講義場所の変更と幽霊
馬車の中。パカパカとグラーレの蹄の音が聞こえる。うーん、長閑だ。
なんの気無しに、馬車の窓から空を見上げる。
うわわっ、びっくりした!
視線を向けた先では、翼を生やしてペガサス化した沢山のグラーレ達が、一直線に空を駆け上がっていた。
グラーレの背中には、武装した騎士が乗っている。
お空の警備でも、してるのかな?
騎士を乗せたグラーレたちは、青空に色とりどりの飛行機雲を引きながら、舞い上がっていく。
大きなキャンパスに描かれたシンプルなアートをボーッと見つめる。
彼らは瞬く間に遠ざかり、小さな黒点になった。
……グラーレで飛ぶの、結構怖かったなぁ。
グラーレに乗って森へと向かった、杖結びを思い出す。ブルリと震えた。
私は高所恐怖症ではない。でも、捕まるところのないグラーレの背中に乗り、街がミニチュア模型に見えるほどの高度に垂直に駆け上がったり、そのまま周りが見えない速度で空をかけるのは、なかなかの体験だった。
ふわぁーぁ、馬車って最高。
地面と近い位置に足があること、パカパカと眠気を誘うリズムで移動できていることに感謝する。
騎士とグラーレが残したカラフルな線が消え、白い雲しかなくなった空に向け欠伸をしていると、我が家の羽なしグラーレが止まった。南塔へ着いたようだ。
今日は陰の講義だ。
水の講義から、約1週間ぶりの授業。
よしっ!っと、気合を入れて馬車から降りる。
そして、その場に立ち尽くした。
……え?
いつもなら所狭しと南塔の前に止まっているはずの馬車が、今日は一台も見当たらない。
同級生や、彼らの送り迎えに付き添う側近たちの姿も見えなかった。
えぇっ!? 講義時間の変更なんて、聞いてないよ!
心からの叫びとともに、友達のいないボッチの悲しみが蘇る。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
中学生の頃の話だ。
移動教室で音楽室へ向かうと、なぜか部屋には誰もいなかった。
この時間は音楽のはず。何でみんな、いないんだろう? どこにいっちゃったの?
困った私は、しょうがなく職員室へ行く。
“今日音楽の白鳥先生が急用でお休みだから、視聴覚室でDVDを見るんじゃなかった? 掲示板にも出てたでしょ?”
他のクラスの先生から教えてもらい、臨時の授業変更にやっと気がつく。
慌てて視聴覚室へ向かい、もう授業が始まっている視聴覚室に、一人遅れて入室した。
“あ、あの子きっと、誰からも教えてもらえなかったんだ”
そんな同級生たちの、心の声が聞こえる。
誰とも目を合わさないようにお腹を押さえ、腹痛のフリをしながらそそくさと自分の席へ向かう。
授業変更を教えてくれる友人がいないから、こういうことになるんじゃない?
一緒に別教室へ移動する友人もいないから、こういうことが起こるんだよ?
頭の中で誰かの声が響く。……うるさいっ! そんなの、言われなくたって、私が一番よく分かっているよ!
視聴覚室では使わない音楽の教科書をノートとお腹で挟み、必死で周りから見えないようにした。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
はぁー、まさか貴族社会でも同じ惨めさを体験するとは、思ってもいなかった。
困惑して、ロンルカストを見上げる。ロンルカストの方にも、連絡が来てなかったの?
私と同じように眉を下げたロンルカストは、私と違い困惑というよりは諦めに近い表情をしていた。
「行ってらっしゃいませ」
いつものように、送り出そうとする。いや、待て待て。それはないでしょ。
「あの、ロンルカスト。今日って本当に講義があるんですか? 日程が変わったんじゃないでしょうか?」
「いいえ、そのような伝令は来ておりません。本日の講義は、予定通り執り行われるかと存じます」
「でも、ほら、私以外に講義を受けに来た人が見当たらないですよ?」
「はい。陰の講義を受けるものは、例年多くはありません」
「えっ! ……陰は、あんまり人気のない講義なのですね」
閑散とした塔の前を見渡す。自分で言ったことだけど、人気がないで済ませていいのだろうか。
門番以外、人っ子一人いないぜよ。もしかしてこれ、ヤバイ講義なのでは?
そういえは、輪くぐりの儀式で見た講師も、不気味なおじ様だった。
ものすごくお家に帰りたい。でも、そんなことは言えない。
なぜなら陰の講義も、他と同じく講師から直々に招待の手紙が届いたので、強制受講だからだ。
「行ってらっしゃいませ」
「……はい。行って参ります」
ロンルカストに促され、渋々と塔の扉をくぐる。重い足を動かして、講義室へ向かった。
講義室までの道順でも、同級生たちと会うことはなかった。
いつも何となく周りについていってるので、迷いそうにななったが、なんとか講義室へ着くことができた。……ふぅ、良かった。
扉を開けるため、ノブに手をかけようとした時、バサバサと大きな羽音が聞こえた。
振り返る。大きな鷲が私に向かって真っ直ぐに飛んできていた。
「うわぁっ、ぶつかるっ!?」
咄嗟に両手で顔を覆う。
グッと身構える私を尻目に、ぶつかる直前でバサリと羽を動かした鷲は、グンっと高度を上げる。
正面衝突を避け、私の頭の上を通り過ぎると、そのままどこかへ飛び去っていった。
顔を覆っていた手を離す。
ヒラリと落ちてきた何かが、広げていた掌の中へおさまった。
「ん? 手紙?」
手紙というかメモに近い。
雑に破られた小さな紙の切れ端には、走り書きで、“付いてくるように”と、一言だけ書かれていた。
「付いてくるように? 何に?」
手紙の意味不明さに、困惑しながら顔を上げる。
私の目の前には、黒くぼんやりとした人影があった。
「はひゃぁっ!? 幽霊っ!?」
ビタンと廊下に尻餅をつく。腰が抜けた。
足もガクガクして立てない、でも逃げなきゃ!
