アルトレックスの使い魔
「はぁー、大変な目にあった……」
ベッドの中で呟き、一日を思い返す。
容赦のないザラクス先生は、帰りの案内役として、がんとして側近を貸してくれなかった。
あの人、大人気なさすぎでしょ。
結局、幽霊に塔外まで案内されたのだが、行きはおとなしかった幽霊さんの豹変ぶりったら、もう。
普通に歩いていると思いきやスウッと消えて、死角からバァって脅かしてきたり、無駄に床にグシャリと崩れてみたり、急にズイッと顔面に顔を近づけて、ただただ見つめてきたり。
幽霊にあるまじき生き生きとした様子だった。もぉ、めちゃ怖かった。
元気な幽霊に脅かされ続け、ヒィヒィ言いながらお化け屋敷化した廊下を歩き、塔を出た瞬間、全力ダッシュで待っていたロンルカストに抱きついた。
同じ深緑服でも、ヴィセさんとは安心感が違う。
ロンルカストとはハリーシェアの忠告以来、微妙に距離をとっていて気まずかったが、あの時ばかりはそんなことどうでも良かった。
猛ダッシュからの突然抱きついてきた私に、ロンルカストは驚いた顔をしていたが、陰の講義での一部始終を聞くと「全くあの人は……」と言って、諦めた顔をしていた。
簡単に心配症のロンルカストを納得させるなんて、ザラクス先生はきっと、変人として名を馳せているに違いない。
「ふぅ、今夜はゆっくり寝たいなぁ」
大変だった1日を振り返り終わり、ため息をつく。
一緒に熟睡願望も吐き出した。わかんないけど、きっと叶わない気がする。
理由は、最近見る妙に鮮明なあの夢。
ロンルカストとアルトレックスの学生時代物語だ。
前回、3回目の夢をみた後、ある法則に気がついた。
3回とも、講義を受けた日の夜だったのだ。
今日は講義室に行ったわけじゃないけど、陰の講義を受けた。正確には、素タコ焼きを作って揶揄われただけで、講義的なものは何も受けてないけど。
とにかく、今夜はまたあの夢を見る可能性が高い。
腰を抜かしたり、腕の力だけで廊下を這ったり、幽霊に脅かされ続けながら一人お化け屋敷体験をしたりで、本当に今日は疲れている。
知らなかった二人の幼少期を見るのは楽しいが、あの夢を見ると寝た気がしないから、できれば今夜は勘弁してほしい。
「お願いです。体力の限界なので、ゆっくり寝かせてください」
いるのかも分からない睡眠の精霊に祈りながら、私は目を閉じたのだった。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
「やぁ、アルトレックス。調子はどうだい?」
意識が浮上する。
私は講義室にいた。はぁ、私の祈りは届かなかった。
今の青よりも少し薄い水色髪で幼い顔つきのロンルカスト少年が、左側の奥に座っている白髪で女の子のように華奢なアルトレックス少年に話しかけている。懲りないなぁ。
講義室に残っているのは私たち3人と、遠くの教卓の前の席で今日も居眠りしている勇者だけだ。
「……ロンルカスト、なぜお前は俺なんかに話しかけるんだ」
ロンルカストをギッと睨みつけるアルトレックス。
私もまったく同じ気持ちだ。爆弾には近づかないのが一番だと思う。
だが、怒気のこもった言葉とは裏腹に、その表情は縋るようにも泣きそうにも見えた。
「この前も同じことを言っていたね? なぜ私が君に話しかけてはいけないのか、逆に聞きたいくらいだよ」
「俺は…… 俺は、外では話すなと言われている」
「その理由を聞いてもいいかい?」
「そんなの、聞かなくたって分かるだろっ!? 土属性もなければ、月の輪も僅かな反応しかなかった! 貴族言葉さえ理解できない俺は、家の恥なんだよっ!」
顔を歪めたアルトレックスは、吐き捨てるように言った。
その言葉を聞きドキッとする。
……私と同じだ。レオ様から他のものと話すな、東の恥を晒すなと命令されたことを思い出す。お腹のあたりが重くなった。
「うん、なるほど。アルトレックスは、ネイファガン家にあるまじき適正の低さから、外での会話を禁じられているのか」
ロンルカストはサラリと言い放った。
爆弾発言に息を呑む。
(なな、何で、そんなこと言うの!?)
