火の講義の報告と今後の進路
「素振りと素振りと素振りしかしませんでした。以上です、嘘じゃありません」
帰りの馬車の中。対面に座るロンルカストへ、紛れもない真実を語る。
因みに外の御者席は、ロンルカストと共に迎えに来たフィンちゃんに取られている。
今日の午前中、一緒に火の講義を受けるのかと思ったフィンちゃんが、馬車の御者席から一歩も動かずに、そのまま家へと帰っていくのを見送った時の私の気持ちを考えて欲しい。
なんだか無性に悲しかった。今だって、私のお迎えというよりは、ただ大好きなグラーレのそばに居たいだけじゃないの?
「初日から演習場とは、まったくアルトレックスは相変わらずですね」
私から講義内容の報告を受けたロンルカストは、はぁーっと深いため息をつく。同時に、肩を落とした。
「相変わらずって、火の講義はいつもあんな感じなのですか? だって魔力の魔の字もなかったんですよ。本当に今日は何の講義だったのか、さっぱり分かりませんでした」
ハリーシェアと沢山話せたのは嬉しかったけれど、講義内容としては謎だ。
ひたすら筋肉を鍛え上げることを目的とした、変な筋トレ部にでも入ってしまったのかと思った。
「彼の講義に出るものの多くは、騎士団の火の部隊志望なのです。それ故に、講義が訓練寄りになるのは致し方ないのですが……。はぁ、まさかここまでとは思いませんでした」
「だからですか。やけに男の子が多いなと思ったんです」
「まぁ、あれでも一部のものからは、人気高い講義だそうですよ」
「んー、確かに生徒たちのやる気は凄かったです。なんか、信者みたいな目をしてる男の子とか、あとは素振りしないでジーッとアルトレックス様を見てるだけの女の子とかもいましたけど」
「良くも悪くも火持ちの芯とは、真っ直ぐですので。フォーティアーノの揺らめきに魅せられた彼らのことは、あまりお気になさらない方が宜しいかと存じます」
「? ……分かりました。他の生徒のことは気にしないようにします」
「では、他の生徒以外のことで、ミアーレア様のお心が気になさっていることをお聞かせくださいませ」
ロンルカストは特に表情を変えることもなく、何でもないことのようにサラリとそう言ったが、私をドキリとさせるには十分だった。
うっ、バレてた……。
運動部化していた講義への不満を、冗談まじりに彼へぶつけてはいたものの、講義の間の殆どを地面にへたり込んでいただけの自分の情けなさに、実はちょっぴり凹んでいた。
とは言っても、少しばかり不安になっていただけなのにな。私って、そんなに分かりやすいのだろうか。
笑顔で返事を待つロンルカストに観念した私は、馬車の床に視線を落としながら口を開く。
「……そのぉ。今後もこの講義が続くのかと思うと、少し憂鬱で」
「何故そのような憂いを抱かれているのか、お伺いしても宜しいですか?」
「だって、他の男の子たちやハリーシェアも普通に出来ていたのに、私は剣が重過ぎて、練習についていけませんでした。何で私なんかが、火の講義への招待状を受けたんでしょう……」
「ミアーレア様は、火の部隊への入隊志望ではございません。ですので、そのような心配は不要です。また、真剣を用いての素振りなどという危険な行為は、今後拒否していただいて結構。いえ、むしろ拒否すべきです」
「えっ、そうですか? あ、でも、拒否はちょっとやりすぎなような」
アルトレックス様の講義内容を、バッサリと切り捨てたロンルカスト。
真っ二つに切り裂いた、彼の素晴らしい懐刀の切れ味に舌を巻きながら、確かに言葉の刃に素振りは要らないな、なんて思った。
っと、冗談は置いておいて。剣すら上手く扱えない私に火の部隊への入隊は無理だろう。
向こうからも、使えないやつはいらないと、お断りされるだろうし。
なので、騎士としての育成が不要な私には、素振りも不要だと分かって嬉しい。
けど、いちおうは講義なのに、拒否なんてそこまで言っていいのかな?
