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陰の課題



「生徒にこのような危険物を渡すのは、どうかと思います」



 息を整え、皮肉を言う。(さげす)んだ視線を向けることも忘れない。

 


「その魔はまだ若く薄い。それ故、恐れるには足りぬ」



 私の抗議をサラリと聞き流したザラクス先生は、側近にお茶のおかわりを要求した。

 受け取ったカップから立ち昇る茶葉の香りをかぎ、壁に寄りかかったまま組んだ足を組み替える。


 

 どうやら、聞く耳は持っていらっしゃらないようだ。

 今も魔の入った瓶にびびる私を見ながらニヤニヤしている。ぐぅー、悔しいっ!

 今度から、ザラクス先生に何かを渡された時は細心の注意を払おうと、心に決めた。


 


「……分かりました。それで、この魔を消せば良いのですよね?」


「そうだ。どんなに時間が掛かろうとも問題はない。この部屋のものは何を使っても、何を読んでも良い。また、魔法を使うことも許可する」



 机の端に追いやった瓶を見る。

 瓶の中では、一本のタコ足が自らぶつかった衝突で失神し、ピクピクと痙攣していた。

 吸盤の代わりに足を埋め尽くしている無数の目玉は、それぞれが好き勝手な方向に動いている。

 いくつかの目玉は潰れ、紫色の液体を垂れ流していた。すごいグロテスク。


 気持ち悪すぎる。これを消すってことは、殺すってことだよね?

 一思(ひとおも)いに、グサッと刺せばいけるかな?

 でも蓋を開けた瞬間、瓶から飛び出たらどうすればいいの? 

 ひぃー! 想像しただけで寒気が走る。


 そうだ! ザラクス先生にデモンストレーションをしてもらおう。

 ひよった私は、お茶菓子をパリパリと立ち食いし始めた講師を見る。



「先にザラクス先生のお手本を、見せていただいても宜しいですか?」


「それは無理だな」



 秒で一蹴(いっしゅう)された。



「え、無理とはどういうことですか?」


「出来ぬことを、教えられると思うか?」


「できない? ザラクス先生は、魔を倒せないのですか?」



 普通の貴族なら、こんなことを言うのは一発アウトだろう。

 だが、この人に貴族的な応対は無用と気がついた。


 っていうかこの人、本当に貴族なのかな?

 最初の不気味な印象とは違い、話してみると割と話しやすくてフランクだ。

 キチッと身なりを整えている他の貴族と違い、服も着崩(きくず)しまくっている。

 雑に腕まくりをした(そで)。ガバッと開けられた襟元(えりもと)。髪も自分でグシャグシャにしていた。


 貴族特有の高圧的なオーラというか、近寄り難い雰囲気もない。

 そんなもん出すくらいなら、実験したいですと顔に書いてある。

 あとはタバコを口の端に加えさせたら、どこへ出しても恥ずかしくない、立派なやさぐれ研究者の出来上がりだ。

 


「その理由は、自分の目で確かめれば良い。心配せずとも、危険などないぞ? 瓶の外からの攻撃は問題なく中へ届くが、瓶の中からの攻撃は、此方に通らないようになっているのでな」


「そういう事は、先に教えてください!」


「ククッ、先程はなかなか新鮮な反応だった。あぁ、勿論瓶の口には守りの魔法を張ってあるので、魔が瓶の外に出ることもない。安心して課題に取り組みなさい」



 ザラクス先生は、私のビビりリアクションを思い出したのか、笑いを(こら)えるようにして話す。

 むぅっ! 数年ぶりのいたいけな生徒を揶揄(からか)うなんて、趣味悪いっ!


 ふんっとそっぽを向く。そっちがその気なら、私だって考えがある。


 スタスタと歩き、その辺に置いてあった、やたら大きなピンセットをガシッと掴んだ。

 床のメモ用紙を一枚拾い、手早く丸める。ピンセットで摘んだ。

 柱についている燭台(しょくだい)へ向かう。燭台にぶら下りながら休んでいる炎に話しかけた。



「これ、燃やしてください」



 お昼寝中だった炎は、面倒くさそうに手を伸ばす。ボッと火がついた。



「おいっ、待たぬかっ!?」



 悪趣味な研究者が何か言っているが、とぼけたふりをする。



「どうしたんですか?」


「やめろっ! それは大事な記録だっ!」


「え? なんですか?」



 聞こえないふりをしながら、タコ足の入った瓶の蓋を開ける。

 炎上中のメモ用紙をポイと放り込み、すぐに蓋を閉めた。カポンッ。



「やめっ……!!」



 途中で諦めたザラクス先生の静止の声とともに、炎は瓶の中で燃え広がる。

 密閉(みっぺい)された容器の中、燃焼に必要な最低酸素濃度を失った炎は、自然と消火した。


 瓶の中には意識が戻る前に黒焦げになった、タコ足だけが残っている。

 念のため、瓶を揺すってみた。炭化したタコ足がボロリと崩れる。うん、死んでるね。

 さっきのザラクス先生のできない発言は、何だったのだろうか。



「すみません、何か仰いましたか?」



 白々(しらじら)しく、顔を向ける。



「……大事な研究記録を、勝手に燃やすな」



 力のない声が返ってきた。



「それは申し訳ありません。この部屋にあるものなら、好きに使ってもいいと仰っていたのでつい。あと、落ちていたのでゴミかと思いました」


「其方、はぁ……」


「ザラクス先生。側近にお茶を用意させるよりも、部屋の片付けをしていただいた方が宜しいのではないのでしょうか?」



 私に片付けの提案をされて嫌そうな顔をするザラクス先生を無視して、チラリと側近の様子を伺う。

 一歩下がりザラクス先生の死角に入った側近は、もっと言ってくれと大きく頷いた。

 柔らかそうな栗毛色の髪が、ふぁさりと揺れる。

 うん。主人の意向とはいえ、やっぱりゴミ屋敷で仕事するのはヤダよね。

 


