お散歩と家仕えの契約(中)
「……以前、家仕えは貴族と異なり長い時を生きること、また一定の年齢を過ぎると容姿の変化が無くなる理由を、お伝えしたかと存じます」
少し落ち着きを取り戻したセルーニは、私に軽く補助されながらゆっくりと立ち上がると、濡れた地面から目を離さずに、ポツリと呟いた。
「覚えてますよ? 確か、魔力を生命力に変えたんですよね」
「その通りです。私達は精霊から賜った神聖な魔力を、自らの生を伸ばすことに費やす穢らわしい種族なのです」
「穢らわしいなんて! セルーニはそんなことないです!」
「いいえ、私達の弱い魔力では、魔と対峙することができません。貴族様と契約をして、家仕えとして主の魔力を借りなければ、何もできないような愚かな種族です。貴族様のためにご奉仕することが、神聖な魔力を穢したことへの、私たちができるせめてもの償いなのです。ですので逃げられないように家に縛られるのも当然の処遇で、ミアーレア様が悲観なさることではございません」
急にペラペラと話だしたセルーニ。
泣いた後の妙なテンションの饒舌になった舌で、何を言い出したかと思えば、ただの社畜発言だった。
これは、完全にブラック企業に洗脳されていると見える。
なんとかして、彼女のマインドコントロールを解かねば。
むむぅ、結構強そうなコントロール下にいるけど、どうすればいいんだろう?
そう考えた時、夢で見た幼いロンルカストが浮かんだ。頑なに自分の殻に引きこもるアルトレックス少年を、彼がなんとか説得しようと試みていたことを思い出す。
うん、やってみよう!
あの時のロンルカスト少年がしていたように、セルーニの肩をガシッと掴む。
目を逸らそうとする、ピンク色の視線を捕まえた。
笑顔を消し、揺れるその瞳を真っ直ぐに見つめる。
「セルーニがいないと、美味しいご飯や綺麗な家が無くなってとても困ります。ですが私は、セルーニを家に縛るのが当然だとか、奉仕されて当たり前だなんて、微塵も思ってはいませんっ! 好きな時にお散歩していいし、疲れた時は無理せず休んで欲しいし、本当は寂しくなるので嫌ですが、他に仕えたい家があるなら、そう言ってくれたっていいんです!」
「……どうか、そのようなことは仰らないでください。先程申し上げた通り、私達は過ちを侵した罪深い種族です」
私の本心は、あっさりと撃沈する。セルーニに届かなかった。
なんて辛いんだろう。伝わらないということは、こんなにも苦しくて悔しいことなんだ。
……でも、諦めない! 私はまだ、言葉をつくしきっていない。
ロンルカスト少年にならい、出来るだけ声色を低くする。言い聞かせるように、ゆっくりはっきりと話した。
「何で家仕えの先人たちが、魔力を生命力に変えたかは分かりません。もしかしたら、子どもができなくて血を絶やさないためだったとか、環境が過酷でそうせざるを得なかったとか、彼らにも、やむを得ない事情があったのかもしれませんし。ただ、とにかく一つだけ、はっきりと言えることがあります。それは、彼らが魔力を生命力に変えたことと、セルーニが理不尽な仕打ちに耐えなきゃいけないこととは“全く全然これっぽっちも、関係のない話”ということです!」
「そんな事はございません。忌まわしく汚穢にまみれた存在である私達には、過分で受け取り難い配慮です」
「セルーニ聞いて! 私は家仕えではなく、セルーニと話しています! 私の大切な家族と話してるです!」
「……私に、それを受ける資格はありません」
「セルーニにその資格がないなら、誰にあるって言うんですか」
「そんな資格、本当にないんです。だめなんです。お願いです、私のようなものに、かっ、家族だなんて言葉……どうか、どうか仰らないでください!」
最後は喉から絞り出すように言い切った。
ギュッと目を瞑り、体の横につけた拳はプルプルと震えている。
初めてきくセルーニの絶叫。それは、消えてしまいそうなほど、か細い。
でも悲痛な響きが色濃くのった彼女の魂の叫びは、どんな大声よりも強く私の心に響いた。
「…………。」
「あっ!? もも、申し訳ございません! その、私、ミアーレア様になんて無礼なことを!」
