守りの魔法と魔術具
「本日はこの講義室に芽吹いた草花について、学んでいきましょうね」
今日の授業内容を伝えたメルカール先生は、生徒たちの混乱をおさめるためというよりは、元気な植物たちを、ほんの少し嗜めるような気軽さでスイッと杖を横に振った。
杖から広がった薄黄色の靄が、講義室中に広がる。
その靄に包まれ、ワサワサ、ウニョウニョと自由に蔓や葉を動かしていた植物たちの動きがピタリと止まった。
「はぁ、助かった……」
「うぅっ、なにこれ、取れなくて気持ち悪い」
生徒たちの安堵や困惑の声が、あちらこちらから聞こえる。
私も足に絡んでいる蔦を、手でピッピッと払っていると、メルカール先生がもう一度杖を振った。
左側に生えていた小さな木が、ボンヤリと光る。
講義室の他の場所でも、同じような木が淡く光りはじめた。
「皆さんも実物を見たほうが、覚えやすいでしょう? まずは、こちらから。これは、フランキンセンスといって白い小花を咲かせる背の低い木です。ほんのりとした刺激的な香りが特徴で、心を穏やかにする作用があります」
そう言ってメルカール先生は、何事もなかったかのようにな流れで、講義をはじめた。
このダイナミックな模様替えは、いちおう実用性も兼ね備えていたようだ。いや、趣味の方が大きい気がするけどね。
そんなことを思いながら、慌てて蔦の中に埋もれているバックをズボッと引っこ抜き、中からメモ帳を取り出す。
既に違う花を光らせながら、次の植物の説明に入っている先生に、待ってくださいと視線を送るが、届く様子はない。
急いでさっき聞いた説明と、白い小花の特徴を書き記した。
「なんだ、座学か」
机が使えないため、左手を板代わりにしてグシャグシャな字でメモをとっていると、背後からボソリと落胆の声が聞こえた。
驚いて振り返る。男の子が近くの草を手刀で払いながら、ブスッとした顔をしていた。
周りを見ると、他の生徒も似たような表情をしている。
まぁ、覚えるの大変だし、嫌だよね座学。
私は薬草園で見慣れてるし馴染みがあるからいいけど。初見だったり興味がなかったりしたら、大変だと思う。
「ごめんなさいね、実技を期待していた方もいらしたかしら? でも守りの魔法の練習は、もう少し講義が進んでからにしましょう」
不満の声が聞こえていたメルカール先生は、少し眉を下げた笑顔で応える。
だが、実技はまだ先と聞いた男の子たちの顔には、更なる落胆が浮かんだ。
やる気もさっぱり抜け落ちたようで、手をプラプラさせて、早く帰りたい感じが滲み出ている。
「そうですね、せっかくですので、守りの魔法についてもお勉強しましょうか。あれがどんな魔法なのか、説明できる方はいますか?」
そんな生徒たちの様子に気分を害した様子もなく、逆に質問をすることでメルカール先生は、彼らの関心を引いた。
七冠くぐりの儀式で、ルディーの失礼な態度への対応を見た時も思ったけど、メルカール先生ってクレーム対応うまいよね。
「はい、守りの魔法とは、本来であれば受けるはずの打撃や損傷を、魔力を盾にすることで防ぐ魔法です」
「正解です、トリアム。では、もう一つ質問です。魔力で受け止めきれなかった被害がどうなるか分かりますか?」
「はい。受け止めきれなかった分の被害は、魔法発動者の身体的負担となって現れます」
あ、トリアムって、さっき挨拶してくれた濃いブラウン髪の男の子だ。シャキシャキ答えてて、優等生だなぁ。
「よくお勉強していますね、大変宜しいです。皆さんも、お分かりになりましたか? あれは大変危険な魔法です。無理をしたり、自分の力量を見誤れば命の危険に繋がりますし、騎士団でもダメージを分散するために、土持の騎士たちは必ず複数人で行動します。 ……そうね、残念だけど、座学の合格も得られない方には、到底教えられないです」
そう言ってメルカール先生は、眉を下げたままの笑顔で、首を軽く傾げた。赤みのかかった黄色の癖毛が、ぴょこぴょこと揺れる。