役割を放棄した足腰の代わりに、まだ生きている腕を使う。
ズルズルと廊下を這って、幽霊から必死で距離をとった。
チラリと後ろを見る。
幸いなことに、幽霊に追いかけてくる様子はなかった。
地縛霊? 不気味にその場に突っ立っている。古いブラウン管テレビの砂嵐のようだ。ひぃー、怖いっ!
誰か助けてっ! と叫んでみても、いつもは同級生で騒がしいはずの廊下は、今日に限って誰もいない。声もカラカラで、思ったより響かなかった。
よりにもよって、何で今日でるの!? もっと、人の多い時に出なよっ!
廊下の絨毯に擦れて肘が痛い。ヒリヒリして火傷したみたいに熱くなってきた。でも、そんなの関係ない!
必死で幽霊から逃げていると、バサバサと上から羽音が聞こえた。
大きな鷲が、私の目の前の絨毯に着地する。進路を塞がれた。
ちょっ、邪魔しないでっ! いま、命の危機だからっ!
鷲を避けて右へ行こうとする。しかし、鷲はチョコチョコと右へ移動し、進路妨害を続けた。
……ん? 偶然かな? 左へ避けようとする。鷲も左へ移動した。
もぉー!! 何なの、この鳥っ!?
こうなったらしょうがない。悪く思わないで欲しい、実力行使だ。
捕獲しようと手を伸ばす。わしはバサリと飛んで私の手を避けると、余裕シャクシャクの顔で、同じ場所に着地した。
……鉄壁のディフェンスか。かくなる上は、これしかない。
「うわぁーん、お願い鷲さん! そこ退いてくださいーっ!!」
もう涙目。全力の懇願。だって、あの幽霊が、突然追いかけてきたらどうするの!?
捕まったら、食べられて、それで私も幽霊になっちゃうんでしょ!?
鷲に泣きつく。一切表情を変えない非情な鷲は、その場から動く事をせず、足に持っていた紙の切れ端をズイッと、私に差し出した。
今、手紙どころじゃないんだけど?
そう言いたいが、読まなきゃ退いてくれそうもない。震える手で切れ端を受け取る。
“何をしている。早く戻って影についてこい”
「…………へ?」
戻る? 影? もしかして、影ってアレのこと?
ゆっくりと後ろを振り返る。
必死で逃げた割にはそれほど遠くない場所に立っていた幽霊は、腰に手を当て足先でタシタシと廊下を踏んでいた。
「……えっと、貴方は影、ですか?」
そう質問すると、幽霊は大きく息を吐き出した。本当に息は出てないので、そんな感じのジェスチャーをした。
右手を上げ、上に向けた掌をクイっとする。“いいから、早くしろ”そう伝わってきた。
……うん、あってるっぽい。あれ、幽霊じゃなくて魔法だったんだ。
まだちょっと震えている足を、なんとか立たせる。恐る恐る幽霊に近づいた。
そんな私を見て2、3度頷いた幽霊は、どこかへ歩き始めた。
少し歩くと、振り向いてまた掌をクイっとする。
慌ててついていく。幽霊はまた前を向き、歩き始めた。
時々後ろを振り返り、私がいる事を確認しながら、道案内を続ける。
廊下を歩いて階段を登って、また廊下を歩いて。いったいどこまでいくんだろう、目的地は霊界ですか?
そんな妄想をしていると、立派な扉の前でピタリと止まった。腕を上げ、扉を指差す。
やっと着いたんだ。この部屋に入ればいいの?
そう尋ねようと、幽霊を見た時だった。
ぐわんっと幽霊の輪郭が歪む。一瞬にして床に崩れ落ちた。
「ひぃぃっ!?」
びしゃり。人間の形を崩した幽霊は、粘度の高い音をたてて、私の足元で不定形な物体になった。
地面に落ちたアイスが溶けるように、ズクズクと床に染み込み絨毯に灰色のシミを広げていく。
広がり尽くすと、黒に近い灰色だったシミの色はぼやけ始め、やがて消えた。
視線の先に残っているのは、恐怖から再びガクガクと震え始めた私の足だけだ。
……幽霊が、成仏した?
消え方、怖すぎるでしょ!? 突然目の前立たれるのも怖いけど、消える時はスッと消えてほしいよー!
立ちすくんでいると、幽霊が指差していた扉がガコンと開く。
「はひゃぃっ!?」
「どうぞ、お入りください」
扉から出てきた深緑服の側近に、部屋に入るようにと丁寧に促される。
「あ、はいっ!」
また幽霊かと勘違いして、変な声を出してしまった。恥ずかしい。
まだガクガクと震えている足に、鞭を打つ。
もう見えなくなった絨毯の染みを踏まないよう大きく跨いだ。
そして、生身の人間に会えた安心感を噛み締めながら、ロンルカストと同じ色の服を着た側近に抱きつきたい気持ちを抑えて、部屋の中へとはいったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。