流石にそれはまずい。
なんで爆弾の横に、わざわざ導火線に火をつけた新たな爆弾を設置するのか。大爆発待ったなしだ。
「ぐっ……煩いっ! だから俺に話しかけるなと言っているんだっ!」
ひゃぁっ!
密度の低い講義室に、子供特有のキンキン声が響き渡る。私は耳を押さえた。
バンっと席から立ち上がったアルトレックスの動きに少し遅れて、長い白髪がバサリと乱れる。
「じゃぁ、ここでの会話は無かったことにしなければいけないな」
「はぁ? 何を言っているんだ?」
今度は、彼が息を呑む番だった。
アルトレックスは虚をつかれた顔をして、困惑した声を出す。
「何って私との会話は、無かったことにすればいいだろう? ここにお目付役の側近はいない。残っている生徒も僅かだ。彼らの口をつぐませるぐらい、わけもないさ」
そう言ってロンルカストは、周りを見渡す。
遠くの教卓の前で夢の中にいる勇者をジッと見つめると「あれは大丈夫だろう」とボソリと呟いた。
顔をクイッとこちらに向ける。
今と変わらない淡いブラウンの瞳と急に目が合い、心臓がドクンっと跳ねた。
慌てて下を向こうと私が視線を逸らす前に、ロンルカストは悪戯っぽく笑う。バチンとウィンクした。
(……ウィンクされたのなんて、初めて)
顔がカァッと熱くなった。
まさかロンルカストに赤面してしまう日が来るとは。自分の男性免疫がなさにびっくり。
あと、何だろう? 夢補正なのか何なのか、ロンルカストがいつもの三割り増しでキラキラして見える。
一瞬だけど、背景に花も見えた。
ボーッと見つめていると、ロンルカストは自分の口に人差し指を当てた。しいっのポーズだ。
コクコクと顔を上下に動かし、同意の意を示す。
ロンルカストはにっこりと笑って、アルトレックスに顔を戻した。
「これで問題ないだろう?」
「……やっぱりお前は信用できない」
「酷いな、君のためにしたのに」
「偽善者ぶるな。俺なんかに話しかけなくても、お前には大勢の友がいるじゃないか」
「そう見えるのか?」
「馬鹿にするのはやめろ。正直、恵まれたお前を見ていると自分を呪いたくなる。属性も高く、人付き合いも上手い。皆んながお前の味方だ。……これ以上、嫉妬させないでくれ」
「アルトレックス、何か勘違いをしているようだけど。君が羨むロンルカストは、ただの通り道に過ぎないよ」
「どう言う意味だ? まどろっこしい言い方は、よく分からない」
「彼らが話したいのは私じゃない。中央との繋がりが深いティアバラック家さ」
「……そうなのか?」
「あぁ、もちろん。私は橋渡しの連絡係。全ては友人ごっこのおままごとなんだ。君の嫉妬に値するものなんて、初めから何も持っていないよ」
「信じられない。いつも大勢の友に囲まれていたお前が…… 本当に?」
「嘘をつく意味があるとでも?」
「ぐっ……だとしても、俺に話しかける理由なんて、ないだろう」
「それが、あるんだよ。実はね、君が使い魔を持っていると聞いたんだ」
アルトレックスがグッと顔を顰める。長い白髪がゆらりと揺れた。
「なぜそれを知っている? 家のもの以外は知らぬはずだ」
「ふふっ、我が家の庭に来る鳥たちは、よく囀るからね」
「そういう大人みたいな話し方をするな。意味がわからなくてイライラする」
「悪かったよ、直接的な表現を避けるのが癖なんだ。そうだな、ティアバラック家は多くのものと繋がりがある、とでも言ったらいいのかな?」
「俺の使い魔を見て、どうする?」
「別にどうも? 私は使い魔を見たことがないから、一度見てみたかった、ただそれだけさ」
ジッとロンルカストを見ていたアルトレックスが目を泳がせる。
下を向いて難しい顔をした後、ふぅっと息を吐いた。
顔の前で右手を広げると、掌に向かって囁くように言った。
「……来い、トレッド」
わぉっ、マジックみたいだと思った。
何もなかったアルトレックスの掌で、細く煙が立つ。
小さな火種が光ったかと思えば、ボワっと炎が出現した。
風もない講義室で、炎は踊るように楽しげに揺れている。
「おぉ、すごいな。これが使い魔か。……直接触れていて、熱くはないのか?」
ロンルカストはアルトレックスの掌に絡み付いて遊び始めた炎を、眺めながら言った。
「少し暖かいくらいだ。他のものはどう感じるか分からないが ……少し触ってみるか?」
「いいのか? ……本当だ。少し暖かいが、熱くはないな。彼は普段、どこにいるんだい?」
触られた炎は、くすぐったそうに体をよじる。
だがすぐに炎の先を伸ばし、ツンツンとロンルカストの指をつついた。
「いつもは小さな火種になって、服のどこかに忍んでいる」
さらに先を伸ばし、ロンルカストの指に絡みついて戯れる炎を見ながら、アルトレックスは不思議そうな顔をした。
「そうか、君は使い魔といつも行動を共にしているのか。素晴らしいよ、アルトレックス!」
「急になんだ、大きな声を出すな」
アルトレックスが眉を顰める。
主の声に驚きビクリと跳ねた炎が、小さくなった。
(散々叫んでいた自分を棚に上げて、お前が言うな!)
