回復薬と仕返しの仕返し
「ところでさ。ミアが作ってるそれって、何だっけ?」
普通に会話を続けてきたルディー。
流石にふてぶてしすぎる。心の中で大魔法を発動中の私は、フンっとそっぽを向いた。
「……何って知ってるでしょ? ミグライン店長の薬屋で教わった、秘伝の回復薬だけど?」
つっけんどんに返事をする。
魔法理論の解説をしてくれたのには、感謝してる。
でも“勘の悪い生徒”なんて悪口、言わなくてもいいじゃん。あんな言われ方をしたら、流石に私だって怒るんだから!
「ふーん、さっきから何してるの?」
そんな私の気も知らず、ルディーはとぼけた質問を重ねる。
クシクシとお腹の毛繕いに励むことも、忘れない。
そのお腹、わしゃわしゃーって雑に撫でてやりたい。整えている毛並みを毛玉だらけにしちゃうんだから。……まぁ、怒りそうだからやらないけど。
「いや、かき混ぜながら煮詰めてるだけだよ」
「いつも混ぜながら、何か言ってるよね?」
やけに、回復薬にこだわるなぁ。どうしたんだろう?
あ! もしかしたら、お腹が空いているのかも。そういえば部屋に入ってきた時も、大鍋の匂いを嗅いで、“いい匂い”って言ってたし。
「うん。煮詰めると鍋の底が焦げついちゃうんだよね。ミグライン店長から焦げない混ぜ方のコツを教わったんだけど、忘れないように掛け声と一緒に覚えたの」
ルディーが回復薬を欲しがっていることに気づいた私は、お返しとばかりに口の端を上げながら返事をした。
ぐるぐると大鍋をかき混ぜる。
ふーんだ。“食べる?”なんて、言ってあげないんだから。
「…………。」
「どうしたの、ルディー?」
「…………。」
「おーい、ルディー先生?」
何も言わなくなったルディーはお腹の毛繕いをやめ、ジッと私を見つめている。
あれれ、拗ねちゃったかな? でも先に意地悪したのは、ルディーなんだからね。向こうから謝るまで、回復薬はあーげないっ!
「……あのぉ、ミアーレア様」
してやったり顔で大鍋をまぜまぜしていると、後ろからセルーニの声がした。
「はい?」
声の方へ振り向く。
雑巾に次の指示を出したセルーニは杖をしまい、おずおずと口を開いた。
「恐らくですが、ルディー様は魔法理論の話をしているのではないでしょうか?」
「へ? 魔法理論の話? どこがですか?」
「そのぉ、先程のルディー様の質問ですが、ミアーレア様は回復薬を作る時、いつも鍋に向かって声をかけていらっしゃいますよね?」
「はい。ですから、鍋底が焦げないように混ぜるスピードとタイミングを、掛け声ではかっているんです」
セルーニの後ろに隠れている塵取りが、少しだけ口を空けた。
その隙間からちょっとだけハタキが顔を出す。
キョロキョロと部屋を見回し、私ごしに欠伸をしているルディーを発見するや否や、ビャッ!と塵取りの中へ引っ込み、再び籠城をする。
カパンッ。塵取りの蓋が閉まる。
ルディーのおもちゃにされたことが、相当なトラウマになっているようだ。
もっと早く助けてあげられなくて、ごめんね。
音に反応して、一瞬だけ塵取りの方を見たセルーニは、申し訳なさそうに眉を下げながら、顔を私に戻した。話を続ける。
「その掛け声ですが、いつも“元気になーれ”と、言ってらっしゃいますよね?」
「はい、そうですが?」
「タイミングを測るためとは言え、何故あのような文言を使っているのでしょうか。教えを受けた薬屋の、伝統的な言い回しですか?」
「え? いいえ、私が勝手に言ってるだけです。“元気になーれ”は特に意味がなくて、そうですね、おまじないみたいなものです」
「オマ、ジナイとは?」
セルーニは、コテリと首を傾げる。
二つ結びにしたピンク色の髪が、ふわふわと揺れた。
うーん。伝わらなかったということは、おまじないに該当する言葉が、こっちの世界には無いのだろう。
セルーニの髪色と同じピンクの瞳を見ながら考える。
難しい。おまじないって、なんて説明すればいいんだろう?
