閑話21 ある恋人たちの平穏
注意 : R-15タグを使用
閑話です。
直接的な描写は入っておりませんが、冒頭のみ、GとIの間のアルファベットを連想させるかもしれない表現が入っています。(このような表現は、今話のみです)
苦手な方は、今話をお読み飛ばしくださいますよう、お願い申し上げます。
その際、次話のミアサイドにて補足致しますので、ストーリー的にも問題はありません。
(また、規約を順守して書きましたが、少し不安が残っています。今後もう少々マイルドに改稿する可能性がありますことを、ご容赦ください)
「あ……」
ポタリと肌に落ちた汗の感覚で目が覚める。どうやら一瞬、意識を失っていたようだ。
上から見下ろす瞳は、そんな私を見て満足そうに笑う。
燭台の火が覆われ、暗闇を纏う部屋の中。
薄ぼんやりとした、輪郭しか見えない彼の顔。
声を顰めお互いを確かめながら、私たちは秘密の時間を共有していた。
……恥ずかしい。
ジリジリとした空気感に耐えきれず、私の瞳を捉える彼の瞳から逃げるように下を向く。
暗くて見えないはずなのに、自分の貧相な胸が目に入った気がして、悲しくなった。
少しでも体を隠そうと、ベッドの下にずり落ちたシーツをグイッと引き寄せる。
視線を外されたことが気にいらなかったのか、彼はわざとらしく私の右肩に唇を押し付けた。
首へ、頸へ、耳の裏へと、場所を移動して口付けを落とす。
最後に耳たぶを噛んだ。同時に指先を、私の背中にツツツと滑らせる。
「ふぅっ、やぁっ……」
自然と漏れた声。
反射的に顔を正面に戻すと、満足そうに細められた瞳と視線が交わった。
「嫌なの?」
静かな部屋に、消えいるようなか細さで、彼は問いを浮かべる。
そして絡ませているもう片方の手に、ギュッと力を込めた。
そんな聞き方、ずるい。
答えを知っている彼は、私にその言葉を言わせたいだけだ。
「ちがっ……」
違う。そんなわけない。嫌なわけない。
言いかけた言葉を、途中で手放した。
私が彼から、どれほどの幸せと安心感を与えられているのかなんて、彼にはきっと想像も出来ない。
でも、私にそれを伝える権利なんて、あるはずがなかった。
「そう、良かった」
中途半端な私の答えを、勝手に補完して理解した彼はそう言うと、絡ませていた手を離す。
自由になったその手で、私の頭を優しく撫でた。髪をなぞるように指が上下する。
あぁ。なんて苦しいんだろう。
優しくされればされるほど、募る罪悪感。
幸せ、安心、幸福、欲しかったものが満たされることに比例して、膨らんでいく自分への嫌悪。
贖うことのできない罪と咎は、私の内側にベッタリと張り付き、体の水分を奪っていく。
……私はきっと、欠陥品だ。
それか、貴方という蕾から剥がれ落ちた一欠片の花弁。そうとしか思えないし、そうに違いない。
だって、こんなにも足りていないのだから。
いつだって私は、離れてしまった本体の蕾を探し求め、失った水分を補おうと必死だ。
こんなのただの言い訳だと、自分でも分かってる。
でも、そう免罪符を掲げでもしないと、私にとってこの世界は息苦しすぎた。
髪をなぞるのをやめた貴方は、私の横に肘をつく。その上に頬を乗せて、空いたもう片方の手で私の頬を触った。
じっとりとした掌の感触。
まるで私の顔がそこにあるのを確かめるかのように、少し場所をずらしては、また私の顔に触れる。そんな彼の行為を許容するうちに、ふと思った。
もしかしたら私は、自分自身の存在を確かめる為だけに、彼を利用しているのかもしれない。
彼を愛することで、私は私自身を認め、保つことができる。
「ふふっ……」
頭に浮かんだ、あり得ない思考に苦笑した。
そんなわけがない。だって、こんなにも彼を愛しているのだから。
「何を考えていたの?」
私の唇を触りながら、彼は不思議そうに私を見つめた。
「すごく、くだらないこと」
そう、本当にくだらない。
だって私は、優しい貴方が、貴方を愛する私を拒めないことを知っている。
私は弱くて、保護されるべきなのだから。そんな私を、彼は受け入れるべきなのだから。
傲慢だ! 全てお前の我が儘だ!
