真実と喧嘩の決着
「急にそのようなことをおっしゃって、どうかなさいましたか?」
ふんわり笑顔のまま、ロンルカストは首を傾げる。その顔色は全く変わっていない。
だが、彼の答えを聞いた私の胸には、ぐさりと太い釘が刺さった。釘についた錆が、毒のように体中を駆け巡る。
「……もう一度聞きます。私に隠していることはありますか? “はい”か“いいえ”で答えてください」
「ミアーレア様、もしやお疲れなのではないでしょうか? 本日は講義だけでなく、不測の事態が重なり、体調にご負担がかかったかと存じます」
忠誠心の強いロンルカスト。嘘をつかないロンルカスト。
でも、私はもう知ってる。こうやって答えをはぐらかすのは得意だ。
「答えられないことが、私の問いへの答えなんですね?」
「…………。」
なんで、何も言ってくれないの?
お願い、ロンルカスト。
一言でいい。“いいえ”って、言ってくれるだけでいいのに。
いくら待っても返って来ない答え。
張り裂けそうな胸の痛みに襲われた。
ぐらりと体が崩れ落ちる。座席に手をつくことでなんとか支えたが、下を向いた目からはボロボロと涙が溢れた。
ロンルカストは、黒だった。
真実が突き刺さる。
ハリーシェアの言う通り、彼は私に隠していることがあるんだ。
……嫌だ。知りたくなかった。違和感なんて、気がつかななければ良かった。
自分で聞いたのに、こんなこと全然知りたくなんてなかった。
はめるような聞き方をした自分も嫌だし、はっきりと言ってくれないロンルカストも嫌い。
言い逃れのできない2択で、私は彼から逃げ場を奪い、開いてはいけない真実を暴いてしまった。
……いつから? 何が嘘で何が本当?
全部、さっきの喧嘩みたいに演技なの?
私には、本当か演技かの見分け方なんて全然分かんないよ。
あぁそっか。伝令鳥のことも、きっとそうだ。
私が気がついた時用に、ロンルカストは、あらかじめ言い訳用の防波堤を作っていた。
アルトレックス様と、ルディーの守りの魔法。私が彼の一つ目の答えに違和感を持っても、更にはぐらかせるように、わざわざ二重にしておいたんだ。
「うぅっ、ふぐぅっ……」
嗚咽が漏れる。
最悪だよ、こんなの……。知りたくなかった。
受け止めきれないことなんて、知ってどうすればいいの?
ロンルカストが私を騙してた? 信じられないよ。だって信じてたのに、信じたかったのに。
嘘でいいから、今からでもいいから“いいえ”って言って欲しい。それだけなのに、彼から帰ってくる言葉はない。私はこれから、何を信じればいいんだろう。
ロンルカストが地中深くに隠した本音。
気が付いてはいけないものに、気がついてしまった。この先をどうすればいいのか、私には全く分からない。
頬を伝った涙が服に落ちる。染み込んで青い生地の色をさらに濃くしていく。
自分の荒い呼吸音と、しゃくりあげる度に機械的に上下する胸を、私は滲む視界の中でボンヤリと見つめることしかできなかった。
「……彼をいじめるのは、そのくらいにしておきなよ」
しばらくして、薄目を開けたルディーが、やれやれと口を挟む。
さっきまでのは、狸寝入りだったんだ。猫なのに、役者すぎる。
「だって、だって、ロンルカストが……うぅっ」
「だから、気が付いてないことを無理に知るのは良くないって言ったんだ。誰に唆されたのかは知らないけど、半端な情報は自分の首を絞めるだけだよ」
「半端な、情報?」
「尻尾の汚れた僕に言えるのは、このくらいかな」
こんな時まで、嘘の喧嘩で言われたことを根に持つルディー。
しかもさっきは、こっそり私にヒントをくれたのに、今度はロンルカストの肩を持つだなんて、両方に恩を売ってズルい。
でも、マイペースに自分のスタンスを変えないルディーを見てほんの少し冷静になることができた。
ルディーに言われたことを噛み締める。
喉元までせり上がっていた嗚咽を、グッと呑み込んでお腹に戻した。
辛くて本当は見たくない。……でも、そうだ。私は彼と、向き合うって決めたんだ。
頑張って顔を上げる。目の前のロンルカストを見た。
瞳に溜まった涙越しに見たロンルカストは、輪郭が歪んでいたけれど、とても必死な顔をしていた。
「ミアーレア様、私は決して……決して貴方を裏切るようなことは致しません」
「じゃぁ、なんで、ふぐぅっ……」
押し込めていた涙が溢れる。
……じゃぁ、なんで、私に隠し事するの?
嗚咽に邪魔された言葉が最後まで言えていたとしても、答えは誰も教えてくれないことは分かっていた。
ルディーは開いた目をまた閉じたし、ロンルカストは辛そうな顔で固く口を結んでいる。
自分で考えなきゃ、考えなきゃ……
ロンルカストは、隠し事をしている。
でもルディーは彼を擁護した。彼は、私を裏切ってはいない? じゃぁ、なんのために私を騙したの? 彼を縛るものはいったい、なに? ……誰?
「レオル、フェスティーノ様?」
「…………。」
まさか、本当に?
