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言葉の刃



「ふぅ、私はどこまでもティアバラックだな。守りは得意だが、かわすばかりで(しん)に当てることができない。本当に嫌になるよ」



 互いの主張をぶつけるように、しばらく見つめ合っていた2人だが、ついに根負けしたのはロンルカストだった。

 深くため息を吐き、困ったように独りごちる。



「これ以上、お前とくだらない話をする気はない」



 そう言い切ったアルトレックスは、勝ったのに辛そうな顔をしていた。

 ロンルカストからスイと目を逸らし、下を向く。

 視線の先は、何もない机だ。

 肩で揺らめいていた炎が、アルトレックスの頬にピタリとくっつき、寄り添っている。



「さぁ、どうだろうな。くだらないかどうかは君が判断してくれ。ここから先は、家名を捨てた私の言葉だ」



 ロンルカストは、どこか投げやりに言葉を吐いた。



「……何だ、急に?」


 

 会話を切ろうとしていたアルトレックスは、急に態度がかわった理由が気になるようで、続きを促す。

 私も何の話が始まるのかと気になり、チラチラと2人を盗み見た。



「私は嘘をついた。アルトレックス、君に近づいたのは家の意向だよ。使い魔を持っていると情報が入り、父上から探りを入れるように言われたんだ」



 何でもないことを話すように、ロンルカストは言った。


( …………は?)



 私の理解がやっと追いついた時、場はとんでもないほどの氷点下にまで凍りついていた。



 マママ、マジですか!?

 ドン引きだ。心の距離にして、200キロくらい遠ざかった。

 いくらアルトレックス少年が(かたく)なだからって、そんなしっぺ返しみたいな暴露(ばくろ)、言う必要ある!?


 せっかく、ちょっと仲良くなってきたのに、今までのことが全部嘘だったと知ったアルトレックスはどれだけ傷き、心が(えぐ)られただろうか。


 そっとアルトレックスの顔を見る。

 アルトレックスは、心底絶望した表情をしていた。

 そりゃそうだ。笑顔で近づいてきた友人が、急に手榴弾(しゅりゅうだん)を投げできたんだもん。

 


「なぜ、今になってそんなことを言ったっ!?」



 アルトレックスは、憎いものを見るようにロンルカストをギリリと睨んだ。

 険のある言い方と鋭い視線。

 ロンルカスト少年の肩越しにその瞳を直視してしまった私は、少女に見間違えるほど華奢(きゃしゃ)な体から出たとは思えない覇気(はき)に、ビクリと震える。



「表面があれば必ず裏がある。君も常に考えた方がいい。 ……ふふっ、私を軽蔑(けいべつ)したか?」



 しかし、至近距離で言葉と視線の(やいば)を受けたはずのロンルカストに、動じた様子はない。

 さっき守りは得意と言っていたが、本当にそうみたいだ。さすがロンルカスト、鉄壁(てっぺき)の土属性。



「お前はっ! ……そうか、分かった。やはりお前は、俺を馬鹿にしているんだな?」


「はぁ、まったく君ときたら。そんなことはないと、何度言えば分かるんだ?」


「やめろっ! 急にそんなことを言いだした理由が、俺を揶揄(からかう)う以外にあるはずがない!」


「君こそいい加減にしてくれ、アルトレックス。私にはそんな趣味も、暇もない」



 怒りマックスのアルトレックスを軽くいなすように、呆れ顔のロンルカストはパタパタと手を振る。

 