とてものんびりとした言い方だったが、その最後の一言で、講義室にはピリッと緊張が走った。
座学が通らなければ、実技は教えてもらえない。そう聞いた男の子たちは、一斉にメモを取り出す。やる気満々の顔でペンを構えはじめた。
逆に女の子たちは、白々しい目で現金な彼らを見ている。
そんな一部の授業態度が高改善した講義室で、私の頭の中では、さっきの会話がぐるぐると回っていた。
“受け止めきれなかった分の被害は、魔法発動者の身体的負担となって現れます”
思い出すのは、杖結びの時の光景。
血を吐きながらも、魔法で私と木を守り続けていたロンルカストの姿が浮かぶ。
きっとあれが、守りの魔法だったんだ。
“無理をすれば命の危険に繋がる、とても危険な魔法”
そのことをロンルカストが知らないはずがない。
ルディーもあの時、「彼は木を守るために、無理やり魔力を伸ばしている」と言っていた。
激化する戦いの中、簡単に木々を吹き飛ばすような攻撃に耐えながら、魔法を発動し続けていたのは、明らかに彼の限界を超えた行為だったに違いない。
ロンルカストは、自分の命を天秤にかけてまで、私の杖を守ろうとしてくれたんだ。
彼の行動の本当の意味に気が付き、胸の奥の奥から何かが込み上げてくる。
言い表せない想いが、喉の奥にググッと詰まったような心地になった。
「もう一つお教え致しますね。近年、守りの魔術具の受け渡しが流行っているようですが、非常に危険な行為です。土の講師として、あれの安易な作成や受け渡しは控えるよう、進言致しましょう」
「え? それは、どうしてですか?」
どこからか、女の子の虚を疲れたような声が上がった。
声を出してしまった子は、ハッとした顔で慌てて口を押さえているが、他の女の子たちも同じように疑問顔だ。
私も、守りの魔術具という知らないワードが出てきたので、真面目に聞く。
「憧れを抱く方が多いようですが、あれは守りの魔法と同様、もしくはそれ以上に危険なものだからです」
「……でも、先先代領主のラジェルティートレオン様も、ディーフェニーラ様に贈られたのですよね?」
口を抑えていた女子生徒が、手を離して恐る恐る質問する。
ん? ルディーの話?
「確かに、事の発端は先先代領主様です。ですが彼の行動には、然るべき理由がありました」
「えっ、婚姻の証として贈られたと聞きましたが」
「そうですね、本来の理由は敢えて伏せられていましたので、皆さんが知らないのも当然です」
「それは、なぜですか?」
「当時の話ですが、最大派閥であるディーフェニーラ様を領主一族に迎えることで、領内のバランスが崩れると危惧し、婚姻阻止を目論むものが一部にいました。そんな彼らがディーフェニーラ様に危害を与えることを憂慮した先先代領主様は、彼女を守るために花へご自身の魔力を移し、守りの魔術具として贈られたのです」
メルカール先生は、そう言って杖をクルクルと回す。
壁に根を張っていたポメラがさざめき、一輪の黄色いポメラが蔓から離れた。
緑でモフモフになった教卓の前まで踊るように飛んできたポメラは、先生の杖を持っていない方の掌にポスンと落ちる。
「そうだったんですね。知らなかったです」
「彼は、わざと愛の証としての装飾品に見せかけましたので、知らなくとも無理はありません。敵対するものも、それ程の魔力が込められているとは思わなかったでしょう。ですがこのことがきっかけで、悲しいことに本来の意味とは逸れた話が広がり、婚姻の際に守りの魔術具を贈るという風潮が起こってしまいました」
へー、薬草園で跪きながらポメラを渡してたプロポーズには、そんな意味があったんだ。
あのポメラが、ロマンチックだけじゃなくて、防犯機能も兼ね備えた守りの魔術具だったとは、ルディー恐るべし。
女の子たちは婚姻の際に魔術具を贈る場面を想像したのか、はぁとため息をこぼしながら頬を染めている。
うんうん、分かるよ。現場にいた私も、すっごい感動したもん。現場っていうか、ルディーの記憶の中だけど。
