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転居のお誘い



無垢(むく)幼気(いたいけ)(つぼみ)(いじ)める君を見るのは、心が痛むな」


 さぁ、ディーフェニーラ様に挨拶をしてお家に帰ろう。

 そう思った私よりも先に、ルディーが口を開いた。



「痛むのは心よりも体のほうじゃないかしら? 昨日は懐かしい音が聞こえたわ。きっとメルカール(土の講師)も、一層貴方が恋しくなったことでしょうね?」


「はぁ。あいつの話はやめてくれないか。それに、あれがここまで響くわけがないだろう? ベルセ、お前まだ影を伸ばしていたのか」


御無礼(ごぶれい)をお許しください。貴方様のご様子をお伝え致しますと、ディーフェニーラ様がお喜びになりますので、つい……」


「なんとも悲しいよ。どうやら主を外れた僕には、マシな嘘さえも用意してくれないらしい」

 

「もしやと存じますが、そのご様子ですとイリスフォー(陽の精霊)シアの光から、お出になられたのかしら?」


「……まだ、この体に慣れていないだけだ」


「まぁ、貴方が負け惜しみを仰るなんて、珍しいこと」


「どうせ君も、ベルセから聞いてるんだろう?」


「ぜひ顛末(てんまつ)を、教えていただきたいわ」


「……こいつ、怒りに任せたフリで、わざと当たらないと分かっている攻撃を最初にばら撒いて、本筋から僕の目を逸らしたんだ。あぁ、そうだよ。初戦であれを使うのは、有効な手段だった」



 悔しそうにそう言ったルディーは、チェッと小さく舌打ちをした。

 


「貴方からそんな言葉を受けるなんて、さすがティアバラックの蕾は優秀ね。メルカールが蔓を伸ばすのではなくて?」



 自然な流れでメルカール先生の話題に話を戻したディーフェニーラ様は、そう言ってツツツとロンルカストに目線を送る。

 つられた私も、後ろに控える彼の方を振り返った。



「……私は側近でございますので」



 ロンルカストは困ったような顔で返事をする。

 そんな彼を見ながら、私の頭の中では解読班(かいどくはん)が必死の作業を試みていた。

 さっきみたいに急に話を振られた時、またチンプンカンプンでは困ってしまう。

 


 えっと、えーっと。話題は、昨日我が家の庭で勃発(ぼっぱつ)した喧嘩。

 ディーフェニーラ様は、負けたルディーを揶揄(からか)いつつ、勝ったロンルカストを褒めている。


 あと、最初にルディーがベルセさんに言っていた、“影を伸ばす”っていうのは、どういう意味だろう?


 んー。ルディーは、“昨日の戦闘音が、この西塔まで聞こえるはずないだろ”って呆れてたよね。

 ということは、ディーフェニーラ様が言った“音が聞こえた”っていうのは嘘か比喩(ひゆ)

 じゃぁ、昨日の喧嘩を知っていた本当の理由は…… え? 私たち、覗き見されてたってこと!?


 解読班たちが導き出した結論に驚く。

 そしてフル回転した脳を休めるため、とりあえず彼らには休憩の指示を出した。

 衝撃の事実は一旦(いったん)隅っこにどかしておいて、後でゆっくりと考えよう、そうしよう。

 


「あの子の蔓は長く伸びるわ。捕まりたくないのならば、気をつけなさい」


「ご忠告、痛み入ります」


「全く、見境(みさかい)のないやつだよ」


「貴方の尻尾は、ついにあの子に掴まれてしまわれたようですわね。最近はどこも、その噂で持ちきりでしてよ?」


「僕じゃない。あいつに()められたのは、こっちだよ」



 そう言ってルディーは、クイッと鼻先を私に向ける。


 うっ……。これは、ルディーの正体バレの件だ。

 自分の非を重々承知している私は、スッと目を逸らす。ディーフェニーラ様の後ろの飾り棚が目に入った。


 品の良い棚飾りや動物の置物が並ぶ中、ツンと澄ました表情の黒猫と、カチリと目が合う。

 瞳にはめ込まれた金色の宝石は、焦る私と拗ねるルディーを見ながら、クスクスと笑っているような気がした。


 た、確かにさっ。メルカール先生に誘導されて、まんまと講義室にルディーを呼び出しちゃった私は、彼女の思う壺だったと思うよ?

 反省もしてる。でもね、面倒ごとと余計な仕事を増やした申し訳なさで、罪悪感マックスの私に向かって、追い討ちをかけるような今のルディーの物言いは、酷いと思わない?

