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恋の自覚と不穏な忠告



「ミアーレア、今日は本当にありがとう。私、私の中のエアリに恥じないような生き方をするわ」



 (しばら)くして顔を上げたハリーシェアは、真っ直ぐな目でそう言った。

 彼女の芯に(とも)る炎が見えた気がした。私も微笑んで、返事をする。



「ハリーシェアは、強いね。きっとエアリ君も喜んでるよ」


「……ねぇミアーレア。この前も感じたけれど、あなた南塔にいる時とは、随分違うのね?」


「それは、だって私、皆んなに嫌われてるから……」



 最後はゴニョゴニョと、口の中で言葉が切れた。

 皆んなから嫌われているのに、堂々としている度胸なんてないよ。

 爪弾(つまはじ)きものは、肩を(すぼ)め小さくなっているのが、お似合いだと思う。



“トレナーセンがその席だなんて、おかしいわ”


“でも、ほら。また野蛮な手を使ったのかもよ?”



 クスクスという(あざけ)りの笑い声とともに、講義室で聞こえてきた、私への陰口が脳内で再生された。

 なんだがお腹が痛い。自然と背中も丸まっていく。



「周りなんて、気にする必要ないわ。私は貴方を認めてるし、南塔でも今のあなたらしくするべきよ」


「っ! ……そんなこと言ってくれるの、ハリーシェアだけだよ」


「私が今日ここに来ることは、お父様も承知してるのよ。どうしてお父様がそう決断したかは分からないけれど、これはペミレンス家があなたのことを認めているってことなの。きっと、周りの評価だってすぐに変わるわ」


「え? どうしてハリーシェアのお父様は、私のことを認めてくれたの? 私、あんまりいい評判じゃないのに」


「それは、分からないわ。貴方が教卓の前の席だったからかもしれないし、もっと他の理由があるのかもしれない。まぁ、私はお父様の許可がなくたって、貴方に会いにきたけど」



 ハリーシェアの言葉が、胸を打つ。

 私のことを、色眼鏡なしに認めてくれた。

 


「……それは、エアリ君のことを聞きたかったから?」


 

 ハリーシェアの真っ直ぐな言葉と瞳は、陽の魔法のように、(きり)がかっていた私の視界を一瞬にして晴らしてくれた。

 嬉しくて嬉しくて堪らない。それなのに私の口から出たのは、分厚い予防線をはった意気地なしの質問だった。


 だって、打算もなしに私に近づくわけがない。そんな人、いるわけないもん! 傷つきたくない私が、心の中で叫んでいる。

 同時に、好意を素直に受け取れない臆病な自分が嫌になる。



「もちろん、それもあるわ。でも、あれだけ後ろで派手にやられたら、誰だって気になるでしょ?」


「え? 後ろで派手にって、なんのこと?」


「儀式の時よ。私、貴方が輪から出した(つる)に飲み込まれそうになって、大変だったんだから! 近くにいたお方に助けてもらえたから、事なきを得たけれど」


「あっ! そうだったね。本当にごめんなさい。あれは私も、すごくびっくりしたんだ」


「順番が1番最後で良かったわね? そうじゃなきゃ、きっと他の子も巻き添えになっていたわ」



 笑いながらそう言ったハリーシェアは、打算を隠すこともなく、それを置いても私と話したかったと言ってくれた。

 私の心の中の弱虫は、いつの間にかいなくなっていた。



「うん。 ……それに、あの順番だったから、ハリーシェアとも仲良くなれたし。私、1番最後で本当に良かった」


 

 バリアをとった言葉を、ハリーシェアに伝える。すごく照れ臭い。

 うずうずして、こそばゆい気持ちになった。胸の中に、フワフワの何かがギュッと詰め込まれたみたい。

 口元が緩んだ私たちは顔を合わせ、ふふふっと笑い合う。



「ミアーレア、私、自分の進む道を決めたわ。火持ちとして、騎士団に入ろうと思うの」


「騎士団?」


「女が騎士団に入りたいだなんて、笑う?」


「ううん。全然! 私、ハリーシェアが決めた道を、全力で応援するね!」


「ふふっ、ありがとう。ミアーレアは、どの道に進むの?」



 ハリーシェアに聞かれて気づく。私が目指している、立派な貴族ってなんだろう? 

 貴族として頑張ろう。皆んなを守れるようになろうと決めていたものの、この先のはっきりとした展望は無かった。

 ていうか、どんな道があるのかすら知らない。


 将来の夢はいい大人になることです、と書かれたペラペラの卒業文集みたいだ。

 騎士団に入りたいと語るハリーシェアに比べて、フワッとしたことしか考えていなかった自分が恥ずかしい。

 


「……私はまだ、考え中かな」


「そう? じゃぁこれは? ディオ、伝令用のものを持ってきて」



 答えを濁した私から視線を外したハリーシェアは、側近にそう言ってアイコンタクトをした。

 近づいてきた側近から一枚の紙を受け取り、サラサラと何かを書く。



「ケーリュクス」



 杖の先から光が溢れ、小鳥が飛び出した。

 小鳥はハリーシェアから手紙を受け取ると私の元へ運び、直ぐに消える。


 急に筆談にするなんて、どうしたんだろう? きっと深刻な内容が書かれているに違いない。

 口をキュッと結び、気を引き締めて手紙を開いた。



“私、エアリみたいに真っ直ぐで、熱いお方の隣を歩けるような女になりたいの。誰にも言っちゃダメよ? ミアーレアはどんな人の横を歩きたい?”