「まったく問題ございません。そもそもアルトレックスの講義が、魔力についての知見を深めるという南の講義趣旨から外れていることに非があるのです。講義を騎士育成の場と混同するなど、言語道断。宜しければ私の方から、講義内容に苦言を呈することも、やぶさかではございません。……そうですね。少々お時間をいただきますが、今から演習場へ戻りアルトレックスの意識改善と、次回までに講義の抜本的な見直しをさせまーー」
「いっ、いえっ! そんな、苦言だなんて大丈夫です! 無理して素振りしなくてもいいと分かって安心しました! 次回から危なそうな実技は大人しく見学しますのでっ、今日はこのまま帰りましょう!?」
意気揚々と演習場へ乗り込もうとするテンションのロンルカストを、慌てて引き止める。
殆どの生徒は楽しそうに素振りで汗を流していたし、出不精で運動不足な私1人のためにカリキュラム変更なんて、申し訳なさすぎるよ。
「……承知いたしました。念のため提言の準備は整えておきます。ご入用でしたら、いつでもお申し付けください」
いや、だから、何でそんなにノリノリなのか。
ロンルカストって、時々過保護が爆発するんだよね。
モンスターペアレントへのメタモルフォーゼに何の抵抗もないロンルカストの様子に、もうこの話はやめたほうが良さそうだと悟った。
「火の部隊へ入る気は勿論ないですが、貴族の進む道は、例えばどのようなものがあるんですか?」
話を逸らすため、前から気になっていたことを聞いてみる。私の進路についてだ。
「家督を継ぐもの、騎士団への入隊、側近志望など道は様々ございますが、実際は家の地盤を引き継ぐものが多いかと存じます」
「側近の子は側近。騎士の子は騎士ということですね」
ふーん、属性は親の影響を受けることが多いって前に言ってたし、親子なら家柄も同じはず。
扱いが変わらないから、引き継ぎも楽なのかもしれない。ノウハウも親から教えてもらえるし、一石二鳥なのか。
「はい。しかし、近年はその縛りを外れるものもおり、選択の幅は広がっております」
「それはアルトレックス様の影響ですか?」
「そうですね。側近家系のアルトレックスが火持ちの部隊長を務めたことは、家系的な属性に恵まれぬ多くのものへ新たな道を開くきっかけとなりました。よくご存知でいらっしゃいますね?」
「あっ、それはっ、えっと、そう! なんか講義中に誰かがそんな事を言っていたのが、偶然聞こえたんです!」
「さようでございますか。……ミアーレア様におかれましては、書類などの処理能力が高くございます。今後は、そちらの方面に進まれてはいかがでしょうか」
「うーん、確かに計算は好きですが……」
デスクワークかぁ。
ロンルカストが言うのだから、きっとそれが私にとっての適職なのだと思う。
うーん。でも、なんか違うなぁと思ってしまった。
何が違うの?って言われても説明出来ないし、じゃぁ他になりたいものがあるのかと聞かれても、言葉に詰まるけど。
いつか真剣に考えなければと思っていた、今後の進路。
今日の講義の様子から察するに、ハリーシェアは本気で火持ちの騎士を目指しているようだった。前に家に来た時も、そんなようなこと言ってたし。
火の講義を受けていた他の生徒達も、きっと同じだろう。
汗を煌めかせながら真剣を振っていた彼らは、ハッキリとした自分の将来像を描き、またカリスマ的な人気を誇っていたアルトレックス様に少しでも近づけるようにと、真っ直ぐにそれに向かって突き進んでいる。
私はまるで、提出期限はまだまだ先かと思っていた将来の夢について作文が、実は期限間近だったような気持ちになった。同級生達はいつの間にか提出済み。
視線を横に移し、ぼーっと窓の外を眺める。グラーレに乗った数名の騎士達が空へと駆けていくのが見えた。
真っ白な400字詰めの原稿用紙を心の中の机上に残しながら、私はグラーレたちがオレンジ色の空へ残す色とりどりの飛行機雲、ならぬグラーレ雲が薄れていく様子を、特に意味もなく黄昏のままに見つめたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




