陽の講師への質問
「ユニフィア先生、お伺いしたいことがあるんです。既に交わされた他者同士の契約魔法を破棄するには、どうしたらいいのでしょうか?」
陽の講義終わり、周りの生徒たちがほぼほぼ講義室から出て行ったのを見計らって、ユニフィア先生に質問をした。
付き添いのハリーシェアには、後ろに控えてもらっている。ロンルカストに帰りが遅いと言われた時の言い訳要員として、彼女は善意の協力をしてくれていた。
ロンルカスト本人への対策というよりは、ロンルカスト越しにこの行為がレオ様に伝わって、私たちが彼の契約魔法を解こうとしていることを勘ぐられないようにとの意味合いが強い。
「あらあら、ミアーレアはティアバラックの蕾を縛る蔓を憂いているのね」
私がロンルカストのことを言っていると一瞬で察したユニフィア先生は、眉を下げた悲痛な面持ちで私と私の後ろにいるハリーシェアを見る。
でもその歌うような涼やかな声色からは、深刻さを微塵も感じられず、表情との剥離が違和感を生んでいた。
きっとこの人は目の前に包丁を出して脅された危機的状況でも、こういう困った顔と困ってなさそうな声のままの窮地を感じさせないスタンスなんだろうな、なんて勝手に思った。
とにかく、バレてることを無駄に隠しても、なんの意味もない。私は若干動揺しつつも、質問を端的に変更して改めて尋ねた。
「えっと、はい、そうです。私、ロンルカストがどんな契約を課されているのかと思うと、すごく怖くて……。あの、陽の魔法で彼を自由にしてあげることはできますか?」
「ミアーレアは優しい子ですこと。でも、ごめんなさいね。イリスフォーシアは、真実を照らすのは得意ですが、何かを壊すことは苦手なの」
「照らすのは得意で壊すことは苦手? すみません、それはどう言う意味ですか?」
「そうね。契約の内容は明らかにできるかもしれませんが、交わされた契約自体の破棄は困難。と言ったら分かるかしら?」
「あっ、はい。理解できました。そうですか、契約の破棄は難しいんですね……」
「イリスフォーシアは私達を照らし導き、そして助ける慈悲深い一柱ですが、天高く蔓を伸ばそうとする貴方の実りにはなれないようですわね。私も残念ですわ」
期待していただけにショックを隠せずガックリと項垂れる。
ユニフィア先生は、そんな私に慰めの言葉をかけて、この話を終えようとした。
でも、簡単には引き下がれない。今日はそれなりの覚悟を持って、不必要な接触を禁じられている南の派閥であるユニフィア先生へ声をかけたのだ。少しの望みでも縋りたい私は食い下がる。
「……ユニフィア先生。もしも、もしもですが、契約内容が分かれば、それは契約破棄の手がかりを見つけることに繋がりますか?」
「その可能性が無いとは言い切れなくてよ? ただし相手がそれを危惧していた場合、第三者が契約内容を知ったことによる罰則が、彼に課せられる危険性も想定できますわ。ミアーレアがどうしてもと言うのならば、わたくしは真実を照らすための助言を惜しみません。ですが、お勧めはしないわ」
「ばっ、罰則!? そんなことがあるんですかっ!?」
「交わされた他者の契約魔法に不当に介入するということは、とても危険な行為なのよ。お分かりいただけて?」
「……はい、よく分かりました。ユニフィア先生、貴重な助言をありがとうございます」
「ミアーレアが落ち込むことは無くてよ? その蔓を望んで手に取ったは彼自身なのですから」
ユニフィア先生は契約したのは本人の意思だと遠回しな貴族言葉で言いながら、ふんわりと微笑んだ。
でも、その言葉がただの気休めだということは分かっている。だって、好き好んであの冷徹なレオ様と契約を結ぶ人なんて、いるはずがないもん。
レオ様の東の派閥は、後ろ盾のない人ばかりを囲って、良くない事をしてると悪い噂が立つほどだ。
ロンルカストも私の見えないところで、一体何をさせられているのか。
最近では彼が私に課題を渡して自分は外出していくたびに、レオ様から命令された後ろ暗い仕事をさせられてるんじゃないかと勘繰るようになってしまった。
今までは全く気にならなかったし、よくあることだったけれど、一度そう思ってしまうともう気が気ではない。
“其方は口が達者で守りも得意だ。このような些事など、問題なく処理出来るであろう?”
