情報規制の真実
“……軽蔑なされましたか?”
ロンルカストの最後の言葉が、私の中でリフレインする。
目の前に座る彼の表情や雰囲気は、普段と変わらないものに戻っていた。
夢で見た幼い少年の姿と今の彼の姿は、髪色も体格も声色も全然ちがう。
でも、仮面の自分を自嘲しながら、誰かに本当の自分を見てほしいと願う姿は、あの時と同じだと思った。
彼は今、本音で話してる。そう直感した。
ルディーの不意打ちに引き摺られて曝け出すことになったとはいえ、普段は決して見せることのない彼の内面を、私に見せてくれているんだ。
私も向き合いたい。向き合ってロンルカストに、本音でぶつかって答えてあげたい。強くそう思った。
「……軽蔑だなんて、これっぽっちもしてないです。今までもこれからも、私はロンルカストに対してそんなこと、絶対に思いません」
「ありがとう存じます。ご期待に応えられるよう、努めてまいります」
ロンルカストは私の返事を受け流すように、サラリと答えた。
むぅ! 本気の言葉だったのに、ちゃんと伝わってるのかな?
彼との温度差の違いに、頬を膨らませる。
「ロンルカストが本音ではどう思っていようとも、実は性格がものすごーく悪かったとしたって、そんなの関係ありません。ロンルカストはロンルカストです。私は軽蔑なんて絶対にしないし、今まで支えてくれたロンルカストのことを、感謝してるし信じてます。これからもそうです!」
半分ムキになってそう言い切った。
そして、やっと自分の本心に気がつく。
……そうだよ、私は彼のことを信じてる。
ハリーシェアに言われた情報規制のこと。今まで、何を不安に思ってたんだろう。躊躇う必要なんて、なかったんだ。
ロンルカストのブラウンの瞳を、真っ直ぐに見つめる。なんだかとても、久しぶりな気がした。
こんなに話すのだって、いつぶりだろう。
あれ以来、微妙に避けてたから、自業自得だけど。でも、今日こそは彼とちゃんと向き合おう。
「……ありがとう存じます。そろそろ、ミアーレア様のお話をお伺いしても宜しいですか?」
家までの道のりは、もう半分以上過ぎていた。
自分で話しがあると言い出しておいて、全く口火を切れない私に、ついにロンルカストから匙を向けてくれた。
「えっとですね、ロンルカストに聞きたいことがあって……でも、全然大したことじゃないんです」
「はい、どのようなことでしょうか?」
「そのぉ、風の講義を受けて思ったんですけど、一時期うちの庭の木々に沢山の鳥が止まってたじゃないですか? あれは、伝令魔法だったんじゃないのかなって思ってですね……」
言葉尻は、歯切れ悪くモゴモゴとしてしまった。
決意したくせに、やっぱり答えを聞くのは怖い。
緊張から鼓動が早まる。なんでもない風を装って、チラリとロンルカストの顔色を伺った。
「あぁ、あの時の鳥ですか。あれはアルトレックスからの伝令です」
「へっ? アルトレックス様?」
「はい、杖結び失敗の責任を取りたいとしつこかったので、勝手ながら全て追い払っておりました」
「あ、そうだったんですね」
「ミアーレア様のお耳に入ると気にされるかと思い伏せていましたが、ご心配をおかけしたようですね。大変申し訳ありません」
申し訳なさそうに、頭を下がるロンルカスト。
それを見て、私はガクッと肩の力が抜けた。
……なぁんだ。そうだったんだ。
そういえば、火の輪くぐりの時、アルトレックス様もなんか言っていたな。
ロンルカストには不要だって断られたけどーとかなんとか? あれは伝令鳥と杖結び失敗のことだったんだ。
儀式では色々ありすぎて、すっかり忘れてた。
もぉー、ハリーシェアが情報規制だなんて不穏なこと言うから、つい勘ぐっちゃったよ! こんな単純なことだったなんて、悩んでないで、もっと早く聞けばよかった!
心底ほっとして、ふぅーっと長い息を吐く。
自然と下を向いた視線は、膝の上のルディーの瞳と交わった。
さっきまで寝ていたはずのルディーは、ロンルカストからは見えないように、片目だけを開いている。
……なんだろう。金色の瞳にジッと見つめられ、ざわりと心が揺れた。
堅く閉じていたはずの蓋が、パカリと開く。
灰色の不安が、一気に心の中に放たれた。
目を背けていた間に育った不安は、その濃度を高めていた。胸の中を埋め尽くし、更に膨張する。
これ以上、自分の中に留めきれなくなった不穏は、ついに言葉となって形成されていく。
……本当に、そうかな?
隠していた不安もジワリと滲み出す。
今、ロンルカストが言ったことは、きっと嘘じゃない。でも、本当にそれだけ?
……だって、おかしいじゃん。
確かに最初は、大きな鷲みたいな鳥ばっかり庭の木にきていた。けど、途中からは小鳥とかいろんな種類の鳥も来るようになったよ?
最初の鷲たちがアルトレックス様の伝令鳥だったとしても、あとからくるようになった小さい鳥たちも、本当に全部アルトレックス様の鳥? あんなに沢山の鳥たちが、全部そうなの?
