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閑話20 ある終わりを望む魔力残存の平穏(後)



 クゥークゥーと、安らかな寝息を立てるハリーシェア。

 そんな彼女を見つめる俺は、(うれい)の中にいる。


 ハリーシェアの髪や瞳の色が、最近変わってきたのだ。

 初めて会った時は薄い茶色に近かったそれらは、ここのところ赤みを帯びていた。



(この色、炎である俺の魔力に影響されたとしか考えられない。これは一時的か? それとも永続的なものなのか?)



 彼女が俺と会ってから、まだ季節一つ分も超えていない。

 急激にそのあり方を変えてしまうのは、決して良いことではないだろう。

 俺は、俺がこの子に与えてしまう影響が怖くなっていた。


 俺の魔力残量も、残り少ない。

 泣き腫らした彼女を慰め、これからも俺がこの子とあり続けるためには、最初のようにそれなりの魔力を食べる必要がある。例えば正式な契約だ。


 だが、それははたして良いことなのか。

 髪や瞳の色のように、俺のせいでハリーシェアの在り方が変わってしまうかもしれない。俺にそんな権利など、あるのだろうか。


 ……ん? これからも、この子のそばに居続ける? いったい何を言っているんだ俺は!?

 


 自分の気持ちに気づき、愕然(がくぜん)とする。


 涙を拭くだって!? ハリーシェアの泣き顔なんて、前に見たのがいつだったかも思い出せないほど、見ていないじゃないか。


 寝物語をするのも、元はといえば俺の魔力が無くなるまでの僅かな間と、決めていたはずだ。

 本来の目的からそれ、いつしか彼女へ物語を紡ぐこと自体が楽しみになっていた。

 彼女の為などと言いながら、本当に彼女と離れ難かったのは、俺自身だ。


 こんなことは許されない。

 定めに従い終わりゆく俺に、彼女を変える権利など、あるはずがないんだ。


 赤く変わってしまったハリーシェアの毛先を見つめる。

 それでも彼女を見守りたい、これからもそばに居たいと叫ぶ心の揺らぎから、俺はそっと目を逸らした。







 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※







「ーーエアリ? エアリ? 今年も起きないの? もう冬が終わっちゃうよ?」


「んん? 冬が終わる?」


「エアリっ! 起きたんだね!?」



 なんだかハリーシェアのことを、久しぶりに見た気がする。

 手を伸ばし、ポンポンと肩を叩こうとするも、俺の手は彼女の背面まで届かなかった。

 ……ん? おかしいな。ハリーシェアは、こんなに大きかったか? 



 嬉しそうに俺を見つめるハリーシェアと目が合い、ビクンッと心臓がはねた。

 瞳の赤みが強くなっている。もう完全に、最初に見たときの薄茶色ではない。


 長く居すぎたんだ。俺のせいで彼女がまた変わってしまう。

 俺が消えれば、彼女は元に戻るのだろうか?



「冬が終わる? ハリーシェア、この前ユールログをしたばかりと言っていたのに、変なことを言うんだな?」



 どうしようもない不安に襲われながら、必死でなんでも無いフリをする。うまく返事は返せただろうか。



「うんっ、何でもないの! ねぇ、エアリ、今夜も騎士様の話をして?」


「あぁ、ハリーシェアは本当にこの話が好きだな。もう3日も連続で話しているのに、飽きないのか?」


「全然っ! 続きを聞けるのを、ずーっと! 楽しみにしてたんだから!」


「ずーっとって、大袈裟だな。まぁ、これは俺にしかできないとっておきの話だから、しょうがないか」


「……ねぇ、エアリ。エアリはずっとずーっと、私と一緒にいてくれるよね?」


「急にどうしたんだ? 今日のハリーシェアは、変なことばかり言うんだな。いつも先に夢の中へ行くのは、ハリーシェアじゃないか」



 急に目の端を潤ませ始めた彼女に、残り少ない魔力で動かし辛くなった手を、無理やり伸ばす。その滴を吸い取った。

 涙とともに生地に吸収された魔力は、いつもよりも甘く感じた。


 彼女の涙、久しぶりに見たな。そういえば、最近のハリーシェアは本当に強くなった。

 もう、俺が涙を拭いてやる必要はないと思い知る。



「よし、じゃぁ話すぞ?」


「うんっ!」


「結界の外で大立ち回りした騎士と魔の話だ。いいか? 荒野で(ちり)となった奴らは、なおも消えることはなかった。しばらくすると、散ったはずの奴らは再び集まりだした。そして、戦闘に巻き込まれて果てた、哀れな動物の(むくろ)に向かって、一直線に向かっていったんだ。あれを依代(よりしろ)に復活する気だ! そう気がついた炎の騎士はーーーー」




 小さく寝息を立てる彼女を、見つめる。

 眠いな。今夜はすごく眠い。

 俺は抗いようのない睡魔に襲われ、強制的に意識を奪われた。







 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※







ーーごめんね、ハリーシェアーー



 声が頭に響く。誰だ?    