とかレオ様に言われて、危険な取引をさせられてたり? 悪い方向への想像は悪化してくばかりだ。
ロンルカストごめん、助けてあげる方法、見つからなかった……
「ミアーレア、ごめんね。私が希望があるようなことを言ってしまったせいよ」
気落ちする私に、ハリーシェアの申し訳なさそうな声が届く。
「うぅん。私こそごめんねハリーシェア。今回は良い結果には繋がらなかったけど、一緒に考えてくれてすごい嬉しかった。それに講義室にも残ってくれて、本当にありがとう」
火の講義の時の宣言通り、私との縁切りを求めたペミレンス家の意向に逆らってまで繋がりを守ってくれたハリーシェア。
ペミレンス家は伯爵家で中立派だが、そもそもどこの派閥にも属さない中立派というのは、それなりの大きな力があってこそ掲げることのできる立場なのでは無いだろうか。
永世中立国のスイスだって、相当の軍事力を兼ね備えてるから、その立場を国際的に承認されている。そうじゃなきゃ他国からフルボッコだ。
つまり、ハリーシェアのお家は結構な大貴族。だというのに、その家の大黒柱の意に反してまで、彼女は私と仲良くしてくれてる。
家という強固で当たり前に有するべき後ろ盾を失いかねないほどの、恐ろしい決断。うわっ、なんか、考えれば考えるほど怖くなってきた。
しかも今日はロンルカストを助けたいという私の勝手な思いにも、自ら手を挙げて協力してくれた。義理堅いにもほどがあるよ。
そんな彼女に気遣わせてしまった。申し訳なさから慌てて明るい声を出し、無理やり笑顔をつくる。
それは偽物のぎこちない笑顔だったが、嘘とはいえ笑顔になったことで、意外にも気持ちを切り替えることができた。それに自分の心を上向きにする作用もあったようだ。
……そうだよ。今回はダメだったけど、また別の方法を探してみよう! 諦めちゃダメだ!
「そういえば、先日の埃は問題なく貴方のベルクムから剥がれたかしら?」
ロンルカストにむけて新たな決意を胸にしていると、ユニフィア先生が杖を振りながらそう言った。
「埃? ……あっ、思い出しました! ベルクム粉を回収した時に混ざってしまった埃ですね? あの後、ロンルカストに取り除いてもらいましたので大丈夫です。あの時は、ご迷惑をおかけしました」
「気にしなくても宜しくてよ。ただ、セリノーフォスの魔法でしたので心配していましたの。影響が無かったと分かって安心致しましたわ」
ユニフィア先生の杖の動きに合わせて、本日の陽についての座学である講義内容を分かりやすく、また話ばかりでは飽きてしまうだろう生徒へ視覚的に訴え、興味や注意が削がれないように講義室中に浮かんでいた素材や教材がヒュンヒュンとこちらへ向かって飛んでくる。
それらはユニフィア先生の前で急停止すると、教卓の上に置かれたバックの中へストンと順番に収まっていった。
その様子を見ながら、首を捻る。影響? セリノーフォス? なんだか、知らない話が進んでいて不安になった。
「あの、ユニフィア先生。セリノーフォスがどう埃と関係しているんですか? 影響というのも、何のことでしょうか? 埃を除いたベルクム粉はちゃんとお守りとして持ち歩いてますが、一度埃が混ざると何か悪い影響が残るのですか?」
最後に七柱の精霊たちを抽象的に表した太陽や月や鳥の模型がお行儀良くバックの中へ収まり、パチンと勝手に蓋が閉まる。
それを見届けたユニフィア先生は、頬に手を当て首を傾げながら再び眉を下げた。
「まぁ、あなたの側近は何も教えてくれなかったのかしら?」
「え? あの、何のことですか?」
「そう。では、それが彼の答えなのですわね」
「ユニフィア先生? 私、先ほどから先生が何のことを仰っているのかさっぱり分からなくて……」
「ミアーレア、あれは貴方が思うようなただの埃ではありませんでしたわ。あの時は周りに生徒が多かったので真実を照らせず、私も心苦しかったの」
「え? でも、あれはお片づけ魔法で散らばったベルクム粉を集めた時に、偶然床のほこりが混ざったのかと?」
「貴方は、魔法でベルクム粉を集めたのよ? 対象をベルクム粉と指定したのに、指定していない埃が混ざることに何も思われなくて?」
真っ直ぐに此方を見つめるユニフィア先生。ゆるくアップにした金色の髪と同じ色の瞳が私を捉えている。
その瞳から視線を外さず、私も真っ直ぐにユニフィア先生を見返しながら答えた。
「確かにそう言われるとおかしいです。どうして私は埃まで回収してしまったのでしょうか?」
「それを説明するには、2柱の関係性への理解が必要ね? 簡単に言うと原初の2柱であるイリスフォーシアとセリノーフォスの睦まじさに起因しますわ」
「睦まじさ? 精霊同士の相性がとても良い、ということですか?」
「そうよ。陽と月は殊更にそれが顕著なの。貴方が零したベルクムは貴方にかけられていた月魔法にちょうど偶然触れ、その正体を明らかにしてしまった。そして2柱の相性の良さから両者が固く結びつき、それをお片づけ魔法で貴方が一緒に回収してしまったのですわね」
「へ? あの、それってつまり?」
「陽と対をなす月は、隠すことが得意なの。香りや音や質感はもちろん、全く違うものに見せかけて欺いたり、反対に何も無いように偽りもするわ。それが高度な月魔法ならば尚更のこと。貴方や周りが気づかないのも仕方がなくてよ?」
驚きすぎて完全停止していた思考が、一拍遅れて一気に動き出す。
わわわ、私、月魔法をかけられていたっ!? 誰に!? いったい何の目的でっ!?
遅れてやってきた恐怖に、全身がゾワリと鳥肌立つ。顔から血の気が引いた。
振り返ってハリーシェアを見るも、彼女はブンブンと顔を横に振り知らなかったとの意を示す。
顔を元に戻し私の理解が追いついたことに満足顔のユニフィア先生を見上げながら、無意識に両腕をクロスさせ胸の前で反対側の腕を掴むことで、私は寒気さえも感じてきた自分の体を小刻みに震えながら必死で守ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




