夢と心の境
「なんだろうなぁー。このモヤモヤした感じ」
寝起き一番で呟く。
だって、せっかく男同士の友情物語クライマックスからの余韻を堪能していたのに、急にラストで少女漫画的なキラキラをぶっ込まれたんだもん。
でも若干興醒めしているとはいえ、2人の過去を知り、ロンルカストに対する見方が変わった。
盗み見たようで申し訳ないけれど、見ちゃったものはしょうがない。
本音でぶつかり合ったことで生まれた、2人の特別な絆。
アルトレックス様の今の地位には、家の縛りを破ったロンルカストの言葉が大きく関わっていたこと。
それに、ロンルカストの家がアルトレックス少年が嫉妬するくらいの名家だったことや、講義室でのアイドル的人気は、家の影響が深かったことも分かった。
……いや、でもなぁ。最後のノリノリのタラシっぷりを見る限り、ロンルカストの人気は家の影響だけじゃない気もするけど。まぁ、それは置いておこう。
そういえば、私がこの貴族の街へ来たばかりの頃、ロンルカストは自分が粛清で家を失ったことを打ち明けてくれた。
家に誇りを持ち、自分の過酷な運命を受け入れ、命をかけるほど側近として主に尽くしてきただろうロンルカスト。
粛清により、仕える対象を失った喪失感は、どれほどのものだったんだろう。
それに、名家だった家がなくなり転落した先では、周りの目や周りから受ける扱いも大きく変わっただろう。
貴族の陰湿な嫌味とか、コソコソ陰口は精神的ダメージ大だ。悲しいかな現在進行形で嫌われている経験者は語る。
しかも元々底辺スタートだった私と比べて、トップから滑り落ちた先で味わったどん底は、より苦しかったに違いない。
私に会う前のロンルカストは、家と共に失うはずだった自分の命を救ってもらったレオ様に仕えていた。
あの時は、命を助けてもらったことも、領主一族に仕えることになったことも、幸せだと言っていたが、あれは本心だったのかな。
忠誠心の高いロンルカストだもん、本当は、最後まで主人と共に命を散らせたかったんだったりして。
私に仕えている今も、本音ではどう思っているのか……
「おはよう、ミア」
寝起きの頭で取り留めのないことを考えていると、不意に声が聞こえた。
ルディーだ。扉からテトテトとこちらに向かって歩いてくる。
「ピィッ ピィッ」
続いて廊下から、涼やかな囀りが聞こえた。
羽音がだんだん近づき、ピンク色の小鳥がスイっと部屋の中へはいってくる。
ルディーの上を通り過ぎると、羽を平行にして下降した。
ベット横のサイドテーブルにある、音泣きの魔術具の前にストンと着地する。
「ルディー、フィンちゃん、おはよう」
フィンちゃんの背中を一撫でして、ベットのそばまできたルディーを見る。
ルディーは、床に両前足を揃えて行儀良く座り、金色の瞳でジッと私を見上げていた。
その上目遣いが、片膝をついて私を見上げるロンルカスト少年の薄いブラウンの瞳と重なる。
「……ねぇ、ルディー。いちおう確認なんだけど、私って今ピラフィティーー」
「彼の匂いはしないよ」
「えっ、あ、うん。そっか、ありがとう」
食い気味で返事された。
これでピラフィティーリのことを聞くのは3回目だし、流石にしつこかったか。
「また、前に言ってた講義室の夢を見たんだ?」
反省していると、ルディーの方から話題を広げてくれた。せっかくだから、相談してみよう。
「そう、これで4回目だよ。ピラフィティーリじゃなきゃ流石におかしいよね?」
「ふーん、どんな夢?」
「あー、うん。ロンルカストには内緒だよ? ロンルカストとアルトレックス様の南塔時代の夢なの」
「それ、内緒にする意味ある?」
「いやぁ、ちょっと繊細な内容っていうか。男同士の秘密の話なんかもしてたし、いちおうね?」
「へぇ、それは凄く面白そうな話だね」
そう言ってルディーは目を細める。
お腹をペタンと床をにつけ、くわぁーぁと大きな欠伸をした。
「……全然興味なさそうじゃん。でも、なんか今回は変な夢なんだよね」
「んー? 何が引っ掛かってるの?」
「うん、ピラフィティーリの時と違って、疲れるし、寝た気がしないっていうか。んー、彼にラジェルティートレオン様の記憶を見せられた時はね、完全な映像だったの。私は第三者的な立場でその場にいたり、その人の気持ちを体感したり」
「まぁ、あいつはそういう奴だからね。隠してあった他人の記憶を悪戯に引っ張り出して、ぶつけられたんだよ」
「わぉ、私が言うのも何だけど、自分の記憶を勝手に人に見られるのはやだなぁ。もはや悪戯ってレベルじゃないよね」
「だろ? 今度あいつを見つけたら、噛み付いてやらないと気が済まないよ」
イッと小さな牙を見せつけているルディーは、多分本気だと思う。
「うーん、精霊相手にそんなことしていいのか分かんないけど、まぁほどほどにね?」
「フンッ、それはあいつの出方次第だね。それで、今回の夢はあいつとどう違うの?」
