お散歩と家仕えの契約(前)
「ミアーレア様、私は決断いたしました。ぜひ、お供させていただきたく存じます」
昼食後のティータイム。
主人と共に切腹する覚悟を決めた武士のような面持ちでやってきたセルーニは、両手を体の側面でギュッと握りしめながらそう言った。
ピンク色の瞳は、完全に据わっている。
え、なに? 今日は私の命日ですか?
そんなお達しは、まだ受けてないでござる。
「いや、そんな一世一代の決断感出さなくても。すぐそこの薬草園までの、ちょっとしたお散歩ですよ?」
「あっ! も、申し訳ございません! あまり家の外に出ることがございませんので、つい緊張してしまいましてっ!」
クールダウンを促したが、あまり効果はないようだ。小さな拳は、太ももの横でプルプルしている。
「本当に外出が久しぶりなのですね」
家仕えは外に出る必要がないと教えてもらったことがあるし、実際私はセルーニが外出するところを、見たことがなかった。
いつもお料理やらお部屋の掃除やら、庭の木々のお世話やらで忙しく動き回ってはいるセルーニは、常に家のどこかにいる。
私が講義や薬草園に行っている間に、もしかしたらちょこっと家から離れているのかもと思っていたが、この様子を見るにどうやらそれも無さそうだ。
家仕え自体があまり外を好まない性格なのか、セルーニがインドア派なのかは分からない。
でも、たまには健康のためにお日様の下でウォーキングをしたほうがいいと思って、以前から薬草園に行く時には「一緒にどう?」と、誘うようにしていた。
ただ、なんやかんやと理由をつけて、すげなく断られていたので、本当に家が好きで外出は苦手なんだなと諦めかけていたのだが、たった今、初めてオッケーをもらえた。
強張った表情から、無理をさせてしまっている気はするが、シンプルに嬉しい。
だって、やっと外へ出る気になってくれたんだもん。
感慨深いなぁ。誘っては断られ続けた悲しい思い出に浸っていると、セルーニはブンブンと首を横に振り出した。
動きに合わせて二つ結びにしたピンク色の髪が揺れる。
「はい。ですが、このような状態ですので、やっぱり本日はやめーー」
「いえっ! 私こそごめんなさい。せっかくセルーニがその気になってくれたんですっ! 今日は一緒にお散歩しましょうね!?」
慌ててセルーニの手をガシッと握る。
さっきの承諾を無かったことにしようとする言葉を、半ば強引に引き留めた。
「…………はい」
あ、危なかったぁ、ギリセーフ! せっかくのチャンスを逃すとこだった。
「これから書類仕事をするので、薬草園はその後に行く予定です。ロンルカスト、書類は5の鐘までには終わりますよね?」
「問題がなければ、そのような予定でございます」
「だそうです。セルーニもそのつもりでいてくださいね」
「……承知いたしました」
よし、言質はとった。ルンルンで午後一の書類仕事を片付ける。
時間は瞬く間に過ぎ去り、5の鐘が鳴った。
今日のノルマも終えたし、完璧だ。
「るるーん、セルーニと薬草園ー!」
念願のお散歩の時間だ。
春になって新しい花を咲かせた最近の薬草園は、更に華やかな癒し空間になっている。
天気も良いし、完璧なお散歩日和。
綺麗な花といい香りに、セルーニの気分も癒されリフレッシュすること間違いなし。
私も薬草園マスターとして、セルーニにいいスポットを案内してあげなきゃと意気込む。
他に行くとこがないから詳しくなるのは当たり前だ、なんて余計な説明は入れなくてもいい。
外出の準備をして、薬草園と聞けば必ずついてくるルディーを呼んだ。
「ルディー、薬草園に行っくよー!」
「分かってるよ、煩いなぁ」
……おっふ。確かにテンションが上がって大きな声を出してしまったけど、言い方酷くない?
ちょっぴり傷ついた。
「ピィッ?」
しょんぼりしていると、肩に乗っていたフィンちゃんが体を寄せ、頬にスリスリしてくれる。どこかの誰かと違って優しい。
ありがとうの気持ちを込め、人差し指でチョンチョンと頭を撫でる。
半目でこちらを見ている黒い方の使い魔が口を開く前に、セルーニとロンルカストがいる後ろを振り返った。
「じゃぁ、行きましょうか」
「承知いたしました」
「……はい」
久しぶりの外出に、緊張からか硬い表情をしているセルーニが心配だけど、こういうのは慣れだと思う。
初めは不安かもしれないけど、きっと少し歩けばすぐに大丈夫になるよと心の中でエールをおくり、玄関を出た。
ロンルカストに続いて庭先を歩く。門を出た時に、後ろからついてきていたはずのセルーニの気配がないことに気がついた。
「あれ、セルーニ?」
「…………。」
返事がない。くるりと後ろを振り向くと、真っ青な顔をしたセルーニが、門の手前で蹲り震えていた。
「うわわっ、大丈夫ですかっ!? どこか痛みますか、それとも気持ち悪いですかっ!?」
「も、申し訳ありません。大丈夫です。……何も問題はありません」
顔を上げたセルーニは、固まった表情筋をギギッと無理やり動かし笑顔にした。
真っ青な顔。ピンク髪との対比で、余計に血色が悪くうっつっている。
まだそんな気温ではないのに、顔には薄らと汗が浮かび、前髪がペタンとおでこにくっついていた。
全っ然、大丈夫そうには見えない。
そんなに家の外へ出るのが怖かったとは、想定外だった。
私がしつこく誘うから、相当な無理をしてくれたに違いない。
家仕えは貴族よりも身分が下だし、外に出れば格上の貴族とすれ違う可能性もある。それが不安なのだろうか。
……って、これ、ただのパワハラじゃん!
