久しぶりのポメラ採取
「ありがとうセルーニ。お陰で、とっても体調が良くなりました!」
「そうですか? ご入用な時はいつでも仰ってくださいね」
カゴから抜け出そうとする好奇心旺盛なパピーと格闘しているセルーニにお礼を言ってから、素知らぬ顔をしているロンルカストに向かって宣言する。
「ロンルカスト! 久しぶりに採取をしたいです!」
「本日は、お散歩のみのご予定です」
うわっふ! 秒で却下された。
でも、諦めない。大事なことに気付かせてくれたお礼と初薬草記念を兼ねて、私はセルーニに見せたい景色がある。
「折角来たのですから、いいでしょう? 体調は問題ないですし、無理もしないと約束します! それにこの前ディーフェニーラ様からも、ポメラウォーターとアロマの追加発注を受けましたよね?」
「ですがもし、ご体調にーー」
「具合が悪くなったら、ちゃんと報告しますので!」
上目遣いで、懇願する。この理屈と情に訴えかけた、二重攻撃をくらえっ!
「しかしながら、本日は持ち帰り用のカゴも持っておりません」
「うっ、それはそうですが……」
渾身の攻撃は、ロンルカストの一言であっさりと論破された。
これ以上の攻撃スキルはございません。撃沈です。
先日のルディーとロンルカストの攻防に比べたら、なんてお粗末なやりとりなんだろう。自分の口頭スキルの貧相さにショボクレる。
「……ですので、採取は短時間のみ。我々が持ち帰り可能な範囲での量と致しましょう」
「ッ!? はいっ! 分かりました!」
やった! 何故か分からないけれど、ロンルカストから、採取許可をもぎ取ることに成功した!
彼の気が変わらないうちに、ルンルンで咲き誇るポメラに手を伸ばす。
「よしっ! じゃんじゃん取りますよー!」
春の社交界用のポメラアロマとポメラウォーターの献上を終えてから、久しぶりの採取だ。
ポメラに触れる。ハラリと解けた花弁が掌に落ちた。連動して近くの小さな2つの蕾が膨らみはじめる。
まん丸に成長した蕾は内からの圧に耐えきれずポンっと弾け、ふわりふわりと花開く。同時に若く甘い香りが辺りに広がった。
私は急に咲いた花を特に気にすることもなく、次々と花弁を採取する。1輪摘むと2輪のポメラが咲き、また1輪摘むと新たな2輪が咲く。新しいポメラの花が、魔法のようにポンポンと花開いていった。
ん? 私の魔力を受けて花が咲いているわけだから、魔法には違いないのか。
とにかく、採取マスターの私にとってはもはやお馴染みの反応だが、初見ではきっと息を飲む光景だろう。
タイムラプス映像のように、蕾から花へと数秒で成長する様子は、幻想的とも言えるほど綺麗だ。
しかも一輪摘むと倍の二輪が咲くので、緑の葉の面積を真っ赤なポメラが埋めていくのも圧巻だと思う。
ポメラを摘む手を止めずに、セルーニの方を見る。
彼女は胸の前で両手を握り、ポンポンと花開くポメラたちの鮮やかな赤が、どんどんと密度を高めていく美しい光景に見惚れていた。
腕にかけられた手提げカゴから顔を出したパピーがバッチリ見えているが、うん。多分ロンルカストは気がつかないふりをしてくれると思う。
ふっふっふ。でも、これで満足してもらっては困る。私がセルーニに本当に見せたいのは、この景色ではないのだ!
そろそろ、彼らが現れるはず……
そう思いながら待っていると、視界の上の方でキラリと何かが太陽に反射した。
来たっ! ガッツポーズしたい気持ちを抑え、ポメラ摘みを続ける。
ゆったりと優雅に天から降りてきたキラキラは、私たちの頭上をぐるーりと大きく回った。
アルファベットのUの字を繰り返し描くように、上下に揺れながらヒラヒラと舞い降りてきたそれは、今咲いたばかりのポメラの花びらに止まる。動かしていた4枚の羽を静かに閉じた。
それを合図に、空から現れた沢山のキラキラ。私が待っていた蝶たちだ。
ヒラヒラと大きな羽を動かして空を飛び交う蝶たちは、ハネの表面にある凸凹が太陽の光を反射し、また反射した光同士が互いに作用し合い色がついて見える「構造色」と呼ばれる現象により、虹色に輝いて見える。
手が触れられる距離まで降りてきた蝶たちは、咲き誇ったポメラの周りをクルクルと回ったり、セルーニの持つカゴを突っついたり、ロンルカストの差し出した指先で羽を休めたりと自由に遊び始めた。
「どうですか、セルーニ! 前に話した蝶たちです。こんな風にポメラを採取してると現れるんですよ。綺麗でしょう?」
久しぶりの蝶たちに、私もテンションが上がる。もう大丈夫だろうと、ポメラを摘んでいた手を止め、手のひらを前に出した。
1匹の蝶が大きく羽を動かしながら飛んでくると、私の掌にチョコンと止まった。
「蝶さん、久しぶりですね! またポメラの採取をさせてもらいますので、宜しくお願いします」
ポメラと仲の良さそうな蝶たちに向けて、何の気無しにポメラ採取の断りを入れた。
……あれ? そういえば、セルーニのから返事がないな?