「では、なんだというんだ?」



 ほんの少し険の取れたアルトレックスの瞳には、怪訝(けげん)な色が加わった。

 その顔を眺め、ロンルカストは少し考えるそぶりを見せてから、口を開いた。



「何故だろうね? おかしなことに自分でも分からないんだよ」


「お前に分からないことが、俺に分かるかっ!」


「うん、もしかしたら君に、触発(しょくはつ)されたのかもしれない。私も自分の言葉で話してみたくなったんだ。今この瞬間くらい、許されてもいいと思わないか?」



 アルトレックス少年は口をキュッと結び、押し黙る。

 時間をかけて考えた後、反射的に話していた今までと違い、言葉を選ぶようにして話し出した。



「お前、もしかして自分の言葉で喋ることを禁じられているのか?」


「ふふっ、そうかもしれないな。私の言葉はティアバラック家の言葉であり、またその逆でもある」


「……よく分からない。頼むから俺にも分かるように、はっきり言ってくれ」


「すまない、自己防衛のようなものなんだ。 ……私はここでの講義を受け終えたら、中央へ行く。そうすればロンルカストという個人は消え、我がティアバラック家がつかえるあのお方のためにこの身を捧げる、1人の顔のない側近となるんだ。この講義での同じ蕾たちとの交流やおままごとも、全てはそのための練習のようなものだよ」



 そっか、側近って主のために、本当に全てを捧げるんだ。


(……すごいな。私には、絶対に無理だよ)


 貴族社会の自己犠牲とも言えるほどの忠誠心が、末恐ろしい。

 


「嫌なら中央へなど、行かなければいいではないか。家に縛られるなと、俺にはあれだけ煽ったくせに」



 思いがけない告白に驚いた表情をしたアルトレックス少年は、目を丸くした。



「私の縛りはエーダフィオンと共にある。あぁ、つまり、既に抜け出せるものではーー」


「そのくらい、俺にだって分かるっ! あ、いや、その……悪かった。知らなかったんだ。名家も、色々と大変なのだな」


「ふふっ、そんなのどの家も同じさ。それに、誤解させたようだが、決して嫌なわけではないんだ。この家に生まれた誇りもある」


「ロンルカスト、俺は……。俺は、お前を羨むばかりで、何も見えていなかった」


「羨ましがられるものなんて、初めから持っていないと言ってるじゃないか」


「謝罪させてくれ。俺は自分ばかりが恵まれぬと卑屈(ひくつ)になり、本当にこどもだった。お前のおかげで今、やっとそのことに気づくことができた」


「……なぁ、アルトレックス。さっき私は、君に惹かれる者は多いと言っただろう? あれは嘘ではなく本心だ。他ならぬ、私がそうなのだからな」



 ふわりと笑うロンルカスト少年。

 アルトレックスの肩に乗った炎が、彼の動揺を表すように大きく揺れた。



「お前はまた、何を言っているんだ。俺なんかーー」


「自分を卑下(ひげ)するな。君に惹かれた私の立場が、なくなるだろ?」


「……前に、俺のことが羨ましいと言っていたな。まさか、あれも本当だったのか?」


「そうだな。……私はきっと、本心でしか話さない、貴族的な仮面を被らない君と話がしたかったんだ」


「そんなこと、別にーー」


「それだけじゃない。私自身も、ティアバラック家の仮面を外し、君に私という個人を見て欲しかったんだ。 ……ははっ、何故あんなことを言ったのか、私も今、やっと気が付いたよ! 本当に友が欲しかったのは、私だったんだ! あぁ、馬鹿は私だな、笑える。どうかしてるとしか思えない。こんなことを口にするなんて、私は相当疲れているんだ。それか、君の眩しすぎる炎に照らされたせいかな? 本当に笑い話だよ。クククッ」



 口元を歪めたロンルカストは、自嘲(じちょう)しながら早口で話す。

 お腹を押さえ、笑い声を立てないよう押し込めているが、咬み殺した笑いが鈍く漏れている。

 アルトレックスは、そんなロンルカストをジッと見つめる。肩にのった炎はいつの間にか大きくなり、周りに火の粉を散らしていた。

 


「お前は自分の定めを受け入れ、尽くしていたというのに。俺は、こんな自分が恥ずかしい」


「はぁっ、はぁっ……アルトレックス、君はこんな私と違い、家に縛られる必要などない。そうだろう?」



 自分に笑い疲れたロンルカストは、前屈みになった姿勢を戻し、息を整えながら言った。

 まだ表情は歪み、目の端には笑ったせいで涙が浮かんでいる。まるで泣いているみたいだ。

 


「……あぁ、その通りだ」


「その炎とともに、私には決して手の届かないものを掴んでくれないか?」


「ロンルカスト、俺は…… 俺は、お前に恥じぬ強い騎士になる。友として、約束しよう」



 肩の炎が体積を増やす。

 炎に照らされたアルトレックス少年の真っ白な髪が、見覚えのある紫紺(しこん)色に見えた。


(わっ! あっついッ!)


