土の講義
「あそこを見て? クスクス…… 東のものがいるわ」
今日は土の講義。
もはやお決まりとなった教卓の前の席に座っていると、いつものように後ろから陰口が聞こえた。
「うわっ、トレナーセンのくせに一列目の真ん中だなんて図々しい。恥ずかしくないのか?」
うー、辛い。私だって、座りたくてこんな目立つ席に座ってるわけじゃないよ。
先生、早く来てくれないかなぁ……。
「ミアーレア様、御機嫌よう」
膝を見つめながら、ジッとやり過ごしていると、聞こえるはずのない私に話しかける声が聞こえた。
どうしよう、ついに幻聴がはじまった。
いくらボッチだからって、私にしか聞こえないイマジナリーフレンドを作るのには、まだ早いんじゃない? しっかりしろ、私の耳。
「ミアーレア様、ご機嫌いかがですか?」
今度は男の子の声がした。
やけにリアルだ。まるで本当に挨拶されているみたい。自分の妄想力の実力に感心していると、視界の端にクリーム色のなにかが見えた。
ん? なんだろう?
気になって、少しだけ顔の角度をずらす。
目に入ったそれは、クリーム色の生地に白いフリルがついたスカートの裾だった。
スカートから、ツツツと目線を上げる。
スカートではなくワンピースだと分かった。襟にも裾と同じフリルが付いている。
そこから細い首が伸び、顔にはクリっとした瞳、ウェーブのかかったオレンジ色のボブ……うん、間違いなく女の子がたっていた。
その横には、濃いブラウンの髪を後ろで一つ結びにしたの男の子もいる。
さすがに幻覚にしてはリアルすぎる。本物だ。
ってか、さっき挨拶されたよね!? わっ、返事しなきゃだっ!
「ご、御機嫌よう!?」
「御機嫌よう、ミアーレア様。私はマイリースです。どうぞ、仲良くしてくださいませ」
「ミアーレア様、私はラナンクス家のトリアムと申します。以後お見知り置きを」
「あっ、こっ、こちらこそ、お二人とも仲良くしていただけると嬉しいです!」
辿々しく返事を返すと、2人は自己紹介してくれた。
わー、これ、夢じゃないよね!? 2人も話しかけてくれたよ、嬉しすぎっ!
誰か私の頬をつねって欲しい。
「ミアーレア様は、他の講義でもこの席と聞きました。儀式では、どんな精霊石を授かったのですか?」
舞い上がって心の中で小躍りしていると、マイリースと言っていた女の子が話題を振ってくれた。
何話していいか分かんなかったから、ありがたい。
「えーっと、確か土の輪では、この拳くらいの大きさの琥珀色の石でした。形はポメラ……あー、花の形で可愛かったです。マイリース様はどんな石でしたか?」
「ミアーレア様、私に様はつけなくて大丈夫ですよ?」
「そうですか? じゃぁマイリースも、私のことはミアーレアって呼んでくださいね」
「わぁ、いいんですか? 嬉しいです!」
「ふふっ、もちろんです!」
「そういえばこの前、ハリーシェア様が東へ向かうところを見たんです。ミアーレアはハリーシェア様と仲がいいでしょう? もしかして、お二人でお会いになったのかななんて思ったんですが、どうですか?」
「よく知っていますね、確かにハリーシェアは、この前お家に遊びにきてくれましたよ?」
「やっぱり! ペミレンス家を家に迎えるなんて凄いですね! お二人で、どんなお話をしたんですか?」
「うーんと、ごめんなさい。女の子同士の秘密のお話なので、言えないんです」
エアリのこと、勝手に言うわけにもいかないよね。適当に誤魔化した。
「秘密のお話なんて、とっても羨ましいです。ぜひ今度は、私もお話に入れてください」
マイリースは、そう言ってグイッと身を乗り出してきた。圧が強い。
失敗したなぁ、逆に興味を引いちゃった。女の子って、秘密のお話が好きだよね。
「えっと、今度ハリーシェアに聞いてみますね?」
「はいっ! 私、楽しみにしています」
まだハリーシェアに確認したわけじゃないので、楽しみにされても困るんだけど。
心の中でそう思いながら、苦笑いを返す。
会話が途切れるのも嫌だけど、結構グイグイくるマイリースの質問攻めには、なんだかちょっと疲れてきた。
逆に男の子の方は、自己紹介しただけでそれ以後は全く口を開こうとしない。3人でいるのに、1人だけ完全に蚊帳の外だ。
せっかく挨拶してくれたのに、申し訳ない。私から話題を振った方がいいのなと悩んでいると、ギギッと扉が開く音が聞こえた。
周りの雑談がスッと静まったことで、講師が入ってきたと気がつく。私たちの会話も終了となった。
はぁー、緊張した。初対面の人と話すのって、結構大変だね。
