外で話すことは、信仰の冒涜と見做され固く禁じられていますの。ですので慣例としてそうとしか、わたくしも知りませんわ」
ふーん。まぁ、宗教だしある程度隠してミステリアスにしておいた方が、それっぽいもんね。運営的な意味でも、外聞的にも。
本音を言うと他領地のことなんてどうでもいいけれど、お陰で私に魔法をかけた人物の的が絞れるのはありがたい。
その人に何を覗き見されたかは分かんないけど、今後も注意しなくっちゃ! さすがに2度目のストーカーは避けたい。
そう思いながら、前のめりで質問をする。
「中央には、秘密が多いんですね。ユニフィア先生、このアディストエレンの街に残る強い月持ちは、何名ほどいるんですか?」
「あら? どうしてそんな質問をするのかしら?」
思いもよらない返事に目を丸くする。私こそ先生の質問の意味が分からない。
「どうしてって、えっと、今後注意すべき人数を知りたいからです」
「そうね。でもミアーレアには、その人物に心当たりがあるのではなくて?」
「心当たりですか? あの、私、トレナーセンから来たばかりで、あまりこの街に知り合いはいないのですが?」
「そうかしら?」
「は、はい。あの、ユニフィア先生? 私、本当に心当たりはなくてですね……」
「では質問を変えますわ。貴方の側近の行動は、どう思われて?」
「ロンルカストの行動、ですか?」
「えぇ、そうよ。彼のとった行動は、わたくしには一つの答えを照らしたように思えたのですが?」
「……あっ!?」
ユニフィア先生の言葉にハッとする。黒い霧が晴れ、突然道が開けていくように真実が見えた気がした。
そうか。ロンルカストには、ベルクム粉の処理をお願いした。彼が埃と月魔法の違いに気が付かないはずがない。
でも、月魔法との分離処理が済んだベルクム粉を私に渡した時、彼は私の勘違いを訂正しなかった。
この前も情報の正確性を滔々と私に説いた本人が、“この黒いのは埃じゃなくて私にかけられていた月魔法の痕跡だ”なんて大事なことを、報告し忘れたなんてあり得ない。
つまりロンルカストは月魔法のことを、私に言わなかったんじゃない。きっと彼の契約魔法の範疇に入っていて、言えなかったんだ。
それは私に魔法をかけていた人物の答えが、他ならぬレオ様だということを示している。
……でも、レオ様は何のために私なんかを監視していたんだろう?
レオ様は、私が元は平民だと言うことを分かっている。それに、ルディーの正体だって知っていた。それでも尚も私を監視する意味は?
レオ様の目的が分からなくて混乱する。
冷たい蒼い瞳がジッと此方を見つめている気がして、底知れぬ不安に襲われた。
「わたくし貴方の境遇に胸を痛めておりますの」
「へ? お、お心遣いをありがとう存じます?」
完全に思考の波に飲み込まれていた私は、急な話の展開についていけず、よく分からないながらも適当に返事をするも、声が裏返ってしまった。
「どうかしら? 貴方が決断するのであれば、わたくし達も便宜を図ることができますわ」
「えっ? 決断? それに便宜、ですか?」
「えぇ。現領主の権限は、彼を縛る蔓を焼き尽くす強い光になるかもしれなくてよ? そうすれば、貴方の憂いも晴れるのではなくて?」
「現領主の権限? えーっと、あの、ユニフィア先生、これは何のお話でしょうか?」
「ミアーレア、わたくし良いお返事をお待ちしておりますわね?」
「お、お返事?」
全く話についていけていない私を置いてきぼりにしていることを特に気にした様子もないユニフィア先生は、ふんわりとした笑顔のまま私から視線を外して今度はハリーシェアを見た。
「ハリーシェア、貴方のベルクム粉ですが、ちょうど貴方に必要な量だったようですわね?」
「……はい。ユニフィア先生にお教えいただいたベルクム粉は、私の未来を照らす光となってくださいました。深く感謝申し上げます」
「宜しくてよ。それではお二人とも、御機嫌よう」
最後に歌うようにお別れの言葉を残して出て行ったユニフィア先生の見えなくなった背中を、ポカンと見つめる。
後ろから大きなため息が聞こえた。声の方へ振り返ると、ハリーシェアが呆れた表情で私を見ている
「ミアーレア、絶対に分かってないと思うから説明するけど、貴方はたった今、南の派閥に勧誘されたのよ? ロンルカストの契約破棄を餌にね」
「えっ!? そ、そうなの!? 私、どうすればいいんだろう!?」
「分かってると思うけど、この事は絶対にロンルカストには言っちゃダメよ? 即レオルフェスティーノ様に報告されて、対抗策を取られるんだから」
「うん、分かった!……ねぇ、本当に南の派閥にいけば、ロンルカストの契約は破棄できるのかな?」
「いい? ユニフィア先生は“かもしれない”って言ったのよ? 契約破棄を確約したわけじゃないわ」
「あ、そっか……。じゃぁ派閥を移っても、意味がないかもしれないんだね」
「それは分からないわ。でもユニフィア先生に助言を求めようにいった私にも責任があるし、また一緒に考えましょう? 次の火の講義までに貴方も考えておいてね」
「……うん。そうだね。色々と分かったことも多いし、ユニフィア先生に聞けて良かった。ハリーシェア、本当にありがとう。私1人じゃ悩むだけで何にも出来なかったよ」
「いいのよ。私だってエアリのことでミアーレアに感謝してるんだから」
誰もいない講義室に私とハリーシェアの声が響く。
なんの打算もなく、また協力してくれると言い切ったハリーシェアに一瞬言葉が詰まった私は、多すぎる情報量でぐちゃぐちゃになっていた頭の中に少しだけ余裕ができて、何故か気持ちも楽になった気がした。
隣を歩いてくれる友達という存在は、こんなにも心強いものなのか。
そのことを初めて実感した私は、こそばゆいような胸のざわめきが体中に広がっていく不思議な感覚に包まれながら、まだ何一つ解決していないながらロンルカストのこともきっと上手くいくと不思議と前を向くことができたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