「その必要はない。動かされると、どこに何があるのか分からなくなる」



 はい、出ました。片付け下手の言い訳の鉄板。

 私には物の配置がわかっているから、勝手に動かすな理論。(なお)、この説が証明されたことは一度もない。



「そうですか。私の家仕えは、私が考えた配置を変える事なく、いつも綺麗に片付けをしてくれます。ザラクス先生の側近はとても優秀な方に見えますが、まさか家仕えにできることができないのでしょうか?」


「はぁ。私の元へ来る生徒は、何故こうも太々(ふてぶて)しいのだ」



 観念したザラクス先生の、深いため息が床に落ちた。

 後ろの側近は、小さくガッツポーズしている。良かった良かった。



「弟子は師の背中を見て育つものです」


「育てた覚えはない。それに成長が早すぎだ、バカもの」


「あ、そういえば瓶の中の魔を倒しました。課題は合格ですか?」


「……そうだな、問題なく倒したようだ。本日は帰って宜しい」


「はい、それでは失礼致します。ってあの、帰り方が分からないんでした。どうすれば良いですか?」



 顔を上げたザラクス先生は、ニヤリと笑う。

 不穏な笑みだ。嫌な予感がする。



「心配せずともよい。また私の影に案内させよう。其方も随分と気に入っていたようだったからな」



 言われた瞬間、グズリと床に溶けた幽霊を思い出した。



「えっ!? あの、案内はそちらの側近の方にお願いしたいですっ!」



 慌てて、生身の人間を所望(しょもう)する。

 手を顎に当てたザラクス先生は、わざとらしく考えるそぶりを見せる。



「ふむ、しかしヴィセはとても忙しい。これから其方に言われた、部屋の掃除をせねばならぬのだからな?」


「うっ……。それは、後でも宜しいのではないでしょうか」


「私は長年、使い勝手の悪い影魔法を(わずら)わしく思っていた。月属性はあまり得意でない故な。だがこのような楽しみ方があるとは、ククッ、僥倖(ぎょうこう)だ。不完全な魔法も、悪くはないものだな。ほらっ」



 私の言葉を無視して一人で喋ったザラクス先生は、パッと杖を振る。

 ザラクス先生の影がほんの少し薄くなり、二つに分かれた。そのうちの一つが、プツリと本体から離れる。

 私の足元までスイと移動すると、ズズズと床から浮かび上がった。



「ひぃっ!?」



 ホラー映画さながらの演出で、目の前に飛び出してきた幽霊。喉から(かす)れた変な声が出る。ザザッと後退りした。


 ユラユラ揺れる灰色の幽霊は、スイっと私に近づく。あけた距離を縮めた。

 怖いっ! 逃げようと再び後退りしようとして足がもつれた。ドシャっと尻餅をつく。

 痛っ! 反射的に目を閉じた。


 お尻の鈍い痛みで瞼の裏がチカチカするも、何かの気配を感じて、恐る恐る閉じた目を開く。


 その距離3センチ。腰を折って上から私を覗き込んだ幽霊の灰色の輪郭(りんかく)が、私をジッと見つめていた。


 

「ひゃぁぁあぁあぁっ!?」



 部屋に響き渡る絶叫。

 そして本日2回目、腰が抜けた。完全にすっぱ抜けた。1ミリも動けない。



「どうかしたか?」


「やや、やめてくださいっ! 子どもをいじめるなんて、悪趣味ですっ!」



 その場から動くことができない私は、せめてもの抵抗として、両手を顔の前でクロスさせる。目をギュッと瞑った。

 でも分かる。幽霊が目の前でユラユラしているのが、顔のない顔が私を見ているのが、感覚で分かってしまう。



「ん? すまぬな。何を言っているのかよく聞こえぬようだ」


「うーー、お願いですっ! これを消してくださいっ!」


「ふむ、検討しよう。なにせ、一度消えたものは戻って来ぬかもしれぬのだからな。例えば燃やされた大事な研究記録のように」



 大人気なく仕返しをしてくるザラクス先生と、意地でも謝らない私の攻防は、私が自分の腰に癒しの魔法をかけることを思いつくまで続いた。


 呪文を唱え、立てるようになった瞬間ダッシュする。ヴィセと呼ばれた側近の後ろに隠れた。


 自分の背中を掴みプルプルと震える女児と、その様子を満足そうに眺める主。

 優秀な栗毛髪の側近はそんな二人を生ぬい目で見守りながら、部屋中に散乱(さんらん)した書類や器具たちをどこにどうしまおうかと、大規模(だいきぼ)お片付け計画を練ったのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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