「御機嫌よう、私は土の講師をつとめるメルカールです。エーダフィオンの蔓を離れ、同じ時を歩む皆さん。ここで過ごす時間は、皆さんが彼女の廻りに戻るまでの大きな豊かさの中では、ほんのひと時ですが、沢山学んでいきましょうね」
教卓の前にたったメルカール先生は、ニコニコの笑顔で挨拶をした。
小柄で丸顔。赤みを帯びた黄色髪が、顔の横でピョコピョコと揺れる外ハネボブだ。
挨拶を終えたメルカール先生は、笑顔のまま杖をだす。何気なくスイっと、その手を横に振った。
教室が大きな光に包まれる。
「うわっ!?」
突然の眩しさに、驚いて目を瞑る。
ズルズルズルズル…………
ひゃっ! どこか既視感のある音が響く。何かが床を這いずる振動も伝わってきた。
少しすると目蓋から透けていた光がおさまったので、恐る恐る目を開いた。
「…………えっ、どういうこと?」
自分の目を疑う。
講義室は、ジャングルになっていた。
「うわぁ!? なんだこれ!」
「キャー! 土だわ、汚いっ!」
「気持ち悪いっ! やだっ、誰かこれを取って!?」
遅れて、生徒たちの悲鳴と困惑の叫び声が響く。
さっきジャングルと言ったのは、例えじゃない。
講義室の至る所から植物が生え、悠々と花開いていた。
床はいつの間にか地面となり、わっさわっさの葉っぱや蔦に埋め尽くされた机や壁は、元の色が見えない。天井からも大量の蔓が伸び、室内を圧迫している。
「どうかしら、ミアーレア?」
現在進行形でウニョウニョと伸びる蔓たちに腕を絡まれ、慌てて追い払っていると、急にメルカール先生に話しかけられた。
「へっ!?」
緑の蔦が絡みまくった教卓の前で満足そうに笑うメルカール先生。
皆んなの視線が一斉に私の背中へ向く。
この惨状を作った犯人はお前かと、責める視線をビリビリと感じるが、いや、ちょっと待って。
冤罪、よくない。私は無実です。
それを証明するために、心底訳が分からない感を出しつつ返事をする。
「あの、メルカール先生? どうとは、どう言う意味でしょうか?」
「あら、まぁまぁ。わたくし、ミアーレアからこの着想を得たんですよ?」
いや、だから待って! 私は一切関係ないんだってば、共犯にしないで!
「……そんな、私は何もしておりませんのに、滅相もないです」
「謙遜しなくても良いのですよ。先日の七冠くぐりの儀式で、ミアーレアは土の輪から植物を出したでしょう? 儀式の間が緑とお花で埋め尽くされた光景は、とても素敵でしたわ」
土の輪から植物? ……あぁ、そんなこともあったよね。忘れてた、意図的に。
私にとっては黒歴史の講堂破壊事件だが、メルカール先生にとっては素敵な思い出になっていたらしい。
レオ様なんか、苦虫を噛んだような顔してたのに。いやぁ、人によって受け取り方って違うもんだ。
「ありがとう存じます。メルカール先生に、そう仰っていただけて光栄です」
「皆さんにもお見せしたかったわ。神事の間が緑で覆われ、本当に美しかったのですから。私には、あれが本来の在るべき姿に見えたほどです」
「はぁ。とても恐縮です」
そうかな? 壁も床もボロボロにしちゃったし、もし私が神様だったら部屋壊すなって激怒しちゃうと思うけど。
メルカール先生の感性は、ちょっとずれているようだ。
「それでわたくし、講義室も緑でいっぱいにした方が素敵だと気がついたの。どうかしら? 前よりも、ずっと良くなったでしょう?」
楽しそうに講義室を見回し、邪気のない笑顔で私に同意を求めるメルカール先生。
あ、私から着想を得たって、そういうこと?
背中に感じる視線が強くなった。冷や汗がタラリと頬を伝う。
「あ、あの、その、えっと。 ……まるでエーダフィオンの蔓に包まれているかのように感じます」
私とメルカール先生が話している間にも、草花はグングンと育ち、講義室内は鬱蒼と呼んでもいいほどのありさまになっていた。
「そうでしょう、わたくしもそう思っていましたの」
ウットリしながらカオス化した講義室を眺める非常に満足そうなメルカール先生。
生徒たちの様子は、特に意に介していないようだ。
……みんな、ごめん。講義室がジャングル化したのは、私のせいでした。
生徒たちはあまり植物には慣れていないようで、体に絡みついてくる蔦と必死で格闘していたり、天井から迫る蔓にヒィヒィ言いながら頭を抱えていたり、寄ってくる蔓から叫びながら逃げ惑っている。
スキンシップの激しいこの世界特有の植物に、大混乱に陥っている講義室で、儀式の間での一件が、知らないうちにメルカール先生の感性にクリーンヒットしてしまい、この現状を作ってしまった犯人である私は、心の中で全力の平謝りをしたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




