メルカール先生とルディーの関係
「あれは何!?」
「使い魔だっ! あの噂は本当だったんだ!」
「えっ、あれが使い魔!? 2匹もいるけどっ!?」
講義室にどよめきが広がる。
ど派手に現れたルディーとフィンちゃんに驚いたが、それよりも今はみんなの注目が集まっていることが恥ずかしい。
「あらあら、ご機嫌よう。改めまして、わたくしメルカールと申します。またお会いできて光栄ですわ」
メルカール先生の挨拶で、生徒たちのざわめきはピタリと止む。
そんな講義室を見回したルディーは、心底面倒臭そうな顔をした。
「斬新な模様替えだね、実に君らしいよ」
「何事にも変化や目に見える形での改革は、必要かと思いまして。気に入っていただけましたか?」
ジトーッと嫌な目線をこっちに向けたルディーは、絶対に口を開くなと上から目線の圧力を、私へ無言でかけてから、メルカール先生に向き直る。
「これで遊ぶのは、やめてくれないかなぁ。それに、僕はここへは来ないって伝えたはずだけど?」
「まぁ、そんなつもりはございません。ただ、ほんの少しだけ、ミアーレアがあの席に座る理由を皆様にお伝えするのも、宜しいのではと思っただけですよ?」
心底嬉しそうに、丸顔を綻ばせてメルカール先生は答えた。
「そんなので釣り合うわけがないだろう。余計な虫を払う術を知らない花の蜜を暴いたんだ。メルカール、お前にその面倒が分からないとは言わせない」
「貴方様がいらっしゃるのですもの。そのような心配は不要でしょう?」
「憎らしいことに、この体はそれなりに不便なんだ」
「ですが、優秀な側近もいらっしゃるのですから、土の重ねで守りは鉄壁かと存じます」
「あれも僕と似たようなもんだよ」
「そうですか? 私には磐石に見えますが。ふふっ、こうしたゲームはあの頃を思い出しますね。お慕いしていた懐かしい名を呼んでも宜しいですか?」
「誤解を生むような言い方も、これを巻き込むのもやめてくれないか。それに分かるだろう? 僕はもう彼じゃない」
「同じ記憶を持ち、その性質や属性すら変わらないというのに、なぜ違うと言い切れるのでしょうか。どれほどグラーレが天高く駆けたとしても、わたくしにとっては見間違えようのないことです」
「はぁー、僕の周りはこんなのばかりだ。全く嫌になるね」
「不思議なことに、弟子とは師に似ると言います」
「君に限度というものを教えられなかったのは、僕の最大の過ちだったようだ」
2人の会話やメルカール先生の口ぶりから察するに、先生は明らかにルディーの正体が今は亡き先先代領主だと気がついている。
メルカール先生は、生前のルディーとかなり親しかったのだろうか。久しぶりに会った先輩との駆け引きを楽しむかのように声色を弾ませ、外ハネボブの毛先もぴょこぴょこと元気に跳ねている。
ルディーはずっと面倒臭そうな顔をしてるけど、会話を続けていることからメルカール先生を邪険にはできないようだ。
「心配なさらずとも、引き際は重々弁えておりますのでご安心くださいませ」
「どうだかね、とてもそうは見えないよ」
「まぁ、心外ですね。それに、土持ちの騎士にとっての要である引き際がご心配とは、後進の現状にも不安を持たれたことでしょう? 宜しければ、今度演習場へいらっしゃってください。きっと、ご満足いただけると思います」
「残念だけど、今の僕は君の期待に応える余裕なんて持ち合わせていない。それに、ここの香りは少し苦手なんだ。ミア、そろそろ帰ろう」
「ハシバミの香を誤魔化せるものを多く揃えましたが、不十分でしたか。ふぅ、なかなか難しいものですね」
頬に手を当て、失敗を反省するように軽く顔を振ったメルカール先生。
それを見たルディーは顔を顰める。
「だからか。媚薬に用いられるような香りの強い植物が、妙に多いと思ったんだ。はぁ、メルカール、刺激に慣れていない子らが催眠や陶酔状態にでも陥ったらどうするんだ?」
「神聖な貴方様のお姿を拝見できたのです。むしろ、そのくらいの境地でいた方が、宜しいのではないですか?」
「……それは、さすがに講師の域を逸脱した行為だ」
「うふふっ、ほんの冗談です。あの日の花吹雪が美しくも荘厳で、まるでエーダフィオンの奇跡を見た心地でしたので、つい。……ご安心くださいませ、振りかけたり飲ませれば良い他の薬と違い、媚薬は直接体の一部に塗り込まなければ、強い効果は得られませんもの」
頬に手を当てたまま、いつも通りの朗らかな笑顔でこちらを見たメルカール先生。
だが、その瞳には一瞬だけ狂信者の光が見えた。
ひゃぁっ!? ぞわわっと全身に鳥肌が立つ。
ルディーも、居心地が悪そうにモゾモゾと体を動かした。
尻尾を伸ばし立ち上がると、ピョンっと教卓の上から飛び降りる。床に着地すると顎をクイっと扉へ向ける仕草をして、帰るぞオーラを出してきた。
「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ! あのっ、メルカール先生、本日の試験結果をお伺いしても宜しいですか?」