 燃え盛った炎の火の粉が飛んできて、私の左手に落ちた。

 すぐに振り払ったが、ちょっとだけ火傷してしまった。



「火持の強い芯を持って、己の道を切り開いた姿を見せてくれ。……ふふっ、もし道を(はば)むものがあれば、ティアバラック家が力になるよ」


「そこは友として力になる、とは言ってくれないのか?」



 アルトレックスがシュンと肩を落とした。

 つられて炎も、少しだけ小さくなる。



「そんな顔をするなよ、私よりもティアバラック家の方が、君を強く後押しできる。それに、使えるものは使った方がいいだろう?」



 にっこりといつもの笑顔に戻ったロンルカストに、アルトレックスは嫌そうな顔を返す。

 


「そして、ネイファガン家に借りを作るのか。いい先行投資だな」


「返事ができないことが、その質問への返事になるかな?」


「はぁ、もう家名を拾ったのか。ティアバラック家のお前と話すのは疲れる」


「そのうちに慣れるさ。ここでの講義は、まだ続くからね」



 ふいに、バサバサと羽音が聞こえた。

 何羽もの鳥が、壁を抜けて講義室に入ってくる。ロンルカストに向けて手紙を落とすと、鳥たちはスウッと消えた。

 


「……なぁ、ロンルカスト」


「なんだい? 悪いけど、私はそろそろ行かなければ。実は結構無理をして、君との時間を作ったんだ」



 受け取った手紙に、手早く目を通しながら答えたロンルカストの肩を、アルトレックスが掴む。

 手紙を読みながら渋い顔をしていたロンルカストは、急に肩を掴まれたことに驚き顔を上げた。



「最後に聞け。これは、俺の本心だ! ……お前は、こんな俺に惹かれると言ってくれた。見えなかった道を示してくれた。たとえ中央へ行ったお前が今と違っても、俺は今日のお前を知る友であることを、生涯忘れない」


 

 アルトレックスの強い眼差しは、真っ直ぐにロンルカストに向いていた。

 肩の炎が映り込み、その瞳はまるで燃えているように見える。


 一瞬だけいつもの笑顔を崩し顔を歪めたロンルカストは、すぐに表情を戻した。口を開く。



「アルトレックス、君の言葉は、きっと多くのものを救うのだろうな。君に救われた私のように」


「救われたのは、俺の方だ」


「……大勢の真の友たちに囲まれた君の未来は喜ばしいけれど、その心に私が残る余裕と理由が無くなっていくと想像できるのは、なんとも悲しいものだね」


「馬鹿にするな。俺はそんな恩知らずではない」


「さぁ、どうかな?」


「ロンルカスト、トレッドをぶつけられたいのか?」


「あぁ、それは名案だ。きっと初めて使い魔で火傷をさせた友として、君の心に深く刻まれるだろうからね」


「お前、しつこいぞ。そんな必要はないと、何度言えば分かるんだ」


「私も存外(ぞんがい)に自分が子どもだったと、初めて知ったよ」


「…………。」


「ふふっ」



 楽しそうに笑うロンルカストと、理解できなかったらしく眉間に皺を寄せるアルトレックス。



「…………行け、トレッド」



 アルトレックスの声で大きくジャンプした炎は、水色髪の頭に着地する。

 だが、一矢報(いっしむく)いようと炎をけしかけたアルトレックスの意思に反し、炎はロンルカストの肩にスルリとおりた。

 頬にすりすりと頬擦りし始める。

 

 くすぐったそうにするロンルカストと、想定外の使い魔の行動に顔を赤くして俯くアルトレックス。


 微笑ましい。私はそんな2人の少年を温かい目で見守る。



(“孤独はやめて、孤高で高貴になれ”、か……。)



