蝶たちの正体
「は、はいっ! ご心配をおかけして、大変申し訳御座いませんでした」
俯きながら謝罪するセルーニの背中をヨシヨシしながら、ロンルカストに少しだけ非難めいた声をかける。
「ふぅ。大丈夫そうで一先ず安心しました。それにしてもセルーニの為とはいえ、ロンルカストも良くあんなにペラペラと口が回りますね?」
「全て真実で御座いますので」
サラリと言い切ったロンルカスト。
至って当たり前のことを言っただけです。みたいな顔をしているけれど、彼は自分の攻撃力をもう少し自覚した方がいいと思う。
ルディーならサッと躱して、更にカウンター攻撃の憎まれ口にうつれるかもしれないけど、セルーニには荷が重いよ。
そう言った意味では、口喧嘩する相手が居なくなったロンルカストも、少し寂しかったり物足りなかったりしているのかもしれない。
そんな感傷に浸っていると、正気に戻ったセルーニが口を開いた。
「本当に美しい光景ですね。まさかヒュールーンをお目にかかる機会があるとは、感動で言葉にできません」
ヒュールーン?
セルーニの言葉に引っかかる。それ、さっきも言ってたよね。聞いたことある気がするけど、何だっけ?
説明が欲しくてロンルカストの方も見ると、彼は驚きつつもやっぱりそうか、みたいな顔で1人納得していた。
私の方に気を回す感じは無さそうなので、顔を正面に戻し言い出した本人に聞く。
「セルーニ、ヒュールーンとは何ですか?」
「はい、ヒュールーンとはイリスフォーシアの眷属です。美しい4枚の羽を持ち、自由に空を飛び交う小さな精霊と聞いておりましたが、これほどまでの眩さとは思いませんでした」
はい? 眷属? 眷属って、あれだよね? 稲荷神社の狐とか、天満宮の牛とかの神様に支える使徒的な……えぇっ!? まさかこの蝶たちって神の使い!?
ポメラを摘むと現れるから、勝手にポメラの好きの徨魔とか、花の精霊的なやつかと思っていた。うわわっ、どうしよう! 敬わなきゃいけない偉いやつだった!?
「それは本当ですか!? この蝶たちが、イリスフォーシアの眷属!? ロンルカストは知っていたのですか?」
「いいえ。七冠くぐりの際に陽の輪から現れたとお伺いし、もしやとは思っておりましたが、確信は得られておりませんでした」
「あっ、ロンルカストも知らなかったんですね。ん、あれ? ということは、もしかしてこのヒュールーン達も私の使い魔ですか?」
「契約をされたわけでは御座いませんので、そのようなことはないかと存じます。陽の精霊は全てを遍く照らす故、あらゆるところに存在しています。ですので、いつもこの場所でポメラ越しに触れていたミアーレア様の魔力につい反応したことが、儀式という召喚の力が高まった場において反映され、意図せずに輪から姿を現してしまったのではないでしょうか」
「はぁ。なんだか魔力で眷属を釣り上げたみたいで、イリスフォーシアに申し訳ないですね。そういえば、話は戻りますが何でセルーニはヒュールーンの話を知っていたんですか?」
「それは幼い頃、寝物語にて母から聞いていたからです。母も祖母より聞いたと言っていました。ヒュールーンの容姿は周知の事実かと思っておりましたので、ロンルカスト様がご存じないとは驚きです」
「なんでロンルカストは知らないのに、セルーニが知っていたんでしょう? うーん、あっ! 家仕えは寿命が長いので、親から子へと受け継がれる回数が少ない分、貴族よりも古い伝承が残りやすかったのかもしれないですね!」