はたと思い、彼女の方を見る。
そこには目と口をまん丸に開けたセルーニが、銅像のように固まっていた、
「えっ!? セセ、セルーニ!? 息してますか!?」
慌てて近寄り、体を揺する。
「息? 私は息をしているのでしょうか? まるで夢のようです。……そうです。これはきっとエーダフィオンの蔓が、私に最後の夢を見せているんです。そうに決まっております。なんて、幸せな終わりなのでしょう」
良かった。息はしてた。
綺麗な蝶に、きっと喜んでくれるとは思っていたが、思いの外強く刺さりすぎてしまったようだ。
死の前に見る走馬灯と勘違いしている。
早くこちらの世界に帰ってきてもらわねば。
「いやいや、現実です! セルーニは、まだ死んでないですよっ!」
「私は、死んでいない? でも、こんなにヒュールーンたちが目の前を飛び交っております。えぇ、そうです。それに皆さんと家の外へ出れるなんて、やっぱりこれは夢だったのです」
ヒュールーンって、何だっけ? とか思っている場合ではない。何故ならば、セルーニの目がトロンとしてきたからだ。
浅くて早いハカハカとした呼吸を繰り返したり、逆に急に深く息を吸い込んだりしている。
えっ!? なんかこれ、危なくない!?
不規則な呼吸パターンからは、まるで死の前兆のような不吉さを感じた。
薬学部時代に受けた終末期医療の講義でも、衰弱死の場合は、こんな感じで息を引き取ることがあるって学んだ気がする。
最初にあった時に、見た目と実年齢の差が10倍以上はあると、衝撃のカミングアウトをしたセルーニ。
実は種族としても結構な高齢で、このまま気を失ったら、もう一生目を覚まさないなんてことも……? いやいや、そんなのダメだよっ!
頭を振って、最悪の想定をあっちのお山に追い払う。
「セルーニ!? 聞こえてますか!? 戻ってきてくださいっ! 夢じゃないです、本当に皆んなでお散歩にきたんですよ!?」
「皆さんがエーダフィオンの蔓を受け入れる理由がよく分かりました」
「まだ、分かっちゃダメです!」
「彼女の計らいを拒むことなど、決してできません。……私も喜んで、彼女の蔓を迎え入れまーー」
ダメだ。私の声は全く届いていない。
目を閉じて、安らかに死に向かおうとするセルーニ。そんな彼女を見ながらどうすれば良いのかとパニックになっていた私の元へ、スタスタとやってきたロンルカストがピシリと言い放つ。
「セルーニ、目を覚ましなさい。まさかミアーレア様を遺し、1人だけ廻りに戻るつもりですか?」
「……ミアーレア様を、遺す?」
「そうです。このままですと、ルディー様の一件で傷心のミアーレア様は、貴方まで失い深く傷つくことでしょう。また貴方をここへ連れてきたことを、どれほど後悔されるのか。それはきっと、ミアーレア様の大きな心の傷となるでしょう。しかし、貴女が主の御心に一生残りたいという目論みの元に、その決断をくだしているのであれば、とても有効な手立てとも言えます。ディーフェニーラ様から依頼を受けたアロマウォーター製作のため、この薬草園を訪れるたびにミアーレア様は貴女のことを思い出し、また後悔に苛まれ、そしてーー」
目に光が戻りハッと正気を取り戻したセルーニ。しかし止まらないロンルカストの口上により、みるみるうちにその顔面は蒼白になっていく。
「わぁー! ロンルカストもう大丈夫ですっ! セルーニも正気を取り戻していますからっ! そうですよねセルーニっ!?」
私は大声でロンルカストの言葉を遮る。2人の間に割り込み両手を広げ背中で彼からセルーニを覆い隠すことで、今度は精神的に瀕死になりかけている彼女をロンルカストの過剰で流暢すぎる弁舌から守ったのだった。
ミアがカキカキした、いつぞやの心のメモ書きより抜粋
土属性の色々
●エーダフィオン(土の精霊、輪廻転生の概念、彼女って言われてるから多分女性)
○エーダフィオンの蔓を離れる(この世に生を受ける?)
○エーダフィオンの蔓を受け入れる(死ぬ?)
○エーダフィオンの廻りに戻る(あの世に還る?)
蔓を伸ばすしエーダフィオンってあれかな? 木の妖精のドリュアス、英名だとドライアド的な?
●土持ち(土属性が強い人たちのこと、ロンルカスト、ルディー、メルカール先生)
○土持ちは守りが得意(騎士団では防衛の要、障壁魔法凄かった、でも口喧嘩だと攻撃力も高い)
○外面は良いけど実は土持ちの性格は、あまり良くないってのが、ロンルカスト談。
●ポメラ(土属性、魔力伝導率高し、甘くて良い香り、薔薇に似てる、摘むと蝶が現れる、花を摘ませる代わりに魔力を受け取って倍の花を咲かせるちゃっかりさん)
杖結びや、ポメラウォーター製作、お散歩コース、ルディーの街の守り? など、お世話になりまくってる、ありがたや。
お読みいただき、ありがとうございます。