 何故か分からないけれど、少し前にロンルカストが言った言葉が、頭の中で妙にぐるぐると反芻(はんすう)していた。




 一頻(ひとしき)りトレッドと戯れたロンルカストは、アルトレックスに別れを言ってその場を離れる。

 講義室を出るための扉は、私の席の後ろだ。

 私は、彼が私の後ろを通り過ぎるのを、体を固くして耐える。

 自分の呼吸音が聞こえないように、小さく息を吸ったり吐いたりしていると、後ろを歩いていたロンルカストがピタリと立ち止まり、急にこちらを向いた。

 その手には、杖を握っている。



「ネローリア」



 ロンルカストが持つ杖の先から、光が溢れる。暖かい光は私を包み、目の前で弾けた。


(まぶ)しいっ!)


 目が(くら)む。驚いてパチパチと瞬きをしていると、回復した視界に、私の前で(ひざまづ)くロンルカストが映った。

 ロンルカストは床に片膝をついたまま、そっと私の左手を取る。



(えっ! なにっ!?)



 いつの間にかキラキラ加工されたロンルカストは、私の掌の表裏を確認し、ゆっくりと頷いた。



「先程は、美しい御手に傷をつけてしまい申し訳ありませんでした。謝罪として、何か贈り物をさせていただきたく存じます。 ……彼を通した方が宜しいですか?」



 私の意思とは関係なく、ブンブンと視界が横に揺れた。

 ロンルカスト少年はにっこりと微笑む。



「承知いたしました。そうですね、ハンカチーフは如何(いかが)でしょうか? 貴方の美しい髪と同じ色の糸で刺繍(ししゅう)(ほどこ)します」


 

 背景に花吹雪を散らし始めたロンルカストが、上目遣いで私を見ている。



(私に……? 私なんかに、ロンルカスト様が贈り物?)



 言葉が出てこない私は、ぼうっとその顔を見つめた。



「ロンルカスト、俺はお前のそう言うところは、あまり好きではない」



 舞い上がっていた私は、ハッと我にかえる。

 ロンルカスト越しに声がした方を見ると、アルトレックスが呆れた顔をしていた。



「そうだね、誰かさんの使い魔が張り切りすぎて彼女に怪我をさせなければ、私も尻拭いをせずに済んだのだがどう思う、アルトレックス?」



 私を見つめたまま、振り返りもせずにロンルカストは言葉を返した。



(尻拭い……そうだよね。やっぱり私なんか)



「ぐぅっ! そ、それは、悪かった」



 跳ね返ってきた言葉の刃が刺さり、一撃でノックダウンしたアルトレックス少年の、苦しそうな謝罪が聞こえた。

 さすが守りの土属性。見事なカウンターブローだ。

 でもそんなこと、心底どうでもよく思える。なぜか私の気分は、酷く落ち込んでいた。



「あぁ、でも使い魔の彼には、深く感謝しなければいけません」



 そう言ってロンルカスト少年は、私の左手を両手で優しく包んだ。



(…………?)



 何も言わない私に小さく頷いたロンルカストは、言葉を続ける。



「今日この瞬間、彼の炎と慈悲深いイリスフォーシアの光に、心からの感謝と祈りを捧げます。君へ贈り物を渡す素晴らしい機会を得た私は、なんと幸運なのでしょうか」


 

 そう言ったロンルカストは、私の左手を包む手にギュッと優しく力を入れた。

 軽く首を傾げたことで、柔らかな水色髪がフワリと揺れ、薄いブラウンの瞳がジッと私を見つめている。


 ドスンッ! どこかで何かが突き刺さる音が聞こえた。

 少し遅れてジンジンと胸に広がる甘く苦しいなにかに、私は言葉の(やいば)が突き刺さる音というものを、初めて認識したのだった。

 



 お読みいただき、ありがとうございます。


 学生時代を思い返すと、私も顔からトレッドが召喚できるのではと思えるほどです。

 甘酸っぱさと後悔の比率を比べることで、貴方の内なるネガティヴ度がはかれるはず。

 どうぞ、お試しあれ。



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