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水の講義と募る不信感



「このようにオケアノード(水の精霊)ルとフォーティア(火の精霊)ーノの因縁(いんねん)は深く、それは曜日による魔力の減弱にも色濃く反映されますわ」



 水の講義を受けながら、メモを取る。

 火の曜日に水の魔法は弱く、水の曜日に火の魔法は弱いっと。ふむふむ、覚えやすいな。


 講義をしているテネシーナ先生は、スラリとした長身のクール系美女だ。

 コツコツと靴を鳴らしながら歩くたびに、腰まで伸びた真っ直ぐな水色髪が、ピンと伸びた背中で揺れる。



「これは適正の低いものに顕著(けんちょ)に現れますが、適性の高いものにとっても、影響を及ぼします。近距離での、水と火魔法の同時使用においても同様です。ですが、騎士団において、回復役の水持ちと主戦力となる火持ちの部隊は必須。それ故に、お互いの魔力の弱体効果が最小限になるよう加味(かみ)した配置が必要となりーー」


 

 なるほど、水魔法と火魔法を使う時は、お互いに離れた場所でしないと効果が弱まる。

 どんなに適性が高くても、ダメ。騎士団でも気をつけてるよっとメモにカキカキ。ふーん、ちょっとめんどくさいね。


 火と水の精霊の仲の悪さは知っていたが、結構色んなところに影響があるようだ。

 周りに迷惑なので、お願いだから仲良くやって欲しい。


 元はと言えば、陰の精霊に(そそのか)された火の精霊が、水の精霊の大切なものを盗んだのが発端(ほったん)だ。

 どう考えても人のものを盗んだ火の精霊が悪いので、彼が謝るのが筋だと思う。

 でも喧嘩した後は、時間が経てば経つほど仲直りするのが難しくなるって聞いたことがあるし、もう修復は無理なのかな。



「悲しいことに、火持ちの騎士には戦いの最中、周りが見えなくなるものも多く、自ずと私たち水持ちが当初の作戦には無かったはずの、配置変更せざるを得ないのです。神聖なオケアノードルの流れを妨げるなど、フォーティアーノには困ったものですわ」



 そう言いながら、テネシーナ先生は切れ長の瞳を伏せ、教卓を見つめた。

 ふぅとため息をついている先生の姿は、一見悩ましげで色っぽい。

 私が男だったらその場に(ひざまず)いて、貴方の悲しみを取るためならば、何でもします! と、つい奴隷宣言をしてしまいそうだ。



 だが、相変わらず教卓の前を指定されていた私の席からは、先生の表情がよく見えた。

 火持ち騎士の勝手な行動を、心から嫌悪(けんお)しています。テネシーナ先生の瞳の奥に見えた光は、はっきりとそう言っていた。


 び、美女の怒り、怖い。なんだか、火持ちの騎士全般を憎んでそうだ。

 火の騎士が水の部隊にどれだけ迷惑をかけているのか知らないけれど、今すぐに火の騎士は全員で菓子折を持って水の回復部隊に謝りに行った方がいいと思う。

 精霊の相性問題は根深く、その属性を持つ人間関係にまで影響すると心に刻んだ。



「先程皆様にお伝えした癒しの魔法も、粗野(そや)な彼の曜日には効果が弱まることをお忘れなく。それでは、御機嫌よう」



 最後に強めの毒を吐き、テネシーナ先生の講義は終了となった。

 美しい笑顔だったのが特に怖かった。そうとう火持ち騎士への、不平不満が溜まってるんだろう。


 ファサッと長い水色髪をなびかせながら、テネシーナ先生が講義室を後にする。

 私もすぐに席を立った。水の講義にハリーシェアの姿はなかったので、長居は無用だ。

 また自分の悪口が耳に入る前に、そそくさと講義室を後にした。



 この前ハリーシェアは、何処にいても私らしくいるべきだと言ってくれた。

 その言葉を胸に、でもまだ堂々と歩くのは怖いので、せめて(うつむ)かないように気をつけて廊下を歩いた。







「お帰りなさいませ。本日の講義は如何でしたか?」



 南塔を出ると、馬車の前で待っていたロンルカストの笑顔に迎えられた。



「ただいま戻りました。水の講師はテネシーナという女の先生で、美人でした。今日は座学と癒しの魔法を勉強致しました」


「さようでございますか。講義内容は、例年と変わらないようですね。癒しの魔法は習得できましたか?」


「はい、今回は問題なく合格をもらえましたよ?」



 そう答えながら、私、ちゃんと笑えてるよね? 会話も普通にできてるよね? と不安になる。

 口の端が、ピクピクと不自然に引きつってしまいそうになるのを、グッと力を入れて横に伸ばすことで耐えた。


 

 “ロンルカストには気をつけて”



 ロンルカストを見るたびに、ハリーシェアからもらった手紙が脳内でカサカサと開き、その文字が大きく主張してくる。


 ハリーシェアは、なんで私の不信感を(あお)るようなことを言ったのだろう?