驚いて絶句していると、セルーニが目を開く。ハッとした顔でアワアワと弁明しはじめた。
「気にしなくても、大丈夫です。ちょっと驚いただけで、私はなんとも思ってません。今日は色々大変だったでしょ? きっと気が動転しているんですよ」
「……ありがとう存じます」
「お散歩も、これから焦らずにちょっとずつしていきましょう。今日は3歩進んだから、明日は6歩を目標にするとかどうですか? もちろん、嫌だったら無理しなくてもいいんです」
「そんなっ! ご迷惑をおかけするわけにはいきません」
「大丈夫です! 私も休憩時間が増えて嬉しいですし。ねぇ、いいでしょ、ロンルカスト?」
「はい、承知いたしました。ご希望でしたら、明日よりそのように調整致します」
「わっ、やった! 言ってみるもんですね!」
「その分、座学の集中力を高めていただけるのであれば、なんら問題はございません」
「うぇっ!? もも、もちろんです!」
「素晴らしいお心がけでございます」
私が提案を撤回できないと分かっていて、学習に対する圧力をかけてきたロンルカスト。憎らしいほど爽やかないい笑顔だ。
くぅ! やり口が汚いっ! でも、屈しないんだからっ!
ロンルカストと無言で見つめあい、視線だけで闘っていると、私達の会話を聞いていたセルーニが口を開く。
「私の為に、こんな私なんかのために…… どうかお心を尽くさないでください」
「あ、いやっ、大丈夫です! セルーニが頑張るんですから、私だってそのくらい頑張りますよっ!」
「お願いです、ミアーレア様。 私は…… 本当の私は、とても狡くて。恩知らずで浅ましくて。うぅっ…… 私は、外へ出ることがずっと怖くて怖くて、たまらなかったんです」
そう言うとセルーニは立ち尽くしたまま、再び泣き始めた。ボロボロと大粒の涙を流す。
わー! 失敗したっ! やっぱ外が怖かったんじゃん!?
またお散歩に誘うだなんて、勘違いも甚だしいことしちゃったよ!
「さ、さっきの提案は、取り消します! 外には知らない貴族もいますし、怖いですよねっ!? 私はセルーニの気分転換になればいいかなって思っただけで、無理にお散歩に誘うつもりはなかったんです」
「いいえ、違うんですっ!」
「へっ? だって、外へ出るのが怖いんですよね?」
コテリと、首を傾げる。
なんだろう、この噛み合ってない感。
貴族とすれ違うこと以外で、外に出るのが怖い理由がさっぱり思いつかない。
「それは……。それは、私が本当に恐ろしかったのは、家の外へ足を踏み出した時、契約に阻まれ、家の中へ跳ね返されることだからです」
観念したような顔で、目を伏せ言い切ったセルーニ。
だが私はというと、全くピンときていない。
「えぇっと、確かに外に出れると思っていたのに、出れなかったら悲しいですよね。跳ね返されるってなんか痛そうですし。でも契約では、主の許可があれば問題なく外出できるのでしょう?」
「はい。……ですが、ミアーレア様が本心では私を家の外へ出したくないとお考えでしたら、それは叶いません」
「そんなの、本心に決まってるじゃないですか」
「私も分かってはいるんです。今までの主とは違い、ミアーレア様に限ってそんな事は万に一つもないと、頭では理解しております」
「んー? 混乱してきました。だったら、どうして外へ出るのが怖いのですか?」
「……ダメなんです。もし、家の境を越えられなかったらと、どうしても考えてしまうんです。その時どれほどの絶望感に襲われるのか、想像するだけで怖くて、耐え難くて。私、私は……ミアーレア様の本心を知るのが怖くて、ずっと信じきれずにいたんです。こんな、臆病で狡くて不義理な私に、家族だなんて言ってもらう権利、あるはずがないんです!」
心の闇を吐き出したセルーニ。
苦しそうな表情で肩を震わせボロボロと涙を流し続ける様子を見ながら、彼女の必要以上に頑なだった理由とその心情がやっと分かった私は、欠けていたパズルがカチッとハマったかのような妙な納得感を得たのだった。
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