白髪少女と講義室のアイドル
夢の中で意識が浮上する。私は講義室にいた。
1番後ろの席で、室内を見下ろしている。あぁ、またこの夢か。
どうやら講義は終わったようだ。この前の夢でもみた知らない講師が、バタンと扉を鳴らし講義室を出て行った。
教卓の前では水色髪のアイドルが、男女問わず沢山の取り巻きたちに囲まれている。
うん、今日も彼は大人気だ。
子どものわりに落ち着いた声しか聞いたことがないけれど、きっとすごいイケメンなんだろうな。
そう思いながら見ていると、帰り支度を終えたアイドル集団は、ガヤガヤと雑談しながら通路を上ってきた。
楽しそうな声とともに、扉のあるこちらに向かって来る。
自分の席に根っこが生えた私は、いつものように下を向き膝を見つめる。
彼らが早く通り過ぎますように。それだけを祈る。
だが無情にも、アイドル集団は私の横でピタリとその足を止めた。
「皆さん、申し訳ありませんが、私は本日はここで失礼致します。先日の件で、少々話すことがございますので」
頭の上からアイドルの声がした。
自分には用があるから、皆んなには先に帰るようにと言っている。
(……最悪だ。彼が私に、なんの用があるっていうの? やめて、話すことなんかない。私は静かに生きていきたいだけ。だから、ここで立ち止まらないで。早くみんなと一緒に出て行って!)
下を向いたまま、閉じた口をさらに硬くキュッと結んだ。頭は動かさず、目線だけを彼とは逆の左側へ移す。
視界の端に白髪の少女が見えた。私と同じように下を向いている。
膝の上で拳を握りしめ、床につくほどの長い白髪は小刻みに震えていた。
あっ、そっか! アイドルの彼は、この前この白髪少女がキレて、爆発した件のことを言ってるんだ。
なぁんだ、私は関係なかった、良かった。
無関係と分かった薄情な私は、ほっとして体の力を抜く。
「先日の件って、なんのこと?」
「あぁ、前回の講義でのことですね? でもこれ以上ネイファガン家と関わる必要など、何処にあるのですか」
「そうよ。時間の無駄だわ。そんなことよりも、一緒に帰りましょう?」
アイドルの発言に困惑した取り巻きたちから、ざわめきの声が上がる。
白髪少女は身分的に下位らしく、軽んじられた発言が飛び交っている。
うっわぁー。貴族内身分差、えげつない。もはや、ただのイジメじゃん。
地方から来た田舎者転校生的な陰口を叩かれまくっている自分を棚に上げ、ドン引きした。
でも、早く帰ろうという取り巻きたちの意見には、大賛成だ。
近くに他人がいるだけで緊張する。いつまでもここにいないで、早くみんなでお帰りになって欲しい。
「確かに、皆さんの言う通りかもしれません。ですが我が家の方針としても、私個人の想いとしましても、ネイファガン家と遺恨を残すことは、本意ではないのです」
「たかが、ネイファガン家ですよ?」
「そうですよ。放っておけばいいのです」
「全ては私の不注意な発言が招いたこと。その穴を埋めぬことは、私の義に反します。皆さんとの交流の機会が減るのは、心から残念ですが、また次の講義でお会いできるのを、楽しみにしていますね」
一緒に帰ろうとねだる取り巻きたちの静止を、アイドルは爽やかに振り切った。
彼らを不快にさせない、素晴らしい話術だ。
納得した取り巻きたちは「律儀だわ」とか「本当にお優しい」とか、「なんて義理堅いんだ」などと称賛の言葉を残して去って行った。
バタンと扉が閉まる音が響く。がやがや集団がいなくなった講義室は、途端に静かになった。
講義室に残っているのはアイドルと私、私と同じ最後尾列の左側に座っている爆弾少女の3人のみとなった。
……ん? あ、よく見たら1番前の列に1人いる。机に覆いかぶさって、寝てる?
んー、最前列で堂々とサボリとは、見習いたい根性だ。素晴らしい。
尊敬の念でサボり魔を見つめる私の後ろをサッと通り過ぎたアイドルは、予想通り白髪少女の元へ近寄った。
……やめたほうがいいよ。絶対に近づかない方がいい。その子は突然切れる爆弾なんだから。
水色髪アイドルの後ろ姿と、俯いているため長い髪で顔が隠れ、表情の分からない少女の様子を、ハラハラしながら見守る。
「御機嫌よう。先日の件ですが、どう謝罪をするか私なりに考えたのですがーー」
「やめろっ!! 話しかけるなって言ってるだろ!?」
ひゃぃっ!?
広い講義室に響き渡る少女の叫び声に、バッと耳を抑えて縮こまる。
怖すぎる! だから、やめた方がいいって言ったのにっ!……いや、言ってないけど。とにかく彼女には、話しかけない方がいいんだって!
一瞬で導火線を焼き切った少女は、のっけからフルボリュームだ。
あの華奢な体の、どこからこの音量がでてるんだろう。
「その理由をお伺いしても、宜しいですか?」
アイドルは爆弾少女に臆した様子もなく会話を続ける。
マジですか。アイドルの、肝っ玉は思いの外大きかった。
「……お前の話し方、大人みたいだな。鼻についてイライラする」
「それは申し訳ございません。この話し方が、癖になっておりました。では、ここからは少々崩しましょう。うぅんっ、話を戻そうか? この前のこと、どう詫びをするか考えたんだが、私としてはーー」
「……何が目的だ?」
「目的? すまないが、何のことだかーー」
「なんでお前が、俺なんかに話しかけるんだって聞いてるんだよっ!?」
へぁっ!? 今この少女、俺って言った?
