騎士団出動の理由と平民街への想い
「最近は、騎士達の出動が多いようですね」
グラーレに跨り空へと駆けていく騎士達をぼーっと見ていた私は、驚いてロンルカストの方へ向き直る。
「えっ、出動!? これ、ただのパトロールじゃ無いんですか!?」
「パトロ? ……いいえ。魔の発生に伴い、騎士団が森へ討伐に向かっているのです。あの赤い靄を残す集団の、一番前にいるのがアルトレックスです」
私と同じように馬車の窓の外を見ていたロンルカストは、一瞬不思議そうな顔をするもすぐに表情を戻す。そして指差しをしながら、アルトレックス様の位置まで教えてくれた。
でも、そんなことはどうだって良かった。私は食い気味で質問を続ける。
「魔を退治に行くんですか!? 杖結びの時みたいに大きなやつですか!?」
「発生する魔の大きさや形は様々でございますので、なんとも言えません。ですが、騎士達の人数から考えますと、それほど大きな魔では無いかと存じます」
「あっ、そうなんですね、良かった……」
ホッと息をつく。この前、陰の講義へ行く時に見た騎士達も、巡回じゃなくて討伐へ向かってたんだ。
ロンルカストの口ぶりだと、私が気付いていないだけで、出動回数はもっと多いのだろう。
杖結びから時がたち、あの時に感じた恐怖心が知らないうちに薄れかけていた。
戦いに行く騎士たちを目にして、魔は身近な存在だと改めて認識する。
本当は考えたくないけれど、戒めとして杖結びの時に襲ってきた魔を無理矢理思い出した。
巨大ビル並みの体躯と、ムカデを模した節足動物に似た構造。
そこから無数に生える子どものような細腕がウゴウゴと蠢く様子は、思い出すだけでも背筋がゾワリとする。
動くたびにそこら中に撒き散らすドロドロの赤黒い液体は、むせ返るような腐臭だった。
そして何よりもあの目。虫の顔に人間の目がついている様は、不出来なコラ映像のように異様な不気味さを醸し出していた。
まさに怪異。この世に存在すべきでは無い不浄の塊だと、本能レベルで分かるトラウマ級の存在感。
モンスターなんて言葉では言い表せない。悍ましくも、おどろおどろしい姿だった。
米粒ほどの大きさになったグラーレとそれに跨る騎士達を見ながら、命を張って戦っていたアルトレックス様と、命をかけて守ってくれたロンルカストを思い出す。
何もできずに木に張り付いているだけだった不甲斐ない自分を、無性に悔しく思った。
……そうだ。私、怖い魔から皆んなを守りたくて、貴族になったんだ。
火は無理でも、他に所属できる部隊があるかもしれない。
火の部隊にプンプンだったテネシーナ先生は水部隊の団長で、メルカール先生も土の団長だから、土と水部隊があることは知ってる。
風や陽や月や陰も部隊があるのかな? 火みたいに筋トレ部じゃなくて、私がついていけそうなところも、あるのだろうか。
「……火の講義への招待状を受けた理由ですが、精霊石の大きさと形かと存じます。あとは、そうですね。アルトレックスが講師としての自分の姿でも、見せたかったのではないでしょうか」
思考に耽る私に、ロンルカストが声をかける。
きっと杖結びのことを思い出していると察知して、気遣ってくれたんだ。
「へ? アルトレックス様が、私に自分の姿を見せたかった?」
「さようでございます」
はて? 何でアルトレックス様は、自分の講師姿を私に見せつけたいのか?
考えていたことが吹っ飛ぶほど、クエスチョンマークが頭の中に大量発生したが、すぐに夢で見た友情物語の一幕が思い出された。
幼いロンルカストに固く誓った白髪アルトレックス少年の言葉が脳内再生される。
“ロンルカスト、俺は…… 俺は、お前に恥じぬ強い騎士になる。友として、約束しよう”
んー、ふむふむ。あーね、なるほど納得。
彼はきっと、立派な騎士かつ火持ちの団長として、生徒たちに教える立場となった自分の姿を、私を通じて恩人のロンルカストに伝えて欲しいんだ。
うん、うん。2人の友情をこっそり盗み見しちゃった償いとして、その役目しっかりと務めさせていただきますっ!