「ロンルカストは、レオルフェスティーノ様に、何かを命令されているのですか? 粛清から命を助けてもらった代わりに?」
「…………。」
「それは、私に言えないことなんですね? 私を害することですか?」
「……ミアーレア様は、私がお守り致します。この命をかけても、必ず」
私の問いに対しての答えを避けたロンルカストは、ゆっくりとでもはっきりとそう誓った。
馬車はとっくに家の前に着いていたが、降りようとするものはいなかった。
グラーレの足音は消え、ザザーッと時折吹く、強めの春の風音だけが聞こえる。
少し迷ってから、私も彼の誓いに答える。
「命は、かけないでください」
ロンルカストの顔から、スッポリと表情が抜け落ちた。
まるで目の前に絶望を突きつけられたかのような彼に、私はあわてて否定する。
「あっ、違います! ロンルカストが死んじゃったら、私が嫌だから。その、簡単に命を捨てるようなこと、言わないでほしくて……」
「……善処いたします」
なんともいえない表情を隠すように下を向いたロンルカスト。
お互い沈黙が続いた。
私の涙が止むのを見届けたロンルカストは、無言のままスッと馬車の扉を開き、先に降りる。
そして、いつもの癖で私が降りるのを手伝おうと手を差し出し、そのまま引っ込めようとした。
私から離れていくその手を、バッと掴む。
ビクリとした彼の手の動揺を無視して、自分の方に引き寄せた。ぎゅっと両手で握り、ロンルカストの瞳をしっかりと見上げる。
「さっきは、ごめんなさい」
「いいえ、私は、私は……」
「たとえ言えないことがあっても、ロンルカストのせいじゃありません。それに私はロンルカストを信じるって決めました。今までも、これからもそう。……これは、私の本心です」
ロンルカストは口を開き何かを言いかけたが、ハクハクとしたあと何も言わずに閉じた。
「…………。」
揺れるブラウンの瞳は、見開いたまま私を見つめている。
「ククッ、僕も南塔へ行った甲斐があったよ。なんたってロンルカストから言葉を奪う貴重な瞬間が見れたんだからね。いつもの小憎らしい笑顔が歪んで、愉快愉快ー」
馬車からピョンと飛び降りたルディーは、楽しそうにそう言いながら、私達の横をすり抜ける。
わぉっ。なんて悪趣味。
ルンルンで庭を歩く姿と、機嫌良さそうに先をくねらせる尻尾を白い目で見た。
「……インペラーティブ」
後ろからロンルカストの低い呟きが聞こえた。同時に、何ががヒュンッと私の横を掠める。
ドゴンッ!
重い衝撃音とともに、我が家の庭に盛大な砂埃が巻き上がる。
ザザッと吹いた春風で薄まった砂埃の先には、突き刺さった土塊と、その周りにできた大きなクレーターが見えた。
土塊の上では、余裕シャクシャク顔のルディーが、ぺろぺろと前足を舐めている。
「はわわっ!? 敵襲ですかっ!?」
一拍遅れて我に返った私は、驚いて振り返る。
そこには、能面のような顔をしたロンルカストが、直立不動でたっていた。
前に突き出した手には杖が握られ、真っ直ぐにルディーに向けられている。
「ロン、ルカスト……?」
これ、演技じゃないよね? どうしよう、本気でキレている。
さっきのルディーの一言は、一瞬にしてロンルカストの沸点を超えてしまったようだ。
は? なんで!? いつもの軽口じゃん。そんなにキレるポイントあった!?
数歩前に進みでたロンルカストは、体の後ろに私を隠す。ズレた杖の標準をピタリとルディーに合わせ、間髪を入れずに呪文を重ねた。
「インペラーティブ、インペラーティブ、インペラーティブ、インペラーティブ」
杖の先から次々と発射される土塊は、さっきできたばかりのクレーターを、軽いジャンプで飛び越えたルディーを追尾する。
ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ!
重い衝撃音を轟かせ、庭には新たなクレーターと土塊が生まれていった。
だが、逃げるルディーは子どもと追いかけっこでもしているかのような気軽さでヒョイヒョイとそれらを避け、時折馬鹿にしたような顔をこちらに向ける。
「ロンルカスト、やめて! 危ないですっ! ルディーも、ロンルカストに謝って!?」
「ご安心ください。彼にかける心配など、露ほどもございません」
「君に同意するよ。鈍間な攻撃に欠伸がでそうだからね」
「……インペラーティブ、インペラーティブ、インペラーティブ、インペラーティブ」
打てども打てども当たらない攻撃に、悔しそうな顔を見せ始めたロンルカスト。
ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ!
紛争地帯並みに荒れ果てた我が家の庭。
未だ鳴り止まない衝撃音の中、ルディーは心底どうでもよさそうに言葉を吐いた。
「そろそろ飽きてきたんだけど、無駄なことはやめない?」
それを聞いたロンルカストは、先ほどまで見せていた悔しそうな顔を消すと、フッと口の端を上げる。
「そのようですね。では、終わりに致しましょう。……ビブーツ カートゥ」
ズドンッ!
一際大きな音が鳴り響く。
なんの脈絡もなく、庭の一部が抜け落ちた。
辺り一体に広がっていた砂埃で、着地しようとしていた先がなくなったことに気がつくのが一瞬遅れたルディー。なす術もなく大きな落とし穴に飲み込まれていく。
「わぁー!? ルディー!?」
「……インペラーティブ」
ドゴンッ!
ロンルカストはルディーが落ちた巨大な穴に向かって、ダメ押しとばかりに一際巨大な土塊を撃ち込む。……うわぁーぉ、容赦ないな。
「さぁ、日も落ちてまいりました。愚鈍な黒猫のことなどお気になさらず、家へ入りましょう」
振り返ったロンルカストは、非常に清々しい笑顔でそう言った。
……土属性って、大人気がない傾向があるんじゃないかな? 知りうる限りの3人の土持ちたちを思い浮かべた私は、そう思わずにはいられなかったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




