お散歩と家仕えの契約(後)
その気持ち、痛いほど分かるよ。
ボロボロと大粒の涙を流すセルーニを見ながら思う。
だって私は、現在進行形でそのループにハマっているんだから。
ロンルカストのこと、信じたいのに信じきれない。
思考は悪い方へ悪い方へと流れていき、疑心暗鬼。最悪の想定ばかりが、ぐるぐるとループしている。
なんで信じてあげられないのか。なんて恩知らずなのか。ダメな自分を責める毎日。
考えても仕方がないと思考放棄してみても、すぐに募る不信感にまた同じドツボにハマる。
真実を知るのが怖くて、確かめることさえできない。それなのに、裏切った心のまま今日だって私は彼に甘えている。
なんてことない顔で彼に接している私は、なんてずるいんだろう。そんな自分のことも嫌で、自己嫌悪。家族なんて言う資格、私にこそない。
胸がズキズキと痛む。体の内側に泥が詰まったように苦しい。
他人から見えないのをいいことに、私はその痛みと息苦しさを未だに隠し続ける卑怯な人間だ。
……凄いなぁ。
目の前で震えながら泣くセルーニを見ながら思う。
苦しかっただろうに、その壁に自力で立ち向かって乗り越えたんだもん。
私はまだ、同じ場所で立ちすくんでいる。
目の前にいるロンルカストに、打ち明けることも、心を吐き出すこともできずに、殻の中で縮こまっている、ただの臆病者だ。
「……セルーニ、ありがとう」
自然と言葉が出た。
「っ!? 感謝されることなど、なにもありませんっ!」
大きく目を見開いた彼女の瞳を、まっすぐにみる。
伝えなきゃ。重い心を開いてくれたセルーニ。私には、なんとかして彼女の奥底まで私の本音を届かせる義務がある。
「あります。セルーニは、今日決断してくれました。私を信じてくれたんですよね?」
「それは……。ですが、私は今までずっとミアーレア様のお気持ちを裏切っていました」
「不安になるのは当然です。きっと、その決断に至るまでには、はかりきれないほどの勇気が必要だったんでしょう? 私にとってはその気持ちが、なによりも嬉しいです」
「……私なんかに、言葉をおかけになる必要はありません」
「うーん、しょうがないですね。セルーニがその調子なら、私にも考えがあります。最終兵器の主権限を使っちゃうんですからねっ!」
「? 申し訳ありません、何のことを仰っているのかわからなくてーー」
私は口の端をあげる。
言っても分からないんなら、実力行使。
今こそ職権濫用の、正しい使い方を見せてやるっ!
「えーっと、私はこの家の主として、ここで正式に宣言致します。“家仕えが家の外に出ちゃダメっていう規約は、金輪際破棄。好きな時に外に出ていいし、私の許可も要らないし、あと、あと、なんかあるかな? あー、とにかく何をするのもしないのも、セルーニの自由ですっ!” ……こんなんで、大丈夫ですか?」
「恐らく、問題なく家仕えの行動を縛る規約は削除されたかと存じます」
「ッ!?」
「うん、これでよしっと! あっ、勘違いしちゃダメですよ、セルーニに家から出てって欲しいとかじゃないですからね!」
「なな、なんてことをっ!? ロンルカスト様まで何を仰るのですか!?」
「なにって、論ずるよりまず行動ですよ? うん、我ながら良い解決策です」
「そんなっ!? こんなのいけませんっ! 規約破棄の訂正をしてくださいっ!」
驚きすぎて涙の止まったセルーニを、まぁまぁと宥める。
急な思いつきだったけど、ロンルカストも大丈夫って言ってるし。問題ないでしょ。
「絶対に嫌です。破棄の訂正はしませんっ! 元はと言えば、ぜーんぶこの規律が悪いんです。まぁ、セルーニを不安にさせた私にも、ちょっとだけ責任はありますが」
「こっ、こんなことあり得ません! 私は家仕えなのに、自由だなんてっ!」
「当然の権利なんだから、いいんです。これからは、今まで出来なかった分を取り返しましょうね?」
「今まで、できなかった分?」
「そうです。お散歩も沢山して、これまで我慢してきた分を一緒に埋めていきましょう。ただ、その、えーっと…… 悲しいお知らせですが、お散歩コースは薬草園の一つしかないです。あっ、でもでも! 季節によって違う花が咲くので、きっと飽きないと思いますよ!?」
「……まだ、こんな私を誘っていただけるのですか?」
「もちろんです! んー、杖結びで巨大化させたポメラの木には、驚くと思いますし、それにポメラを摘むと蝶も見れるんです。綺麗な羽で人懐っこいので、きっとセルーニも気に入ってくれると思います。ロンルカストだって、最初の頃はずーっと凝視してたくらいですから」
「確かに彼女たちには、一見の価値があります」
静観していたロンルカストが、深く同意する。
「ほら、ロンルカストもこう言っています。これからお散歩は、家族全員でしましょう。あっ、これは強制じゃなくて、それぞれの気が向いた時に参加してくれれば私は満足です。それに私が行けない時は、ルディーやロンルカストと一緒や、セルーニ1人で外出したって全然いいんです」
「……そのようなこと、やはり私には許されないのではないでしょうか」
「あー、やっぱり女性一人だと何かあったら心配ですね。出かける時は、私かロンルカストに声かけしてください」
「ですから、それは私のようなものには許されないことでーー」
「もぅっ、私とのお散歩や外出がそんなに嫌ですか?」
「っ!? ……決して、そのようなことはありません」
「でしょ? 家仕えだからダメなんていう理由は、理由にならないです。そんなこと言うなら、家仕えは私とお散歩することって、うちの規約に入れちゃいますからね! ……ん? これ、いい考えじゃないですか、ロンルカスト?」