「それは理が通った推論でございますね」
「ですよね! でも不思議ですね。そもそもどうしてポメラを摘むと陽の精霊の眷属が現れるんでしょうか? ポメラは土属性ですよね? 土の精霊の眷属が現れるなら分かりますけれど。んー、セルーニは分かりますか?」
「ヒュールーンたちが、エーダフィオンの伸ばした蔓の上で遊ぶお話は聞いたことがありますが……申し訳ありません、それ以上は私も存じ上げなくて」
ふむふむ。セルーニの寝物語でも正解は分からなかった。
ヒュールーンたちの様子を見ている限り、使命を持って現れたというよりは、楽しそうにポメラの周りを飛び回っているように見える。
想像の範囲でしかないけれど、友達の様子を見にきたよ的な雰囲気だ。率直な感想をそのまま言ってみる。
「じゃぁこのヒュールーンたちも、エーダフィオンと同じ土属性のポメラと遊びに来たとかですかね? そう考えると眷属って、結構自由なんですね」
「そうですね。イリスフォーシアはディミゴルセオスが生み出した最初の2柱であり、セリノーフォスとともに、後の5柱を生み出した祖精霊です。それ故に、他の精霊たちとも相性が良くございます。ミアーレア様の魔力を得てエーダフィオンの力が高まったポメラにお喜びになり、祝福として眷属を使わせたのかもしれません」
「あぁ、なるほどです! だからユニフィア先生はあの時、祝福が何とかって言ってたのですか」
「“祝福”、また“あの時”とは何のお話でしょうか?」
「あれ? 言ってなかったでしたっけ? 七冠くぐりの儀式の時に、ユニフィア先生から言われたんです。“大変素晴らしい祝福でしたわ”って。きっとユニフィア先生は、輪から出てきた蝶がイリスフォーシアの眷属だと知っていたんですね」
ポンッと手を打ちうんうんと頷くなるほど。
時間差で理解できた意味にスッキリです。
最近、精霊の名前を使った言い回しも分かるものが多くなってきたし、自分の成長を感じて嬉しくなった。そんな私に、ズイッとロンルカストが近付く。ん? なんか笑顔が黒いような?
「さようでございますか。もしそのお話を私が受けていれば、もっと早く蝶達の出自に気が付けたかと存じます」
「えっ? あ、確かにそうですね?」
「情報の正確性の有無は、このような齟齬を生み出すことにも繋がります。今後はぜひ、ご注意いただけますと幸いです」
まずいっ! 墓穴を掘った!
笑顔だけど、威圧感がすごい。そんなにヒュールーンのことを知らなかったのが悔しいの?
「すす、すみませんでした……あっ、そうだ! セルーニ、焼き菓子を持っていますよね!?」
このままお説教の流れに突入しそうな気配を感じた私は、不穏な流れを回避すべく少したじろぎながらも、無理やり話題を変えようとセルーニに話を振ることを決める。
「は、はい!? お持ちしておりますっ!」
ロンルカストに黙ってピクニックセットを持ってきたセルーニは、急に私に秘密を暴露されビクリと肩を震わせた。
大丈夫、だってロンルカストにはもうバレてるから。一緒に開き直ろう?
それにフル回転した私の脳は、珍しくも一つの回答を導き出し、既にこの危機を脱する算段がついていた。だから自分が怒られないようにセルーニのことを生け贄にした、とかじゃ全然ないよ?