外人に日本のお守り文化を説明する気分だ。ディスイズ、ラッキーチャーム、オケー?
「えぇっと、ただの気休めといいますか。薬がよく効くように、お祈りみたいなものです。まぁ、本当にそんな効果はないんですけどね?」
「それはつまり、無意識に純粋な気持ちで回復薬に祈りを込めていた、ということで宜しいですか?」
「なんだか大袈裟ですが、確かにそうですね」
私の返事に少しだけ下を向いたセルーニは、キュッと口元を引き締めた。
何かを決心したような表情。なになに、どうしたの?
「魔法理論に戻りますが、ニフラルガー様は、日常的に魔法に触れてこなかった、貴族的な固定概念から外れたものが無意識に力を込めた時、魔力は本来の姿を取り戻すと仰られていたんですよね?」
「えぇ、はい」
「ミアーレア様はお体が弱く、幼少の頃からあまり外に出られていないとお伺いしております。恐れながら、貴族的な知識についても、多くをお持ちではないとも」
「今更、どうしたんですか? 私が貴族社会に疎いことは、セルーニもよく知っているでしょう?」
「はい、存じております。そして今ミアーレア様は、その回復薬に対して、無意識に祈りを込めていたと仰いました」
セルーニは、真剣な目でわたしを見つめている。
……え? それって、もしかして?
勘の悪い生徒である私も、ここまで説明されて、流石に気がつくことができた。
バッと後ろを向く。
さっきの欠伸で目の端に涙を溜めたルディーは、心底呆れた表情をしていた。
二人の言いたいことが、やっと理解できた。でも、そんなまさか? ちょっと待って! 全くもって信じられないよ!?
「つつつ、つまり? つまり、これが自由な魔法ってこと!? この回復薬が!?」
「おそらくは、そうだと思います」
ルディーの代わりに、セルーニはコクリと頷いた。
いやいや、ないでしょ!? そんな馬鹿な!? それに、この回復薬が魔法だったなら、今まで誰も気が付かなかったのだって、おかしいし!
「だってだって、これ、薬屋では他の先輩たちが作ったものと一緒に、普通に販売してますよ!?」
「平民には魔力がないので、違いが感知できないのではないでしょうか? もしかしたら、無意識に何かを感じていたものもいるかもしれませんが」
「そんなっ!? えっ、これ、薬屋で売ってて大丈夫なやつかな!?」
「私には分かりかねますので、ロンルカスト様が戻られましたら、一度正式に調べていただいた方が宜しいかと」
「そうですね! そうしましょう! あっ、ルディーがいつも回復薬の匂いが美味しそうって言ってたのも、私の魔力が入ってたからだったんだ!」
判明。私は魔女っ子だった。
ニフラルガー様のいう自由な魔法を、ガンガン使ってたようです。全然、自覚なかったけど。
アワアワとセルーニと話していると、ルディーがボソリと呟く。
「僕の生徒は、本当に手がかかるよ。4本とも足にしちゃった僕には、荷が重いなぁ」
「うっ、今回は流石に自分の勘の悪さを痛感しました。 ……って、ルディーは途中で投げ出して、セルーニに丸投げしたくせに」
「それ、親切な講師に向ける言葉?」
「だって、本当のことじゃん」
「ふーん。ミアはレオのとこに、一人で行きたいんだ?」
「へ? なんで今、その話?」
「平民由来の回復薬に、魔力が乗ってるんだよ? 効能が既存のものより優れているかどうかは別にして、新しいものができたんだから、保護者には報告に行かなくっちゃね」
頭にガンッと衝撃が走る。血の気が引いた。
嘘でしょ? せっかく最近ご無沙汰だったのに、冷徹貴族に会いに行かなきゃダメなの?
「わわっ! ごめん、ルディーお願いっ! 東塔に行く時は、一緒に来てくれるよね!?」
目を瞑り、更に耳も倒して聞く気がないことをアピールし始めたルディーに、私は平謝りしながら必死で頼み込んだ。
返事をしないルディーの代わりに、回復薬を煮詰める大鍋のクックッと小さく沸騰する音だけが、調剤部屋に虚しく響いたのだった。
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