ーー1人にしてごめんね。辛い冬の間、これを抱いて眠る貴方の夢が、せめて暖かなものでありますようにーー



 知らない声だ。だが、何故か俺はこの声を、聞いたことがある気がする。



ーーーこの想いが、どうか彼らの糸に伝わりますように。私たちの代わりに、寂しい冬に包まれたあの子を守ってくれますようにーー



 ……ずるいな。守れなんて言葉、俺が放っておけるわけがないじゃないか。



 あぁ、そうか。俺は自分でも気づかないうちに、この声の彼女と契約をしていたんだ。

 これは俺の役目だったのか。同時に俺は、その役目を終えたことを悟る。

 終えるまで気づかなかったとは、とんだ間抜けだな。


 





 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※







「エアリ、見て? またーが始まっーよ?」


 魔力は既に底をついている。俺はピクリとも動けない。

 うまく聞こえないが、俺に話しかけるハリーシェアの声が聞こえた。



「ねぇ、エアリ? 今ーも起きーくれーんでーょ?」


 ぼやける視界の中、俺の目の前では赤みのかかった瞳が、不安げに揺れていた。

 瞳から溢れた滴がポトリと落ち、俺に染み込む。 



(……冷たいな)



 自然と、最初に出会った時に食べた魔力を思い出す。

 あれは最悪に不味かった。冷え切った彼女の心を乗せた魔力は、炎そのものである俺にとって、耐え難いほどに相入れない。



「ねぇ、ーう沢山寝ーでしょ? そろーろ起ーて、おーしの続きを聞かーて?」



 ポトリ、ポトリと魔力を乗せた涙が俺の生地に染み込む。

 (かぐわ)しい魔力の匂い。衝動的に取り込みたくなる自分の心を、理性で押し留める。



「エアリ? エアリ聞こーてるんーしょ? お願い起ーてよ。お話し、聞かーて?」



 下を向いた彼女の表情を隠す薄茶色の髪には、少しだけ赤い束が混じっていた。



(……大丈夫。俺がいなくなれば、その瞳も髪の色もきっと元に戻るさ)



 俺にはこれ以上、彼女を変える権利などない。魔力が尽きた今、あの声の主との契約は終わり、同時に俺の役目も終わった。

 無理やりに瞳を閉じる。彼女の魔力を取り込まないように、必死で歯を食いしばった。

 君は、君本来の在り方に戻らなければならない。



「ねぇ、秘密ーー話聞かせて? エアリーーか、話せなーんでーー?」



 ハリーシェア、すっかり強くなった君に、もう俺の寝物語なんて、必要ないだろう?



「エアリ、返ーしーよ……。ーーーずっと一緒に、いてーれるんーーょう?」



 ごめんな。精霊の一欠片である俺は、嘘がつけない。あの時も、その質問にはちゃんと答えてやれなかった。

 動かない手がもどかしい。俺の代わりに、泣いている君の背中を叩いてやるやつはいないのか?



「エアリーーーーーー?」



 次第に遠のいていった彼女の声が、ついに聞こえなくなる。視界も閉ざされ、冷んやりとした暗闇が訪れた。

 エーダフィオ(土の精霊)ンの蔓はまだ見えない。彼女にしては珍しいが、きっとすぐに迎えに来るのだろう。

 望んでいた終わりだ。俺も、在るべき場所に還らなければならない。



 ふと、思う。

 彼らは俺を編んだこの糸を、わざとこの家に渡したのだろうか? うむ、今となれば、そうだとしか思えない。


 自分で言うのもなんだが、俺は彼らによく尽くした。

 俺の性格を知っている彼らは、死ぬことのない魔を倒しきれずに愚直に悔しがる俺に、全うすべき最後の役目を与えてくれたのだ。くくっ、なんという憎い奴らだ。

 


ーーエアリ?ーー



 聞こえるはずのない、彼女の声が聞こえた。



ーーエアリ? ねぇ、起きて?ーー



 あぁ、俺を呼ぶ声だ。なんて愛おしい。

 いつの間にか俺は、暖かな毛布で包まれていた。暗闇の中、キラキラと輝く君の瞳も見える。

 蔓はまだ見えないが、エーダフィオンが、俺に最後の夢を見せているのだろう。



ーーエアリの秘密のお話、聞かせて?ーー



 ……そうだな。今夜はなんの話をしようか? ハリーシェア、君に聞かせたい話は、まだまだあるんだ。

 そうだ。騎士の話ばかりを聞きたがる君に、この話をしたことはあったかな? 



 もうすぐ訪れる、春の話だ。俺が守ってきた誇り高い彼らの足跡は、春を蓄える。

 君の嫌いだった冬は、やがて芽吹く春の大事な(かて)となるんだ。

 冬の間に溢れた君の涙も、決して無駄にはならない。イリスフォー(陽の精霊)シアの光を受けて、きっと美しい花を咲かせるだろう。

 それが見れなかったことは、少し心残りだが。



 この糸に身を宿し、君と紡いだ慶福(けいふく)な日々に感謝を。

 願わくば、俺が守ってきた冬呼びたちの目覚めさせる麗しい春の光が、俺の代わりに君の心を照らし続けることを祈って、彼女の蔓を受け入れよう。



 名をありがとう、ハリーシェア。

 凍えていた彼女の心を、俺は少しでも温めることができたのだろうか。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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