土の講義の帰り道と不穏な言い争い
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ。あぁ、これはなんとも……。明日から大変なことになりそうですね」
馬車の前で待っていたロンルカストは、南塔から出てきた私たちを見るや否や、一瞬で事態を察しそう言った。
フィンちゃんは私の頭の上からパタパタと飛び立つと、馬車の前で休んでいるグラーレたちの元へ向かう。
仲良しだなぁ。
フィンちゃんは風の伝令魔法から生まれたし、グラーレも風の精霊が祖先と聞いた。相性がいいのは、同じ風属性同士だからかもしれない。
「土の講義なんかに出させたのが間違いなんだよ」
「そう言われましても、講師から直々に招待状が来たのです。こちらに拒否権はありませんでした」
「そんなもの、捨て置けばよかったんじゃないか。君のお得意だろ?」
メルカール先生にやられたのか癪なのか、ルディーは不満顔を隠そうともせずに、ネチネチとした嫌味をロンルカストへぶつけ始めた。
「……最近では、水部隊と火部隊の対立が目に余るようです。私が思うに、あれはメルカール講師の率いる土部隊により、火部隊が故意に泳がされていることが原因かと」
「ふーん。騎士団内部のいざこざなんて、僕は興味ないね」
「えぇ、そうでしょうとも。西塔当主様の第一側近といい土部隊の隊長といい、かつての誰か様直属の部下たちは、とても良い性格をしているようです。先日より跳ねた泥が裾につくのですが、どなたが拭ってくれるのでしょうか」
いつも通りの笑顔で、いつもとは違う雰囲気を纏い始めたロンルカスト。
2人の間に流れる空気も、ピリピリと嫌な電気を帯び始める。
「洗濯ならセルーニに任せるといいよ」
「なるほど。貴方の性根の洗濯をセルーニにお願いできないことが、非常に残念でなりません」
急に始まったバッチバチの不穏な言い合い。
仲良しこよしの風属性たちと違い、こっちの土属性たちは、同じ極がぶつかり合って反発する磁石のようだ。
まだ日は落ちておらず、気温は昼間とそう変わらない。だが、私の体感温度はググッと下がった。
疎らだが、南塔前のここには人通りだってある。
それに、講義終わりの生徒たちを迎えにきた側近たちの馬車だって集まってきた。
よりにもよって、こんな所で喧嘩を始めなくてもいいのに。
「あの、ちょっと2人とも落ち着いて、ね?」
「ふん、今日は鈴付きのティアバラックがよく吠えるな」
「……その家名は、捨てたものです」
アセアセと口を挟むも、2人に私の声は聞こえていないようだ。ねぇ、どうしようこれ。
「そうかな? 君の方こそセルーニの洗濯をお勧めするよ。久しぶりに中央の香りが染み付いた家名を聞くのは懐かしかったか? 本当は今でも、手放したくはないんだろう?」
口調こそ冷静だが、毛を逆立ていつもより体を大きくしたルディー。
瞳孔をグワっと見開き、耳と尻尾をピンと立てた姿は、完全な戦闘態勢だ。
「そう思われますか? 流石は過去に縛られた哀れな存在ですね。貴方こそ西塔の窓辺が恋しいのではないでしょうか」
笑顔を消し無表情となったロンルカストは、ほんの少しだけ利き足を後ろに引く。逆に前に出した足に重心を乗せた。
体の後ろに右手を回し、ルディーからは見えない位置で杖を構える。
「……こっぱの側近風情が、家と共に忠義も捨てたか」
「ご冗談を。獣に立てるものなど、初めから持ち合わせておりません」
「自分の置かれた立場も忘れたのか? 今すぐに、その不敬で薄汚い口を閉じろ」
「貴方こそ、その泥に塗れた尻尾を振ってどうぞ西塔へお引き取りを。魔力喰らいでなんの役にも立たぬ使い魔など、私どもに引き止める謂れは、砂のかけらほどもございません」
「どうやらまた、取り返しのつかぬ後悔に悔やむ日々をおくりたいようだな。それとも、今すぐにエーダフィオンの蔓を望むか? かつて尽くしていた、恋しい恋しい主人に抱きしめてもらうといい」