 まるでロンルカストが、裏でなにかを企んでいるような言い方だ。

 でも、そんなことあり得ないよ。私はこれまでロンルカストに、絶対的な信頼をおいてきた。

 

 だって、彼は私がこの貴族の街に来た時から、それこそ最初からずーっと1番近くで支えてくれた人だ。

 突然貴族になれと言われ、不安に押し潰されそうだった時。怖い貴族に何か良くないものをかけられそうになった時。それに、魔と遭遇した杖結びの時だって。

 いつだって私のことを守り、(かば)い、血を吐きながらも身を(てい)してくれた。


 厳しい時もあるけれど、優しくて頼りになる側近で家族だ。そんなロンルカストを疑う真似なんて、できるわけがない。

 信じてる。絶対に疑いたくなんてない。 ……なのに、それなのに、私には気がついてしまったことがある。



 “彼は貴方に、情報規制(じょうほうきせい)をしているわ”



 一時期、庭の木々に止まっていた大量の鳥たち。

 今考えると、あれは普通の鳥ではなく、全部伝令魔法だったのかもしれない。

 もしかしたら、私には必要がないと判断しての行為だったのかもしれないが、ロンルカストは私に何も言わず鳥たちを放置したり、追い払っていた。


 ハリーシェアが言ってた情報規制とは、あの鳥たちのことではないだろうか。

 ロンルカストには、玄関を開けるたびに鳥に睨まれて怖いから、早くいなくなって欲しいと、よく愚痴っていた。

 何回も鳥の話題は出ていたのに、敢えて魔法の鳥だと、明言を避けていたのはなぜ?

 伝令を放置し私に隠した理由が、情報規制以外に見当たらない。

 


「……どうして私に情報の制限なんて、するの?」


「なにか仰いましたか?」


「い、いえ、何も! 家へ帰りましょう? セルーニが待っています!」


「? 承知いたしました」



 気になるなら、ロンルカストに直接聞いてみればいい。

 「そういえばあの時の鳥たちって、もしかして伝令魔法だったのですか?」って、さりげない感じを(よそお)って質問すればいい。でも、できなかった。

 


『私、ミアーレアに嘘なんかつかないんだから』



 このハリーシェアの言葉が、ずっと引っ掛かっていたからだ。

 会話的にも不必要だったし、自分が謝らなければいけないベルクム粉の話を出してまで、あの流れにしたのには、何かのメッセージ性を感じた。

 いったい何を伝えたかったかと考えた時、ふと思い出した事がある。

 あの日、ルディーも同じことを言っていたのだ。



『聞かれたことにちゃんと答える僕は、すごーく親切だと思うけど? 嘘もつかないしね』


『嘘つかないなんて、普通でしょう?』


『ふーん、ミアはそう思うんだ?』


『ミアーレア様。体調に、問題はございませんか?』



 あの時の会話に、今更ながら違和感を感じる。

 だって、ルディーと私の会話に横入りしてきたロンルカストのタイミング、ちょっとおかしくなかった? 


 ロンルカストを疑いたくない。それなのに、思考は悪い方向へと流れる。

 まるで、嘘をついているのが誰か、私に知られたくないみたいだった。

 そうだよ。そもそもロンルカストが、会話途中で割って入ってくるのも珍しいし。

 自分が嘘つきだってバレそうで、動揺してたとか? それで、話の流れを変えるために慌てて会話に入ってきた?



 もしかしたらルディーは、何か知っているのかもしれない。

 誤魔化されるかもしれないけど、ルディーに聞いてみようか。

 ……でも、もしハリーシェアの言っていたことが真実だったら? ロンルカストが、本当に私を裏切っていたら? 


 他に居場所のない私は、それを知っても知らなくても、ここで生きていかなければならない。

 例え信用できなくなっても、1人で歩けない私は、ロンルカストを手放すことなどできない。



(だったら、本当のことなんて、知らない方がいいんじゃない?)



 臆病な私はロンルカストは勿論、ルディーにすら心の内を話せない。

 次にハリーシェアに会ったら、ちゃんと聞いてみよう。……うん、それまでは、保留っ! 


 ガタゴトと動く馬車の中、私は悶々(もんもん)とする気持ちを、無理やり心の奥底へと沈める。

 だが、考えないようにしようと思っても、どうしても考えてしまう。



「講義で少し疲れたので、今日は少し早めに休もうと思うのですが、いいですか?」


「承知いたしました。では、その(むね)セルーニに伝えて参ります」


「はい、お願いします」



 ロンルカストと顔を合わせるのが辛い。

 不信感と、信じられなくてごめんという想いが(つの)り、胸の中でぐちゃぐちゃになっている。喉が詰まって、気持ち悪い。


 誰か、誰か私にベルクム粉を振りかけて欲しい。

 そして無理やりにでもこの思いを吐き出してしまえば、少しは楽になれるのかもしれないのに。


 逃げるように寝室に引き()もった私は、のたうちまわる感情を涙に溶かしながら、冷たい枕とともに眠りについたのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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