私はロンルカストの代わりに、心の中でツッコミを入れてあげた。
「何だ、ではないよ! 使い魔を従えた者は、魔法とは別の方法で魔力を行使すると聞いたことがある。これだけ関係が深いんだ。君はきっと素晴らしい火持ちの騎士になれる!」
「はぁ、ロンルカスト。何を言い出すかと思えば、そんなことか。ネイファガン家は側近の家系だ。騎士になるなど、それこそ家の恥だ」
「君こそ、何を言っているんだ! これは、立派な才能だぞ?」
「俺には必要のないものだ。火魔法の優劣など、どうでもいい。それに側近家系が騎士になるなんて、聞いたこともない」
「聞いたことがなくとも、君が前例になればいいじゃないか!」
「やめろ。俺なんかに、できるはずがない」
今まで冷静だったロンルカストの勢いに、アルトレックスは、押され気味だ。
私もロンルカストが声を張る姿はあまり見たことがないので、レア映像を興味深々で見守る。
「自分を卑下するなアルトレックス、君にはその力がある。家柄に縛られるなど、愚かで勿体ない」
「……お前は口がうまいな」
「君ほどじゃないさ」
「さっきの言葉は、聞かなかったことにしてくれ」
「嘘なものか。君の言葉には芯に響く真っ直ぐさがある。悲しいことに口の回る私にはないものだ。本当だ。きっと、その人柄に惹かれるものも多いはずさ」
「馬鹿を言え、そんな変わりものなどいない」
「アルトレックス、私には分かる。君は剣を磨き騎士団でトップに立つべきだ。憂いを抱くものたちを照らす、炎となる君が見えるよ。同じように、家に縛られ才能を発揮できなかった者たちが君を見上げて、目指すべき目標とするんだ」
「掴めぬ夢を見させるな、ロンルカスト。そんな未来など、来るはずがない」
「いいから、真面目に聞け。君は今、自ら影の中を進んでいる。だがスコダーティオの声など、取るに足りない。イリスフォーシアの光の中を、堂々と歩くべきだ!」
「そういう言い方は、やめろと言っているだろう」
「あぁ、悪かった。少し興奮してしまったんだ、許せ」
ロンルカストは、目を逸らそうとするアルトレックスの肩をガシッと掴む。
笑顔を消して、その目を真っ直ぐに見つめた。
「私が言いたかったことはこうだ。アルトレックス、今の状況に甘んじるな。周りの声なんて、聞く必要はない」
「俺なんかに――」
「自分を卑下するな。君は君自身で道を切り開くだけの才能を持っているし、そうすべきだ。孤独はやめて、孤高で高貴になれ」
「…………。」
声色を低くしたロンルカストは、言い聞かせるようにゆっくりと言い切った。
聞こえているはずのアルトレックスは、押し黙ったままで、口を開く気配はない。
2人のやりとりを見守っていた私も、固唾を飲んで次の展開を待つ。
誰一人動く者のいない中、いつの間にかアルトレックスの薄い肩に移動した炎だけが、ユラユラと不安げに揺らめいていたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