「私も貴方が蔓に絡まる様子を、ぜひとも拝見したく存じますね。掴み損ねた尻尾を差し出され、エーダフィオンもさぞかし御喜びになることでしょう」
「あーあー! やめて下さいっ2人とも! メルカール先生の罠にハマった迂闊な私が悪かったんですっ! さぁ。もうお家に帰りましょう!?」
「「…………。」」
一触即発の2人の間に、わざと明るい声で乱入する。なんとか仲裁をした。
苛立つルディーに西塔というワードをぶつけて煽るロンルカストと、わざと取りつぶしになったティアバラック家の話をするルディー。
お互いご法度な領域に、ズカズカと入りすぎている。
ルディーは、元部下に嵌められて気が立ってるんだろうけど、ロンルカストがこんなに怒るのはらしくない。
もしかして、疲れてるのかな? 帰ったらセルーニに疲れをとってくれる甘いお菓子でも頼まなきゃと思いながら、まだ毛を逆立ててフーフーしてるルディーをサッと抱っこして、馬車に乗った。
「お見苦しいところをお見せして、申し訳ございません」
後ろ手に構えていた杖をスッと消したロンルカストは、そう言って頭を下げる。
くるりと後ろを向いて御者席に乗ろうとする彼を、慌てて引き止めた。
「あの! ロンルカストに少し話したいことがあります。今日は、こっちの馬車の中に一緒に乗ってください」
こんなピリピリの嫌な雰囲気だけど、私にはロンルカストと向き合わなきゃいけないことがある。
ハリーシェアに言われた情報規制の件。ずっと心に引っかかっていたけど、答えを知るのが怖くて聞けなかった。
でも今日の講義を聞いて、杖結びの時の文字通り命をかけたの彼の行動の意味を知り、やっと心を決めることができた。
でも家についてしまったら、またウダウダと悩んで聞けなくなってしまうかもしれない。この気持ちが揺らがないうちに、行動しなければ。だから、タイミングは今しかない。
「承知いたしました」
そう言ったロンルカストは、あっさりと馬車内に乗り込んだ。
扉を閉め、馬車がガタゴトと動き出す。
馬車内では、抱っこから膝の上に乗せたルディーが、気持ちよさそうな寝息をプープーと立て始めた。
……この切り替えの速さ、どうなのよ?
はぁー、気が抜ける。こっちは一世一代の勇気を振り絞って、側近と向き合おうとしてるってのにさ。
さっきまでは爪と牙を剥き出しにして毛を逆立てていたのに、もうのんびりお昼寝モードなんて、なんだかなぁ。あ、もしかして、ふて寝?
「先日の魔力が込められた回復薬の件ですが、申し訳ございません、もう暫く精査にお時間をいただきたく存じます」
話があると言ったくせに、なかなか口火を切らない私を気遣い、ロンルカストが話題を出してくれた。
「あ、全然大丈夫です。ゆっくり調べてください」
そう即答する。だって調べ終わったら、レオ様のところに見せにいかなきゃいけないじゃん。
私が自分でも知らないうちに魔女っ子しちゃってた回復薬に、どれほどの魔力が込められているのかは気になるところだが、それよりもなによりも、おっかないレオ様とは会いたくない。
七冠くぐりの儀式、月の輪を思い出す。
モックモックの黒い霧を立ち昇らせ、その中心で杖を振るうレオルフェスティーノ様。
その姿は冷徹貴族改め、どう見ても召喚された悪魔だった。
もしくは黒魔術を使って世界を混沌に導こうとするラスボス。
会うのが先延ばしになるだけだと分かってはいるが、どうか回復薬は可能な限りゆっくりと調べて欲しい。
そう思っていると、記憶の中の悪魔が不意にこちらを向いた。ギロリと私を睨む。
ひゃぃっ!?
冷たい蒼い瞳と目が合ってしまった私はブルリと震え、なんなら回復薬は一生調べ終わらなくたっていいです! と、叶わないと分かっている虚しい願いを心からお祈りしたのだった。
次回は帰り道の続き。
チョコっとだけビターでほろ苦いお話をお届け致しますことを、ささやかですがValentineとさせていただきます。




