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閑話19 ある終わりを望む魔力残存の平穏(中)



「グスッ ぐすん……」



 不快なものが俺に染み込み、目が覚める。うむ、相変わらず不味い魔力だ。



「ハリーシェア、また泣いているのか?」



 グッと体を伸ばす。瞳いっぱいに溜まった彼女の残りの涙を、俺の生地で吸収した。

 そしていつものように短い腕を動かし、ポンポンと彼女の腰を叩く。

 ……ん? おかしいな。腰のつもりが、俺の手が触れたのは、彼女の背中だった。



「エアリ、起きたの!? うっ、だって、だって、お父様とお母様が帰ってこないの」


「なぁ、ハリーシェア。帰ってこない父上と母上なんかほっといて、俺の話を聞かないか? 」


「エアリのお話し? うん、聞くっ!」


「よし! それじゃぁ今夜は、冬と世界を守る崇高(すうこう)な旅人が、深い池から種の滴を拾う話はどうだ?」


「いやっ! 私、勇敢な騎士様のお話がいい! 炎の騎士様が、魔と戦うお話が聞きたいのっ!」



 ぐずりはじめた彼女を(なだ)めつつ、首をひねる。はて、なんでこうなった? 


 俺が消えゆくまでの僅かな間、ハリーシェアには寝物語がわりに、彼らの素晴らしさを伝えようと思った。


 話を聞かせれば、いつの間にか抱き枕となっていた俺に染み込む彼女の不快な涙は止まる。

 ついでに、衝動的に飲み込んでしまった、魔力の消費もできる。

 そしてこれが1番重要なのだが、何度も聴かせて頭に刷り込むことで、俺の亡き後も彼女が冬と彼らの素晴らしさを世に広める伝道師へと、成長してくれるのだ。


 完璧な計画。抜かりはなかった。

 それなのに、何故だろうか? 俺の意図に反して、ハリーシェアは彼らを守る俺の話ばかりを聞きたがる。

 俺が魔と戦う話は、昨夜も話したばかりだというのに、困ったことだ。


 うーむ。伝え方が悪かったか。自分の体験談だから、つい臨場感が出てしまうのもいけないな。



「去年の冬に話してくれた、ぐすんっ、悪いミドガルズオルムを倒すお話しじゃなきゃ、やっ!」


「ハリーシェア、お、落ち着けって! な?」


「騎士さまじゃなきゃ嫌っ! うぅっ、ほかのお話は、嫌なのー!」


「分かった、分かったから! 今夜も騎士の話をしよう!」


「ひっぐ…… 本当?」



 ふぅ、やっとおさまったか。

 よし。今回からは、俺の戦闘描写は抑えめにしよう。代わりに、あいつらの素晴らしさを、もっと違う形で表現して聞かせようと心に決める。



「あぁ、もちろん!」



 俺の返事を聞くや否や、ハリーシェアはバッと毛布をかぶり、俺と彼女だけの秘密の空間を作る。物語を聞く時はいつもそうだ。

 


「エアリの秘密のお話し、聞かせて?」



 彼女の背中をポンポンと、一定のリズムで軽く叩く。暗闇の中、興奮に輝くハリーシェアの瞳だけがキラキラしていた。



「よし、じゃぁ話すぞ? 荒野で会ったミドガルズオルムと騎士が戦う話だ。最後はどうなったか覚えてるか?」


「うんっ! 騎士さまが炎の大きな剣でバサーってやっつけたの!」


「あぁそうだ! だが、実はな? あれには続きがあるんだ。なんと、燃え尽きたと思っていた魔は、実はこっそりと生き延びていた。そしてやつらは、遠くの方で、ずーっと機会を伺っていたんだ」


「なんの機会?」


「何の機会かって? そんなの騎士が守る旅人を襲う機会さ! なんたって、やつらは狡猾(こうかつ)で死ぬことはない!」


「悪いのは、死なないの?」


「あぁ、奴らは決して死ぬことはない。でも、死んだフリ得意なんだ。だから騎士が旅人の側を離れる隙を、こっそりと狙っていた。ある日、炎の騎士が少しだけ、彼らのそばを離れたんだ。騎士が離れたのはほんの少し、ちょっとだけだった。だが、奴らはその隙を逃さなかった! 土の中に隠れていた奴らは、ぐわっ!と飛び出すと、一気に背後から距離を詰めてーー」



