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新商品の販売



 店のカウンターでデローンと伸びている。

 スライムではない、私だ。


 因みに以前作ったスライム時計(改)、略してスラ時計に今のところ問題はない。


 問題はないが、何かの役に立っているかと言われれば微妙だ。スラ時計さんは今のところ、30分に一回くるりとされる以外お仕事がない状況である。


 だが、時計の針に追われて生活してきた現代っ子の私は、つい無意識に「今何時だろう?」と、時計を探してしまう。

 そんな時間奴隷の私にとって、何となくでも現在の時間が分かるということは、心の平穏に繋がっている。

 3時間ごとに街中に響き渡る、鐘の音だけでは心許ないのだ。


 スラ時計さんは、だいたいの現在時刻と安心を与えてくれている頼もしい相棒だ。定位置はカウンターの左側端っこである。



 そんな相棒をくるりとひっくり返す。カウンターに右頬をベタっとつけて、私は完全に腐っていた。店頭幕から溢れる日差しも、心なしか元気がない。



「精油が、全く売れないなんて……」



 悲痛な呟きは、放物線を描いて、カウンターから三十センチ先の床に落ちた。



 昨夜、鐘一つ分かけて頑張って作った精油は、客の冒険者達に、全く響かなかった。極小瓶へ入れ替え、店長の許可のもと今朝、意気揚々と棚に並べた精油を恨めしそうに見上げる。薬の入った大瓶の隣で、彼らは居心地悪そうに並んでいた。



 昨日の夜、呆れ顔のサルト先輩に付き添ってもらって、精油の試作品と、副産物である大量のハーブウォーターついてミグライン店長に報告した。


 店長は精油に体に害がないことを確認すると、薬ではなく気分転換用としてならば、顔馴染みの常連に限り売っても良いと、許可を出した。ハーブウォーターに関しては、好きにしろとのことだった。


 好きにしていいと言われたので、まずは店長と先輩方に、日頃の感謝を込めてハーブウォーター3種類を配って回った。


 飲み比べてもらった結果、仄かに甘いグレープフルーツウォーターが、女の先輩達に1番人気だった。男の先輩達からは、ミントウォーターの方が気分がスッキリすると好評である。

 店長だけは、松葉ウォーターがお気に入りのようだった。


 ストレスが和らぐ気がすると、私の顔をじっと見つめながら言っていた。私は、店長の薄い紫色の瞳からスッと目を逸らした。言葉の深い意味を考える気はない。


 まだ大量にあるハーブウォーターを、どうするか悩んだが、残りは来店したお客さんに無料で配ることにきめた。とっておいて腐っても、しょうがないしね。



 無料と言っても、商売気を捨て去ったわけではない。ハーブウォーターの無料試飲で興味をひき、その流れで精油を売り込むのだ。題して、世の中ただより怖いものはない作戦である!!


 もともと、パルクスさんにプレゼントするつもりで作ったこの精油。当初は、店頭に出して売る気などなかった。



 材料であるミントのような香りの葉は、キンフェルという植物で、どこにでも生えている。

 店の裏手に生えていたのを、一生懸命引っこ抜いて集めた。



 グレープフルーツみたいな果物は、ピムソムと呼ばれている。

 ピムソムの皮は、店のおばちゃんが無料で譲ってくれた。


 以前、夕食のデザートがわりによく買っていたのでおばちゃんとは顔馴染みなのだ。どうせ廃棄するだけだから、皮ならいくらでも持っていっていいよ、と快く譲ってくれた。

 帰り際にコレも持っていきな、と大きなピムソムもくれた。わーい、ありがとうおばちゃん!



