閑話3 ある少年の平穏
シリアス回です。
R-ほのぼの指定となっております。
ほのぼののご鑑賞をご希望の方は、ちょっと違うかも、という心構えをご同伴の上、指定の番号のシートへお座りご鑑賞ください。
つらい、息苦しい
誰か、助けて
誰か、僕を、助けて……
うまく、息が、吸い込めない。浅い呼吸を、必死で繰り返す。
助けてと、いくら願ったって、助けなんか来ないのは分かってる。俺は、このまま、ここで、死ぬんだ。
はぁ、はぁ……
苦しい、痛い、苦しい、痛い
体中に、針が、刺さっているみたいだ。
ここに連れてこられて、どのくらい経ったのか。そんなの、とっくに分からなくなっている。
ただただ、永遠に思えるような苦しみが、続いている。
干し草が敷いてあるだけの寝床、真っ暗な狭い空間、掃除されることがない自分の汚物、村外れにあるこの小さな離れから、俺は出ることができない。
外からは鍵がかけられている。なんとかここから出たくて、入口をこじ開けようとした事もあった。
でも、今の俺はそこへ辿り着くことさえできない。
あんな大きな鍵、付けたって何の意味もないのに笑えるな。
苦しい、はぁ、はぁ……
あと、どれだけ、これに耐えれば、いいんだろう
喉が熱い。
体の内側から、焼かれてるみたいだ。
痛みで、唾を飲み込む事すら出来ない。
口の中に溜まった唾液を、藁の上に垂れ流す。
早く、この苦しみから、開放されたい。
ーー? ーー? ーーてる?
微かに声が聞こえた。
ーー? テー? 起ーてる?
分厚い入口の向こうから、俺を呼ぶ声がする。
唯一ここへきてくれる俺の幼馴染み、ルカの声だ。
ーオ? 寝てーの?
残っている全ての力を振り絞って、重たい腕を上げた。壁を叩く。
……トンッ
ーオ! 起ーーーんだね、よーーた!
今日ねーーーの人達がきたよ、すーー大勢!
うまく声が、聞きとれない。
まるで、水の中にいるみたいだ。
……トンッ
うん、すごいでーー!? 皆ーーーで、きっとすごく大きーーーなんじゃないかって大人達もーーーーの!
腕が重い。たくさんの重い石を巻きつけられているように感じる。
…………トンッ
ーーでね、その中の1人が休憩ーーーくれたお礼だってーーて私にーーーーーする布をくーーの!
昔一緒----------がーーーーー?
ルカは、何と言っているんだろう?
もう、腕を動かす力もない。
…………
ーー? 寝ーーーた? ここーーーーーーからね! ーーね!
行ってしまった。ギュッと、きつく瞑っていた目を開けようとして、諦めた。瞼が、重すぎる。
昔からこの村には、風土病がある。だんだんと体が獣のようになっていき、そして動かなくなる奇病だ。
小さかった頃、よく遊んでもらった近所のジアク兄ちゃんがそうだった。
優しいジアク兄ちゃん、かっこよくて猟りも上手くて近所の人気者だった。俺より五個年上で、村の外では追いかけっこや隠れんぼをしてよく遊んでくれたな。
罠の仕掛け方も教えてくれて、獲物が取れた時は、優しい黄色の瞳で笑いながら、良くできたなと頭を撫でてくれた。
そんなジアク兄ちゃんの右手首から、ある日突然小さな羽が生え出したのだ。毟っても毟っても、次の日には生えてきたらしい。
羽が生える範囲は日毎に広がっていき、体の右半分まで広がったとき、ジアク兄ちゃんはこの離れに閉じ込められた。
大人たちには、ここに近づくなと言われた。
「感染るかもしれないから、あそこには行っちゃダメよ」
怖い顔をしてそう言った母さんの忠告を、俺は破る。
どうしても大好きな兄ちゃんに会いたくて、大人たちの目を盗んで、こっそりとこの離れに近づいた。
でも、離れには大きな鍵がついていて、入口はびくともしなかった。
ガチャガチャと入口を揺らし、その頑丈さに諦めようと思った時、扉の下の方に俺の拳が入るくらいの小さな四角い穴が開いていることに気がつく。
俺はその穴から中を覗き込んだ。
中は真っ暗だった。不安に思いながら、恐る恐るジアク兄ちゃんの名前を呼ぶ。
何度か呼んだ後、ふと気付いた。暗闇の奥の方から、2つの黄色の瞳が、こちらをみている。