 話しながら、しまったと気がつく。

 つい語気を強め、いつものように熱が入ってしまった。俺を抱きしめる彼女の手にも、ググッと力がこもっている。


 ……まぁ、いいか。俺の話に没頭(ぼっとう)していれば、その瞳が再び潤むことはない。

 帰ってこない両親のことなんか、忘れてしまえばいいんだ。

 彼女の乾いた瞳が閉じ、やがて静かな寝息をたてはじめるまで、俺は今夜も物語を(つむ)ぎ続けた。







 ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※







「ーーエアリ? エアリ? 冬だよ? ねぇ、起きて?」


「んっ? あぁ、ごめん。もう夜か」



 ポンポンとハリーシェアの背中を叩く。

 ……ん? おかしいな。背中を叩いたつもりが、俺の手が当たったのは、彼女の肩だった。


 今日は泣いていないのか。最近、彼女の泣き顔を見ることが、少なくなってきたな。

 最初の頃のハリーシェアは、いつも泣いていた。彼女を宥めるために背中を叩くのは、すっかり俺の癖になっていた。



「エアリ! 起きてくれたんだねっ!」


「うーん、少し背が伸びたんじゃないか、ハリーシェア?」


「ふふっ、そうかな?」


「あぁ、前は俺の方が大きかったのに。子供の成長は早いな」


「ねぇ、エアリ。エアリは、どうして夜しか起きてくれないの? 私、皆んなにもエアリのこと、紹介したいのに」


「んー、俺は夜の方が、力が出る気がするんだ」



 馬鹿だな。日差しと側近たちに囲まれた時間と違って、夜に落とすお前の涙を拭けるのは、俺しかいないだろ? 

 それに昼間も動いて無駄な魔力を消費したら、それだけ終わりが近づいてしまうじゃないか。

 


「じゃぁ、最近よく寝てるのは?」



 そうか、最近俺はよく寝ているのか。

 自分では分からないが、魔力量の低下に伴い、意識を保てない時間が増えているのだろう。


 一時的に増えた魔力は、彼女と交流を重ねるごとに消費されている。

 俺が取り込んだ魔力の残量は、少ない。

 涙に含まれる魔力だって、本当に微々たるものだ。それに、彼女と正式な契約をしたわけでもないから、自動的に魔力が増えることもない。


 ハリーシェアは俺が寝ているだけだと思っているようだが、俺は確実に望んでいた終わりへと向かっていた。



「そうだな、だって冬は眠いんだろ? ハリーシェアだって、寒いからベッドから出たくないって言ってたじゃないか?」



 彼女に本当のことは言えなかった。ずるい俺はシレッと、答えを避ける。

 せっかく乾いている瞳を、また潤ませる必要なんてないだろう。



「じゃぁ、暖かくなったら? 春になったらいっぱい起きて、また沢山秘密のお話しをしてくれる?」


「あぁ、もちろんだ。俺が起きたときは、沢山話をしよう!」



 はたして春まで、俺の魔力は持つだろうか? 

 彼女の泣き叫ぶ声により、俺が最初に目覚めたあの日から、ユールログの火は絶えず燃え続けていた。

 せめて、この暖炉の火が消えるまでの間くらいは、彼女のそばに居てやりたい。



「……エアリの嘘つき。春はいつも寝てて起きないじゃない」


「ん? ハリーシェア、何か言ったか?」


「うぅん、何でもないの」


「そうか? そういえば、ハリーシェアと出会ってから、どのくらいたつのかな? そろそろイリスフォーシアの(春の気配)後ろ姿くらい、見えるんじゃないか?」


「……エアリ、ユールログはこの前始めたばかりだよ。だから、だからっ、長い冬は、まだまだずぅーっと続くよ! イリスフォーシアだって足音すら聞こえないんだからっ!」


「あ、あぁ、そうか? 変なこと言って悪かったな?」



 前のめりになって叫ぶハリーシェアの勢いに、たじろぐ。

 急に興奮してどうしたんだ? まるで春が来て欲しくないような言い方だな。まぁ、冬好きになってくれたことは喜ばしいか。俺の教育の成果だ。



「……うぅん。それよりも、今日もエアリの秘密のお話し、してくれるんでしょ?」


「あぁ、もちろん。今夜は何の話をしようか?」


「私、騎士様が、結界の外までミドガルズオルム達を追い払ったお話しがいいっ!」


「あぁ、昨夜した話の続きだな?」


「……うん。昨日してくれたお話」



 バサリと毛布を被り、ハリーシェアは真剣な表情で俺を見つめる。

 その瞳の中に浮かびはじめた赤い色に気が付き、俺は言いようのない不安に駆られたが、なんとか気持ちを切り替えた。



「よし、じゃぁ話すぞ?」


「うんっ!」


「いいか? 結界の外に追い出した奴らは、荒野にその身を潜めていた。炎の騎士は、常に周囲に目を配っていたんだ。奴らが襲ってくることは、分かっていたからな。荒野にはイリスフォーシアの光を遮るものが無いが、そんなの関係ない。寧ろ結界の外の方が奴らにとっては、動きやすくてーーーー」



 ググッと俺を握りしめ物語に聞き入りはじめたハリーシェアに、俺は心の動揺を悟らせないように、短い手足を大袈裟(おおげさ)に動かしながら、いたって明るく語り始めたのだった。




 お読みいただき、ありがとうございます。

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