誰かが頭の中で叫んだ。
そんなこと、言われなくても嫌というほど分かっている。でも、このまま彼と一つになれたら、どんなに良かっただろうか。
きっと空っぽなのは、私だけ。悲しいけれど、彼は彼のままで充分に足りているに違いない。
でも私のこの隙間を埋められるのは、この世界でただ1人。
どれほど苦悩しても、弱い私には到底彼を手放すことなんて、できなかった。
……ごめんなさい。
きっとこれは、貴方から剥がれてしまった私の罪なんだ。
私たちのやり方は間違っている。結ばれるはずのないものを結んでいた。
不正解を知りながら、正しさには決して届かないという罰を、神から与えられ生きている。
でも、どうか許してほしい。
貴方の中に戻ろうと、どうしても引き寄せられてしまう因果を許して欲しい。
1人で背負わなければいけない罰を、共に背負ってくれている貴方に甘えている私を許してほしい。
優しい貴方を縛ってしまう、私の弱さを赦して……
「ねぇ、時々思うんだよ」
後悔と懺悔を繰り返していた私の意識は、少し気怠そうな彼の声で、ベッドの上へと戻る。
「……なにを?」
「僕らはさ。手違いで分かれてしまっただけの、一つの蕾だったんじゃないかな」
ハッと顔を上げる。
「それは……」
「ふふっ、ごめんね。急に、変なことを言ってしまったよね?」
「……全然、変じゃない」
「そう? なら、良かった。どうしてもね、考えてしまうんだ。もしかしたら、アエラスティウスが息を強く吹きすぎて、僕らの蕾が二つに別れてしまったんじゃないかって」
「……セリノーフォスが伸ばしすぎた影に、私たちの蕾が絡まったのかもしれない」
「あぁ、そうだね。僕らは彼らにとても愛されている」
「違う。愛されているのは、貴方だけ」
「精霊石のことを、まだ気にしてるのかい? 実技の成績は、僕と変わらなかったじゃないか」
「あんなの、ただの偶然だから」
「そうかな。月の講師も驚いていたし、君はもっと自信を持つべきだと思うよ」
「……無理だよ、そんなの」
「どうして?」
「…………。」
分かるでしょ? だって、私の中身は足りていないんだから。
そう思いながら彼を見つめる。
私の想いを汲み取った彼は、ゆっくりと口を開き無言の私へ応えた。
「エーダフィオンはきっと間違えたんだ。彼女の目を盗んだ彼らの所業に気がつかないまま、僕たちを蔓から離してしまった」
「……そう」
そして、私は罪を背負った。
「でも、そのおかげで僕は君に会えた。これは、彼らからの祝福だと思わない?」
そう言った彼は、慈しむような手つきで私の髪をなぞる。
小さく震える私を慰める為に、そのままギュッと抱きしめた。
彼はきっと、私が悲嘆に暮れていると思ったんだろう。
だが、私は先ほどから込み上げてくる喜びに耐えきれず、全身の震えを抑えることが、ままならないほどの境地にいた。
恍惚に近い、満たされたこの気持ち。
全てのパーツがカチリとハマったと、生まれて初めて感じた。
同じだった!
彼も私と、同じことを思っていたんだっ!
体中を、沸騰した血液が駆け巡っている。
私という輪郭が、たった今この場で形成された。
やっぱりそうだった!
私たちは、そうあるべきだったんだ!
心の中でこっそりと握りしめていた皺くちゃの免罪符は、彼に認められたことで美しい証状となった。
私は貴方だった。
エーダフィオンの手違いで離れてしまっただけの一つの蕾。そう。これからも私は、欠けた貴方の一部であり続ける。
確信した私は手を伸ばし、彼の顔を両手で挟む。
ほんの少し顔の角度を傾けることで、その唇をねだった。
彼は驚いたように目を見開く。
すぐに瞳の形を微笑みにかえると、ゆっくりと顔を近づけてきた。私はそれを熱くなった体で受け入れる。
自分自身の弱さを覆い隠すほどに、貴方の一部であるという私のあり方を認められた正解を心に強く抱きしめた私は、抱えていた息苦しさからやっと解放された気がした。
そして早く彼の蕾に戻りたいと、ひたすらに強く願ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