 

 そう黒猫人形に向かって、口には出せない言い訳の念を飛ばしてみた。もちろん返事はない。うん、知ってた。



 土の講義から一夜明けた今日、ルディーの予想通り我が家の庭は伝令鳥の嵐だった。

 ルディーの正体に勘付いた貴族達からの手紙を運ぶ、大量の鳥たちの羽音が部屋の中まで響く。

 少しでも探りを入れようと、あの手この手の理由が書き(つら)なった手紙の対応に追われたロンルカストとセルーニは、朝からそれはそれは大変そうだった。


 何の役にも立てない代わりに、背中を丸めながら座学に精を出した午前中がフラッシュバックして、再び罪悪感に包まれそうになる。

 慌てて頭を振り、目の前の会話に集中した。

 


「そうね。貴方の名誉のために、そういうことにしておきますわ」

 

「今度は、幼気(いたいけ)な子猫を虐めるのか」


「感覚を取り戻したいのでしたら、今度、騎士団の視察へ行かれたらどうかしら。あの子からも、お誘いがあったのでしょう?」


「いやだね。あいつはきっと、僕を鼻で笑いたいだけさ」


「たまには笑わせてあげても、宜しいのではありませんか? 土の部隊にいらした頃は、あれだけ笑っていたのですから」


「僕は騎士団長としてのつとめを、粛々(しゅくしゅく)と果たしていただけだよ。身をもった体験は、あいつにとって、さぞかし良い教訓になっただろう」



 白々(しらじら)しい顔でそう(うそぶ)いたルディー。だが、その様子を見て私はピンときた。


 メルカール先生はきっと、騎士団での後輩時代にルディーから意地悪されてたんだ。

 だから講義では、騙し打ちみたいにルディーを呼び出したんだね。


 わーぉ。人の良さそうな見た目に反して、メルカール先生って意外と陰険(いんけん)だ。

 まぁ、元はといえば報復(ほうふく)されるようなことをしてた、ルディーがいけないのか。

 ん? じゃぁ昨日の私は、2人の問題に巻き込まれただけってことっ!?

 


「またそのようなことを仰って。貴方には散々振り回され遊ばれていたのに、今も尻尾を振るあの子は健気(けなげ)でいじらしいではありませんか」


「あいつのどこを探せば健気さが映るんだ? それに、誤解を生む言い方はやめてくれ」


「少しくらい足を向けてあげても宜しいのに。きっとあの子も、成長した今の自分を貴方に見せたいのよ」


「僕は忙しい。そんな時間はないね」



 ディーフェニーラ様が、こんなにメルカール先生を気遣っているのに、ルディーは一向に取り合おうとしない。

 忙しいとか言ってるけど、普段はお昼寝しかしてないんだから、ちょっとくらい見に行ってあげればいいのに。騎士団がどこにいるのかは、知らないけどさ。

 

 尻尾をピンと上に伸ばし、断固拒否姿勢(だんこきょひしせい)のルディー。

 相当メルカール先生からの、やり返しが怖いようだ。どんだけ(いじ)めてたんだろう。



「あの子は土持ちの団長なのよ? 期待に応えて差し上げなくて、宜しいのかしら?」


「……君は残酷だよ。僕の蕾はいつだってイリスフォーシ(陽の精霊)アの光へ向いていたいというのに。君は僕に、下を向いて土を見ろというのか」



 急にテンションの落ちたルディーは、尻尾をダラリと下げながら、ディーフェニーラ様の後ろの飾り棚に目を向ける。

 視線の先にあるのは、黒猫の置物だ。気のせいかもしれないけれど、さっきよりも瞳の宝石の輝きが曇った気がした。



「わたくしは幸せでしてよ。今日もこの街はイリスフォーシ(陽の精霊)アの光に包まれ、あなたの花弁に守られているのですから」


「足りていることは、遠ざける理由にはならないだろう?」


「では、もっと近くにいらしたらどうかしら? この西塔には、まだ余裕がありますの」


「見ての通り、僕は4本足だ。残念だけど、その蔓に伸ばす手は持っていないよ」


「そうね、では彼女に聞くわ」


「…………。」


「ミアーレア。東の離れでは、不足があるのではなくて?」



 ふひゃぁ!? こっ、このタイミングで話を振られた!?


 解読班は休憩中だ。ルディーがなんだか切なそうな雰囲気を出していること以外、はっきり言って何にも状況が分かりませんっ!



「ふ、不足、ですか?」


「わたくし、貴方のためならいつでもお部屋を用意できますの。宜しければ今度、見にいらして?」


「えっと、お部屋?」


「答えは今すぐでなくてもいいのよ。良いお返事を、待っていますわね」


「へっ!? あ、は、はい?」


 

 急になんで、転居のお誘い?

 訳がわからず、中途半端な言葉を返してしまう。

 私の返事に、ディーフェニーラ様は少し黒みがかった赤い瞳を細めた笑顔になる。



「ミアーレア様、ディーフェニーラ様へご挨拶を」



 後ろのロンルカストから、小さな声でお別れの口上を(うなが)された。



「あ、はいっ! ディーフェニーラ様、イリスフォーシ(陽の精霊)アとセリノーフォ(月の精霊)スのすれ違う時が近いようです」


「そうね。御機嫌よう、ミアーレア」

 

「御機嫌よう、ディーフェニーラ様」



 その言葉を最後に、部屋を退出した。


 ションボリと(うつむ)きながら廊下を歩くルディー。

 その尻尾の先が床の絨毯(じゅうたん)(こす)れてしまっているのを視界の端に見ながら、私は恋人と喧嘩別れした友人の横を歩くような、なんとも言えない居心地の悪さを感じたのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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