グッと手を握りしめる。
視線を上げて、ロンルカストを見た。
「……ロンルカスト、伝令鳥はアルトレックス様からだけですか?」
笑顔を崩さないロンルカストは、首を傾げる。
「何故、そう思われるのですか?」
「小さな小鳥やいろんな種類の鳥が来ていたように思いました。それに1人からの伝令にしては、数も多すぎるかと思います」
私の追求に白旗をあげたロンルカストは、あっさりと笑顔を崩す。困ったような顔で口を開いた。
「申し訳ございません。ルディー様が仰らないので、私からお伝えするのは少々マナー違反かと思った次第です」
「ルディー? 伝令鳥は、ルディーと関係があるんですか?」
「はい。ミアーレア様は、杖結びの時、巨大化したポメラの木から、数多の花弁が舞い散ったことを覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんです。前が見えないほどのすごい花吹雪でした」
「あの時に舞い散った花弁は、このアディストエレンの街全てに降り注ぎました。そして今、貴族街と平民街を覆う守りの魔法となっております」
「はい? あれが守りの魔法っ!? でも私、何もしてないですよ!?」
「えぇ、ミアーレア様の魔力を貯めていたルディー様が発動なされたのです。目視はできませんが、今も常に発動しています。計り知れないほどの大きな魔法です」
「ルディーが私の魔力で大魔法を? なんでですか?」
「理由を私から申し上げるのは、些か無粋かと……どうかご容赦ください」
「あ、そっか、ディーフェニーラ様を守るためですよね」
にゃんと、にゃんと。
ルディーったら、愛する人を守るために、街ごと魔法で囲ったんだ。スケールが大きい。
「恐らくルディー様は、領主一族のみが知る特別な結界魔法を応用なされたのかと存じます。ですがその魔法が施行されたことで、一部のものが我々を嗅ぎつけました」
「はぁ。目敏い人がいるんですね」
「はい。巨大化した薬草園のポメラや、そこへ通うミアーレア様とルディー様。また我々がディーフェニーラ様と懇意にしていることも、疑惑を持たれた一因かと思われます」
「んー、ポメラと土の魔法とディーフェニーラ様……。確かに、分かる人には即バレしそうですね」
「探りを入れようと伝令鳥を飛ばしてきたのですが、その……ミアーレア様に彼らをあしらうのは少々ご負担かと存じまして。勝手ながら、私の方で追い返しておりました」
「よく分かりました。ロンルカストの言う通り、それは私の手に負える話ではありませんね。でも、それならそうと、教えてくれても良かったのに……」
「ルディー様に仰るご様子がありませんでしたので、私からはなんとも説明し辛く……。ですが、このような不安を抱かせる結果となり、大変申し訳ございません。度重なる失態をお詫び申し上げます」
「いいえ、私こそ、変に疑ってごめんなさい。もぅ、ルディーったら、なんでいつも気が付いてないことは教えてくれないんでしょう」
ほんと、意地悪っ! 膝の上のルディーを睨む。
流石にこんな大事なことくらい、教えてくれてもいいのに。
あっ、もしかして私の杖結びを利用したから、言いづらかったとか? ……ありそうだなぁ。
でもさ、普通にすごいよね? 元領主の知識と、精霊に近い存在になったことの合わせ技で、大魔法を使ったんでしょ? もう、チートじゃん。
さっきの派閥の話もよく分かる。
こんな反則級の技を持ってたら、そりゃぁ東の重要度も上がるって。お近づきになりたいと思う貴族も出てくる訳だわ。
いつの間にか目を閉じ、プスプス寝息を立てているルディー。
呑気な元凶を見ながら、私はロンルカストと苦笑した。
窓からは、遠目にマイホームの屋根が見えていた。もうすぐ家に着きそうだ。
グラーレの耳の間に乗っかっていたフィンちゃんが、いち早く羽ばたく。庭の木々に向かって、パタパタと飛んでいく様子を眺めた。
うん、今度こそスッキリした。今度ハリーシェアに会ったら文句を言わなきゃ。
改めてロンルカストを見る。疑ってごめんなさい。でも、なんでもなくて良かった。
そう思ったはずなのに、なんでだろう? 胸の中のザワザワは、収まる気配はない。
あれれ? 一件落着したよね?
目の前に座るのは、いつも通りふんわり笑顔のロンルカストだ。
なのに、なぜか違和感を感じる。ジッと彼を見た。
いつも通り? 本当に? ……いや、何かが違う。
私は、どこかでこの顔を見たことがある?
そう思った時、唐突にハッとした。
知ってる。これは、幼いロンルカストが同級生たちに見せていた仮面付きの顔だ。
私の心は、再びざわりざわりと大きく波立ち始める。気が付いてしまったこの疑懼。
不安と恐れが入り乱れる。本当は見なかったことにしたい。でも、今更無視することなんて、できなかった。
「……ロンルカスト、他に私に隠していることはありますか?」
お願い、“いいえ”と、言って。
喉の奥から縋るように声を振り絞った私は、言い逃れをすることのできない悲しくも最悪の質問を彼に向かって投げかけたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