あー! 言われてみれば、甲高いけど変声期前の男の子の声かもしれない。
いつも長い白髪で顔が隠れているから、勝手に女の子だと勘違いしていた。
「うーん、難しい質問だね。私には同じ講義を受ける友に、話しかけてはいけない理由が分からないよ」
「とっ、友だとっ!? お前は今、友と言ったのか!?」
「えぇ、何か問題でも?」
「よりにもよって、お前が俺にその言葉をかけるのかっ!? ティアバラック家のお前が!? 俺に、友などいないっ! お前に俺の気持ちなんか、分かるわけがないんだ! これ以上、俺を馬鹿にするなっ!!」
またもや大爆発を起こし始めた少女……じゃなくて少年ををチラ見する。
机を拳でバンバンと叩きながら、その机に向かってヒステリックに叫んでいる。
いったい今の会話の、何が気に障ったのか全く分からない。
キレる要素なんてあった? 少年の地雷の場所が謎すぎる。
それにしてもこの2人、対照的すぎやしないか?
穏和で社交性抜群、クラスのみんなから大人気のアイドルと、さながら爆弾のようにキレやすい会話不能なボッチ。
これがただの夢なのか、前みたいにピラフィティーリの悪戯で誰かの過去なのか、はたまた現在進行形でどこかで起こっていることなのかは分からない。
けど正直に言って、平穏に生きたい私はどちらとも関わり合いになりたくないでござる。
白い目で2人を見つめる。
水色髪アイドルから、ふぅっと小さなため息が漏れた。
「……まさか。貴方を羨ましく思う気持ちこそあれ、馬鹿にしようなどとは一切思ったことがありません」
トーンを落とした低い声。どちらかといえば、小さな声だった。
だが静かな講義室には、その冷たい響きがよく通る。
角のある言葉を向けられた少年のヒステリーは、ピタリとやんだ。
えぇっ!? こっちもキレた!?
穏和なアイドル少年が、急に醸し出した不穏な雰囲気。ギョッとした私の肩も、ビクリと震える。
「は、はぁ!? お前は、何を言ってるんだ? お前が俺を羨む理由など、あるはずがないだろっ!?」
少年は、一拍おいて再び叫び始める。その声には明らかな困惑がのっていた。
「ふふっ、そのようだね。貴方が私に理解されないと思っているように、私が貴方を羨む気持ちも、きっと貴方には理解してもらえないんだろう?」
「…………ッ!」
自嘲するように小さく笑ったアイドルは、そう言って穏和な雰囲気に戻った。
少年は何も言わずに肩を上げ下げして、叫び続けたせいで乱れた息を整えている。
さっきまであれだけ騒いでいたのに、言い返す言葉が見つからないようだ。
不意に、パタパタと羽音がした。
アイドルの肩に鷲が止まり、ひらりと手紙を落とす。その手紙を掴んだアイドルは、中を見るとすぐにポケットに突っ込んだ。
「あぁ、残念だが時間切れだ。今日は、ここで失礼しよう。 ……また、次の月の講義で会えるのを楽しみにしているよ、アルトレックス?」
今度は、私が目を見開く番だった。
アイドルが呼んだ少年の名に、バッと視線を上げる。
そこには私と同じく、初めて顔を上げた少年がいた。常に白髪のベールで隠されていた顔がはっきりと見える。
困惑と怒りの混じった真っ赤な顔でアイドルを見上げているのは、紛れもなくアルトレックス様だ。
アアア、アルトレックス様!? えっ、幼いっ! っていうか、キャラ違くない!? 髪も真っ白なんだけどっ!??
「それでは、また」
茫然とアルトレックス様を見つめていた私は、そう言ってくるりと振り返ったアイドルと、バチリと目が合った。
「お騒がせ致しまして、大変申し訳ございません。宜しければ、彼を呼んできましょうか?」
「 …………ッ!?」
アイドルは柔らかな笑みで、私に向かって何かを提案する。
だが私は石のように固まったまま、ハイともイイエとも答えられない。
思考停止。ただただ、彼の顔から目が離せない。息を呑むとはこのことなのだろう。
何故なら私の前に立っているアイドルが、見知った人物だったからだ。
何故かキラキラエフェクトがかかっていて幼いが、間違いない。ロンルカストだ。
「……あぁ、どうやらその必要は無さそうですね。それではまた、御機嫌よう」
何も答えない私にそう言ったロンルカストは、最後にもう一度ふわりとした笑みを向けてから、スタスタと講義室を出ていった。
「 …………はっ!」
しばらく放心したあと、我に返る。
驚きすぎてバクバクしている心臓を、浅い呼吸を繰り返すことで鎮めた。
「待たせて悪かったね。帰ろう?」
再び膝を見つめ始めた私の頭上から、優しい声が降ってきた。
待ち焦がれていた声。喜びを隠せない私は、まだ少し痛む胸を押さえながら、満面の笑みで顔を上げたのだった。
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