お散歩の強要で、セルーニに多大なストレスを与えていたことに、やっと気がついた。
そんなつもりじゃ無かったのに、どうしよう。謝らなきゃ!
「セルーニごめんなさい! 無理をさせるつもりはなかったんです。お散歩は、また今度にしましょう?」
もう誘わないようにしようと反省しながら、そっとセルーニの手を取った。
冷や汗で湿った手は、氷のように冷たい。
「……いえ、ご心配をおかけして申し訳ありません。ぜひ、本日お供させてください」
「いや、でも体調が悪そうですし、家で休んだ方がいいんじゃないですか?」
「お願いします! 今しかないんですっ!」
「そっ、そんなに言うのでしたら……。でも、お散歩は少しだけにしましょうね?」
無理することでもないと思うのだが、頑ななセルーニは意見を変えなかった。
ゆっくりと立ち上がる彼女を見守る。
まだ顔色は悪いし、足元は少しフラフラしていた。
本音では今すぐロンルカストに背負ってもらってベットに連行し、そのまま休んで欲しい。だが、本人にその気はなさそうだ。
ただの散歩なのに、何が彼女をそれほどまでに突き動かしているのかは、謎だ。
ギュッと堅く口を結んだセルーニは、地雷原を歩くような慎重さで片足をあげる。
ゆっくりと、庭先と外との境界線を越えた。
一瞬ハッとした顔で止まった後、確認するように二歩三歩と前へ進む。
そして、地面にぐしゃりと崩れ落ちた。
「わぁぁ!? やっぱり具合が悪いんじゃないんですかっ! とにかく一旦家へ帰りましょう!」
「違っ、ふぐぅっ、もぅ少し、ここに、うぅっ……」
「違くないですよ! ロンルカスト、セルーニを家の中まで運んであげてください!」
私の提案にイヤイヤと顔を横に振り、声を押し殺しながら泣き出したセルーニ。
だからさっき、帰ろうって言ったのに。本人は嫌がっているが限界だろう。
「お言葉ですが、もう少しこのままの方がセルーニにとっては宜しいかと」
「えっ、こんなに辛そうなのに何をいってるんですか!?」
無理やり休ませようと、ロンルカストにお願いするも、なぜか却下された。意味がわからない。
家先で座り込み泣きじゃくるセルーニと、なんとも言えない顔で彼女の背中を見守るロンルカスト。
そんなことお構いなしに、塀の上の日光浴で満足そうに目を細めるルディー。パタパタと小枝に留まり、庭木の実をついばみはじめたフィンちゃん。私の使い魔は自由か。
オロオロと立ち尽くす不甲斐無い主の私は、困ってロンルカストを見上げた。
ロンルカストは眉を下げ少し悩んだようだが、説明を求める私の瞳に根負けし、渋々と話し始める。
「……ミアーレア様。あまり耳障りの良い話ではありませんが、家仕えの労働環境には、好ましいとは言えない場合もございます」
「え? あぁ、そうなのですか」
まぁ、就職先がブラック企業に当たる可能性って一定確率であるよね。
そんな時は無理しないでサクッと転職した方が精神的にもいいと思う。が、聞くところによると、それができないくらいマインドコントロールされるのがブラック企業らしい。恐ろしや。
「また、家仕えが仕える家と結ぶ契約には、“屋敷の敷地外への行動規制”という一文が必ず含まれます。これは、万が一にも家仕えが仕える家から逃げ出さないように縛るためであり、契約の破棄は主の許可なくして認められません」
「へっ!? なな、なんでそんな大切なこと、教えてくれなかったんですか!? セルーニが辛そうなのも、その契約のせいですよね!?」
「もちろん例外はございます。例えば本日のように、主人の許可があれば契約中であっても敷地外での行動が可能です」
「はぁーー、なんだびっくりしました。許可さえあればいいなら、外出は意外と簡単なのですね? もう、驚かさないでください」
「しかし敷地外にいる間は、距離に応じて家仕えと家との繋がりが薄くなります。契約の緩みが生じ、家仕えが逃げる可能性も高くなるため、家仕えが主人の許可を得て外に出ることは、滅多にないことです」
「えっ、それって、つまり?」
「少なくとも私は、外で家仕えを見たことはこれまで一度もございません」
なんと、恐ろしい事実が発覚した。
家仕えは、ほぼほぼ軟禁状態らしい。
どんなに厳しい労働環境であっても、辞めることも逃げることもできないってことだよね?
ブラック企業どころじゃない。場合によっては、地獄だ。
蹲ったまま、膝についた両腕に顔を埋め、地面に涙の跡を作っているセルーニを見る。
そばに寄り、そっと横に座った。
驚かせないように、優しくセルーニの背中をさする。
「……セルーニは、今までとっても大変だったのですね」
辛かったら辞めちゃえばいい。
そう思えるだけで心に余裕が生まれるが、反対に逃げ場のない環境というのは、それだけで大きなストレスになっただろう。
これまでの彼女の心労を想像し、辛かっただろうなと言葉をかけた。
「ふっ、うぅっ……」
午後の穏やかな日差しの中、たわわに実る春の恵みをついばむフィンちゃんの軽い羽音と、ルディーの心地良さそうな寝息、そしてセルーニから時折り漏れる小さな啜り泣きだけが辺りに響き、雲一つない青空へと溶けていったのだった。
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