「確か、暖炉に火を入れていたユールログの間は、ヒュールーンのためにお菓子を用意してましたよね?」
「はい、そうですが?」
「今なら彼らに、直接お菓子を渡せるんじゃないですか?」
「あぁっ!?」
「あぁ。あの暖炉の上の菓子皿には、そのような意味があったのですか」
同じ2文字でも、語尾が跳ねたセルーニとは違う下降気味のイントネーション。ロンルカストはあの菓子皿が、ヒュールーンへの捧げ物だと今まで知らなかったようだ。
分かるよ。私もセルーニに聞くまで、ルディーのおやつ用だと思ってたもん。
キッチリ役割分担されていると言えば聞こえは良いが、基本的にロンルカストはセルーニの行動にあまり興味を持っていないように見える。
きっとこれが、貴族と家仕えの正しい距離感なのだとは思うが、身分差による弊害を感じた。
魔力の有無で隔てられた貴族街と平民街、魔力量によって隔絶した貴族街の中の貴族と家仕えの立場、さらに貴族の中での派閥や階級による軽視。
この世界って基本的に差別社会なんだよね。
魔力が無ければ恐ろしい魔と戦うことが困難なので、理にかなった階級制度であることは明らかだが、日本という温室でヌクヌク育ってきた私には理解できない感覚に虚しさを感じた。
やるせなさを心に押し込めて、セルーニにクッキーを1枚もらう。手のひらに乗せると、すぐにヒラヒラと数羽の蝶が飛んできて、クッキーをツンツンし始めた。
これ、食べてるのかな? 分からないけれど、私と同じようにクッキーを手に持ったロンルカストやセルーニのところにも蝶たちが集まってきていることから、どうやら好評なようだ。
さっきまで、あっちこっちに飛び回っていたフィンちゃんは、クッキーの匂いにつられたのかパタパタと飛んできて私の手首に留まる。蝶の間をクチバシでかき分け彼らと一緒になってクッキーを啄み始めた。
食いしん坊か。君はいつでも家で食べられるんだから、今は遠慮しなさい?
そう思ってフィンちゃんに場所を移動してもらおうとすると、クッキーをツンツンしていた1羽の蝶がフワッと羽を動かし、フィンちゃんの頭の上に乗った。
“大丈夫だよ、皆んなで一緒に食べよう?”
そう言われた気がした。んー、イリスフォーシアが他の精霊と仲が良いっていうのは本当なんだね。
さすが最初の2柱の眷属。風属性のフィンちゃんを一瞬で受け入れたことに、彼女の器の広さを実感した。
どこかの意地悪使い魔にも、この寛容さを教えてあげたい。
“僕、使い魔だよ? 尻尾を振って彼らの機嫌を取る精霊の犬なんかと、一緒にしないでくれる?”
フンっとそっぽを向いた誰かの澄ました声が、足元から聞こえたような気がした。
不満を体現するように、ペシペシと地面を叩く尻尾の先までも想像できてしまい、ついクスリと笑う。
ロンルカストの方を見ると、私と同じくセルーニからクッキーを貰ったようで、差し出したクッキーにとまる蝶たちに柔和な笑みを向けていた。
さっき垣間見えてしまった笑顔の黒さは身を潜めている。ふぅ、作戦成功だ。
ロンルカストの青髪が春の風にサラサラと流れた。満開のポメラに囲まれて蝶と戯れる青年。すごい絵になる。このイケメンが。
その横にいるセルーニに至っては、感無量っ! みたいな表情で隠す必要がなくなってオープンしたカゴに集まる蝶たちを見ながらウットリとしていた。言葉通り死ぬほど喜んでもらえて何より。って、洒落になんないか。
それに私もロンルカストのお説教を回避できて、嬉しさで胸がいっぱいです。
パピーも押し込められていたカゴから脱出して、蝶たちと一緒に薬草園を飛び回っていた。虹色のファンシーな蝶の群れに堂々と混じってはしゃぐ陶器の違和感がすごいけど、誰も突っ込まないし私もそんな無粋なことはしない。
この場にルディーがいないのは寂しいけれど、大丈夫。
もう少ししたら、きっと戻ってきてくれるはず。私は目の前の幸せを、ちゃんと大事にしよう。
自然とそう思えた。なんて、世界は穏やかで平和なんだろう。
麗かな午後の日差しに囲まれた、薬草園での寧静なひと時。
ヒラヒラと飛び交う蝶たちと戯れながら大切な人たちと心安まる時を過ごす私は、切なくも凄惨で避けようのないあんな事件に自分が巻き込まれることになるとは、この時は思いもしなかったのだった。
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