それは、俺が知っているジアク兄ちゃんの瞳の色だった。
その瞳の中、縦に伸びた瞳孔が見えた。
それは、俺が知ってるジアク兄ちゃんのものじゃなかった。
獣のような視線に、背筋がゾワリと粟立つ。
バッと扉から離れると、全力で走って家まで逃げた。
後ろから甲高くてか細い、獣のような鳴き声が追いかけてきて、ベットに潜り込んだ後も耳から離れなかった。
それから俺は、ここに近づかなくなった。
三年前、俺の右足首に、魚の鱗のような痣ができるまでは。
最初は特になにも気にせず、痣ができるたびにパリパリと剥がしていた。でもそれは日毎に増えていった。
右足首から右足へ、ふくらはぎへ、太腿へ、右半身へと広がっていく。
体の半分が鱗で覆われ、痣が左足首へと感染ったとき、俺はここへ連れてこられた。
怖くて泣き叫んだ。泣きながら、やめて助けてと必死で懇願しても、大人達は無表情で俺を引きずり、ここへ放り込んで入り口に鍵をかけた。
それからは、ずっとここにいる。
時々、誰かがあの四角い穴から果物を落としてくれた。きっとルカが、こっそり届けてくれていたんだろう。それ以外の人は誰もここへ来ない。
母さんだって来ない、来るはずがない。
ここに来るずっと前から、母さんは俺のことを避けるようになっていた。
「感染るかもしれないから、あそこには行っちゃダメよ」
あの時の言葉を思い出す。母さんは、俺のこの病気がうつるのが怖いんだ。
ここへ来てくれるのは、ルカだけ。
俺はもう、人の声を発することができない。
どんなに苦しくても、辛くて泣きたくても、自分の動物のような低い呻き声が漏れないように、寝床の干し草を噛んで耐えている。唯一来てくれる、ルカを怖がらせないように。
体中が痛い、苦しい。
重い、寝返りどころか動かす事もできない。
なんで、俺が? なんで俺だけが、こんなに苦しい思いをしなきゃいけないんだ。
家の手伝いを、嫌がったから? そんなのルカだって、嫌々してたじゃないか。ふざけて遊んでいて、隣のカルドん家の枝を折ってしまったから? でも、あれはちゃんと謝ったら拳骨で許してもらえた。母さんの言いつけを破って、ジアク兄ちゃんに会いに行ったから? それだけ? たったそれだけのことで、俺はこんな目に遭わなきゃいけないの?
開かない目蓋の裏側に、扉の下の穴から俺を覗く誰かが見えた。母さんだ。怯えた瞳で俺をみている。
痛みで感覚が麻痺しかけていた喉が、体の内側が、焼けるように熱くなった。母さんも、村のみんなも、憎い。
母さんが消えて、今度は村の皆が見えた。
笑いながらテーブルを囲んで、食事をしている。
辛い、恨めしい。おれだって、おれ、だって、あそこにいるはずだったのに。
俺が苦しんでるのに、普通の顔をして生きてる皆が憎い。
体が動くうちに、この硬く鋭くなった爪で、村の奴らを道連れにしてやればよかったんだ。
くるしい、にく、い。
なんで、おれだけ。なんで、おれ、だけ、ここにいる?
テーブルと皆んなの姿が消える。
代わりに黄色い瞳がこちらを覗いていた。
あ…… ジア、ク、にいちゃ、
そうだ。俺は同じだったんだ。ここから家に逃げ帰った後、あの夜の事を都合よく忘れて、同じ毎日を過ごした。
大人の言いつけだからと、自分に言い聞かせて、ジアク兄ちゃんを助けなかった。
これは、あの時の罰? ジアク兄ちゃんは俺も同じ目にあえばいいって、笑いに来たの?
くるし、い、はあ、はぁ……
あぁ、も、う、い、きが、できな……
意識が途切れる瞬間、何か懐かしい匂いがした気がした。
月の強く輝く夜、1人の少年は、誰にも気づかれる事なく、苦痛の中ひっそりと息絶えた。
朽ち果てていく小さな亡骸を、無限の虚空だけが見つめている。
息絶えるまで生き耐えた少年のお話。
抗がん剤治療を受けた時の症状を参考にしました。
わぉ、1番のシリアスがここに。
読後感が悪くてすみません。
チケット代返せって言わないでください、お願いします。
お読みいただきありがとうございます。
次回の更新は明日の夜、ほのぼのに戻ります。