「えぇ!?」



 まさかの恋バナだった。

 想定外の方向からきた質問に、手紙を持ったままピシリと固まってしまう。



「ふふっ、女の子同士の秘密のお話よ?」


「ハリーシェア……。私、こういうの分からなくて」


「ミアーレアは、気になるお方がいないの? その人の近くに行くと、ドキドキしたりするのよ?」



 ハリーシェアはそう言いながら、コテリと首を傾げた。

 そんな事言われても、前世だってそっち方面はからっきしだった。

 申し訳ないけれど、私に恋愛の話をするなんて、お門違(かどちが)いも(はなは)だしい。


 気になる人なんていないよと言いかけたが、ふとハリーシェアの言葉が引っ掛かった。



「近くに行くと、ドキドキする人? それってもしかして、近くにいくと心臓の音が大きく聞こえたり鼓動が早まったり、それから顔が熱くなったりする人?」


「ふふっ、やっぱりいるのね?」



 いる。完全に思い当たってしまった。私にも、近くに行くと何故かドキドキする人がいる。


 ……えぇぇっ!? ど、どうしよう!!? 本当に? 私、本当にリスペリント先生が好きなの!? でも、なんで!?


 今まで、なんでリスペリント先生の近くにいくと、心臓がバクバクするのか分からなかった。これが好きってことなの!?


 急な自覚についていけない。

 私、恋してるの!? もう、パニックだ。変な汗も出てきた。


 動揺から口をパクパクさせていると、軽い羽音がしてお手紙セットを足に挟んだフィンちゃんがやってきた。

 なんて出来る使い魔っ! いやいや、でも今は気を利かせないでいいんだよ!?


 わぁーーん! 受け止め切れないっ! 今すぐ自分の部屋に走ってベッドにダイブしたい。そして毛布を被り、この会話を無かったことにしたい。

 でも、ハリーシェアが好きな人の理想を教えてくれたのに、私だけ教えないなんてガールズトークでは1番のご法度だ。

 今だってハリーシェアは、ワクワクした顔でお茶を飲みながら、私の返事を待っている。



 動揺しまくりの心をなんとか抑え、震える手でペンを握る。

 自覚したとはいえまだ半信半疑だ。そう、自分に言い訳をしながら、リスペリント先生とは書かずに、かなりぼかして返事を書いた。

 


“普段は優しくて落ち着いてるけど、いざとなると少し悪くてかっこいい人”



 フィンちゃんから私が書いた手紙を受け取ったハリーシェアは、口元を押さえた。でも指の隙間から顔が見えていて、笑みを隠し切れていない。

 

 顔から手を離したハリーシェアは、バレバレの作った真面目な顔をしながら新しい手紙を書いた。

 伝令魔法を私の元へ飛ばす。

 なんで笑っていたのか、手紙には何て書いたのか、ドキドキしながら手紙を開く。



“ミアーレアがリスペリント先生を好きだってこと、ペミレンス家にかけて誰にも話さないわ”


「ひゃぃっ!? そそ、そんにゃこと言ってないよ!?」



 秒でバレた!? なんで分かったの!? 驚きすぎて、ちょっと噛んだ。



「隠したって分かるわ。だって、ミアーレアの顔に、彼が好きって書いてあるもの」


「そうなの!? うそ!? 嘘でしょハリーシェア!?」


「ふふっ。あとは、これも顔に書いてあったわ」



 悪戯っぽく笑ったハリーシェアは、再び伝令魔法を飛ばす。

 これ以上は、心臓がもたないよ! ひぃーっと思いながら手紙を開く。



“ここから先は、顔色を変えずに読んで。ミアーレア、ロンルカストには気をつけて。彼は貴方に、情報規制をしているわ。手紙を読み終わったら、リスペリント先生の話を続けて”


「えっと、えーっとハリーシェア、なんでわかったの?」



 ロンルカストに気をつけて? ハリーシェアは、急に何を言い出したんだろう? 

 困惑しながらも、手紙の通りリスペリント先生の話を続ける。



「またベルクム粉を使ったっていいのよ? 私、ミアーレアに嘘なんかつかないんだから」


「あ、あの時は、ごめんなさい」


「ふふふっ、冗談よ。それにあれは、私の方が悪かったんだから、謝るのは私だわ、ごめんなさい。ミアーレア、また次の講義で会いましょう。エアリのこと、本当にありがとう。この恩、ペミレンス家は忘れないわ」


 

 笑顔でそう言い残し、顔に血の気の戻ってきた側近たちと帰っていったハリーシェアを見送る。

 頑張って笑顔を貼り付けてはいるが、心の中ではさっきのハリーシェアの手紙が、ぐるぐると回っていた。

 

 免疫のない恋への戸惑いと、ロンルカストに関する不穏な忠告。

 それらをどう受け止めていいのか分からない私の心は、ただひたすらに言いようのない不安に埋め尽くされていた。


 更に、初めて家へ招いたお客様でありお友達であるハリーシェアへの対応を無事に終えたことで、緊張の糸がプッツリと切れた私は、その場にガクッとへたり込む。慌ててやってきたセルーニの介助を受けながら、念願のベッドへのダイブを果たしたのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。


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[一言] 題名がだんだん長くなってくw小説面白いです( ̄▽ ̄)
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