「あの、相手を想うとても素敵な行為だと思うのですが、何がいけないのですか?」
女の子が質問を重ねる。
メルカール先生は悲しそうにやや下を向き、首を振った。
「そうですね、皆さんがお忘れになっているのは、先先代領主様が、稀代と言われるほど、強く守りに長けたお方だったと言うことです。アディストエレン領にとっても、非常に有能な領主様でございました。土属性特化だったため、あまり武術に関してのお話は残っておらず、未だに武力重視の殿方からは評価を得難いことが嘆かわしいですが」
赤みのかかった黄色い瞳で、愛おしそうに手の中のポメラを撫でたメルカール先生は、そう言いながら苦しそうな顔をした。
ラジェルティートレオン様が、脳筋の方々から正当な評価を得られていないことが悔しそうだ。同じ土属性で思い入れがあるのかも。
私は亡き後もルディーをこんなに尊敬してくれている人がいると分かって、嬉しいような、誇らしいような。
でも、身内の話をされているようで、こそばゆいような不思議な気持ちだ。
まぁ、我が家で絶賛お昼寝中の本人が聞いたら、鼻で笑いそうだけど。
あと、「僕の有能さが分からない奴らには、勝手に言わせておけばいいよ」とか言いそう。
あ、でもディーフェニーラ様のお部屋にいる置物の方の猫ちゃんは、喜んでくれるかな?
元は同じはずなのに、なんで我が家の黒猫は、あんなに捻くれてるんだろう。
「少々話がズレましたが、魔術具は受けた被害の全てを吸収します。そして受け止めきれなかった被害はその場から転送され、魔術具を製作した本人が受けることとなるのです。発動を止めればいい守りの魔法と違い、魔術具が受けたダメージの回避は不可能。また魔術具を託されたものが、いつどこでどのような攻撃を受けるか予測できない分、製作者はふいの痛手を受けることになります。当時はその予期せぬ負傷に耐えきれず、そのまま死に至るという悲惨なケースが多発しました。皆さん、私が警告した理由は、お分かりになりましたか?」
えぇっ!? なにそれ、こっわい!
メルカール先生の話を聞いて、守りの魔術具の恐ろしさに納得する。
だって、例えば私が軽い気持ちで守りの魔術具を作って誰かに渡すでしょ。その誰かが魔や強盗に襲われて、咄嗟に魔術具を使う。
そこそこ強い攻撃をくらって、魔術具のキャパオーバーを起こしたら、オーバーした分を私が引き受けるってことだよね。
もしそれが夜だったりして寝てたら、ダメージを受けたことを誰にも気づかれずに、そのまま死んじゃうかもしれないじゃん!
もっと悪いことを考えると、魔術具を受け取った人が裏切ったら、簡単に殺されちゃうよ。
だって本人を攻撃するよりも、その道具を攻撃した方が簡単だもん。
うわぁ、考えれば考えるほど、とんでもない代物だ。
ディーフェニーラ様大好きなルディーなら兎も角、ホイホイと作っていいものじゃないね。
頬を染めていた女の子たちも、先生の話を聞いて現実に気づき、一気に熱が覚めた顔になっている。
「皆さんにお分かりいただけたようで、嬉しいです。では、講義の続きを始めましょう」
メルカール先生は、パンッと手を叩いた。
授業再開だ。
「そうそう、先程お伝えしたフランキンセンスは、媚薬の材料の一つでもあります。淑女としてこういった知識を学ぶことに、損はなくてよ?」
なんてことない声色で補足説明を行ったメルカール先生。
しかし次の瞬間には、女子たちのハッと息を呑む声が聞こえた。
今度は女の子たちが慌てて植物の中に埋もれているバックを探る。
ガサゴソとメモを取り出したり、真剣な顔でカリカリとペンを走らせる音が響いた。
あっという間に講義室内の空気を掌握した、人の良さそうな見た目によらず、破天荒でやり手のメルカール先生の手腕。
もう座学は嫌だと不満をたらす生徒は、どこにもいなかったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