 松のような植物は、モルテという。枝についている星形の黄色い実を、回復薬の材料の一部として使うらしい。


 倉庫に大量にストックしてあった。枝から外すと劣化してしまうので、枝ごと入荷しているそうだ。店長から、実を取り終わった後の枝の使用許可をもらった。


 蒸したり冷やしたりするために使った水も、水場から汲んできた。よって、全ての材料費は只だ。元手はかかっていない。



 だが、道具の制作費は別である。それほど高くついたわけではないが、只ではないのだ。できれば回収したい。

 可能ならば、先日作った薬研の製作費の分も稼ぎたい。



 そんなわけで、精油の販売に踏み切った。あわせて夕食のデザートの復活も、かかっている。


 キンフェルからは精油が取れなかったので、ピムソムとモルテの2種類展開である。もちろん、パルクスさん用のものは別の極小瓶にとっておいてある。



 スーパーの試飲販売員よろしく、売って売って売りまくるぞ! と今朝は棚に極小瓶を並べながら1人で意気込んだのであった。




 そして今、全く売れないことに意気消沈して、私はカウンターに沈んでいる。皆、ハーブウォーターには面白いねとか、美味しいね、などと高評価をくれる。


 序盤の掴みはバッチリだ。

 だが、その流れで精油の話をすると、あからさまな苦笑いになる。もちろん購入者はいない。



「えっとな、ミアちゃん。俺だったらな? ピムソムの匂いがする油を買うより、どうせならピムソムの実を買って食いたいかな?」



 近場で軽い依頼をこなした後、店に帰還報告をしに寄ったアトバスさんが、言い辛そうにそう教えてくれた。

 目にかかったグレーの前髪を、申し訳なさそうな顔でかきあげる。いつもはキラキラの銀色装備も、鈍く光りながらごめんねと言っている気がした。


 最近、アトバスさんは依頼の後、お店に顔を出してくれる。彼だけではなく他の常連さんも、依頼後やその次の日に来てくれるようになった。


 その理由は、私がお願いしたからである。

 パルクスさんの事件の後、冒険者の命の軽さに震えた。

 何の気なしに発した「毎度ありー」の一言が、その人への、最後の言葉になってしまうかもしれないのだ。


 それ以降、常連さん達には「回復薬を惜しまず使って欲しい」と、伝えるようになった。そして、「依頼が終わったら顔を出しに来てくださいね」と、付け加えているのだ。


 彼らは街へ戻ると、まずギルドへ依頼完了の報告へ行き、その足でこの店へ向かう事が、習慣になってきているらしい。

 私は彼らの無事が確認出来て安心出来るし、彼らは使用した分の薬を補充出来る。WIN-WINの関係だ。







 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※







 ほしの薬局は、1つの病院の目の前にあるような、門前薬局ではない。


 駅に比較的近い位置に建っているので、色々な病院やクリニックからの、処方箋がやってくる。

 その中で全体の三割ほどを占めるのが、薬局から歩いて15分ほどの距離にある、山内内科の処方箋だ。


 山内内科は、その名の通り内科なので、風邪や体調を崩した患者さんが来院する。


 そして高血圧や糖尿病などの生活習慣病を抱える、歳を重ねられた方々も多い。

 そういった患者さんは毎日薬を服用し、月に一度は体調の変化や副作用がないかチェックする為に、病院へ通う。

 そして医師から出された、30日分の薬が記載された処方箋をもって薬局へ来局するのだ。



 毎月顔を合わせているため、患者さん達の顔と名前、そして彼らが使っている薬はだいたい覚えている。

 生活習慣病を抱える人たちの薬は、毎月同じで変わらないことが多いからだ。コレをDO処方(ドゥーしょほう)という。



「これからも、ずーっとこの薬を、飲み続けなければいけないのかしら、やだわぁ」



 と、薬を渡す服薬指導カウンターで嘆く患者さんは多い。

 でも、DO処方ということは、薬の用量や種類が適切であるということ。

 コロコロと薬を変えて試す必要が無く、安定している状態であり、決して悪いことではないのだ。



 常連さんが自動ドアから入ってきた瞬間、私たちは薬の準備をし始める。


 彼らが使っている薬を覚えているため、処方箋を受付に渡すよりも前に、準備し始める事ができるのだ。

 全ては、患者さんの待ち時間を短くするため、待合室の平穏を守るためである。

 そんな常連さん達だが、時々フッと来局が途絶える事がある。



 あの人、もう残薬がないはずなのに来ない。

 入院でも、されたのだろうか?

 高齢だったし、もしかしたら施設に入ることに、なったのかもしれない。

 そういえば、あの持病が悪化してぽっくりなんて、まさかね?



 私達は、突然来局が途絶えた患者さんの理由を、知る術を持っていない。

 ただ心配し、「きっと薬をもらう薬局をかえたんだ、家から近いどこか他の薬局で薬をもらってるに違いない」と、無理やり納得する事しか出来ないのだ。







 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※







 あの患者さん達みたいに、突然来なくなったら心配だからね。



 心の中で呟く。この幼い見た目のせいか、広がっている噂のせいか、冒険者達は私に優しい。


 私も彼らのことを、親戚の叔父さんお兄さん、もしくは仲の良いご近所さんのように思っている。

 その関係は、薬剤師時代の患者さん対する距離感よりも大分近い。


 よってその分、心配や不安も強くなる。常連さん達の安全確認は、私の精神衛生上大切なことなのだ。

 決して、鮮度抜群のお薬情報をゲットしたいからではないよ!







 そして今、私は帰還報告に来てくれたアトバスさんから伝えられた精油の評価に、なぜ売れなかったのかの理由が分かり、ガックリと肩を落としている。



 確かに、言われてみればそうだ。

 運動部男子にむかって、意識高い系女子の好きそうなアロマを勧めても、買うはずがない。

 そんなことより、部活終わったらラーメン食べ行こうぜ! ってなるよね。


 冒険者受けが悪かった理由が、判明した。

 恐ろしく、ニーズが合っていなかったのだ。



 「モルテはどうですか? 癒されませんか?」



 悔しかったので、食い下がってみた。



 「うーん、こっちは森の匂いがするからなぁ。やっと街に帰って来たってのに、依頼中の気分になりそうっていうか、なんていうかな」



 私は、なんてアホだったんだろう。

 冒険者にとって、木の匂いイコール森の匂いイコール依頼で、お仕事中の匂いなのだ。これでは癒されるどころか、逆効果に違いない。



 さっきよりも深く落ち込んでついに床を見つめ始めた私は、申し訳なさそうな顔で助言してくれたアスバンさんを、更に困らせてしまったのだった。



大量のハーブウォーターは腐りませんでしたがミアが腐りました。




如何でしたでしょうか?

健全な薬剤師の話も書けるのです(ドヤ顔)

頑張って捻り出しました。

尚、闇はしっかりと右手に封印されております!




お読みいただき本当にありがとうございます!


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