「えぇっと、なんて言ったらいいのかなぁ。夢の中だと、まるで自分が講義室に居る当事者みたいに感じるんだ。それで寝てるのに起きてるから、寝た気がしないんだけど。でも本当に講義室に居たのは、私じゃなくて別人の誰かさんでしょ?」
「おそらく、そうだろうね」
「でも夢だと自分とその誰かさんとの境目が曖昧で。時々自分の中に、自分のものじゃない感情が混ざって入ってくるんだよね。しかも本当に自分が思ってることなのか、その誰かさんが思ってたことなのか、いまいち分かりづらくて」
例えば今回の夢のラストでは、ロンルカストの一挙手一投足で、恋愛漫画のように赤面したり落ち込んだり胸キュンした。
でも夢から覚めて冷静に考えると、あれは明らかにわたしの感情じゃなかった。
これは分かりやすかったが、今考えれば結構そんな風に、私じゃない感情が入ってきた場面があった気がする。
初めてこの夢を見た時も、まだロンルカストって分からなかったけど人気者のロンルカストに、酷く嫉妬心や惨めさを感じた。
今になって考えると、あれも私じゃなくてその誰かさんの気持ちだったのかもって思える。もしくは、その誰かさんの気持ちに影響を受けていたのかも。
「ふーん、その誰かさんとミアが混ざるんだ」
「そう、4回も同じ夢の続きを見るだけでも変なのに、おかしいよね? ルディーはどう思う?」
「確かに混ざるのは、普通じゃないかもね」
「やっぱりそう思う?」
「…………。」
「えっ、なに? 何で、何も言わないの?」
「べつにぃ? それよりお花ちょうだい」
急に無言になったルディーは、わざとらしく花をねだって話を逸らした。
「べつにぃ?」の語尾を上げた言い方。絶対に何か気づいたんだと、ピンときた。
今こそ主としての威厳を持ち、この気分屋使い魔の口を割らせねば。
私はスゥッと息を吸い込み、口を開く。
「……やだ。教えてくれなきゃお花、あげない」
「何を? ミアの知りたいことは教えてあげるよ?」
「ルディーがさっき言いかけたこと」
「僕、何も言いかけてないけど?」
「むぅー! 意地悪しないで大事なことは教えてよ」
「何が不満なのかなぁ。ミアが知りたいことは、ちゃんと教えてあげているのにさ。それに気がついていないことは、気がつかないままの方が幸せなことだってあるよ」
「そ、それは……」
確かに、と思ってしまった。
思い出すのは、ロンルカストの情報規制のこと。
あれを知ってから、ロンルカストをどう信じていいのか、分からなくなっている。
あのまま何も知らなければ、ハリーシェアに言われなければ、今だってロンルカストの隣でもっと普通に笑っていられたのに。
こんな疑心暗鬼で辛い思いをすることはなかったのに。
「ピィっ! ピィっ!」
指先に硬いものが当たり、ハッと意識が戻る。
見ると、サイドテーブルから降りたフィンちゃんが、私の指を突いていた。
暗い顔をして、心配させちゃったかな?
「ごめんね、フィンちゃん?」
チョイチョイと背中を撫でる。
すぐに突くのをやめたフィンちゃんは、翼をはためかせてベットから飛び立った。クルクルと私の頭上を回り始める。
ふふっ、可愛い。私がルディーにいじめられているとでも勘違いして、慰めてくれてるのかな?
クルクル回り円を描くフィンちゃんを見る。
ハリーシェアが来た時のことを思い出した。
2週間くらいしか経っていないのに、なんだか凄く前のことに思える。
フィンちゃんが足で持つ袋から溢れた金粉が、キラキラ落ちてくるのは綺麗だったけど、ドンって竜巻が落ちてきたのは怖かったなぁ。
それに、ルディーの守りがなかった側近たちは、大変な思いをしたみたいで、可哀想だった。みんな顔が青ざめてたもんね。
ロンルカストは他の側近よりも大丈夫そうだったけど、ちょっとだけ痩せ我慢してるっぽかったし。
あれ何て言ってたっけ? 確か「エアリと同化し過ぎた」とか、「彼と自分の核を近づけすぎて心の境が不明瞭になった」とか?
…………ん?
「そっか! ベルクムだっ!」
パンっと両手を打つ。
そうだ、そうだよっ! 夢の中で誰かさんと自分の心の境が不明瞭なのは、ベルクム粉の力だからだ!
それにこの夢を見始めたのだって、陽の講義を受けた夜からだもん!
あの日、転んだせいで盛大にハリーシェアにぶちまけてしまったベルクム粉だけど、私自身も金粉まみれになった。
何でかは分からないけれど、この夢を見るのはきっとその影響だっ!
「チッ ……お前、ほんとにお節介だな」
「ピピィッ!?」
疑問が一つ解決しほくほく顔の私は、頭上から降りてきたフィンちゃんが一鳴きした後、私を挟んでルディーの対角線上に移動することで、ザラザラとした金色の視線から慌てて逃れたことには全く気がつかなかったのだった。
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