おずおずと、有耶無耶になっていた試験の合否を尋ねる。
「もちろん合格ですよ、ミアーレア。次の講義も、お待ちしておりますね?」
講義室の通路をさっさと登っていく尻尾を笑顔で見ながらそう言ったメルカール先生の、最後の言葉は誰に向けられたものだったのか。
その答えが分かってしまった私は、どうにか無理やり口角を上げた顔で会釈を返し、いち早く現場から逃げ去った薄情な尻尾を、急いで追いかけたのだった。
「待ってよ、ルディー! はぁっ、はぁっ、置いてかないでよ」
「…………。」
あっという間に姿の見えなくなったルディーは、講義室の扉の外にチョコンと座って待っていた。
さっきのは、本当にメルカール先生から逃げたかっただけっぽい。いったい、2人はどういう関係だったんだろう。
「ねぇ、ルディー。メルカール先生とは、知り合いだったんだね?」
ササッと周りを見渡し、廊下に誰もいないことを確認したルディーは、塔の出口に向かって歩きだしながら口を開く。
「……ただの後輩だよ。騎士団にいた頃は、よく世話をしていただけ。でもミアは、あまりあいつと関わらない方がいいよ」
「えっ? うーん、なんか最後はちょっと怖かったけど、どうして? いい先生な気がするけど」
「いい先生? ミアの判断基準は、本当に面白いね」
「だって穏やかだし、いつも笑顔で優しそうだし」
「綺麗な花を渡してくるものはいい奴で、棘を向けてくるものは悪い奴だとでも本気で思ってるの? そろそろ外よりも中を見ることを覚えた方がいいよ」
「……じゃぁ、メルカール先生は、悪い人なの?」
「誰にとってもそうというわけじゃないけれど、ミアにとってあいつの中身は非常に厄介なんじゃない? 今回のことで、多くのものは僕の正体に気がつくだろうからね」
「んんー、そうかな? 会話中も先先代領主様って名前を出したわけじゃないし、皆んなにはギリバレてないかもしれないよ?」
周りに気をつけ、声を顰めながら先先代領主様というワードを口にした。
「いーや、あいつのことだ。どうせ講義の前座で僕や、僕をポメラと結びつける話でもしたんだろう?」
「あ、そういえばしてた……。守りの魔術具の話とか色々してたよ、ポメラ片手に」
「だろうね。聡い子なら僕が現れた時点で先先代領主との関係を察せるし、講義の様子を子から聞いた親なら、尚更気が付かないわけがない。なんたってあいつ、大量のポメラを舞わせる演出までつけたんだ。全くご大層なことだよ」
「そっか……メルカール先生は最初から私を使ってルディーをここに呼んで、正体をバラすつもりだったんだね。あっ、でも、呼べばルディーたちが出てくるなんて、私全然知らなかったよ!? 教えてくれれば、もっと気をつけたのに!」
「本当に? 知ってたら、今日あいつの口車に乗らなかったって自信ある?」
「あー、えっと、うん?」
そう言われると自信ない。
しどろもどろになっていると、ルディーは鼻を鳴らしながら口を開いた。
「ほら、教える必要はなかったね?」
ぐぅー、悔しいっ!
「……正体が広まるのは、そんなに大変なことなの?」
「明日になったら伝令鳥が山のように家に押し寄せてくる。僕らはまんまと、メルカールにしてやられたんだよ」
「うぅっ、なんか大変そう……。でもさ、メルカール先生にはなんでルディーの正体がバレたのかな?」
「まぁ、色々と考えられるけど。確信を持ったのは、土の輪からポメラと共に僕が現れたからだろうね」
「あ、そっか、儀式の時ね。んー、でもなんで皆んなにもバラしちゃったんだろう。メルカール先生がルディーに悪意を持ってこんなことしたなんて、どうしても考えられなくて」
まだよく分からないけど、ルディーの言うように、私にとってのメルカール先生は良い人じゃないかもしれない。
今回のことだって騙し打ちだったし。
でも、講義中に先先代領主様が正当な評価を受けていないと嘆いていた時の表情は、本当に悔しそうだった。
それに、ルディーと話す姿も嬉しそうで、どことなくはしゃいでいるようにも見えた。
そんな人が、ルディーを害するようなことをするとは、どうしても思えない。
「なぜ彼女が僕の正体を公にしたいかは、ミアも少しは考えてみればいいよ」
「えっ、ここまで教えてくれたんだから、最後まで教えてよ」
「僕が言ったのは、どうせ明日になれば分かることだけ」
「むぅっ! そういう意地悪ばっかりしてたから、メルカール先生にもやり返されたんじゃないの?」
ルディーは大きく目を見開いてこちらを見上げた。
「……なるほど。それは一理あるかもね」
シパシパと瞬きをした後、そう言って納得顔をしたルディーだが、結局答えを教えてくれることはなかったのだった。うぅー、意地悪っ!
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