「そうですね。しかしながら、細かな調整は必要かと存じます」
「んー、私が誘って、セルーニの都合のいい時で、でも強制じゃなくてーー」
「それですと、かなり緩い規約になります。抜け道も多く、規約として機能しないかと存じますが?」
なんだか楽しそうに話すロンルカストは、生き生きとしている。
こういう規律を捏ねるのが、好きなのだろうか。
うん、餅は餅屋。リケジョど真ん中の私に法律系はお呼びでは無いと思う。
ここは専門家にお任せして、パワハラにならない程度のいい感じの規律を作ってもらおう。
「そこは、ロンルカストがなんとかうまく調整してください」
「いいえ、良い機会です。これは、明日までの課題と致しましょう」
「へぇぁっ!? なんでそうなるのですかっ!?」
「いいですか? 重要なのは3点です。いかに自分が通したい事柄を多く組み込むか、またどのように相手の逃げ道を塞ぐか、そして最も大切な3点目は、先に申し上げたこの2点を相手に悟らせないことです。分かりやすい餌を撒いて、最も重要なことを覆い隠す、という手も有効ですね。うん、これはなかなか、契約を結ぶ際の素晴らしい教材となりそうです」
ポイっと丸投げしたはずの規律問題は、特大のホームランとなって返ってきた。
たた、大変だ。座学に新しい項目が追加されてしまった。
非常に爽やかな笑顔で、ものすごく悪いことを言ってる気がするロンルカストは、ノリノリだ。
明日からはじまるロンルカストによる千本ノックを想像し、ゴクリと唾を呑んだ。
「ちょっ、ちょっと待って! いま、メモを取りますからっ!」
この課題の回答次第では、ヘタをすると明日丸一日座学になってしまう。
突如渡された課題でなんとか及第点を取るために、慌ててメモ用紙を探してポッケを漁る。
ぐしゃぐしゃと中を探っていると、突っ込んだ手の隙間からお守りがわりに持ち歩いているベルクム粉袋がはみ出し、地面にポスンと落ちた。
落ちた衝撃で緩んだ結び口から、ベルクム粉がふわりと舞う。ほんの少量飛び出た金粉は、春風にさらわれて一瞬で見えなくなった。
お守り袋をサッと拾い、ポッケに突っ込む。代わりにペンとメモ用紙を両手に準備した。
「さっきの、もう一度最初から言ってください! できればゆっくりとーー」
「おっ、お待ちくださいっ!」
ロンルカストに課題の重要ポイントを確認しようとした私を、風下にいるセルーニの声が引き止める。
振り返ると、真っ赤な顔をしたセルーニが、両手を胸の前で堅く握り締めながら、私たちを見ていた。
「メモをお取りになる必要は、ございませんっ!」
「えーっと、でも私、こういうの苦手なので一回じゃ覚えられないんですよ」
「どうか、新たな規律は作らないでください。私、……私は、私は契約ではなく、私自身の意思で皆さまに同伴したく存じますっ!」
「それは、本当ですか?」
「はい! 私、本当は、お散歩に誘っていただくたびに、いつも、とても嬉しくて。薬草園も、素敵な場所なんだろうなって、きっとこのお庭よりもずっと広いんだろうなって、何回も、想像していました。一緒に行けたらどんなに楽しいんだろうって、思ったりしていて、その、私、本当は……本当は、ずっとずっと! 皆さんと一緒に、外を歩いてみたかったんですっ!」
途中で言葉につまり、途切れ途切れになりながらもセルーニは言い切った。
頬を一筋の涙が伝う。本日3回目の涙が静かに流れた。
パタパタと羽音を響かせ、くちばしに赤い実の汁をつけたフィンちゃんが、セルーニの肩に留まる。スリスリと頬擦りした。優しい。
使い魔に遅れをとった私もセルーニの元へ行き、薄い肩をさすった。
ちなみにもう一匹の使い魔は、まだお昼寝の真っ最中だ。いや、呑気か。結構な修羅場もあったのに、逆に凄いよルディーさん。
改めてセルーニを見る。
この小さな体で一人、ずっと悩んでいたんだろうな。
小さくしゃくり上げるたびに、その振動が肩をさする私の手に伝わった。……今までの辛い思いとか全部、今日の涙に流せばいいよ。
「ネローリア」
しばらくして泣き止んだセルーニに、水の講義で覚えたての癒し魔法をかけた。
顔の赤みと腫れが引いたセルーニは、お散歩の続きをすると言ってきかなかったが、足元が覚束なかったので流石にロンルカストにベッドまでの強制連行の指示を出す。
これにてセルーニの初めてのお散歩は、3歩で終わることとなった。
「……私のお仕えする家は、こんなにも美しかったのですね」
ロンルカストの肩に無理やり背負われ、最初はバタバタと抵抗していたが、観念して丸太のようにおとなしくなったセルーニが、夕陽に照らされた家の外観を見上げながら呟く。
その言葉は明らかに疑いようのない彼女の本心で、どんなに麗かな春の日差しよりも、ずっと暖かくじんわりと私の心に染み渡ったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
セルーニ編、如何だったでしょうか。
苦戦し、想定外に文字数が伸びてしまいました。
原因は溜め込むタイプのセルーニが、なかなか腹を割って話してくれなかったから。(前編冒頭の切腹とかけています)
何度も書き直しやっと3話構成にて落ち着きました。
楽しんでいただけましたら幸いです。
次回は講義のお話。
悩みがやっと解決した途端に積み重なる新たな問題、乱れ咲き予報。
少しでも続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや、下の⭐︎を押してくださると嬉しいです。