「アルトレックス様の人気は、凄かったですよ! 教えを受けた人は、憧れの人の手ほどきを受けられた喜びでキラッキラの笑顔でした。あとあんな重い剣を、アルトレックス様は片手で簡単にブォンブォン振り回してましたし、それにそれにーー」
アルトレックス様の真意を悟った私は、滔々とロンルカストに彼の勇士を伝える。
ロンルカストはほんの少しだけ眉を顰めながら私の話を静かに聞いているが、大丈夫。私には全部分かってる。
これはポーカーフェイスが得意なロンルカストの、照れ隠しに違いない。
嬉しさで顔が綻びそうになるのを、ワザと嫌そうな顔をして誤魔化してるんだ。うん、きっとそう。
私は彼らの友情を微笑ましく思いながら、火の講義でのアルトレックス様の様子を、馬車が家に着くまでの間、若干の誇張を交えながらロンルカストに伝え続けたのだった。
一日が終わり、ベットにつく。
講義で限界まで素振りを続けたことで、普段は軽いお散歩くらいしか運動をしていない私の二の腕はパンパンになっていた。
もちろん、すでに筋肉痛にもしっかりと襲われている。
この腕の痛み、薬屋でのすり鉢以来だ。
ふふっ、筋肉痛で思い出すなんて、笑っちゃう。薬屋のみんな、元気にしてるかなぁ。
私のゴリ押し提案で開発された薬研も、現役で頑張っているのだろうか。
先輩達が無表情で薬研の円盤をゴロゴロと回している姿。そして同じく無表情のサルト先輩が、華麗な包丁捌きで素材を切り刻んでいる姿が蘇った。
後ろでは腕組みをしたミグライン店長が、薄紫色の瞳を細めながら素材発注書と睨めっこしている。
薬を煮詰め中の鍋たちから出る蒸気は、漢方薬みたいな匂いでムワッとしていて、素材として使用するために部屋の片隅に山積みにされた植物は青臭さかった。
それらが混ざった懐かしい調剤部屋の香り。
今でもハッキリと思い出せる私の好きだった匂いが、目の前を通り過ぎた気がした。
会いたいなぁ……。
懐かしさと苦しさが込み上げてきて、自然と唇を噛みしめる。そして部屋の棚に並ぶ、回復薬の小瓶を見つめた。
ロンルカストから時々もらえる、休憩を兼ねた調剤タイムで作成した回復薬。
私が適当に並べた回復薬達は、セルーニが等間隔に並べ直し定期的に埃を払ってくれていた。
お店のディスプレイのようになっている小瓶を見ながら、結構溜まってきたなと思う。
ミグライン店長から餞別がわりに貰った素材も、そろそろ心許ない。
スライム時計も献上しちゃったし、もう平民街へ行くことはないのだから、出来た回復薬を店長へ渡す機会なんて来ないことは分かっていた。
でも、きっといつかまた平民街へ行ける。皆んなにも会えると信じて作り続けてきた。
それに回復薬を作っている間は、私はまだ薬屋の見習いなんだと思うことができた。
唯一、皆んなとの繋がりを感じられるような気がして、どうしてもやめることは出来なかった。
回復薬をジッと見つめる。
夜になり自主的にその勢いを落とした燭台の炎たちの配慮により、薄い部屋の中では瓶のシルエットしか見えない。
見てるというよりは、そっちの方に視線を向けているだけと言った方が正確かもしれないが、問題ない。私は、精査中の回復薬について考えていた。
あれには鼻歌混じりで無意識に祈りを口遊むという偶然と不慮の行為により、私の魔力が混じっている。正真正銘の新薬だ。
もしあれに有用性があると分かったら、また平民街へ行く口実にできるかもしれない。
だって私は作ることは出来ても、回復薬として成功してるかどうかは、ミグライン店長に見てもらわなきゃ分からない。
これを理由に、定期的に平民街訪問へ繋げることは出来ないだろうか。
……うぅん、違う。出来るかどうかじゃなくて、繋げなきゃっ!
ちょっとだけノスタルジックな気持ちになりつつ、平民街訪問許可もぎ取りへの決意を新たにした。
シーツの中でグッと拳を握りしめる。
連動して、二の腕の筋肉痛にビキビキと痛みが走った。ひぃー! 辛さしか勝たない! 筋肉痛、痛すぎるよっ!
そして、追憶すらも許してくれないイケズな腕をスリスリと摩りながら、今夜もきっとアレを見るんだろうなぁと思った。
私は今夜も見るであろう夢と、守ってくれるものがいない寂しさ、そして二の腕の痛みから無理やり目を背け、憂鬱な気分で眠りについたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




